11 / 47
11 選択の理由
しおりを挟む眼球を動かしても、周囲を見回しても、目に映るのは果てのない暗闇。
ジンさんの甘い香りが遠のき、手を離されたはずなのに、未だ目を覆われているように暗くて、何も見えない。
これは一体……!?
「じっ、ジンさん……怖いです! どこにいるんですか?!」
突然失明したかのようで、私はパニックになり立ち上がる。すると、
「――大丈夫だ。俺はここにいる」
耳のすぐ横で、ジンさんが低く囁いた。
その声と、吐息が耳にかかる感覚に、私は「ひゃあっ」と情けない声を上げる。
「今戻してやるから、そのまま動くな」
そうして、またあの香水の香りがする。
徐々に視界に光が戻り、何度か瞬きした後……目の前に、ジンさんの手のひらがはっきりと見えた。
「……って、いつの間に後ろに?!」
気付けばジンさんは、私の背後に立ち、後ろから手を回していた。こんな至近距離で囁かれていたのかと、恥ずかしさのあまり飛び退く。
その反応を楽しむように、ジンさんはにこっと微笑み、
「相手の目から、光を奪う魔法だ。便利だろう?」
「便利っていうか怖いですよ! いきなりやらないでください!!」
「すまない。君を見ていると、無性に悪戯を仕掛けたくなる……何故だろうな?」
「完全にいじめっ子の発想じゃないですか! 二度と私にその能力使わないでください!!」
お洒落なお店に似つかわしくないボリュームで吠える私。ほんと、他にお客さんがいなくてよかった。
ジンさんは満足した様子で再び席に着き、
「魔法の能力については以上だ。他に聞きたいことは?」
優雅にコーヒーを飲みながら、質問の続きを促す。
私は未だドキドキしたままの胸を押さえ、向かいに座り、質問を考える。重くならず、悪戯にも悪用されない質問は、何があるだろう?
「えっと……じゃあ、ジンさんはどうして、魔法学院の先生になろうと思ったんですか?」
「……え?」
驚いたように、ジンさんが聞き返す。
私は、苦笑いしながら答える。
「私、ヒルゼンマイヤー家を追い出されてから、次の仕事どうしようって考えた時に、やりたいことが何もなかったんですよね。得意と言えることも、特に思い浮かばなくて……」
……そう。頑張っていたつもりの使用人の仕事も、あんなにあっさり追放されたところを見るに、必要とされる程の力は発揮できていなかったのだろう。
さらに言えば、天職だと舞い上がっていた聖女の仕事も、結局はただ金ヅルにされただけだった。
ジンさんの言う通り、見栄と虚勢だけで生きて来たから……私には、"強み"と言えることが何もないのだ。
「だから……今後の参考に、聞かせていただきたいんです。魔法学院の教師という狭き門を、どうして志したのか」
私としては、彼にとって答えやすい、明るい話題を選んだつもりだった。
しかし……
ジンさんは、顔から笑みを消し、一度目を伏せると、
「……俺が教師を志した理由は、ただ一つ」
開いた目を、真っ直ぐ私に向け、
「――『復讐』のためだ」
そう言った。
その鋭い視線は、まるで闇夜に光る獣の眼のようで……私は緊張し、動けなくなる。
「……ウエルリリスは、軍部や魔法研究所といった王立機関への就職率が最も高いエリート校だ。そのため、国中の名門貴族がこぞって跡継ぎを入学させたがる。この学院で教師として勤めれば、俺が『復讐』すべき貴族たちの情報が自ずと入ってくるだろうと、そう考えた」
彼の言葉を聞き、私は後悔する。
まさか、教師になった理由までもが『復讐』のためだったなんて……
「そうして見つけたのが、ヒルゼンマイヤー家のファティカだ。彼女は今年度の合格者の学歴書を漁る中で見つけた。ここに至るまで十年……ようやく組織の尻尾を掴んだんだ。この手がかりを、俺は絶対にモノにする」
殺気に満ちた、闇色の眼光。
それを目の当たりにし、私は、ようやく理解した。
私が想像するよりずっと――いや、私なんかじゃ想像もできないくらいに、彼は『復讐』のために生きている。
きっと、それだけ大事な友人を奪われたのだろう。両親のいない彼の孤独を救ってくれた、特別な人だったのかもしれない。
彼の心にある"闇"の片鱗に触れ、私は口を閉ざす。
そのまま、続く言葉を待っていると……ジンさんは、少し顔を上げ、こう言った。
「それに……教師になれば、ファティカのような境遇で入学した生徒を、少しは助けられると思った。精霊から授かった魔法は自分だけのもの――自分の人生を豊かにするためのものだ。組織に売られ、貴族に貢献するため入学した者たちに、正しい魔法の使い方を教える。そうすることで、誰のためでもない、彼ら自身の人生を生きるための力を少しでも与えられればと……そんな想いで、教師になった」
それは、半ば独り言のような言葉だった。
自分自身に言い聞かせているような――きっと、彼の本心による言葉。
彼の胸に、『復讐』の二文字が深く刻まれていることはわかった。
けど、きっとそれだけじゃない。
だって、今のジンさんの表情は……
「――ちゃんと、『先生』ですね」
そう。生徒想いな、先生そのもの。
そんな顔が見られたことに安堵して、私は思わず笑みを浮かべる。すると彼は、「んんっ」と咳払いをし、
「当たり前だろう。俺は『復讐者』であるのと同時に、優秀な教師だからな。そして君は――その優秀な教師の秘書だ」
言って、スーツの内ポケットから一枚の紙を取り出し、私に差し出す。受け取りながらそれを確認すると、予定表のようなものが流麗な字でみっちりと書かれていた。
「なんですか? これ」
「明日以降のスケジュールだ。俺と一緒に学院へ出勤してもらうから、しっかり頭に入れておけ」
「って、これ……私、先生方の会議にまで同席するんですか?! 無理ですよ、そんなの!」
渡されたスケジュールを見て、私は慌てて訴える。職員会議にいきなり同席するなんて、いくらなんでもハードルが高すぎる。
しかしジンさんは、不思議そうに首を傾げ、聞き返す。
「無理? 何故だ」
「だって、私なんか学も取り柄もないただの小娘ですよ? すごい人たちの中に入ったら絶対にボロが出る……きっとジンさんに迷惑かけることになります! だから……!」
「……メル」
――不意に、ジンさんが私を呼ぶ。
驚いて顔を上げると……彼は、真剣な目で私を見つめていた。
「言っただろう? 俺が君を選んだのは、『ファティカと親しいから』という理由だけじゃない。相手の要望を瞬時に把握する細やかさ、状況に合わせて機転を利かせる賢さ……君のそうした部分を、俺は高く評価している」
真っ直ぐに紡がれる、ジンさんの言葉。
その一つ一つが鼓動を揺らし、胸の奥をきゅっと締め付ける。
「だから俺は、君を学院へ連れて行き、同僚に『俺の秘書だ』と紹介する。君なら上手くやれると確信しているからだ。だから、もう……そんなに自分を卑下するな」
そう、切実な表情で、彼は言った。
その言葉が、苦しいくらいに嬉しくて……今まで抑えていた感情が一気に溢れて、涙が出そうになる。
魔女扱いされて、三年働いたお屋敷を追放されて。
聖女扱いされて、お金のために利用されて、お金のために手放されて。
結局私は、誰からも必要とされていないんだって、絶望していた。
それなのに……
彼は私を、私自身を見て、必要としてくれた。
今の私にとって、これほど嬉しいことはなかった。
また、良いように利用されているだけかもしれない。
……ううん、きっとそう。だってこれは、『復讐』のための雇用契約。目的が果たされたら、終わる関係。
それでも――
私を選んでくれたこの人のために、できることを精一杯頑張りたいと、今は思う。
「……ありがとうございます。とても、嬉しいです」
真っ直ぐに見つめる彼に、私は心からの笑みを浮かべ、
「わかりました。私、ジンさんに相応しい立派な秘書になれるよう、明日から全力で頑張ります!」
握った拳に決意を込め、そう言った。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる