2 / 43
プロローグ
2.歌のおねえさん
しおりを挟む――子供向けの教育番組が好きだった。
中でも一番のお気に入りは、『ワッと! わんだほー』。
犬の着ぐるみのワットンと、おねえさん役の女の子が、歌や踊りを元気に披露してくれる番組だ。
お母さんいわく、わたしは一歳になる前から『わんだほー』に釘付けで、録画した放送を何度も視ていたらしい。
あまりに夢中になるから、毎年行われるコンサートにも、お母さんが欠かさず連れて行ってくれた。
その内、番組内の歌や踊りを完璧に覚え、「わたしも『わんだほー』に出たい!」と思うようになった。
歌や踊りが好きなわたしを、お母さんは地元の小さな劇団に入れてくれた。
劇団員の人たちに優しく教えてもらいながら、わたしはいくつかの劇に出演した。
小学校に上がる頃には、人前で歌うことが大好きになっていた。
わたしの歌でお客さんが笑顔になってくれることが、何より嬉しかったから。
そうして訪れた、運命の時。
わたしが小学二年生になる年に、『わんだほー』のおねえさん役が交代することになり、オーディションが開かれたのだ。
歌も踊りも、劇団で磨き上げてきた。
今のわたしならきっと、ワットンの隣に立てるはず。
わたしは迷うことなくオーディションに応募した。
お母さんと二人、ドキドキしながら東京へ向かい、オーディションを受けた。
一次審査、二次審査と順調に進み、なんと最終審査にまで残った。
最終審査の課題は、わたしの得意な歌だった。
(ここまで来たら、絶対に合格したい……)
その思いが、心臓をドキドキと高鳴らせ、口から飛び出してしまいそうだった。
緊張を押し込めて、わたしは精一杯歌った。
ワットンの隣で元気に歌う、最高の自分を想像しながら。
しかし……結果は、不合格。
おねえさん役を勝ち取ったのは、わたしより一つ年下の女の子だった。
……選ばれなかった。
夢を、叶えられなかった。
ショックを受け、自信を失ったわたしは、逃げるように劇団を辞めた。
毎日視ていた『わんだほー』も視なくなり、集めていたワットンのグッズもすべて押し入れの奥にしまった。
歌から離れ、夢を忘れ……そのまま中学生になった。
やりたいことも、頑張りたいこともなかった。
また失敗して傷つくのが怖いから、何かに夢中になることを避けていた。
そんな、色を失ったような日々を送るわたしの耳に、一つのニュースが飛び込んできた。
それは、十五年間続いた『ワッと! わんだほー』が終了するという報せ。
聞いた瞬間、痛いくらいに胸が締めつけられた。
悲しくて、寂しくて仕方がなかった。
その気持ちに駆り立てられるように、わたしはしまい込んでいたワットンのグッズを五年ぶりに引っ張り出し、一つ一つ眺めた。
……終わってしまう。
大好きだった『わんだほー』が。
この時わたしは、初めて気づいた。
時間は永遠じゃない。
どんなに楽しいことも、いつか必ず終わりを迎える。
だから、"今"できることを、精一杯やらなきゃいけなかった。
本当は、ワットンも歌も、大好きだったのに。
ワットンたちのように、みんなを笑顔にできる歌を歌いたいと思っていたのに。
たった一度の失敗で、わたしは……
大好きなものを遠ざけ、逃げてしまっていた。
もっと視ておけばよかった。
ずっと応援していればよかった。
でも、もう……
それは、叶わない。
強い後悔に襲われ、目の前が涙でじわりと歪む。
そうしてわたしは、ワットンのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、しばらく泣いた。
――落ち込むわたしを見かねたお母さんが、わたしに内緒で、辞めた劇団の団長さんに相談してくれていた。
そして、一つのオーディションの案内用紙をもらってきた。
団長さんの友人がプロデューサーを務める新しい子供向け番組、『にじいろ♪ ささくれよん』の出演者募集オーディションだ。
テレビをつければ無料で視られる地上波放送の『わんだほー』と違って、インターネット配信限定の番組らしい。
けど、着ぐるみのマスコットがいて、進行役のおねえさんがいて、歌や踊りで子供たちを楽しませるというコンセプトは『わんだほー』と同じだった。
『歌のおねえさん』役の募集年齢は、十二歳から十七歳まで。
わたしは今、十三歳。
これは、チャンスだ。
ずっと目を背けてきた夢……「歌でみんなを笑顔にしたい」という気持ちに、もう一度向き合うためのチャンスだと、そう思った。
わたしは、意を決してそのオーディションにエントリーした。
辞めてしまった劇団の団長さんにお願いして、歌と表現のレッスンを一から受け直し、忘れていた感覚を取り戻すように特訓した。
ずっと目を背けていた『わんだほー』の放送をたくさん視返して、どうすれば子供たちに楽しんでもらえるのか、ワットンやおねえさんの声や動きを徹底的に勉強した。
そうして迎えた、オーディション本番。
千人以上の応募者が集まる大きな会場で、わたしは力いっぱい歌って踊った。
緊張に飲み込まれそうな時は、ワットンが隣にいてくれることを想像した。
目の前で、たくさんの子供が笑ってくれるのを想像した。
そうしたら、歌うことがどんどん楽しくなって……
気づけば、最終審査にまで進んでいた。
やり切った。
これで選ばれなくても、悔いはない。
最後の発表を終え、清々しい気持ちで結果を待っていると……
プロデューサーさんの声が響いた。
「合格者は――奈々瀬紗音さん。おめでとうございます」
名前を呼ばれ、スポットライトに照らされたのは……他でもない、わたしだった。
2
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/children_book.png?id=95b13a1c459348cd18a1)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/children_book.png?id=95b13a1c459348cd18a1)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
霊感兄妹の大冒険 古城にはモンスターがいっぱい⁉
幽刻ネオン
児童書・童話
★あらすじ
ある日、冬休みに別荘へお泊りをすることになった仲良し皇兄妹(すめらぎ きょうだい)。
元気で明るく心優しい中学二年生の次女、あやね。
お嬢さま口調で礼儀正しい中学一年生の末っ子、エミリー。
ボーイッシュでクールな中学三年生の長女、憂炎(ユーエン)。
生意気だけど頼れるイケメンダークな高校二年生の長男、大我(タイガ)の四人。
そんな兄妹が向かったのは・・・・・なんと古城⁉
海外にいる両親から「古城にいる幽霊をなんとかしてほしい」と頼まれて大ピンチ!
しかし、実際にいたのは幽霊ではなく・・・・・・⁉
【すべてを知ったらニゲラレナイ】
はたして兄妹たちは古城の謎が解けるのだろうか?
最恐のミッションに挑む霊感兄妹たちの最恐ホラーストーリー。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
左左左右右左左 ~いらないモノ、売ります~
菱沼あゆ
児童書・童話
菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。
『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。
旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』
大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。
【完】ノラ・ジョイ シリーズ
丹斗大巴
児童書・童話
✴* ✴* 母の教えを励みに健気に頑張る女の子の成長と恋の物語 ✴* ✴*
▶【シリーズ1】ノラ・ジョイのむげんのいずみ ~みなしごノラの母の教えと盗賊のおかしらイサイアスの知られざる正体~ 母を亡くしてみなしごになったノラ。職探しの果てに、なんと盗賊団に入ることに! 非道な盗賊のお頭イサイアスの元、母の教えを励みに働くノラ。あるとき、イサイアスの正体が発覚! 「え~っ、イサイアスって、王子だったの!?」いつからか互いに惹かれあっていた二人の運命は……? 母の教えを信じ続けた少女が最後に幸せをつかむシンデレラ&サクセスストーリー
▶【シリーズ2】ノラ・ジョイの白獣の末裔 お互いの正体が明らかになり、再会したノラとイサイアス。ノラは令嬢として相応しい教育を受けるために学校へ通うことに。その道中でトラブルに巻き込まれて失踪してしまう。慌てて後を追うイサイアスの前に現れたのは、なんと、ノラにうりふたつの辺境の民の少女。はてさて、この少女はノラなのかそれとも別人なのか……!?
✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる