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10 新しい私

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「──まぁ、なんて可愛らしいお嬢さんなの!?」
「ママから事情は聞いたわよ。一人だけ生き残ったんだって? 大変だったねぇ」
「お名前はなんて言うのかしら?」


 ……結果として。
 私の心配は、杞憂に終わった。
 だって、目の前にいる女性たちは皆……

 私がイメージしてたホステスとはほど遠い、おばちゃんたちだったから。


「フェ……じゃなかった。レン、ていいます」
「レンちゃんね。お名前まで可愛らしいのねぇ!」
「これ、あめちゃんあげるから後で食べなさい!」
「クッキーもあるわよ? 今食べなくてもいいからとっておきなさい! ね!」

 おばちゃんたちがわらわらと集まって来て、一斉に話かけられ、目を回していると、

「こーらみんな! 彼女困ってるじゃない、ゆっくり一人ずつ自己紹介して!!」

 パンパンと手を叩き、ヴァネッサさんが言う。
 その言葉に彼女たちは「はーい」と答え、横一列に整列して、一人一人自己紹介をしてくれた。

 あらためて見ると、その数は八人。
 最後の一人が名乗り終えると同時に、ヴァネッサさんが頬に手を当て、ため息をついた。

「本当はもう一人いるんだけど……まだ来てないのよね。何してんのかしら」

 その言葉に、「もう一人?」と小首を傾げると同時に……
 まるで、そのセリフを聞いていたかのようなタイミングで、


「ういーっす、おはようさ~ん……あー頭いたー……」


 そんな気怠げな声と共に、店のドアが開いた。

「あらら、もう始まっちゃってた? ごめんごめーん」

 そう言って店に入ってきたのは、若い女性だった。

 二十代前半くらいだろうか。
 輝く金色のショートヘア。
 切れ長で涼しげな、エメラルドグリーンの瞳。
 手脚がすらりと長い、スレンダーな身体。
 もう、誰がどう見ても美人だった。

 格好からして、彼女もホステスのようだが、この中ではダントツに若い。
 そんな綺麗なお姉さんは、ゆっくりと私に近付き、

「……ふーん」

 私の顔をまじまじと覗き込み……ニッと、口の端を吊り上げた。

「なかなか可愛い新人じゃん。あたしローザ。よろしくねん」
「れ、レンです。よろしく……」

 近くで見るとますます美人さんだ。顔ちっさ。
 しかし……ちょっと酒くさいぞ。

「こぉらローザ! 今日は十五時までに集合って言ったでしょ!? なに堂々と遅刻してんのよ!!」

 声を張り上げて怒るヴァネッサさん。ローザと名乗る美人さんは耳を塞ぎながら眉間にシワを寄せ、

「あーもう、声も顔もでかい……頭に響くー……しゃーないでしょー? 昨日はお客さんと朝まで飲んでたんだから。文句ならお客に……あーもう無理。お水ー」

 と、ふらふらしながら店の奥へ消えて行った。
 ……なるほど。なかなかにマイペースな人だ。

「もう……ごめんね、レンちゃん。あれでもいちおうウチの指名ナンバーワンだから、仲良くしてやってね」

 呆れた様子で言うヴァネッサさん。
 ということは、ここはお客さんがホステスを指名するお店なのか。

「さぁみんな、レンちゃんにはさっそく今夜から働いてもらうから、いろんなこと教えてあげてね」
「「はーい」」
「ローザも返事!!」
「あーい」

 手を上げるおばちゃんたちと、奥にあるキッチンと思しき場所から手だけを覗かせるローザさん。
 そのアットホームな雰囲気に、私はさっきまでいた、ルイス隊長のあの隊を思い出す。

 きっと隊長は、私のことを考えて、この職場を選んでくれたんだ。
 そう思うと、ちょっと泣きそうになる。


 ──本当はあの時、隊長にすがって泣きたかった。
「離れたくない。一緒にロガンス帝国へ連れて行って」と、子供のように喚きたかった。
 兵士Aと別れる時だってそう。つられて泣きそうだった。
 それを、今日はずっと我慢してたから……
 緊張が解けた途端に、溢れてしまいそうで。

 ……やだな。私、強かったはずなのに……
 いつからこんなに、泣き虫になったんだろう?


「…………みなさん」

 私は、目に溜まった涙を拭いながら、

「今日からここで働かせていただくことになった、レンといいます。未熟者ですが……あらためて、よろしくお願いします」

 深々と、頭を下げる。
 そして顔を上げると、みんな穏やかな顔で微笑んでくれていて。
 だから、私も……とびきりの笑顔を返した。




 ──この日から。
 私の、"レン"としての生活が始まった。

 そして、この場所で……
 私は、出逢ってしまう。

 気まぐれに私を翻弄する、意地悪なあの人に──


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