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第一章 開かれた扉
4.『赤い扉』
しおりを挟む会議室のドアをそっと閉め、廊下に出た後、
「……はぁぁ……」
わたしは、大きくため息をついた。
子供番組のおねえさんになるという夢が叶って、しかも、憧れのシマさんと共演できるかもしれなかったのに……
シマさんは着ぐるみと一緒に消えちゃって、撮影の目処も立たないなんて。
喜んだり悲しんだり、驚いたり心配したり。
まるでジェットコースターみたいに気持ちが揺れ動いて、すっかりクタクタだ。
がっくり肩を落としていると、坂田さんがそっと肩に触れ、
「落ち込むのはまだ早いですよ、紗音さん。番組自体が完全になくなったわけではないのですから」
そう言って、微笑みかけてくれる。
「岩國さんも紫藤さんも、番組を諦めたくないとおっしゃっていました。嶋永さんの行方も、警察に捜索をお願いしています。とにかく今は、今後の連絡を待ちましょう」
その穏やかな声に、わたしは少し落ち着きを取り戻す。
そうだ、坂田さんの言う通り。
まだなにも終わっていないし、始まってすらいない。
がっかりするには、早すぎるよね。
わたしは微笑み返し、大きく頷く。
「はい……ありがとうございます、坂田さん」
「いいえ。突然のお話で、びっくりしましたよね。私も……」
と、そこで、坂田さんのスマホから着信音が鳴った。
「あ、電話が……すみません、ちょっと出ますね」
坂田さんはスマホを取り出し、廊下のはじっこの方へと向かい、通話を始めた。
その様子をしばし見つめ、わたしは……
――ぺちっ。
自分の頬を叩き、気合いを入れ直した。
先のことはわからないけれど、とにかく今は、わたしにできることを精一杯やろう。
歌やダンスの基礎練習を続けて、東京での生活に慣れて……いつでも撮影を始められるように、準備を整えなくちゃ。
「……よし。落ち込み終了!」
くよくよしたってなにも変わらない。
今はただ、一分一秒でも早くシマさんが見つかることを祈って、前向きな気持ちで過ごそう。
けど……
(……やっぱり、シマさんのことは心配だな)
岩國さんたちの話によれば、シマさんと最後に連絡がついたのは一週間前。
その後、この建物の中で動く『ささくれ』が目撃されたのが二日前。
シマさんの声で喋るその『ささくれ』は、第二スタジオへ向かい……そのまま姿を消したらしい。
一体、どこへ行ってしまったのだろう。
事件や事故に巻き込まれている可能性は?
体調が悪くて、どこかで倒れていたらどうしよう?
あぁ、とにかく無事でいてほしい。
そんなそわそわした気持ちのまま、ふと辺りを見回すと……
『第二スタジオはこちら』と書かれた案内表示があった。
シマさんと『ささくれ』が消えた、例のスタジオ……
それは、このフロアの廊下の先にあるようだった。
「…………」
わたしは、坂田さんがこちらに背を向けていることを確認してから……
第二スタジオの方へ、こっそり向かった。
* * * *
「失礼しまーす……」
重い鉄製の扉を開け、こそっと囁く。
扉の隙間から覗いた第二スタジオの中は真っ暗で、今は使われていなかった。
防音設備のせいか、不気味なくらいにシンと静まり返っている。
よかった、誰もいない。
わたしはスマホのライトを点け、中に足を踏み入れた。
この場所で、シマさんはいなくなった。
スタジオに勝手に入ったことがバレたら怒られるだろうけど……憧れの人が消えた現場がすぐ目の前にあるのに、じっとしてなんかいられなかった。
「なにか、シマさんの行方に繋がる手がかりはないかな……」
ライトを当てながら暗いスタジオ内を見回すと、たくさんの撮影機材や背景セットが置かれていた。
たぶん『にじいろ♪ ささくれよん』で使う予定のものだろう。草や花、おひさまや雲の形をした可愛らしい装飾がいっぱいあった。
「シマさーん、いたら返事を……って、いるわけないかぁ」
撮影セットの隙間をライトで照らしてみるけれど、手がかりなんてあるはずもなく。
それもそうか。
岩國さんたちがとっくに調べているはずだもん。
やっぱり、シマさんの捜索は警察と岩國さんたちに任せるしかないか……
……と、坂田さんに見つかる前にスタジオを出ようとした、その時。
なにか音が聞こえた気がして、わたしは……息をひそめ、耳を澄ました。
防音の壁に囲まれ、音も空気も閉じ込められたようなこのスタジオで……
――ヒュー……
……と、風が流れる音がしている。
わたしは耳に手を当て、音の出どころを探した。
一歩、また一歩と、少しずつ音に近づき、たどり着いたのは……
クレヨンで描いたような、『赤い扉』の前だった。
扉と言っても、薄いベニヤ板で作られたハリボテだ。
たぶん、これも撮影セットの一つなのだろう。
大きさは、ちょうどわたしの身長くらい。
他のセットと一緒に、壁に立てかけられていた。
そんな可愛らしい扉の向こうから、隙間風の鳴くような音が、微かに聞こえている。
奥には壁しかないはずなのに……どうして風の音がするのだろう?
疑問に思い、わたしはドアノブに手をかけ、扉を開けてみた。
すると……
「わっ……!」
開けた瞬間、真っ白な光が視界いっぱいに広がり、体ごと包まれた。
あまりの眩しさに、わたしは目をつむる。
なにこれ……撮影用の照明?
扉を開けた拍子に、間違えてスイッチを押しちゃったの?
戸惑っている内に、瞼の向こうの光は徐々に弱くなっていった。
(……あれ? 光がおさまった?)
恐る恐る目を開け、様子をうかがう。
すると、わたしの瞳に映ったのは――
今までいたはずの第二スタジオとは、まったく違う景色だった。
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