追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

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5 思いがけないプロポーズ

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 シスターの名は、ドロシーさんといった。

 少し前までは他のシスターや牧師様もいたらしいが、いろいろあって今は一人なのだという。
 
 腰痛が悪化してからは教会の手入れが行き届かなくなり、参礼に来た人を迎える余裕がない日もあったりで、次第に「あの教会は閉鎖したらしい」との噂が立ち、誰も来なくなったそうだ。
 
 そうして途方に暮れていたところに私が現れ、腰痛を癒したものだから、「神が使わせた聖女だ!」と感動し、シスターに勧誘した、というわけだった。

 そこからの話は、トントン拍子に進んだ。
 腰痛が完治したドロシーさんは、濡れた服の代わりに、私に修道服を渡してくれた。神聖さを表す白と、聖エレミア様を象徴する深い緑でデザインされた清楚なワンピースだ。
 
 この教会を訪れた経緯を話すと、ドロシーさんは旅人用の宿泊部屋の一つを片付け、自由に使って良いと言ってくれた。
 さらには温かな食事までご馳走になり、私は半ばなし崩し的にシスターとして働くことになった。

 
 ――翌日から、私のシスターとしての生活が本格的に始まった。
 
 と言っても、お祈りや讃美歌などのシスターらしいことは何一つ教わらず、ドロシーさんの指示で教会の掃除と修繕をひたすらにこなすばかりだった。
 
 そもそも、ちゃんとした修行や教育を受けてもいないのにシスターになって良かったのだろうかと、今さらながらに不安になるが……
 使用人として培った清掃スキルが無駄にならなかったのは良いことだと、自分に言い聞かせることにした。


 私が掃除に明け暮れている間、ドロシーさんは何をしていたのかと言うと――"宣伝"だ。
 教会に優れた治癒能力を持つ聖女が現れたと、ご近所中に触れ回ったのだ。

 その噂を聞きつけ、近くに住むご老人がちらほらと教会にやって来た。
 皆、初めは半信半疑な面持ちだったが、私の魔法で痛みが消えたことに驚き、感動していた。
 

 そうして一週間も経たぬ内に、教会は治癒を望む人で大盛況となった。

 教会は、国が管理する公共施設。故に、私の治癒魔法も無償で受けられる。人々が殺到しないはずがなかった。

(……これ、もしかしなくても、この辺りのお医者様のお仕事を奪うことになっているんじゃ……?)

 と、日に日に増える来訪者の数に苦笑するが、私の魔法で痛みから解放され、晴々とした顔で帰って行く人たちを見ることにやり甲斐を感じているのも事実だった。
 
 現に、今も……

「わぁ、本当に治った! 明日学校で駆けっこがあるから、絶対に今日治したかったんだ! どうもありがとう、聖女さま!!」

 捻挫した足の治癒を終えた少年が、笑顔で去って行く。
 私は手を振り、笑顔を返しながら呟く。
 
「聖女様、か……」

 ついこの間までは、『魔女』と罵られていたのに。
 なんだか不思議な気分だ。
 
 もしかすると、これが私の天職だったのかもしれない。
 精霊に齎された治癒能力で、困っている人を助ける仕事。
 本当は『聖女』なんて柄じゃないんだけど……私の力が誰かの笑顔に繋がるなら、これほど嬉しいことはない。

 次に治癒を受けに来たのは、私より少し幼い女の子だった。
 その少女の擦りむいた肘を見て、私はファティカ様を思い出す。
 
 もうすぐ、魔法学院へ入学される頃か。まだ十日と経っていないが、元気に過ごされているだろうか?
 今の私にそれを確かめるすべはもうないけれど……あの頃よりずっと神様に近い場所で祈ることはできる。

 どうかファティカ様が、痛みや苦しみとは無縁の日々を送れますように。

 そう祈りながら、私は目の前の少女に向き合い、傷を癒した。


 * * * *


 そうして、あっという間に二週間が過ぎた。
 
 近隣の住民はあらかた癒してしまったのか、来訪者は徐々に減っていった。
 
 痛みに苦しむ人が減ったのは良いことだと、私は呑気に構えていたのだが……ドロシーさんは、どうやら違うようだ。
 毎日毎日、訪問者からいただくお布施の帳簿と睨めっこし、目減りする額にぶつぶつ文句を言っているのである。

 先述の通り、ここは教会なので、私が施す治癒魔法に代価はいただいていない。
 が、熱心な参礼者や一部の裕福な方々が、治癒を受けた感謝を込めてお布施をくださることがあった。
 もちろんそれは教会の修繕や運営に使うべきお金なのだが……今のところ、ドロシーさんのお酒代の足しになっているようだった。

 二週間共に過ごしてわかったことだが、ドロシーさんは少し……否、かなりお金にがめつい。そして、アルコール依存気味だ。
 腰痛のせいで教会の手入れが疎かになっていたのは事実なのだろうが、そうでなくとも修繕を後回しにしていただろうと、今では思う。
 
 もしかするとそんな性格が災いし、かつて働いていたという他のシスターや牧師様も出て行ってしまったのかもしれない。

 それでも私は、ドロシーさんを嫌いにはなれなかった。
 私に『聖女』という新たな存在意義を与え、救ってくれたことは事実。
 その恩に報いるためにも、訪れた人たちをしっかり癒すことが私の使命だと考えていた。
 
 きっとドロシーさんは、一時的に収入が増えて舞い上がっているだけ。
 教会の運営も、私たちの生活も、国から支給される額で十分に賄える。
 お金のやりくりについては、相談しながら徐々に私が管理するようにしよう。


 そう心に誓い、私は今日も来訪者の治癒に当たる。

 礼拝堂の奥にある懺悔室が、私の仕事部屋だ。
 怪我や痛みの理由を他人に知られたくない人もいるだろうという配慮の元、個室で一人ずつ対応する方法を取っていた。

「次の方、どうぞ」

 ドアを開け、声をかける。順番を待っていたのは、若い男性だ。
 明るい茶髪に、人懐っこい笑顔。銀色の鎧を纏った筋肉質な身体。
 
 傭兵のセドリックさんだ。
 彼は二日に一回のペースで治癒に来る、言わば常連さん。私の顔を見るなり、照れたように後ろ頭を掻いて笑った。

「いやぁ、メルフィーナさん。今日も来ちゃいました。賊の討伐に思ったより手こずっちゃって……」

 傭兵であるセドリックさんは、郊外に出没する山賊や盗賊の討伐依頼を受けて生計を立てている。
 毎回軽傷で済んでいるところを見るに、それなりに腕の立つ人ではあるようだが、それでも一般人よりは怪我をする頻度が高かった。
 
 ニコニコと笑うその頬に擦り傷が増えているのを認め、私は微笑みながら嗜める。

「もう……ご無事で何よりですが、あまり無理はなさらないでくださいね」
「あはは。あ、でも、大変だった代わりに報酬が弾んだから、お布施をたくさん持って来ましたよ。はい、ドロシーさん」

 そう言って、中身の詰まった金貨の袋を取り出す。
 ドロシーさんはギラッと目を光らせ、「ありがたく頂戴します!」とそれを引ったくった。
 報酬の一部を毎回お布施として持参するセドリックさんは、ドロシーさんにとって上客に他ならない。彼女は銭袋をしっかり抱きしめ、興奮気味に私に言う。

「ささっ、メルフィーナさん! 早く彼を癒して差し上げるのじゃ!」
「はいはい。セドリックさん、中へどうぞ」

 懺悔室へ彼を招き、扉を閉める。そして、いつものように向かい合わせに座り、治癒を始めた。

「今日は、腕のここをお願いします」
「うわ、けっこうザックリいっていますね。痛そう……」
「はは。でも最近は、怪我したらメルフィーナさんに会いに行けるし、やられるのも悪くないな……なんて思ってます」
「そ……そんなこと、冗談でも言うものではありません。私に会わずに済むのが一番良いんですから、本当に無茶はしないでくださいね?」

 咄嗟にそう返すが、声が上擦っていたかもしれない。
 お世辞に決まっているのに、こうした言葉にはどうにも動揺してしまう。恋愛経験がなさすぎて、何と答えれば良いのかわからないのだ。
 
 いけない。今は治癒に集中……と、手のひらに意識を向けていると――
 その手を、セドリックさんに、きゅっと握られた。

「え……?」

 驚き、顔を上げると……彼は、いつになく真剣な顔で私を見つめ、

「なら……怪我をしていなくても、あなたに会える関係性になれませんか?」
 
 そんなことを言うので、私は何の話か理解できず、固まる。
 セドリックさんは、一度ごくっと喉を鳴らし……意を決したように、こう言った。


「メルフィーナさん。僕と…………結婚を前提に、お付き合いしてください」
「…………へっ?」


 それは、生まれて初めてされた、告白の瞬間だった。



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