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第三章 歌でつながる絆
1.はじめての歌
しおりを挟むそう。彼らは異星人。
なにごとも、一からきちんと教えなければならない。
カーペットをコロコロクリーナーで掃除するやり方。
お風呂掃除の洗剤の適切な量。
洗濯物は物干し竿ごと回収する必要はないということ。
そして……
「――それじゃあ、もう一度。ドからいくよ。せーのっ」
歌の、歌い方も。
翌日。
わたしと異星人たちは、坂田さんが押さえておいてくれた事務所のビル内にあるレッスンルームにいた。
電子ピアノとホワイトボードだけが置かれた、シンプルな部屋だ。
その中で、
『ドーレーミーファーソーラーシードー』
わたしが弾くピアノの音に合わせて、異星人たちが声を発する。
……正確にはハミルクとレイハルトさんだけだけど。
「……キズミ様は、やっぱり歌いたくない?」
と、椅子の上に体操座りをしているキズミちゃんに投げかける。
とりあえず一緒に来てはくれたけれど、歌の練習に参加せず、ずっと一人で座っていた。
わたしの声かけに、キズミちゃんは、
「……………」
やはり口をつぐんだまま、ぷいっと顔を背けた。
うーん。昨日すばらしい工作技術を披露してくれたから、てっきり番組出演に前向きになってくれたのかと思っていたけれど……まだ納得はしていないみたいだ。
(無理強いはしたくないし……今はそっとしておいてあげよう)
気を取り直して、わたしは歌のレッスンに戻ることにする。
まずは基本から教えようと、発声練習も兼ねて『ドレミファソラシド』の音取りをしてもらっていた。
けれど……さっそく気がかりなことがあった。
わたしはレイハルトさんの方を向き……言葉を探しながら、こう切り出した。
「あの……レイハルトさん」
「ん、なんだ?」
「その……このピアノと同じ音を出してもらってもいいですか?」
「ぬ……そうしているつもりなのだが」
と、困惑したように答えるレイハルトさん。
わたしは、心の中で頭を抱える。
何故なら……
(レイハルトさん、ぜんぶ半音下がっているんです……っ!)
そう。
すごく真剣に取り組んでくれているのに、なかなか音が合わないのだ。
歌がない星で生きてきたから、聴いた音をそのまま発声するのもむずかしいのかな?
でも、ハミルクの方は正しい音を取ることができているし……単純に得意・不得意の問題なのかもしれない。
どうしよう。企画の発表まで一週間しかないのに、最初からつまずくなんて。
そもそもキズミちゃんは参加してくれないし……
(やっぱり、わたしの教え方が悪いのかな? こんな時、坂田さんがいてくれたら解決策を見つけてくれるのかもしれないけれど、今はレイハルトさんたちのタレント登録処理でいないし……)
と、一人で落ち込んでいると、ハミルクがふよふよ浮きながら近づいてきて、
「紗音ー、これがウタなのか? 『ドレミファソラシド』って、どんな意味があるんだ?」
そう聞いてきた。
わたしはきょとんとして答える。
「『ドレミファソラシド』に言葉としての意味はないよ。これは音階といって、歌を構成する基本の音なんだ」
「ふーん。でも、おれっちたちのメカを壊した時のウタや、昨日視せられたウタには、もっと言葉に意味があったよな? ああいうのは、やっぱり上級者向けなのか?」
「そういうわけじゃないけど……あなたたちは歌のない星で生きてきたから、まずは基本から知ってもらおうと思って」
「なるほどなぁー。地球の子供たちは、こんなふうにキホンから教え込まれているわけか。紗音みたいに歌えるようになるには、長い長い道のりがあるんだな」
うんうん、と頷くハミルクの横で、レイハルトさんまで神妙な面持ちになる。
「うむ。想像以上に難しいものだ。これでまだほんの基礎だというのだから、完全に習得するとなるとどれほどの時間が必要なのか……地球人は幼少期より、並々ならぬ訓練を積んでいるに違いない」
なんてことを言い始めるので、わたしはパタパタと手を振る。
「い、いえいえ。訓練だなんてそんな大袈裟なものじゃないですよ」
「けど、地球では子供の時からウタを教え込まれるんだろ? おれっちたちがやるバングミも子供向けのものだし、それって完全に訓練じゃん」
「ち、違うよ。そんな、強制的なものではなくて……」
言いながら、わたしはハッとなる。
そして、自分が初めて歌を覚えた時のことを思い出す。
……そうだ。
こんな当たり前のこと、なんで頭から抜けてしまっていたのだろう?
「わたしたちが歌うのは……楽しいから、だよ」
わたしは、自分に言い聞かせるように言う。
人は、どうやって『歌うこと』を覚えるだろう?
こんなふうに、音階から一つずつ教わった?
音符を覚えて、楽譜を読めるよう特訓した?
違う。
きっとそうじゃない。
はじめは、お母さんの子守り歌だったかもしれない。
幼稚園の教室や、テレビから流れてくる歌だったかもしれない。
それはきっと、自然と耳から入り込み、そして、自然と口から溢れていたはずだ。
子供たちは、歌詞の意味すらわからないままに歌う。
『楽しい』から。
その想いがきっかけで、人は初めて歌うことを覚えるのだろう。
音階や音符を習うのは、もっとずっと後のこと。
そうだ。わたしだってそうだったのに。
その『楽しさ』を伝えたくて、この仕事に憧れたのに……
「はぁ? おれっち、今のところ全然楽しくないんだけど」
ハミルクにそう言われて、わたしはますます反省する。
そうだよね。
楽しくは、ないよね。
基礎は大事だし、プロとして知っておかなければならないこともたくさんある。けど……
今やるべきなのは、こんなやり方じゃなかった。
「……ありがとうハミルク。わたし、わかったよ。まずはあなたたちに、『歌いたい!』と思ってもらうところから始めなきゃいけなかったね」
そう言って、わたしは電子ピアノの鍵盤蓋を閉め、その上にスマホを置き、再生ボタンを押した。
そして異星人たちの前に立ち、右手を上げてマイクを持つ真似をする。
スマホから流れ始める、元気いっぱいなリズムのイントロ。
ワットンが歌う大好きな歌……子供たちから長年愛され続ける、人気曲。
『しんらばんしょう だいばくしょう!』だ。
わたしは、すぅっと息を吸うと……
とびきりの笑顔で、歌い始めた。
♪あれれ? どしたの 泣いてるの?
おやや? どしたの 怒ってるの?
しくしく ぷんぷん しちゃったら
せーので さんはい うたっちゃお ハイ!
きみが歌うと 世界も歌う
きみが笑うと 世界も笑う
世界がみぃんな笑ったら
ららら 大好きが広がるよ ハイ!
突然歌い始めたわたしを、異星人たちはぽかんと見つめる。
だけどわたしは、微笑みながら手を伸ばし、
「ほらほら、みんなも一緒にー! さんはい!」
と、手拍子をし始める。
すると、
「……ぷっ、あはは。なんだよソレ。意味わかんねー」
ハミルクが笑い出す。
そして、ぽんぽんと前足を叩きながら、わたしの歌を真似るように口ずさみ始めた。
その姿を見たレイハルトさんも、おずおずと手を叩き始め……
キズミちゃんは、声は出さないものの、興味津々な顔でわたしの歌を聴いていた。
曲の終わりが近づき、わたしは異星人たちに手のひらを向けると、
「それじゃあ、最後は一番大きな声で『ハイ!』だよー! せーのっ」
『ハイ!』
締めくくりのかけ声が、見事にそろった。
その中にキズミちゃんの声も混ざったけれど、彼女はそれを隠すように、慌てて口を押さえた。
わたしは嬉しく思いながらも、気づかないフリをして拍手する。
「そうそう! みんな上手! これが『歌』だよ!」
「これが?」
「うん。地球人にとってね、歌は言葉と同じなの。自然に覚えて、自然に口ずさむ――そうやって身につけていくものなんだ。だから、基礎の勉強も大事だけれど……あなたたちには、とにかく耳と目で楽しく歌を感じてもらうことにする。そうしてちょっとずつ覚えてもらうのが、一番いいと思うから」
「なんだかよくわかんねーけど、そっちのほうが面白そー!」
「うむ。『習うより慣れろ』、ということだな」
「そういうこと。キズミ様も、こんなやり方でいいかな?」
わたしが尋ねると、キズミちゃんは相変わらずぷいっと顔を背け、
「べっ、別に、キズミちゃんには関係ないし!」
「うーん。ほんとは一緒に歌ってくれると嬉しいんだけど……聴いてくれるだけでも充分だよ。こっちが勝手に決めたことなんだもん。付き合ってくれて、ありがとうね」
「…………」
キズミちゃんは答えない。
けれど、わたしの言葉や歌を、ちゃんと聞いてくれていることはわかった。
だからこれからは、キズミちゃんが思わず口ずさみたくなるような楽しい歌を、たくさん聴かせたい。
(目の前の女の子ひとり笑顔に出来ないなんて、『歌のおねえさん』失格だもん!)
そう自分に言い聞かせ、わたしは「よしっ」と気合いを入れ直すと、
「このまま何曲か歌ってみるから、気に入ったものがあれば教えて。それをみんなの練習曲にしよう!」
元気いっぱいに、そう言った。
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