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14 まっクロな本性

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 その問いかけに、私はまた面食らう。

 ……え? そう来る?
 もっと、「わー、手品みたい!」とか、「ありがとう、見直したよ」みたいな反応が来ることを期待していたのだが……

 なんでここで働いているのか、だなんて……
  
「それは、えっと……そ、そうだ。私のことより、クロさんのお話を聞かせてくださいよ!」

 と、はぐらかそうとするが……
 彼の目は、有無を言わさないオーラ全開で……

 黒ぶちメガネの奥の視線に負け、私はため息をつき、

「……いないんです、両親とも。戦争で、亡くしました」

 大人しく、自分の話をすることにした。

 しかしそれは、半分は本当で、半分は嘘だ。
 両親はいない。けど、戦争で亡くしたわけではない。

 この店で働くまでの経緯を詳しく語ろうとすれば、ルイス隊長の──敵国であるロガンス帝国のお世話になっていたことまで話さなければいけなくなる。
 クロさんが何者なのかわからない限り、そのことは伏せておくべきだ。

「こんなご時世ですから、頼るあてもなくて……困り果てていたところを、オーナーのヴァネッサさんに拾っていただいたんです」
「ふーん」

 いや、ふーんて……あなたが聞いたんでしょうが。

「楽しい?」
「へっ?」
「この仕事。楽しい?」
「…………」

 この人は……さっきから一体、なにを聞きたいんだ?
 話がふらふらと、あちこちへ飛んでいく。いい加減、こちらのペースに持っていきたいものだ。

 ならば……仕掛けるのみ。

「……楽しいですよ。だって」

 傷が完全に塞がった彼の手を、私はきゅっと握り、


「クロさんみたいな人に、出会えましたから。私、この髪の色がコンプレックスだったんです。それをさっき、好きって言ってもらえて……本当に、嬉しかったです」


 と、ここで上目遣い。
 ……きた。完璧だ。
 完璧な流れで、殺し文句に持っていけた。

 さぁ、どうだ?
 どう反応する?
 あなただって、こういう夢を見たくて色酒場に来たんでしょう?

 暫しそのまま、彼の瞳をじっと見つめる。
 しかし、彼は……


「……それで?」


 ツンとした態度で、そう聞き返した。

 それで? じゃねぇええ!
 この精一杯の上目遣いが目に入らんのかコルァアアッ!!

 と、脳内で絶叫しながらブチ切れていると、


「──君さぁ」


 突然。
 彼は、私の瞳を覗き込むように、その綺麗な顔をぐっと近付けて……


「……誰にでもそういうカオして、そういうこと言うの?」
「……え?」
「誰に教わったか知らないけど、やめたほうがいいよ……安い女に見えるから」
「…………っ」


 ぱんッ!


 気がつけば、私は……
 彼の頬を、思いっきり叩いていた。

 侮辱された。
 私だけでなく、ローザさんや、ヴァネッサさんまで。
 そんな気がして、考えるより先に手が出てしまっていた。

 どうしよう。やっちゃった。
 お客さんを叩くなんて……絶対にやってはいけないことだった。


 心臓が、ドキドキと暴れ出す。
 クロさんの反応を、固唾を飲んで見守っていると……
 彼は、叩かれた頬を押さえながら──何故か、嬉しそうに舌舐めずりをして、


「いいねぇ……僕は君の、そういうカオが見たかったんだ」


 と、笑みを浮かべながら、言った。
 ……直後。

「きゃっ」

 彼は私を壁際へと追い込み……
 一方の手を壁に、そしてもう一方の手で、私の顎をぐいっと掴み持ち上げた。

 そのまま、今にも唇が触れてしまいそうな距離で……


「……さっきの言葉には、語弊があったね」


 囁く。


「僕はね……、心の内では気が強い、そんな女の子が好きなんだ。だって──」


 身体の奥にまで響くような囁きが、私を支配する。
 そして──



「その方が…………いじめがいがあるでしょう?」



 ──ばっ。

 その言葉と同時に。
 私は我に返り、彼から離れた。

 いじめる、って……この人、一体何をするつもり?

 睨みつける私の視線を、彼は笑顔で受け止める。

「ふふ。やっぱりいいね、君」
「な、何言って……」
「これでお互い、腹を割って話せるね。明日から」
「……はぁ?」
「おーい、ヴァネッサぁ」

 クロさんは意味不明なことを一方的に口にすると、何故かヴァネッサさんを呼ぶ。
 そういえば、この人……ヴァネッサさんの知り合いなんだっけ。

「なぁに、クロちゃ……あらやだ、どうしたの? ほっぺた腫れてるわよ?」

 呼ばれて店の奥から出てきたヴァネッサさんは、驚いた様子で彼に近付く。

 ……ここは、正直に言おう。
 彼を……お客さんのことを、叩いてしまったと。

 私は意を決し、「実は……」と言いかける。
 しかし、それを遮るように、クロさんがずいっと前に出て、


「僕、レンちゃんのこと気に入っちゃった。これ、二ヶ月分の指名料。先払いしとくね」


 なんて、とんでもないことをさらっと言ってのけて……
 懐から分厚い紙幣を取り出すと、テーブルにドンッと置いた。

 こ、こんなご時世に、どっからそんな大金を……?!
 っていうか……!

「二ヶ月も指名……? あたしを……?!」
「あら。いいわよクロちゃん、先払いなんかしなくても」

 そう、申し訳なさそうに言うヴァネッサさん。

 お、お願いヴァネッサさん! 断って! こいつ本当に危ないヤツだから!!
 先払いなんかされたら、指名を拒否できなくなる……!!

 ……が、私の思いとは裏腹に、クロさんはまるで無害そうな笑みを浮かべて、

「いいのいいの。どうせ後から払うんなら、まとまったお金がある内に払っておきたいだけだから。ね?」
「うーん……そういうことなら……」

 だめぇぇぇえっ!
 ヴァネッサさん、だめぇ!!

「……わかったわ。じゃあこれ、受け取っていいのね?」
「もちろん」
「い……」

 いやぁぁぁああああっ!!

「じゃ……そういうことだから」

 私の心の叫びも虚しく、交渉は、あっさり成立した。
 クロさんは、まだ一口も飲んでいなかったお酒を一気に飲み干すと、

「あ、そうだ」

 突然、なにか思い出したかのように、くるっとこちらを向いて……
 私の右手を、強引に引き寄せた。

 また怖いことを言われるのではないかと、反射的に目をつぶる。
 と、彼は私の耳に唇を寄せ、


「……あの魔法、僕以外の人間に使っちゃダメだからね?」


 そう、囁いた。

 ま、魔法……?
 なんで今さら、魔法のことなんか……

 しかし、その答えを探る前に。


「……じゃあね、レンちゃん。また明日」


 彼は、ぱっと離れると。
 にっこり笑って、店を出て行った。


 また、明日……


   …………え?
 本当に、また明日も来るの……?



「え……えぇええええ……っ?!」


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