追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

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41 最後の戦い

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「――『聖エレミア祭』のお休みに入る前、エミディオさんが私のところに来て、今回の作戦に同行しないかと誘ってくれたんです」


 ファティカ様の水の魔法により完全に鎮火された教会から、私たちは無事救出され……
 今、教会の外で特殊捜査部隊に囲まれながら、私はジンさんの傷を治癒していた。
 
 ドロシーさんも先に救助されていたようで、部隊の人に保護されている。教会が全焼し、愕然としている様子だ。
 
 ジンさんは背中全体と後頭部を強く打ち、皮膚を火傷しているが、命に関わるような怪我は見られなかった。
 これなら数分あれば癒せそうだと思いつつ、私はファティカ様がここに現れた経緯を聞いていた。

「組織がどれほどの戦力を有しているのかはわからないけれど、少なくとも今判明している限りでは、"魔法能力を見抜く力"を持つ者と、"炎を自在に操る力"を持つ者がいる……後者が現れた場合、こちらは鎮火に兵を割かれ、不利を強いられることになる。そこで、水を自在に操る能力を持つ私に消火係として同行してほしいと、そう言っていただいたのです」
「消火係……」

 その表現は言い得て妙で、ファティカ様の消火のお手前は見事だった。教会の屋根にまで到達していた炎を、一瞬で消し去ったのだから。
 恐らく精鋭揃いの軍部や特殊部隊においても、彼女ほど広範囲且つ精度の高い水魔法を操れる者はいないのだろう。
 
 私の治癒を受けながら、ジンさんが呆れたように息を吐く。

「まったく、エミディオのやつ、いつの間にそんな手回しを……まだ学生である彼女をこんな危険な現場に駆り出すなど、あり得ない話だ」
「でも、私は嬉しかったです。メルフィーナさんとアーウィン先生のお力になりたいと心から思っていたので……こうしてお二人を助けることができて、本当によかったです」

 そう言って、ファティカ様は誇らしげに笑う。その表情は晴れやかで、こちらまで笑顔になるような清々しいものだ。

「……そうですね。ファティカ様が来てくださらなかったら、私たちはきっと助からなかったでしょう。本当に、ありがとうございました」

 そう言って、私も笑顔を返した。
 
 しかし残念ながら、そんな和やかな雰囲気に浸っている暇はあまりなかった。
 炎を放った組織の人間を追うエミディオさんはまだ戻って来ていない。
『選定者』も、一命は取り留めたものの、全身に火傷を負い意識を失ったまま。この後どう動くべきか、早急に考えなければならなかった。
 
「ジンさん……これから、どうしますか?」

 傷を癒しながら、彼に尋ねる。
 ジンさんは、考え込むように俯くが……そこで駆けるような足音が聞こえ、ぱっと顔を上げた。その視線の先には、

「……エミディオさん! 炎の術師が捕まったのですか?!」

 本人の顔に戻ったエミディオさんが、こちらへ駆けて来た。私の問いに、彼は首を横に振り、

「いや、まだ仲間が追っている。今後の動きを決めるため、僕だけ戻って来た」

 と、悔しげに答えた。
 
 それを聞いたジンさんが、徐ろに立ち上がる。
 私が「まだ治療が……」と言いかけるが、彼はこちらに振り返り、

「……メル。このナイフの記憶を見て、組織の潜伏先を探ってくれないか?」

 そう、私に尋ねた。
 その手にあるのは、先ほど『選定者』が振るっていた鈍色のナイフだ。他の所有物は焼けてしまったが、確かにこれなら記憶を辿れるだろう。
 
 しかし……
 それをすれば、ジンさんはきっと行ってしまう。
 この『復讐』の、最後の戦いに。

「…………」

 そうなることはわかっている。
 でもこれは、私にしかできないこと。
 
 だから、私はナイフをそっと受け取り、手のひらに乗せ――意識を集中させた。

(教えて……あなたは、どこから来たの?)

