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16 射抜かれた心

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「……あなた、何者なんですか?」
「んー?」

 愛らしい顔に激しく似合わないたばこを、今日もぷかぷかとふかすクロさんに、私は語気を強めて尋ねる。

 この若さで徴兵されていない謎。
 そして、先ほどの魔法……
 どう考えても、普通の人じゃない。

 真剣な眼差しを向ける私に、しかしクロさんは吐き出した煙を目で追いながら、軽く答える。

「ひみつー」
「……なんでですか」
「その方がおもしろいから」
「おもしろいとか、そういう問題じゃないですよ。さっきの魔法の使い方、あれは……」
「だって、君」

 彼は身を乗り出し、私の言葉を遮る。
 それから、ニッと笑って、

「よくわからないものほど、魅力的なものはないと思わないかい?」
「……は?」

 首をかしげる私を見て、クロさんは同じ方向に首をかたむける。

「昨日あれだけ嫌な思いしたのに、君は僕の指名を断らなかった。それどころか『何者なんだろう』って、興味を持ってくれている。僕が君にとって不快で、よくわからない存在だからだ。嫌いな相手ほど気になってしまうものでしょう? 人間は『嫌い』という不可解な感情の理由を、追及したくなってしまうからね」

 そう言われて、私は……

「…………」

 ……いや、仕事だからだよ! この自惚れ野郎が!!

 と、真っ先に思ったのだが。
 正直に言えば……彼の言う通りな部分も、無きにしも非ずだった。

 なんなの、この人……ますます嫌なやつ! 変に的を射たふうに言っちゃって!

「……そうですね。私、あなたのことが嫌いです。はっきり言って、ムカつきます」

 言ってやった。
 こうなったら客もホステスも関係ない。

「見てくださいよ、この目! 昨日、あなたにされたことに腹が立って眠れなかったんですよ?! おかげで、ただでさえ赤い目がさらに真っ赤になっちゃって……!」

 接客モードを忘れ、私は完全に素の口調で訴える。
 今さら取り繕ったってもう遅い。これで向こう二ヶ月の指名縛りがフイになるのなら、願ったり叶ったりだ!

 ……などと、思っていたのだが。

「そうなの? どれどれ……あぁ、本当に真っ赤だ。可哀想に」

 私の意に反し、彼は心配そうに顔を近付け、私の顎を指で持ち上げると……
 真っ直ぐに、両の瞳を覗き込んできた。

 あ……あれ? てっきり逆ギレされると思っていたのに……

「……痛くない? 大丈夫?」
「え……あ……」

 あまりの近さに、思わず硬直していると……

「……もっとよく、見せてごらん?」

 優しく、低い声音で、囁かれる。
 な、なによもう……見た目お子様なくせに……

 ……どっから出てんだその色気! しまえ!!
 ていうか、いちいち近いから!!

 こんな、唇が触れそうな距離で異性と見つめ合ったことなんてなくて、心臓がうるさいくらいに暴れている。

 目の前にある、黒曜石のような瞳……
 少しだけ藍色を帯びたその色は、見れば見るほど吸い込まれてしまいそうで……


 やばい。なんか、私……
 ドキドキしすぎて、頭がぼーっとしてきた……


 ……と、霞み始めた私の思考を、叩き起こすように。


「──まぁ、謝んないけどね」


 ……クロさんが。
 スパッと、突き放すように言った。

 先ほどまでの優しい囁きから一変。ハッキリと告げられた言葉に、私は……目を点にする。

「……は?」
「え。謝んないよ、僕。君が勝手に眠れなくなっただけでしょ?」
「…………」

 ……私は、自分を恥じた。
 この変わり者相手に、なにを……なにをぽ~っとしているのだろう。

 ……いや、ぽ~っとなんかしていない! 断じてしていないから!!

 私はクロさんからバッと離れ、動揺を隠すようにキツく睨み付ける。

「あ、あなたのせいですよ! あなたが私にあんなこと言ったから、眠れなかったんじゃないですか!!」
「ふーん。じゃあ昨日は一晩中、僕のことを考えていてくれたんだ」
「そっ、そういう言い方しないでくれます?!」
「嬉しいなぁ。そんなに僕のこと想っていてくれただなんて」
「だぁから、そういう意味じゃなくて!!」

 ここがお店であることも忘れ、声を張り上げる。嗚呼、顔が熱い。
 そんな私を見て、彼はますます笑う。
 それから、

「……いいじゃん、それ」

 吸っていたたばこを灰皿に押し付けると、すぐにもう一本を取り出し、口に咥え……
 昨日と同じように、銀色のライターを私に差し出して、火を点けろと、無言で催促してきた。

「…………」

 本当に……どこまでもマイペースな人だな、まったく。
 黙って火を点けてやると、彼は満足そうにゆっくり吸い込み……
 ふぅ……と、天井に向かって、煙を吐いた。

 そして、私の頬に手を当て、そっと撫でると……

 ふわっと、笑って。



「──可愛いよ、赤い目。うさぎさんみたいで」



 その瞬間。


 ──ずきゅーん。


 ……と。
 胸に、何かが刺さったような気がした。


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