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15 悪魔の再来

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 ……翌日。


「…………」
「れ、レンちゃん……大丈夫?」

 隣に座るジェイドさんが、心配そうに尋ねてくる。
 しかし、すぐには反応できなかった。
 何せ、ほとんど寝ていないから。

 いや……眠れなかった、と言った方が正しいか。
 昨日のあのお客──クロさんのせいで。

 だって、あんなことがあったのだ。ぐっすり眠れるほうがおかしい。
 思い出すだけで、イライラもやもやしてしまい……

 おかげで、目は真っ赤。
 ローザさんにも「なにその目、怖ッ」と笑われる始末。
 いや、もとはと言えばあなたの尻拭いをしたせいだからね?!
 と言ってやる気力すらもなかった。

 しかし同時に、私は反省していた。
 この仕事に慣れてきて、少し調子に乗っていたことも事実だ。
 接客は、簡単な仕事ではない。
 ああいう変わったお客さんだっている。
 あそこで、あんな風に感情的になるべきではなかった。

 そう振り返りながら、私はジェイドさんに微笑みかける。

「すみません、ジェイドさん。実は昨日、あまり眠れなかったもので……」
「それはいけないね。何か悩み事でもあるのかい? 俺でよければ相談に乗るよ?」
「悩みってほどでもないんですが……疲れているはずなのになんだか眠れない時ってありませんか?」
「あぁ、わかるよ。疲れ過ぎると逆に寝れないことあるよね。頭が冴えちゃう、っていうか。俺もさぁ……」

 と、顔の傷をさすりながら、勝手に喋り出すジェイドさん。

 そう、これだ。
 相手が気持ちよく話せる話題へと、自然に誘導する。

 これがなぜ、昨日はできなかったのだろう。
 やはり、相手があの人だったから?

 ……なんて、考えていると。


 ──カランコロン。


 時刻は午後十時。
 店に響く、来客を知らせるベルの音。

 ……嫌な予感。
 そして、

「──こんばんは」

 その予感は、見事的中した。

 私の、睡眠不足の元凶……
 クロさんの登場である。

 彼は機嫌良さそうに店の入り口に立っている。
 見たところ、頬の腫れは引いたようだ。

 ……ていうか、本当に今日も来たのか。

「いらっしゃい、クロちゃん。ごめんなさいね。レンは今、別のお客さんのお相手してるから、ちょっと待っててくれる?」

 代わりに他のコ用意するからー、とヴァネッサさんが応対する。
 しかし彼は、

「あぁ、いいよ。

 と、意味不明なこと言い、ヴァネッサさんをスルーして……
 一直線に、こちらへ向かってきた。

「やぁ、レンちゃん」

 嘘でしょ、この人……こっちはジェイドさんの接客中だというのに、お構いなしに話しかけてきやがった!

「あ、あの、クロさん……」
「なんだよ君。まだ時間じゃないはずだぞ。今は俺がレンちゃんと話しているんだ」

 私よりも先に、ジェイドさんが抗議の声を上げる。
 しかしクロさんは怯むどころか、「はぁ」とため息をついて、

「ダメだね。ルール追加だ」

 肩をすくめ、首を横に振った。

「おい。何わけのわからないことを……」

 今にも掴みかかりそうな勢いでジェイドさんが立ち上がる。
 私は慌てて彼の服の裾を掴み、宥める。

「ジェイドさん、待って。今、ヴァネッサさんを呼んでくるから……」
「その必要はないよ」

 クロさんは、頭一つ分大きい男性に睨まれてもなお、余裕の表情を浮かべ、

「彼はもう……帰るみたいだから」

 と、ますます意味不明なことを口にした。

「あぁ? てめぇ、いいかげんに……」

 痺れを切らしたジェイドさんがクロさんの胸ぐらを掴むが、それでも彼は……


 ──くすっ。


 と、妖しく笑う。
 そして……

 私は、見ていた。
 ジェイドさんには見えないように、クロさんが……

 後ろ手で、魔法を発動するための『署名』をしているのを。


 刹那、

「さぁ……お帰り」

 彼はその『署名』をした方の手で、ジェイドさんの頬に触れ……


「──闇ノ中ヘ」


 囁いた。
 すると、

 ──ドクンッ。

 ジェイドさんの身体が、大きく震えた。


「あ……なんだ、これは……急に、辺りが暗く……」

 虚ろな表情になり、手で周囲を探るように歩き出すジェイドさん。
 一体、彼になにが……?

「あぁ……明かりが見える……こっちか……」

 焦点の合わない瞳で、ジェイドさんは何かを見つけたように、店の入り口の方へふらふらと向かい……
 そのまま、自分からドアを開けて、店を出て行ってしまった。

 これは………

「彼に……何をしたの?」

 ごくっと喉を鳴らし、クロさんに尋ねる。
 しかし、彼はなんでもないような表情を浮かべ、

「見てたでしょ? 魔法だよ。ちょっと視覚をいじってやったの」
「なっ……」

 視覚って……それじゃあ、ジェイドさんの目は……!?
 私の考えを察したのか、クロさんは手を左右に振り、

「あぁ、一時的なものだよ? しばらくしたら元通り見えるようになるから」

 そう言って、悪びれる様子もなく微笑む。
 この人……本当に、何者なの……?


 私は知っている。
 あの魔法の発動の仕方……あれは、訓練された人間のものだ。
 ルイス隊長や、あの隊のみんなみたいに……ちゃんとした使い方を知る者の動き。

「……そんなことより」

 警戒する私をよそに、彼はずいっとこちらに近付き、

「今後、僕以外の男の指名を受けるの、禁止ね」

 と、耳を疑うようなことを言ってのけた。
 ……はぁ?

「な、なんの権限があって、そんなこと……それじゃあお仕事にならないんですけど!」

 思わず、そう言い返してやる。
 実際、指名の先払いをされただけで、私を独占する権利はないはずだ。

 私の強気な態度に、しかしクロさんは「ふーん」と笑い、

「まぁいいや。そうなるようにすればいいんだし」
「はい?」
「んーん、なんでもない」

 そのまま、ばふっと席に座ると、

「とりあえずオーダーよろしく。昨日と同じので」

 偉そうに、ふんぞりかえって言った。


 ……はぁ。
 ごめんねジェイドさん。どうかお大事にしてください。


 そう心の中で呟いて、私は仕方なく、クロさんの隣に座った。


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