 直後、閉じた瞼の裏に、情景が映し出される。
 それは、このナイフが『選定者』の元で過ごした時間の記録。
 時を高速で戻すような情景の移り変わりに眩暈を起こしそうになるが、意識を保ち、探っていく。
 そして……



 ♦︎  ♦︎  ♦︎  ♦︎



(……ここは……?)


 時の動きが緩やかになり、私は記憶の中を観察する。

 そこは、どこかのお屋敷のような場所だった。
 噴水が輝き、真っ赤な薔薇が咲き誇る美しい庭を、『選定者』が進んで行く。
 
 そして、そのまま建物の中へと入る。
 これは……塔のようだ。
 石の壁と、ぐるぐる回る螺旋階段がしばらく続き……やがて、階段が途絶えた。頂上の部屋に辿り着いたのだ。
 
 扉を開けると、円形の部屋に三人の男がいた。皆、使用人のような黒いスーツを身に纏っている。
 その内の一人が、『選定者』に向けて言う。

「よう、戻ったか。今回のはどうだった? 目ぼしいは見つかったか?」
「いや、駄目だ。今月はどこも不作だな。依頼主には来月まで待ってもらうしかない」
「そうか。なら、今月は大人しくおもての仕事に従事しますか。すえの坊ちゃんのご結婚もまもなくだし、何かとバタつくだろうからな」

 男が、気怠げに肩を竦める。
 
 つまり組織は、どこかの良家で、使用人になりすましているということ……?
 ならば、ここは一体どこのお屋敷だ?
 何か……何かヒントになるようなものはないだろうか……

 記憶の中を懸命に探っていると、『選定者』が「あぁ」と声を上げ、

「その弟君おとうとぎみに贈るお祝いの品は無事に入手できた。早く旦那様にお渡ししないと」
「はは。父親や兄が裏で何をやっているかも知らずに、哀れな三男坊だな」
「ま、あの性格ではな。今回の婚約は良い着地点だったと思うぜ」
「はっ、よく言うよ」

『選定者』の言葉に、吐き捨てるように笑う男。様々な呼び名が飛び交う会話の内容を、私は一度整理する。

("弟君おとうとぎみ"に、"旦那様"……どこかの一族の"父親"と、その息子の内の"兄"の方が、この組織を操る黒幕なの……?)

 そこで、情景が再び動き出す。『選定者』が螺旋階段を下り始めたのだ。
 
 そして、先ほどの美しい庭を抜け、屋敷の母屋と思しき建物に入ろうかというところで、

「あぁ、旦那様。こちらにいらしたのですね」

『選定者』が、足を止めた。
 
 視線を向けたその先には……一人の男がいた。
『選定者』の声に、男はブロンズの短髪を揺らしながら振り返る。
 歳は三十代前半といったところか。中肉中背の身体にスーツを纏った、無表情な男だ。

(これが"旦那様"……兄弟の"兄"の方で、組織を操る黒幕の一人……?)

 淡々とした雰囲気を醸し出すその男に、『選定者』が近付く。

「頼まれていた品をお届けに参りました。こちらでございます」
「ん、ご苦労だった。部屋まで運んでくれ」
「かしこまりました」

『選定者』は使用人然とした振る舞いで頭を下げ、"旦那様"の後に続き、母屋へと入る。
 と、"旦那様"はこちらを、振り返らないまま、

「……父に頼まれていた方のはどうだった?」

 そう尋ねた。
『選定者』は、低い声で答える。

「残念ながら、依頼主のご希望に沿うには巡り会えませんでした。時期と場所を変え、改めてに向かう他ないと存じます。大旦那様にもそのようにご報告致します」
「そうか。今後の情勢に関わる重要な取り引きだからな。そちらを最優先に動いて構わない」
「かしこまりました」

 そのやり取りを聞き、私は胸を騒つかせる。
 何故なら……気付いてしまったから。


『良品』。『仕入れ』。
 そして先程、塔の上で男が言っていた『品定め』。

 言葉を選んではいるが、これって……

 ……間違いない。
 次に拉致する子供についての話だ。


(…………ッ)

