18 / 37
18 悪魔の素性
しおりを挟む「──と、いうわけなの」
「ほーん。あのちびっこがねぇ」
その日の営業終了後。
ここ二日間で起きたクロさんとのあれこれを相談するため、私はローザさんを自室に招いていた。
ローザさんは、私がクロさんのフォローをすることになった件を申し訳なく思っていたらしく、この街に唯一残っているお菓子屋さんでケーキを買って来てくれた。
嗚呼、ケーキなんて久しぶり過ぎて、涙が出そう……なんて甘い。なんておいしい。
「で……あの人、何者だと思う?」
フォークを咥えたまま、私はローザさんに尋ねる。
彼女は持参したお酒を一口飲むと、宙を仰ぎ、
「そーだなぁ……やつの特徴を整理すると、オーナーの知り合いで、成人男性で金持ち。そんで魔法上級者で……たぶん、サディスト」
その言葉に、私は、ぱちくりと瞬きをする。
「さ……さでぃすと?」
「そ。どう聞いたってド級のサドでしょ。あんた、完全に遊ばれてるよ」
な……
なるほど。あれが、いわゆる"ドS"という人種……
噂に聞いたことはあったが、実際はあんなカンジなのか……
と、聞きなれないワードにドギマギする私を、
「…………」
まるで、珍しいものでも見るような目で見つめるローザさん。
思わず、私は聞き返す。
「……な、なに? その目は」
「いやぁ? あんたってしっかりしているように見えて、ちゃんと中身は十六なんだなぁって思ってさ」
「え……?」
「サドだマゾだって話題くらいで目を泳がせるなんてね。あーあ、顔が真っ赤だ。可愛いなぁ」
「ちょっ……からかわないでよ!」
「こんなウブな生娘が色酒場で働いているんだから、ほんと世も末だよ。お母さんは悲しい」
い、いつからお母さんに……?
……という不毛な会話は置いといて。
「──で、結局どう思うの? クロさんの素性」
私は話を戻すべく、そう切り出す。
ローザさんは、お酒のグラスを一度傾けてから、ため息混じりにこう答える。
「そりゃあ、どっかの貴族のおぼっちゃんだろうね」
やっぱり……と、私は納得する。
実は、私も同じ予想を立てていた。
まず、元は良家の出身だったヴァネッサさんの知り合いだという点。
次に、平民の金銭感覚では持ち歩かないような厚さの紙幣を、こんな寂れた街の酒場でためらいもなく出せる点。
そして、あの魔法の使い方。
貴族なら高等な魔法教育を受けているはずだから、実戦的な使い方を知っていてもなんら不思議はない。
十分な年頃なのに徴兵されていないのが、何よりの証拠である。
あと……見た目もなんか、いかにも高貴で、王子様みたいだし……
……それはともかく。
ローザさんの意見を聞いて、ようやく確信できた。
彼はどこぞのおぼっちゃんで、ヴァネッサさんが貴族だったころの知り合いで……
ヴァネッサさん同様、複雑な経緯の中で育ったため、少し性格が歪んでいるのだ。
……たぶん。
「でも、そしたら……」
「……オーナーには、詳しく聞かない方がいいよな」
ローザさんも同じことを考えていたらしく、私の言葉を途中から継いだ。
直接聞いたわけではないが、きっとヴァネッサさんは昔のことを……一族に腫れもの扱いされていた貴族時代のことを、あまり思い出したくはないはずだ。
クロさんのことを尋ねれば、自ずとヴァネッサさんの過去についても触れることになる。
あの人を悲しませることだけは、避けたい。
きっとあの人は、嫌な気持ちを表に出さずに、いつもの明るいノリで話してしまうだろうから。
「ま、これが今のところ一番有力な予想だな。どこの貴族かまではわからないけど……あいつにもきっと、何か事情があるんだろ」
「そうだね、私もそう思う。にしても……」
ケーキの最後の一口を頬張り、私は首を傾げる。
「あのひん曲がった性格……どうしたら直せるかなぁ?」
「いや、無理っしょ」
「えぇー、そんな身も蓋もない」
「他人の影響を受けるような人間なら、成人を迎えるまでにもうちっとマシな性格になってたはずだ」
「それは……確かに、そうかもしれないけど」
「性格直す、っていうよりは、さ」
とぷとぷと、自分でグラスにおかわりを注ぎながら、
「そいつが本当に腹の底から笑って、心を開けるような場所を、あんたが作ってやりゃあいいんじゃねーの? そうしたら……何か変わる部分があるかもよ?」
「ローザさん……」
そんな彼女の言葉に、心がじんわりと温かくなる。
いつもそうだ。何気なく、だけどその時に必要な言葉をかけてくれる。
そうか……そうだよね。
私が、ローザさんやヴァネッサさん、ルイス隊長やあの隊のみんなに笑顔をもらったように……
今度は私がそんな存在になれれば、あの人も……クロさんもいつかきっと、優しい気持ちで笑えるようになるはず。
「……その前に、あんたの方があいつに溺れないように気をつけなきゃいけないけどな」
……と。
ローザさんが釘を刺すように言うので、私はドキッとする。
「ま、まさか……それはナイナイ」
「どうかなぁー。聞いている限り、あんたにはマゾの素質があるみたいだから? お母さんは心配なのさ、可愛い娘が」
……え。
今、なんて……?
う、うそでしょ……そんなはずない。
まさか私が……
「ま……まぞ?! 私が?!」
「あら、自覚なかった?」
「ぜんぜん……てゆうか、どこが?!」
「だってそうだろ? あいつにいじめられて振りまわされて、不愉快なはずなのに気になってる。挙句、もっと笑顔にしたい! 喜ばせたい! なんて思っちゃってる。それを世間ではドMと呼ぶんだ」
「いや……いやいやいや。絶対違う!」
「もしくは、ダメ女とも言う」
「ちがーうっ! だってそんな……それじゃまるで、私……変態みたい」
「そーだよ」
「いやーっ!」
「いいじゃーん、楽しいよ? 自分の癖を自覚した方が、いろいろと……いろいろと、ね」
「その含みのある言い方、やめてくれる?!」
……という、くだらない会話に。
「…………ぷっ」
私たち二人は、同時に吹き出す。
そして、大声でひとしきり笑うと、
「とりあえず、毎日二十二時からはヤツのために空けておくって件、あたしからもオーナーに話しといてやるよ。またなんかあったら言いな。いつでも聞いてやるから」
ぽん、と。
彼女は私の頭に手を乗せ、優しい声でそう言った。
……もう。
本人は「お母さん」なんて嘯いているけれど、本当は面倒見の良い、お姉ちゃんみたいな存在なんだから。
……なんて、密かに思いながら。
「うん……ありがと、ローザさん」
心からの感謝と共に、私は笑顔を返した。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!
雨宮羽那
恋愛
いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。
◇◇◇◇
私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。
元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!
気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?
元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!
だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。
◇◇◇◇
※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。
※アルファポリス先行公開。
※表紙はAIにより作成したものです。
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる