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第一章 開かれた扉
6.一難去ってまた一難
しおりを挟む――光がおさまり、目を開けると……
そこは、元いた第二スタジオだった。
レーザー光線の音は止み、シンとした静けさが広がっている。
「ふぅ……やれやれ。やっと人心地つけるぜ」
うさぎさんが、宙に浮いたまま短い前足でおでこを拭う。
その横で、わたしは青い狼人間の腕から下ろされた。
今のは……なんだったのだろう?
映画の撮影にしてはリアルだったし、カメラやスタッフさんがまったく見当たらなかった。
このハリボテの扉からどうやってあの場所に繋がっているのかも疑問だ。
まだドキドキしたままの胸を押さえ、わたしが『赤い扉』を見つめていると、
「そんで、ここはどこなんだ? ずいぶん暗くて静かな場所だな」
うさぎさんが、そう尋ねてきた。
わたしはびっくりしながらも、心を落ち着かせて答える。
「ここは第二スタジオです。今は使われていないみたいですけど……」
「だいにすたじお? 聞いたことのない場所だな。お前の出身地か?」
「へっ? いえ、わたしの出身地は宇都宮です」
「ウツノミヤ……知らないなぁ。どこらへんにある星なんだ?」
「星? えっと、栃木県の県庁所在地です。餃子が有名なんですけど、聞いたことないですか?」
なんて、うさぎさんの不思議な質問に答えていると、
「若。ここ、地球のようですよ」
狼人間が、低い声で言った。
彼の方を見ると、腕につけたスマートウォッチのような機械をタッチしている。
それを聞いたうさぎさんは、目をキランと光らせて狼人間の方へ飛んでいく。
「レイハルト! それ本当か?」
「はい。ここはニッポンという領土の、トウキョウという都市のようです」
「ラッキー! ピアニカ星のやつらに奪われる前に占拠しようぜ! そうすれば、このケンカはおれっちたちジバラム星の勝ちだ!」
「えぇ。若の勘違いのおかげで捕虜も手に入りました。この少女を人質に、まずはニッポンを制圧しましょう」
そう言って、わたしの方を見るので……
わたしはドキドキしながら、一歩後ずさる。
「あ、あの……占拠とか人質とか、それって撮影のセリフですよね?」
さらに一歩、彼らと距離を取りながら、
「まだ撮影の途中なら、先ほどのスタジオに戻った方が良いのでは……? あ、わたしは無関係な部外者なので、ここに残ります。お邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」
そう言って謝ると……わたしが開けた距離を一気に縮めるように狼人間が近づいて来て、
「部外者? はたして本当にそうか?」
わたしの顔を、ぐっと覗き込んできた。
「君は何者だ? 何故、あの船に現れた?」
「え……?」
「地球は星間移動の技術が未発達だと聞いていたが……まさか、地球の危機を察知し、我々の動向を探りに来たのか? たった一人で乗り込んでくるとは、よほど腕に覚えがあるのか。あるいは……ただの無謀者か」
「ちょ、ちょっと待って! なんの話ですか? わたしは本当に無関係です! ただ人を探している時に、あの扉を開けちゃっただけで……!」
狼人間の迫力に怯えながら、横にある『赤い扉』を指さす、と……
――バンッ!
扉が開き、向こうからレーザー光線が飛んできた!
「待ちなさーいっ! 逃がさないわよ!」
声と共に飛び出してきたのは、あの赤髪の女の子だ。
両手に持ったレーザー銃で、うさぎさんと狼人間を狙っている。
暗いスタジオに、レーザーの光がピュンピュンと飛び交う。
うさぎさんと狼人間はすぐに跳んで避けるが、わたしはその場で頭を押さえながらしゃがむのが精一杯だった。
「きゃあ! あの、ここは撮影場所じゃないですよ! そんなに銃を乱射したら……!」
なんとか止めようとするけれど、女の子は聞く耳持たず。
乱射されたレーザー光線がスタジオ内のセットや小道具に当たる音がし、わたしはサーッと顔を青ざめさせる。
「や、やめてください! 大事な撮影セットが壊れちゃう!」
振り絞るように叫ぶと、その声が聞こえたのか、狼人間の耳がピクッと動いた。
そして、彼はレーザー光線を避けながらわたしの元に来ると、さっきと同じようにわたしの体を抱え、
「外に出るにはどうすればいい?」
そう尋ねてきた。
咄嗟に、わたしは廊下へ繋がるドアの方を指さす。
「あ、あそこから!」
「うむ、わかった」
狼人間は頷くと、重い鉄製のドアを体当たりするように開け、廊下へと出た。
その音に、廊下の端にいた坂田さんがビクッとしてこちらを振り返った。
「えっ、紗音さん?!」
狼人間に抱えられたわたしを驚いたように見つめる坂田さん。
でも、その顔を見られたのは一瞬だけだった。
狼人間は目にも留まらぬ速さで廊下を駆け、坂田さんの前を通り過ぎる。
そして、突き当たりにある非常用の窓を素早く開けると……
ためらいもなく、窓の外へ飛び出した。
つまり、わたしは……
五階から、落っこちているのだ。
「き……きゃあああああっ!」
叫び声が、涙と一緒に上へ昇っていく。
すると、うさぎさんが「ひゃっほー!」と言いながらわたしたちに続いて飛び降りてきた。
もうわけがわからなくて、体の中身が浮くような感覚が気持ち悪くて、わたしは狼人間の腕にギュッとしがみついた。
これは夢だ……そう、ぜんぶ夢!
宇宙船も、レーザー光線も、赤髪の女の子も、しゃべるうさぎも狼人間も、ぜんぶぜんぶ夢!
目を覚ませ。
早く、地面に着いてしまう前に、目を覚まさなきゃ!
そう念じるけれど、目が覚める様子はなくて……
硬そうな地面が、みるみる近づいてくる。
(いやだ……死にたくない……っ!)
わたしは涙を散らしながら、祈るように目を閉じた。
直後……
――ズシンッ!
そんな音がして、わたしの体が揺れた。
けれど、痛くもかゆくもない。
恐る恐る目を開けると……狼人間がわたしを抱えたまま、しっかり地面に立っていた。
どうやら、落下の衝撃を二本の脚で受け止め、着地したらしい。
「うそ……わたし、生きてる……?」
驚きと安心に混乱しながら、辺りを見回す。
落下地点のここは、ビルの合間にあるちょっとした広場のような場所だった。
おしゃれなレンガ畳に、青々とした植え込みの草花。
働いている人たちが休憩できるようなベンチもいくつかある。
そんなレンガ畳が、狼人間の着地の衝撃で少し凹んでいた。
五階から飛び降りたのに痛がる様子もなく、わたしを抱えたまま立っているなんて……身体能力が高いなんてものじゃない。
(この人、一体何者なの……?)
と、わたしが息を飲んだ、その時、
「レイハルト、上!」
一緒に降りてきたうさぎさんが、宙に浮いたまま叫んだ。
その声に頭上を見上げると……
あの赤髪の女の子が、同じく五階の窓から飛び出してきていた。
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