 私は怒りと恐怖に鼓動を高ぶらせながら、母屋の中を観察する。

 許せない……何としてもこいつらを捕まえないと。
 ここはどこの屋敷なの? 早く特定に繋がるものを見つけなきゃ。


 と、"旦那様"と呼ばれる男に続き上った階段の踊り場で――私は、目を疑うものを発見する。


 それは、壁に飾られた大きな旗。
 金色の糸で、紋章が刺繍されている。

 この家の家紋と思しきその紋様に、私は……覚えがあった。


「まさか……ここって……!」



 ♦︎  ♦︎  ♦︎  ♦︎



 ――そこで、私の意識は現実に戻った。
 今見た記憶の衝撃に、鼓動がバクバクと跳ねている。


「メル……平気か?」

 ジンさんが、私の顔を覗き込む。
 私はごくっと喉を鳴らし、彼を見上げ……


「……組織を操る黒幕がわかりました……デヴァリア伯爵と、その息子です」


 声が震えるのを堪えながら、言った。

「デヴァリアって……あの、デヴァリア領のですか?!」

 ファティカ様が驚愕の声を上げる。
 彼女にも馴染みのある名だ、耳を疑うのも当然だろう。



 ……そう。
 デヴァリア家は、ファティカ様の義姉・ドリゼラの婚約者である、ガヴィーノの家。

 その一族の家紋は、一輪の薔薇に二匹の蛇が絡まるような意匠。
 私が見たのは、それと同じ紋章が描かれた旗だった。



「……はい。『選定者』が"旦那様"と呼ぶ男の家に、デヴァリア家の家紋が掲げられていました。弟がまもなく結婚すると言っていたので、ガヴィーノの二人の兄の内のどちらかでしょう」

 私はジンさんを見上げ、さらに情報を伝える。

「組織は、表向きはデヴァリア家の使用人として働いているようです。屋敷内にある塔が話し合いの場になっていました」
「なるほど、組織の人間を使用人として抱え込んでいたのか……通りで足が付きにくいわけだ」
「塔のある屋敷っていうと、長男のメイガスの家だろうね。拠点をデヴァリアの本家から離すことで、捜査の目が及ばないようにしていたんだ」
「ヒルゼンマイヤー家はデヴァリア家を介し、ファティカの拉致を企てた。そして、その繋がりをより強固なものにするため、ドリゼラとガヴィーノの縁談を組んだ、と……全て繋がったな」

 ジンさんとエミディオさんが納得したように言う。
 そして、ジンさんはエミディオさんの方を向き、

「エミディオ、行けるか?」
「もちろん。すぐに出発しよう」

 そう、短く確認した。
 そのやり取りに、私は「やっぱり」と思う。

「ジンさん……このまま、向かわれるのですね」

 胸に手を当て、尋ねる。
 ジンさんは頷き、迷いのない瞳で私を見つめ、

「あぁ。組織はまだこの状況を知らない。炎の術師より先に拠点へ辿り着けば、一網打尽にできるはずだ」
「そうそう。僕が『選定者』の姿で向かえば、よりスムーズに入り込めるしね」

 エミディオさんも、前向きな声で言う。
 
 確かに、この機を逃さない手はなかった。
 今回ばかりは、私が行っても足手纏いにしかならないことは明白だ。武力では、とてもじゃないが役には立てないから。

 ここから先は、お二人と特殊部隊のみなさんに任せるしかない。
 けど……


「…………」


 ……本当は「行かないで」と、「私も連れてって」と言いたい。

 でもこれは、ジンさんの人生を賭けた『復讐』。
 十年間追い続けた組織に、ここまで迫ったのだ。今止めるわけにはいかない。

 ……だから。


「…………いってらっしゃい」


 あらゆる言葉を飲み込み、私は彼に、そう伝える。



「……必ず、『復讐』を果たして来てください。私はあの家で、あなたの帰りを待っています。だから……だから…………っ」



 駄目だ。毅然とした態度で送り出したいのに、涙が込み上げてきてしまう。
 情けなく声を震わせる私を、ジンさんはそっと抱き、



「あぁ……必ず戻る。約束だ」



 耳元で優しく、そう囁いて。

 そのまま振り向くことなく、最後の戦いへと向かって行った――


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