追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

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23 隠された力

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 ――それから。
 私は、自分の魔法の能力を高めるため、必死に勉強した。

 ジンさんの講義をしっかりメモに書き留め、与えられた自己分析の課題をこなし……
 空いてる時間には、ジンさんの研究室や図書館にある本を読み、真の力に目覚めるきっかけを模索した。

 理由は、ただ一つ。
 ジンさんの『復讐』に、最後まで必要とされる人間になりたいから。


『君は、「俺が優しく扱うに値する人間」だ』


 ジンさんは、そう言ってくれた。
 聞きようによっては高慢に聞こえるが、私にとってはこの上なく嬉しい言葉だった。

 ジンさんは、出会った時からずっと、私を『復讐の協力者』ではなく『一人の人間』として扱ってくれた。
 だから私も……『雇用主』ではなく、『ジンさん』という人のためにできることをしたい。
 
 彼はいつか、犯罪組織と直接対峙する。
 暗殺や人身売買を請け負うような危険な組織だ。ジンさんの『影』の能力はすごいけれど、無傷でいられる保証はない。
 私が今よりもっと強力な治癒能力に目覚めれば、きっと彼の力になれるはず。
 
 期限は『入学祝賀会』の日。
 それまでに真の力に目覚め、彼に『側に置くべき人間』として認めてもらいたい――




「――では、それぞれ演習を開始してください」

 一週間後。
 私は今日もジンさんの講義を聞いていた。
 
 この日の授業は、屋外演習場での魔法の実技演習。広大なフィールドに生徒たちが距離を空けて立ち、自身の魔法を発動させてゆく。
 私は演習場の出入口にあたる扉の陰で、その様子をこっそり覗いていた。

「最初はいつも通りで構いません。そこから徐々に、自身が思い描く『理想の形』を再現できるよう意識してみてください」

 演習場の中央に立つジンさんが言う。
 それを聞き、私は自分の手のひらを見つめる。

「私の場合、癒す対象がなければ演習もできないんだよね……」

 私の能力は、水や炎を自在に生み出すような能力と違い、"実際にやってみる"ということがなかなかに難しかった。
 目の前に都合良く怪我人が現れるはずもないし、かといって自分の身体を傷付けるのは意味がない。私の治癒能力は、自分の怪我には効かないからだ。
 
 しかし、それを理由に手を止める暇も私にはない。
『祝賀会』の日まで、もう二週間もないのだから。
 
 実践が無理なら、せめてイメージトレーニングだけでもしよう。
 そう考え、練習台になりそうなものがないか周囲を見回し……ふと、校舎の壁に目を留めた。
 
 真っ白な廊下の壁面に、何かで引っ掻いたような傷があった。演習場への出入りが多い場所だから、講義で使う器材などが当たったのかもしれない。
 
 人の身体にできた傷ではないけれど……何もないところに力を発揮するよりは、具体的なイメージができそうだ。

 私は壁の傷に手を掲げ、ジンさんの指示を思い出す。

「最初はいつも通りに力を発動させて……そこから徐々に、『理想の形』を再現できるよう意識する……」

 傷を癒す時、私はいつも「この傷を治したい」、「痛みから解放してあげたい」と考え、意識を集中させる。
 すると、その意志に応えるように手のひらに"気"が集まり、傷が塞がっていくのだ。
 
 でも、次の段階へ進むには、魔法における『理想の形』を思い描かなければならないらしい。
 
『理想の形』……例えば、もっと早く癒したい、とか?
 痛みだけでも先に取り除いてあげたい、とか?
 うーん……この治癒の力をさらに高めるには、どのような意識が必要なのだろう?

「……とりあえずこの壁、綺麗に直したいな……ここだけ傷付いてて、なんか気になるし……」

 と、集中が切れ、つい壁の傷に意識を向けた――その時。
 私の手から、ふわっと熱が放たれ……壁の傷に、変化が現れた。
 
 抉れた箇所が、徐々に塞がってゆく。
 擦れて付いた黒い汚れも、みるみる内に消えてゆき……
 まるで新品に戻ったかのように、真っ白で美しい壁へと変わった。

 私は、そこだけ綺麗に修復され、かえって周囲の汚れが目立つようになってしまった壁を見つめ……

「………………へっ?」

 額に汗を浮かべながら、素っ頓狂な声を上げた。



 * * * *



(知らなかった……私の力が、人の傷以外にも使えるなんて……)


 講義が終わり、ジンさんのお屋敷に帰った後も、私は信じられない気持ちでいっぱいだった。
 
 十三歳の誕生日に精霊から魔法を授かる時、私たちは、自然と自身の能力について理解する。
『私にはこういう力が宿ったのだ』と、曖昧でぼんやりした認識が、ふわりと意識の中へ降りてくるのだ。

 私が魔法を授かった時に感じたのは、人の傷を癒すイメージだった。
 だから、そもそも人以外にこの力を使おうと思うことすらなかったのだが……

(もしかして、私の魔法って……『治癒』じゃなくて、『修復』に近い? 今度、他のものでも試してみようかな……)

 そんなことを悶々と考えていると、

「――メル、見てくれ。にんじんが綺麗に切れた。確実に上達していると思わないか?」

 隣で、エプロン姿のジンさんが嬉しそうに言う。

 今日も今日とて一緒に夕食作りをしているわけだが……エプロン姿がすっかり板に付いてきたように思う。
 キラキラとした瞳で意見を求める彼に、私は思わず微笑み返す。

「本当だ、すっごく上手に切れていますね。リズムもどんどん早くなっているし、流石です」
「ふふ、そうだろう? 俺は優秀だからな。次は玉ねぎを華麗に切ってやろう」

 私の返答に満足げに頷くと、ジンさんは玉ねぎと格闘し始めた。
 一生懸命な横顔がなんだか子供みたいで、つい微笑ましく見つめていると、彼が玉ねぎを刻みながらこう続ける。

「理論を理解し、実践し、改善点を見出す。何事もその繰り返しだ。上達に、近道などないからな」

 それは、彼自身の料理スキルに対して言ったのだろうが……その言葉に、私は自分が今置かれている状況を重ねた。
 
(そうか。私に足りないのは、実践経験だったのかもしれない。怪我の治癒だけじゃなく、もっといろんな場面で魔法を使ってみることで、能力を高めるヒントが見つかるのかも……)
 
 やはりジンさんは、すごい『先生』だ。
 知識だけじゃない。自身の能力を高めるために必要な心構えやプロセスを、彼は知っているのだ。
 
 真の力に目覚めるまで、自分一人でなんとかしようと思っていたが……やっぱり、今日起きたことを相談してみよう。
 そう思い立ち、私はお鍋の準備をしながら、こう切り出す。
 
「ジン。実は、今日…………」

 ……と、そこまで言って、すぐにハッとなる。
 しまった。こんなことを考えていたから、つい『先生』と呼んでしまった……!

「あっ……す、すみません、間違えました!」

 恥ずかしくなり、慌てて訂正する……が。
 私が言うと同時に、ジンさんが――包丁で、ザクッ! と手を切った。

「き……きゃーっ! だだだ大丈夫ですか?!」
「すまん。動揺した」
「えぇーっ?!」

 血をダラダラと流すジンさんの手を取り、私は水で傷口を洗う。

「もう、最近は指を切ることも減っていたのに……すぐに治しますね」
「いつもすまない」

 ジンさんが申し訳なさそうに言う。呼び間違えを揶揄からかわれると思っていたのに、こんなに動揺するなんて……ちょっと意外な反応だ。
 
 私は水を止め、傷口に手をかざす。
 ジンさんの手は、指がスラッと長くて、それでいてゴツゴツと男性らしくて……何度傷を癒しても、未だに緊張してしまう。

 しかし、ドキドキしている場合ではない。
 私はいつものように意識を集中させ、手のひらから"気"を流し、傷を癒し始めた。

(……確かに、こうして見ると私の力って……『癒す』と言うより、対象を『修復している』ように見えるかも)

 まるで時を戻すように塞がっていく傷を見つめ、そんなことを考える。

 ……と、そこで。
 彼の手の甲に、古い傷痕があるのを見つける。
 今まで気付かなかったが……これは、火傷の痕だ。

(こんなところにも痕が……背中だけじゃなく、見えないところにもまだあるのかな?)

 彼が感じた熱や痛みを思い、私は胸が苦しくなる。
 事情はわからないが……きっと辛い経験だったに違いない。

 私が癒せるのは、今、目の前にある傷だけだけど……


(ジンさんが今までに感じた痛みや苦しみも、全部なかったことにできたらいいのに……)


 そう、願うように思った――刹那。


 私の手から、今まで感じたことのないような"気"の流れが放たれた。


 ジンさんもそれを感じ取ったのか、驚いたように見つめる。

「これは……!」

 突然の事象に戸惑っていると、放たれた"気"が僅かな熱を帯びながらジンさんの手を包み……
 包丁で切った傷だけでなく、火傷の痕までも、すっかり綺麗に消し去った。

「……痕が、なくなっている」

 ジンさんは、自分の手を様々な角度から眺め、驚愕する。
 私は余計なことをしてしまったような気持ちになり、すぐに謝罪する。

「す、すみません! 私、頼まれてもいないのに……!」
「いや、非常に興味深いものを見せてもらった。君は、十年も前の傷痕を治すことができるのだな……すごい力だ」

 感心したように言うジンさん。その賞賛を嬉しく思う一方で、私は……『十年も前』という言葉について考える。

(つまり、この火傷を負ったのは、ジンさんが精霊から魔法を授かる前の出来事……? 『影』の魔法と、火傷を負った出来事には、やっぱり何か関係があるのかな……?)

 脳裏に浮かんだ仮説の真偽を、目の前の彼に尋ねたくなるが……彼は、私の顔をじっと見つめ、

「恐らく、普段とは違う意識が働いたために、強力な力を発揮できたのだろう。今の感覚を忘れないことだ」

 そう、教師の顔で言う。

「普段とは、違う意識……」

 私は、彼の言葉を繰り返す。
 確かに、普段とは違うことを考えていた。それは……

『ジンさんの過去の痛みも、すべてなかったことにしてあげたい』

 だけど、そんなことを口にできるはずもなくて。
 私は、困ったように頷くと、

「……実は今日、壁の傷を修復することができたんです。その『気付き』が、今の力のきっかけになったのかも……」

 嘘ではないけど本心でもない、そんな言葉を、彼に返した。


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