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3 途切れた糸
しおりを挟む──しかし。
その友好的な雰囲気を先に打ち破ったのは、他でもない私だった。
握手したままの彼の右腕をグイッ、と引き寄せ、
「いてててて! なにすんだよいきなり!」
声を上げるルイスを無視し、その腕を自分の膝に置く。
「この傷、私が治してあげる。さっきから気になっていたのよ」
先ほど彼がさすっていた腕の傷である。
近くで見ると、かなり深い刀傷のようであった。
こんな腕で私を運び、自分の治療を後回しにするなんて……本当に馬鹿だ。
「あぁ。その傷なら、さっき救護係のやつに治療してもらったばかりで……」
「はぁ? 治療済みでコレなの? 私の頭もまだ痛むし……こんなのも一発で治せないなんて、軍の救護係もたいしたことないわね」
……お察しの通り、私は気が強い。
そして、口が悪い。
と言うより、癖なのだ。
一人で生きてきたせいか、いらぬ虚勢を張ってしまう。
……それはともかく。
戸惑うルイスを尻目に、私は少し居直ると、人差し指を立てる。
そして……空中に、自らの名前を描く。
「──我が名はフェレンティーナ。
精霊よ。契約に従い、姿を示せ」
呪文を唱えると、宙に描いた『署名』が光りだす。
同時に、右手に温かい光が灯り……
それを、負傷したルイスの腕に当てる。
──と。
細胞が、組織が、皮膚が。
裂傷した箇所が、みるみる再生してゆき……
あっという間に、傷が塞がった。
「おまえ……その力……」
ルイスが、あっけにとられた表情でこちらを見てくる。
私は、少しだけ得意げに胸を逸らし、
「私の魔法は治癒系なの。ここまで完璧に治せるのは珍しいみたいだけど……それにしたってここの救護係、腕なさすぎるんじゃない? ちゃんと魔法の訓練受けてるくせに、一般人の私より能力が低いなんて。私が自分で自分を治癒できたら、こんなのすぐ治せるのにな」
と、まだ痛む頭を押さえて、そう言った。
魔法というのは、一種の"個性"である。
私が使う治癒系の魔法も、似た能力はあっても、全く同じものを持つ者は絶対に存在しない。
例えば、私の魔法は、『人間が元来持つ再生能力を刺激し、急速に治癒を促す』というものなのだが、自分以外の人間の傷しか治せない。
逆に、自分の傷しか治せない人もいるだろうし、自分も他人も癒せる人もいるだろう。
完璧に治癒できる代わりに、ものすごく時間がかかるという人もいるかもしれない。
魔法が使えるようになるのは、十四歳から。
十四歳の誕生日を迎えると、その者を守る精霊がやってくる。
そして、契約を結ぶのだ。
その者の命が尽きるまで、生を共にし、助けるという契約を。
契約者は自らの血を以て署名をし、契約文を唱える。
すると、魔法が発動する。
普段は目に見えない精霊が、魔法となって具現化するのだ。
そこで初めて、自分にはどのような精霊がやってきたのか、どんな魔法を使えるのかを知ることになる。
契約以降は自らの名前を宙に記し、呪文を唱えればいつでも魔法が使える。
しかし魔法は、ちゃんとした訓練を受け経験を積まなければほとんど実用性がなく、百パーセントの力が発揮されることはないらしい。スポーツしかり、勉学しかりである。
なので、専門の学校や国軍など訓練をしてもらえる機関はあるのだが、魔法を個人的に乱用する人間が増えることを避けるため、入るには相当厳しい審査がいる。
当然、私なんかは平凡な、むしろ貧しい家の出なので、魔法に関する専門教育を受けたことは一切ない。
しかし私は、訓練を受けていない状態でさえ、軍の救護係を凌ぐほどに強力な、ほぼ完治できるくらいの力を持っているのだ。
つまりは──天才なのである。
「ここまで潜在能力の高い人間は……見たことがねぇ」
さっきまであった傷を探すように腕をさするルイスに、私は肩をすくめる。
「ま、この能力を買われたせいで、あんな中央の街まで連れてこられちゃったんだけどね」
「どういうことだ?」
「私、孤児なのよ。父も母も他界して、いないの。本当なら故郷の村にある孤児院で暮らすはずだったんだけど……あの街の領主が私の治癒能力を見込んで、何かあった時のために使用人として引き抜いてきたってわけ。でも……」
私は口元に笑みを浮かべ、先ほどの光景を思い出す。
血を流し、力なく横たわる、彼らの真っ赤な姿を……
「……皮肉よね。私以外みんな、先に死んじゃった。私がいたって、癒す前に死なれちゃったら、いる意味なんてないのに」
「フェル……」
ルイスの手が、私に向けられる。
言ったことに対する罪悪感からなのか、なんとなく、叩かれる気がした。
反射的に、ぎゅっと目を瞑る。
……しかし。
その手は優しく、両肩に置かれただけだった。
「え……?」
面喰った私の目の前に、ルイスの銀色の瞳があった。
そのガラス玉のような両目が、私の目をまっすぐに見つめている。
そしてそれが、少しだけ悲しげに歪む。
「……強がらなくていい」
「はぁ? いきなりなにを……」
「あんな目にあったんだ。本当は、怖くてたまらなかっただろう。今だって、敵国の人間を前にして、死ぬほど緊張しているはずだ」
「な……」
「もう、大丈夫だ」
「…………」
「もう、安心していいんだ。お前は、助かった。生きている。それだけで、今は充分だろう。だから……そんな辛そうな顔で笑うな」
その、たった一言で。
一瞬だった。
気がついたら、涙が溢れていて、止まらなくなっていた。
「……え……なに、これ……」
一体どうしたというのだろう。
死体を目にした時も、自ら死を覚悟した時でさえ、一滴も流れなかった涙が──
今になって、後から後から零れてくる。
そんな私の姿を見て、ルイスは笑う。
「そうそう。泣きたきゃ泣け。無理して笑われるよりは、そっちの方がずっといい」
「ば……ばっかじゃないの……っ」
泣き顔を見られないように、私はルイスから顔を背ける。
悔しいけど、彼の言う通り……
本当は、すごく怖かった。
悲しかった。絶望した。
知っている人間の死。
肉親を亡くしていたって、人の死は、慣れるはずもなくて。
……だけど。
私は、生き残った。
助かった。助けられた。
そのことに安心してしまう自分と、死んでいった人たちへの罪悪感や無力感が混じり合って……
ぐちゃぐちゃな感情が、涙となって溢れ出した。
「…………っ」
どうしよう。
泣きたくないのに、泣いたって意味なんかないのに、涙が止まらない。
すると……
──ぽんっ。
ルイスが、私の赤い髪に手のひらを乗せて、
「おまえさんが生きていてくれてよかった……ありがとうな」
なんて、心の底から思っているような声で言ってくるから。
私はもう、強がりも言えずに。
「う……ぅわぁあああっ……!」
嗚咽を漏らしながら、彼の前で、思いっきり泣いた。
これが、私とルイス隊長の出会い。
この出会いから……
私の人生は、まったく違う色に染まってゆくことになる──
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