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第三章 神絵師の呪い

スーパージャンケンタイム

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 ──週末ということもあり、『つるや商店街』にはそれなりの人通りがあった。

 日用品を買う近隣住民。
 食べ歩きを楽しむ学生。
 観光客らしき人の姿も見受けられる。

 雷華と未空は「勝手知ったる」といった様子で海斗の後ろをついて行くが、翠だけはきょろきょろと周囲を見回していた。

「八千草は、来るの初めてなのか?」

 歩くペースに気を配りつつ、海斗が尋ねる。
 翠は無言で、こくんと頷いた。

「そうか。気になる店があったら遠慮なく言ってくれ。初めて訪れた人の視点も知りたいから」

 翠は小さく「うん」と答え、再び眼鏡の奥の瞳をきょろきょろと動かし始めた。



 程なくして、最初の目的地である店に辿り着いた。
 店先に並ぶ艶やかなナス、トマト、ピーマン。「特売」の文字が掲げられたキャベツやネギ。
 海斗御用達の八百屋、『くまだ青果店』だ。

「あら、いらっしゃい。今日は随分とお早いお買い物だね」

 海斗の顔を見るなり、エプロン姿の中年女性が声をかけてくる。海斗は軽く頭を下げ、

「こんにちは、おかみさん。実は今日は買い物ではなく、取材に伺いました」

 と、今回訪問した理由について説明した。
 おかみは嬉しそうに頷き、校内の発表で紹介することを快諾してくれた。

 早速、事前に決めていた質問内容に沿ってインタビューをしていく。
 店を構えて何年になるのか。
 一日の客の数や、よく売れる商品について。
 どうして質の良いものを安く提供できるのか、などだ。

「うちには同じ商店街で店出してる人がよく仕入れに来るんだよ。あそこのクレープ屋のいちごもバナナも、斜向かいの定食屋のキャベツやほうれん草も、パン屋のフルーツサンドのキウイも、みんなうちの店で買って行ったものさ。良いものを安く売って、他の店の食材になって、それがまた安くて美味しければ、お客さんがたくさん来てくれるだろう? 結果、商店街全体が活気付くし、うちにもお客さんが増える。商品の値段を上げることは簡単だけど、それじゃあお客さんの喜ぶ顔や、商店街全体の賑わいは手に入らないのさ」

 おかみの言葉に、海斗たちは感銘を受ける。
 きっと他の店も同じような気持ちで商いをしているから、この商店街にはまた来たくなる温かさがあるのだろう。

「ありがとうございます。大変参考になりました。翠ちゃんは、何か聞きたいことはある?」

 ずっと黙ったままの翠に、未空が投げかける。
 翠は「えっと」と暫く目を泳がせてから、

「こ……このお店は、何色ですか?」

 そう、控えめに言った。
 おかみが「えっ?」と聞き返すと、翠はさらに声を小さくして、

「イメージカラーです……おかみさんが思う、この店の雰囲気に合う色が知りたいな、なんて…………いや、きもいですよねごめんなさい。もう黙ります……」

 ただでさえ狭い肩幅をさらに縮こませ、俯く。
 しかし、おかみは「あはは!」と笑い、

「イメージカラーね。考えたこともなかったけど……強いて言うなら、緑かな。フレッシュで優しくて、瑞々しい色。うちにピッタリだろ? 八百屋だし」

 そう、楽しげに答えた。
 それを聞くなり、雷華と未空は嬉しそうに顔を見合わせる。

「翠、良い質問ね!」
「うんうん。さすが、イラストレーターならではの視点だよ」
「そうだな。他の店でも、同じように聞いてみようか」

 海斗も、そう続ける。
 三人の反応に、翠はぽかんと目を見開いてから……

「……あ、ありがとう」

 と、恥ずかしそうに呟いた。


 こうして、一軒目の取材は無事に終わった……
 と、思われたのだが。

「さて……海斗くん。今日もいつものやつ、やっていく?」

 おかみが、拳をにぎにぎと動かしながら不敵な笑みを浮かべる。
 未空が「いつもの?」と首を傾げるので、海斗は説明する。

「じゃんけんして勝ったら、冷凍パイナップルか冷凍チョコバナナをおまけでもらえるんだ。ここで買い物する時にはいつもやっている。って、今日は何も買っていないのにいいんですか?」
「もちろん。うちの店を学校で紹介してくれるんなら、これくらい安いもんさ。普通にあげてもいいけど……それじゃあつまらないだろう?」

 言いながら、おかみは拳を高く掲げる。
 まるで歴戦の武闘家のようなオーラが、その小太りな身体からゆらりと放たれる。

「そうですね……では、今日も正々堂々、やらせてもらいます」

 対する海斗も拳を引き姿勢を低くする。
 こちらも熟練の拳闘士のようなオーラを放ち始める。

 ただのじゃんけんに、この気合いの入れ様。
 未空は苦笑いするが、隣で雷華がうずうずしているのに気が付き、

「……雷華もやりたいの?」
「うんっ。冷凍パイン欲しい!」

 目を輝かせ、何度も頷く雷華。
 おかみはニヤリと笑い、腕をぐるぐる回す。

「いいねぇ。なら、全員相手してあげるよ。まずは海斗くんから……いくよ!」

 その掛け声の直後、二人は更なるオーラを放ち……


「「──最初はグー!!」」


 戦いの火蓋が、今、切られた。
 
 
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