追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

文字の大きさ
上 下
16 / 47

16 はんぶんこの甘み

しおりを挟む

「まず、明日の入学式について。いよいよファティカがこの学院へ入学する。今頃、城塞区域内にある寮で入居準備をしていることだろう」

 ジンさんの言葉に、私はスコーンを取り出しながら、ファティカ様のことを思う。

 あれから元気に過ごされているだろうか。
 ヒルゼンマイヤー家から離れ、少しでも心が軽くなっているといいが……
 
 そんな私の心情を察したのか、ジンさんはサンドイッチを齧りながら、釘を刺すように言う。

「言っておくが、が来るまで、君はファティカと接触するな。明日の入学式も、君はこの研究室で待機だ」
「えっ、どうしてですか?」
「ファティカの精神は、未だヒルゼンマイヤー家の支配下にある。今話をしたところで、組織について口を割らないだろう。あの家から物理的にも精神的にも離れたタイミングで聞き出すのが一番だ」
「それって……具体的にはいつ頃になるんですか?」
「三週間後だ」

 ジンさんは、あらかじめ決めていたように即答する。
 そして、その『三週間後』というワードに、私はひらめく。

「もしかして……さっきの会議で議題に上がっていた、『入学祝賀会』の日ですか?」
「察しが良いな。その通りだ。俺はその日に、君とファティカを会わせるつもりでいる」

『入学祝賀会』とは、特に優秀な成績で入学した新入生をパーティーに招待し、今後ますますの成長と活躍を激励する毎年の恒例行事……らしい。
 その選ばれし優秀な十五名の生徒のリストにファティカ様の名があるのを、私は先ほどの会議で目にしていた。
 でも……

「どうしてそんなおめでたい日に接触するんですか? せっかくファティカ様の頑張りがお祝いされる行事なのに……」
「簡単だ。時間の制約と、彼女の精神的充足を鑑みれば、自ずとその日がベストであることが導き出される」

 サンドイッチの最後の一口を飲み込み、ジンさんが言う。私はなんのことだかさっぱりわからず、疑問の目で彼を見上げる。
 その視線に応えるように、彼は『くるみとキャラメルソース味』のスコーンを取り出しながら、こう続ける。

「ファティカが入居する学生寮には厳しい門限がある。普段の学院生活の中では、放課後に彼女と接触し、込み入った話をする時間はまずないだろう。しかし『祝賀会』当日は、招待された生徒に限り門限が不問となる。『祝賀会』自体が夜に開催されるからだ。よって、門限を気にすることなく彼女に接触することができる」
「なるほど……」
「そして『祝賀会』では、招待された生徒たちへの今後の優遇措置についての説明がある。金銭的な援助や、学院内の研究施設および資料を優先的に使用する権利、高成績を維持し続ければ卒業後の進路も保証されること、などだ。これらの措置には、生徒の家柄や出自は一切関係ない。良くも悪くも生徒自身の実力のみで評価されるのがこの学院の風土だ。これを耳にすれば、ファティカもヒルゼンマイヤー家に縛られる必要はないのだと、少しは考えてくれるだろう」
「つまり……ヒルゼンマイヤー家が処断され、爵位を剥奪されたとしても、ファティカ様の学院での立場は揺るがないってことですか?」
「そうだ。彼女はあの一族のしがらみから解放され、自分の人生を生きることができる。そうした希望ある未来を提示すれば、組織に関する情報も引き出しやすくなるだろう」

 彼の説明を聞き終え、私は納得する。確かに、ファティカ様に最短で接触するには、『祝賀会』の日をおいて他になさそうだ。

「『祝賀会』の日を選んだ理由はわかりました。それで、私はどのタイミングで接触すればいいですか?」
「『祝賀会』が終わったら、俺が彼女を呼び出す。そして君の元へ連れて来るから、そこから説得を試みてほしい」
「わかりました。犯罪組織の情報を聞き出せるよう、全力で説得します」
「頼んだぞ。少しでも手がかりが掴めれば、組織にぐっと近付くことができる。これ以上、ファティカのような犠牲者を増やさぬため……そして、二度とあのような惨事を招かぬためにも、君の協力が不可欠だ」

『惨事』とは、友人一家を暗殺されたことを指しているのだろう。
 
 ジンさんの青藍せいらんの瞳に、闇色の影が宿る。
 彼の中で燃え続ける、『復讐』の炎の色だ。
 
 その瞳を見つめ、私は……

(……三週間後、か)

 と、この契約が満了する期日を、しっかりと心に刻み込む。
 
 私の本当の仕事は、ファティカ様から犯罪組織の情報を聞き出すこと。
 それが完了すれば、私は解雇される。
 だから……今のうちに、自分に言い聞かせておく。

(ジンさんに、必要以上に情を抱かないようにしなきゃ。でないと……離れるのが辛くなる)

 私は、拳をぎゅっと握る。

 ヒルゼンマイヤー家を追放され、ドロシーさんには金で売られ……情や愛着を抱けば抱く程、離れる時に傷付くことは学習済みだった。
 もう、あんな思いをするのはごめんだ。
 だから、なるべく私情を挟まず、ドライな付き合いに努めないと……
 
 ――と、黙り込む私を不審に思ったのか、ジンさんが顔を寄せ、私の瞳を覗き込んできた。
 突然目の前に現れた美しい顔に、私はぎょっとして尋ねる。

「な、なんでしょう……?」
「……食べるか?」
「へっ?」

 素っ頓狂な声で聞き返すと、彼は『くるみとキャラメルソース味』のスコーンを私に差し出し、

「注文する時、最後までこの味と迷っていただろう? よかったら、半分食べないか?」

 なんて、柔らかな笑顔で言うので……思わず、胸の奥がきゅっとなる。
 
 私が迷っていることに気付いて……私のために、わざわざ買ってくれたの?
 もう……せっかくの決意が台無しだ。
 こんなことをされたら、否が応でも心を許してしまう。
 それともこの優しさも、私を上手く利用するための演技なのだろうか?

 顔が赤らんでいることを自覚しながら、私は差し出されたスコーンに手を伸ばし、礼を述べる。

「あ……ありがとうございます」
「ん」
「……あの……この『チョコチップアーモンド味』もすごく美味しいので、半分いかがですか?」
「ありがとう。いただくとしよう」

 嬉しそうに笑いながら、スコーンを受け取るジンさん。
 
 彼は、『復讐』のためなら自分を偽ることのできる人。
 この笑顔も優しさも、全て偽りのものかもしれないけれど……
 
 彼からもらったスコーンの味は、嘘偽りなく甘くて……ほっぺたが落ちそうな程に、美味しかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...