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第三章 歌でつながる絆
10.側近の献身
しおりを挟むわたしは、思わず聞き返す。
「臆病……? ハミルクが?」
すると、レイハルトさんは目を開け、一つひとつ思い出すように語り始めた。
「あぁ……若は生まれつき、体が小さかった。そのため、王の座を奪おうとする者や、敵対する星のスパイから人質として狙われることが多かった。そのような経験から、若は他人を信用できない臆病な性格になった。そして、相手をよく観察し、感情を読み取るのが得意になった。相手が自分を狙っているかどうか、見抜く必要があったからだ」
突然明かされたハミルクの生い立ちに、わたしの胸がズキンと痛む。
ハミルクがそんな風に生きてきたなんて……
あの明るい性格からは、とても想像できない。
(もしかして、ハミルクが言っていた『誰とでもすぐに仲良くなれる』っていう特技は、相手がいい人かどうかを見抜いて、相手の考えを読みながら会話できる、っていう意味だったのかな……)
レイハルトさんが、静かな声で続ける。
「そのような生い立ちに加え、若に惜しみない愛情を注いでいた国王陛下と王妃殿下も亡くなられた。独りになった若はさらに臆病になり、ますます他人を疑うようになった。このままではいけない。そう思い、俺はキズミ殿の星と同盟を結ぶことを提案した。同じ境遇のキズミ殿となら、良い友人になれると思ったからだ。しかし、結果は……想像以上に似ていたせいで、ケンカになってしまったがな」
「あはは。でも、最近はケンカも減ってきていますよ? ご飯を食べている時とか、普通におしゃべりしていますし」
「そう。だから、俺は……紗音殿に、礼が言いたかったのだ」
「え……?」
聞き返すわたしに、レイハルトさんはとても優しい眼差しを向け……こんなことを言ってくれた。
「他人を疑い、警戒し、遠ざけることばかりしてきた若が、地球へ来てからずっと楽しそうなのだ。それは……紗音殿。間違いなく貴殿のおかげだ」
「わ、わたし?」
「あぁ。紗音殿が、若に『歌』を教えてくれた。若の前で、心から楽しそうに歌ってくれた。それを見て若は、紗音殿の優しい気持ちを感じ取り、『ここはいい星だ』と心を許したのだろう」
レイハルトさんの言葉に、わたしは、胸の奥が温かくなるのを感じる。
レイハルトさんは、木の葉の間から差し込む日の光を見上げ、独り言のように言う。
「歌というのは……不思議だな。歌っている者の気持ちが、音に乗って伝わってくる。俺ですらそう感じるのだから、若はその何倍も感じ取っているはずだ」
そして、わたしの目をまっすぐに見つめ、
「若が怯えることなく地球の民と会話できているのは、紗音殿のおかげだ。本当に……ありがとう」
と、丁寧に頭を下げるので……わたしは慌てて手を振った。
「い、いえいえ! わたしはただ、自分が好きな歌を好きなように歌っただけで、褒められるようなことはなにも……!」
「それでも」
……その時。
レイハルトさんは大きな手で、わたしの手をそっと包み、
「それでも、俺たちにとって紗音殿は……尊敬すべき、『歌のおねえさん』だ」
心のこもった声で、そう言った。
琥珀色の綺麗な瞳に見つめられ、わたしの胸がドキッと高鳴る。
嬉しかった。
わたしの歌が、いつの間にかハミルクの気持ちを変えていただなんて……
『歌のおねえさん』として、こんなに光栄なことはない。
だけど、それ以上に……
レイハルトさんのふわふわで大きな手が、わたしの手を包んでいることにドキドキしてしまって……なにも言えなくなってしまう。
これは、レイハルトさんが大好きな着ぐるみみたいな見た目だから?
でも、今までだって着ぐるみとハグしたり握手することは何度もあったのに……
(なんでだろう……レイハルトさん相手だと、違うドキドキになっちゃう気がする……っ)
体中が熱くて、自分がどんな顔をしているのかわからなくて……わたしは、思わず下を向いた。
すると、レイハルトさんが慌てたようにパッと手を離す。
「す、すまない。いきなり手を握るなど……無礼だったな。以後、気をつける」
「いえ、無礼だなんてそんな……わたしこそすみません!」
手をパタパタ振りながら、謝り合うわたしたち。
わたしも人のことは言えないけれど、やっぱりレイハルトさんは、意外と照れ屋みたいだ。
変な感じになってしまった空気を振り払うように、レイハルトさんはまた咳払いをして、こう切り出す。
「要するに、俺が言いたいのは……これからも若と仲良くしてもらいたい、ということだ。紗音殿には、本当に心を許しているようだからな」
「ええ、もちろんです。……ふふ」
「ん? 何がおかしい?」
「いえ、そう考えると……ハミルクって、レイハルトさんのことが大好きなんだなぁ、と思って」
「なっ、何をいきなり……!」
「だって、そうじゃないですか。警戒心の強いハミルクが、誰よりも信頼している人なんですから。きっと、レイハルトさんが優しいからですね」
「それは……俺が若の要望をなんでも聞くから、『都合の良い世話係』だと思われているだけだろう」
「ふーん。たしかに、ハミルクがワガママなのは、レイハルトさんが優しすぎるせいかもしれませんね」
「うっ……だから最近は、若に身の回りのことを自分でやるよう教えている。先日も、料理の仕方を教えたばかりだ」
「ふふ。それじゃあ、今日の晩ご飯は二人に作ってもらおうかな?」
なんて、わたしがいたずらっぽく言うと……
レイハルトさんは、困ったように目を丸くしてから、
「……あぁ。キッチンを借りていいのなら、俺と若で作ろう。紗音殿には、いつもうまい料理を作ってもらっているからな。せめてもの礼だ」
そう言って、優しく目を細め、笑ってくれた。
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