37 / 47
37 聖エレミア祭
しおりを挟む――この世界は、『世界樹』という巨大な樹木に実る一つの果実であると考えられている。
『世界樹』は、それぞれの果実が大きく育つよう、常に見守っている。
その『世界樹』の化身として語られるのが、聖エレミア。
伝承には金髪の少年の姿で登場することが多いが、羽の生えた白馬や、金色の竜となって人々の前に現れたとも云われている。
そして、私たちに魔法の力を授ける『精霊』。
これは、『世界樹』に咲く花の花粉から生まれたとされている。
つまり、聖エレミアは『精霊』たちの王。
『聖エレミア祭』は、世界の創造主にして精霊の王であるエレミア様をお祝いする、この国最大のお祭りなのだ。
その『聖エレミア祭』を翌日に控えた今日。
私は馬車に乗り、王都に隣接するカルミア領に向け、出発した。
目指すは、ドロシーさんのいるあの教会。実に一ヶ月ぶりの訪問である。
年に一度のお祭りを控え、王都は準備に勤しむ人々で賑わっていた。
お祭りは明日から五日間。この期間は学校や多くの職場が休みとなり、みな聖歌隊の合唱や仮装パレードなどを見に街へと繰り出す。
城下町の商店街にはカラフルな三角旗が掲げられ、神と精霊と人の親和を表わす花輪や、エレミア様を象徴する十二芒星が至るところに飾られていた。
そんなお祭りムードな街の景色を馬車から眺めつつ、私はぼんやりと考える。
(ドロシーさん……あれからどうしているかな)
アルコール依存気味で、金にがめついところは変わっていないのだろうが……せっかく活気を取り戻したあの教会が、また暗く寂しい雰囲気に戻っていやしないかと、少し心配になる。
……否。これは、今置かれた状況から現実逃避するための、仮初の心配事だ。
今の私には、もっと気がかりなことがあった。
それは……
「――ジンさん……いい加減、離れてもらえませんか?」
馬車に乗り込んで以来、私の隣にぴたりと寄り添って座り、片手で私の腰を抱き、もう一方の手で私の手をぎゅっと握るジンさんの存在、である。
恥ずかしさに震えながら言うと、彼はキリッとした目で私を見つめ、
「嫌だ。離れない」
キッパリと、駄々を捏ねた。
どうやら私を心配するあまり、既に警戒モードに入っているようなのだが……
離れるどころか握る手により力を込めるジンさんに、私はため息をつく。
「こんな出発直後から狙われるわけがないでしょう? 警戒するだけ無駄ですよ!」
「いや、作戦は既に始まっている。一秒たりとも気は抜けない。手を塞いでしまってすまないが、痒いところがあれば俺が代わりに掻いてやる。遠慮なく言ってくれ」
「そんなこと頼むわけないし、そういう問題じゃないですよ!!」
思いっきりツッコむが、ジンさんは動じない。
嗚呼、こんな時、エミディオさんがいてくれれば止めてくれたのかもしれないが……
(……いや、あの人の場合、この状況を面白がってより悪化させるかもしれないな……)
と、悪戯なあの笑みを思い出し、再びため息をついた。
エミディオさんは特殊部隊の方々と教会に向かうため、今は別行動をしていた。後ほど現地で落ち合う予定である。
教会に着いた後の作戦はこうだ。
まずジンさんが私の影に入り込み、一番近い位置で護衛をする。
エミディオさんを含む特殊部隊の方々は教会を包囲するように監視し、『選定者』が現れるまで待機。
私はドロシーさんを訪ね、「仕事をクビになったので戻って来た。また聖女として使ってもらえないか?」と願い出る。断られる可能性はほぼないので、そのまま聖女として復職する。
明日からのお祭り期間中に再び来訪者(とお布施)を集めるべくドロシーさんが呼び込みをするだろうから、私が戻ったという噂を聞きつけ、『選定者』が現れるのを待つ、というわけだ。
奴が現れたとして、私にどう接触するかはわからない。
以前のように"傭兵のセドリック"として治癒を求めに来るかもしれないし、夜いきなり現れて拉致を強行するかもしれない。最悪の場合、組織の仲間を連れて来る可能性もある。
私とジンさんとエミディオさんはあらゆるパターンを想定し、綿密に作戦を練った。
あとは、お祭りの期間中に現れることを願うばかりだ。
(……そういえば、エミディオさんの魔法の能力については、結局教えてもらえなかったな)
と、昨日までの作戦会議を振り返りながら思う。それとなく尋ねようとしたが、のらりくらりとはぐらかされたのだ。
何度も顔を合わせているため忘れそうになるが、エミディオさんは潜入捜査を行う隠密部隊の人間だ。自身の切り札である魔法については、簡単に教えるわけにいかないのだろう。
何にせよ、これだけすごい人たちが万全の態勢で護ってくれるのだ。私は大船に乗ったつもりで囮になろうとしているのだが……
私の手を握るこの人は、やはり不安で仕方ないらしい。
きっと過去に、大事な人たちを奪われているからだろう。
大丈夫だと安心させたくて、私が声をかけようとすると、
「……俺のせい、だな」
その前に、ジンさんが呟く。
「俺が君に『魔法を学べ』と勧めなければ、君が『復讐』に深入りすることもなかった。そもそも、君を『協力者』に選ばなければ、こんな危険な目に遭わずに済んだ……こうなったのは、全て俺の責任だ。本当にすまない」
そう言って、心苦しそうに目を伏せるジンさん。
もう……この人は。
私は笑みを浮かべ、首を横に振る。
「いいえ、むしろ逆です」
「逆……?」
「あの日、ジンさんが連れ出してくれなければ、私は組織に捕まっていました。あの時、ジンさんが魔法を学ぶよう勧めてくれなければ、私は一生自分のトラウマと向き合えないままだったでしょう。だから……本当に、ありがとうございます」
……そう。全ては、ジンさんに出会えたから。
その気持ちを伝えたくて、私は彼の手を握り返す。
「ジンさん、前に言ってくれましたよね? 私のお陰で毎日笑えるようになった、って。私も同じです。ジンさんがに出会えたから、毎日が楽しくて……生まれて初めて、"自分の人生"を生きている感覚になれました」
そして。
深く青い、夜空のような瞳を見つめ、
「このシナリオを選んだのは私の意志であり、私の我儘です。ジンさんのせいなんかじゃありません。だから……どうか、そんな顔をしないでください」
切なげに私を見つめる彼に、そう言った。
ジンさんは、少し泣きそうな顔をすると……
私の身体を、ぎゅっと抱き締めた。
突然の抱擁に、心臓が跳ね上がる。
馬車が揺れる音より、自分の鼓動が煩く聞こえる。
その、ドキドキという音の合間に、
「……メル……俺は…………」
ジンさんが、何かを言いかける。
しかし、彼は途中で言葉をぐっと飲み込み、
「…………いや。やはり、今は言うべきではないな」
そう言いながら、私の身体をそっと離した。
何を言いかけたのか気になり、問いかけるように見上げると、彼はふっと笑って、
「……全てが片付いたら、君に伝えたいことがある。聞いてもらえるか……?」
と、私の頬を優しく撫でた。
彼の手の感触が、もどかしそうなその視線が、なんともくすぐったくて……どうしようもなく、胸が高鳴る。
彼が伝えたいことが何なのか、楽しみなようで怖いような、そんな気持ちになり、
「はい……聞かせてください。全てが、終わったら」
これからの作戦への決意を込めながら、私は、彼の瞳に真っ直ぐに答えた。
* * * *
早朝に王都を出発した馬車は、昼過ぎにカルミア領へ到着した。
ドロシーさんの教会から少し離れた場所で馬車を降り、街中を歩く。王都と同じく、お祭りの準備に盛り上がり、華やかな飾りで彩られていた。
たくさんの人が行き交う大通りを歩き、ジンさんと共に教会の方へ向かっていると、
「――予定通りに」
誰かが、すれ違い様に、耳元で囁いた。
(今のは……エミディオさんの声?)
慌てて振り返るが、彼の姿はない。
呆然としていると、ジンさんが私の手を引き、
「……どうやら、あいつも無事に到着したようだな」
そう言って、大通りを抜け、人気のない路地裏へと私を引き込んだ。
狭く、薄暗い小路。
そこは、光の溢れる賑やかな表通りとは対照的な、影の世界。
その日の当たらない場所で、ジンさんは私を壁際に追い込むように手をつくと、
「……君のことは、俺が絶対に護る。常に見守っているから……君は安心して自分の役割を全うしてくれ」
闇の中で、青い瞳を光らせながら、そう言った。
いよいよだ……
ここから、私の囮作戦が始まる。
覚悟なら、とうの昔にできていた。
私はしっかり頷くと、彼を見上げ、
「――はい。『出戻り聖女』を完璧に演じてみせますから……一番近くで見ていてください」
自信たっぷりに、笑みを浮かべた。
ジンさんもつられるように笑うと、
「あぁ……それは楽しみだ」
その言葉を最後に。
彼は、私の足元に広がる黒い影の中へと、静かに沈んでいった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。
【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り
楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。
たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。
婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。
しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。
なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。
せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。
「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」
「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」
かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。
執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?!
見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。
*全16話+番外編の予定です
*あまあです(ざまあはありません)
*2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません

私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

《完結》国を追放された【聖女】は、隣国で天才【錬金術師】として暮らしていくようです
黄舞
恋愛
精霊に愛された少女は聖女として崇められる。私の住む国で古くからある習わしだ。
驚いたことに私も聖女だと、村の皆の期待を背に王都マーベラに迎えられた。
それなのに……。
「この者が聖女なはずはない! 穢らわしい!」
私よりも何年も前から聖女として称えられているローザ様の一言で、私は国を追放されることになってしまった。
「もし良かったら同行してくれないか?」
隣国に向かう途中で命を救ったやり手の商人アベルに色々と助けてもらうことに。
その隣国では精霊の力を利用する技術を使う者は【錬金術師】と呼ばれていて……。
第五元素エーテルの精霊に愛された私は、生まれた国を追放されたけれど、隣国で天才錬金術師として暮らしていくようです!!
この物語は、国を追放された聖女と、助けたやり手商人との恋愛話です。
追放ものなので、最初の方で3話毎にざまぁ描写があります。
薬の効果を示すためにたまに人が怪我をしますがグロ描写はありません。
作者が化学好きなので、少し趣味が出ますがファンタジー風味を壊すことは無いように気を使っています。
他サイトでも投稿しています。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。
【完結】追放された元聖女は、冒険者として自由に生活します!
蜜柑
ファンタジー
レイラは生まれた時から強力な魔力を持っていたため、キアーラ王国の大神殿で大司教に聖女として育てられ、毎日祈りを捧げてきた。大司教は国政を乗っ取ろうと王太子とレイラの婚約を決めたが、王子は身元不明のレイラとは結婚できないと婚約破棄し、彼女を国外追放してしまう。
――え、もうお肉も食べていいの? 白じゃない服着てもいいの?
追放される道中、偶然出会った冒険者――剣士ステファンと狼男のライガに同行することになったレイラは、冒険者ギルドに登録し、冒険者になる。もともと神殿での不自由な生活に飽き飽きしていたレイラは美味しいものを食べたり、可愛い服を着たり、冒険者として仕事をしたりと、外での自由な生活を楽しむ。
その一方、魔物が出るようになったキアーラでは大司教がレイラの回収を画策し、レイラの出自をめぐる真実がだんだんと明らかになる。
※序盤1話が短めです(1000字弱)
※複数視点多めです。
※小説家になろうにも掲載しています。
※表紙イラストはレイラを月塚彩様に描いてもらいました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる