中の人なんてないさっ!

河津田 眞紀

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プロローグ

2.歌のおねえさん

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 ――子供向けの教育番組が好きだった。

 中でも一番のお気に入りは、『ワッと! わんだほー』。

 犬の着ぐるみのワットンと、おねえさん役の女の子が、歌や踊りを元気に披露してくれる番組だ。


 お母さんいわく、わたしは一歳になる前から『わんだほー』に釘付けで、録画した放送を何度も視ていたらしい。

 あまりに夢中になるから、毎年行われるコンサートにも、お母さんが欠かさず連れて行ってくれた。

 その内、番組内の歌や踊りを完璧に覚え、「わたしも『わんだほー』に出たい!」と思うようになった。

 歌や踊りが好きなわたしを、お母さんは地元の小さな劇団に入れてくれた。
 劇団員の人たちに優しく教えてもらいながら、わたしはいくつかの劇に出演した。

 小学校に上がる頃には、人前で歌うことが大好きになっていた。
 わたしの歌でお客さんが笑顔になってくれることが、何より嬉しかったから。


 そうして訪れた、運命の時。

 わたしが小学二年生になる年に、『わんだほー』のおねえさん役が交代することになり、オーディションが開かれたのだ。

 歌も踊りも、劇団で磨き上げてきた。
 今のわたしならきっと、ワットンの隣に立てるはず。

 わたしは迷うことなくオーディションに応募した。

 お母さんと二人、ドキドキしながら東京へ向かい、オーディションを受けた。
 一次審査、二次審査と順調に進み、なんと最終審査にまで残った。
 最終審査の課題は、わたしの得意な歌だった。

(ここまで来たら、絶対に合格したい……)

 その思いが、心臓をドキドキと高鳴らせ、口から飛び出してしまいそうだった。

 緊張を押し込めて、わたしは精一杯歌った。
 ワットンの隣で元気に歌う、最高の自分を想像しながら。


 しかし……結果は、不合格。


 おねえさん役を勝ち取ったのは、わたしより一つ年下の女の子だった。

 ……選ばれなかった。
 夢を、叶えられなかった。

 ショックを受け、自信を失ったわたしは、逃げるように劇団を辞めた。
 毎日視ていた『わんだほー』も視なくなり、集めていたワットンのグッズもすべて押し入れの奥にしまった。

 歌から離れ、夢を忘れ……そのまま中学生になった。
 やりたいことも、頑張りたいこともなかった。
 また失敗して傷つくのが怖いから、何かに夢中になることを避けていた。


 そんな、色を失ったような日々を送るわたしの耳に、一つのニュースが飛び込んできた。

 それは、十五年間続いた『ワッと! わんだほー』が終了するというしらせ。

 聞いた瞬間、痛いくらいに胸が締めつけられた。
 悲しくて、寂しくて仕方がなかった。

 その気持ちに駆り立てられるように、わたしはしまい込んでいたワットンのグッズを五年ぶりに引っ張り出し、一つ一つ眺めた。

 ……終わってしまう。
 大好きだった『わんだほー』が。

 この時わたしは、初めて気づいた。

 時間は永遠じゃない。
 どんなに楽しいことも、いつか必ず終わりを迎える。
 だから、"今"できることを、精一杯やらなきゃいけなかった。

 本当は、ワットンも歌も、大好きだったのに。
 ワットンたちのように、みんなを笑顔にできる歌を歌いたいと思っていたのに。

 たった一度の失敗で、わたしは……
 大好きなものを遠ざけ、逃げてしまっていた。

 もっと視ておけばよかった。
 ずっと応援していればよかった。
 でも、もう……
 それは、叶わない。

 強い後悔に襲われ、目の前が涙でじわりと歪む。
 そうしてわたしは、ワットンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、しばらく泣いた。

 
 ――落ち込むわたしを見かねたお母さんが、わたしに内緒で、辞めた劇団の団長さんに相談してくれていた。
 そして、一つのオーディションの案内用紙をもらってきた。

 団長さんの友人がプロデューサーを務める新しい子供向け番組、『にじいろ♪  ささくれよん』の出演者募集オーディションだ。

 テレビをつければ無料で視られる地上波放送の『わんだほー』と違って、インターネット配信限定の番組らしい。

 けど、着ぐるみのマスコットがいて、進行役のおねえさんがいて、歌や踊りで子供たちを楽しませるというコンセプトは『わんだほー』と同じだった。

『歌のおねえさん』役の募集年齢は、十二歳から十七歳まで。
 わたしは今、十三歳。

 これは、チャンスだ。
 ずっと目を背けてきた夢……「歌でみんなを笑顔にしたい」という気持ちに、もう一度向き合うためのチャンスだと、そう思った。


 わたしは、意を決してそのオーディションにエントリーした。

 辞めてしまった劇団の団長さんにお願いして、歌と表現のレッスンを一から受け直し、忘れていた感覚を取り戻すように特訓した。

 ずっと目を背けていた『わんだほー』の放送をたくさん視返して、どうすれば子供たちに楽しんでもらえるのか、ワットンやおねえさんの声や動きを徹底的に勉強した。


 そうして迎えた、オーディション本番。

 千人以上の応募者が集まる大きな会場で、わたしは力いっぱい歌って踊った。
 緊張に飲み込まれそうな時は、ワットンが隣にいてくれることを想像した。
 目の前で、たくさんの子供が笑ってくれるのを想像した。

 そうしたら、歌うことがどんどん楽しくなって……
 気づけば、最終審査にまで進んでいた。

 やり切った。
 これで選ばれなくても、悔いはない。

 最後の発表を終え、清々しい気持ちで結果を待っていると……
 プロデューサーさんの声が響いた。


「合格者は――奈々瀬ななせ紗音しゃのんさん。おめでとうございます」


 名前を呼ばれ、スポットライトに照らされたのは……他でもない、わたしだった。
 
 
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