鮫島さんは否定形で全肯定。

河津田 眞紀

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第二章 イエスマンの呪い

初めての課外活動

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 昼休みの晴天から一転、放課後の空はどんよりと分厚い雲に覆われていた。

 海斗はスマホで天気予報を確認する。
 明日の朝にかけて曇り空が続くものの、雨は降らないようだった。

 三人は学校を出て、予定通り『つるや商店街』へ赴くことにした。
 まずは藍山北高校の最寄り駅から三つ離れた駅に向かう必要がある。
 が、自転車通学である海斗は自転車を高校に置いて行くわけにいかず、雷華と未空は電車で、海斗は自転車で目的の駅を目指し、現地で落ちあうことになった。

 校門の前で別れ、海斗は自転車を漕ぎ出す。
 頬を撫でる風は湿気を孕み少し冷たいが、二人を待たせてはいけないと、急いでペダルを漕いだ。
 その頑張りの甲斐もあり、三人は大きな時間のロスもなく商店街の最寄り駅で合流した。

 駅前のロータリーを超えた先に見えるアーケード街。
 それが、海斗の話した『つるや商店街』である。


「それじゃあ早速案内を……と、言いたいところだが」

 海斗は、合流した雷華と未空の姿を見つめ……質(ただ)す。

「……その格好には、一体どんな意味があるのか、尋ねてもいいか?」

 海斗の指摘に、ビクッと肩を震わせる雷華と未空。
 誰もが振り向く超絶美少女な二人だが、今は別の意味で注目を集めそうな格好をしていた。

 頭には黒いキャップ。
 目には黒いサングラス。
 口元には白いマスク。

 ……という、女子高生の身体に不審者の頭を乗せたような装いなのだ。
 海斗を待っている間に買い揃えたらしく、キャップには値札が付いたままだった。

 訝しげに見つめる海斗の視線を払うように、未空はパタパタと手を振る。

「ほら、このコって可愛いから、ただ街を歩いているだけでナンパされるの。柄の悪い連中をキツく否定して、妙な因縁をつけられても怖いでしょ? だから、繁華街を歩く時はいつもこうして顔を隠しているんだ。私はそのついで」

 淀みなくつらつらと理由を宣うので、海斗は納得し頷く。

「確かに、鮫島と弓弦が並んで歩いていたら声もかけられるだろう。大変だな、美人も」
「はぁ?! あんた、何言って……!」

 と、マスクの下の顔を赤くした雷華が、また否定と肯定の応酬を始めそうだったので、未空が「ストーップ!」と止めに入る。

「あまり騒ぐと目立つから。おしゃべりはこれくらいにして、商店街へ向かいましょ。なんだか天気も悪くなってきたし……」

 予報では降らないはずだが、未空の言う通り頭上を覆う雲はより一層黒さを増していた。
 海斗は一度天を仰いでから、「案内する」と言って、自転車を押し歩き始めた。



 藍山市は、その名の通り山の多い土地だ。
 県境に跨る山の麓には湖や森林公園があり、桜や紅葉が有名な観光スポットになっている。

 海斗たちの通う藍山北高校近辺は市内でも比較的栄えた地域で、特にこの『つるや商店街』の最寄り駅からは観光バスが頻繁に発着するため、宿泊施設や観光客向けの土産物屋が充実していた。

 商店街にある店が全て観光客向けかというと、決してそうではない。
 全国的に見ればマイナーな観光地だ、普段は地元住民が客層の主を占めている。

『観光客も楽しめ、地域住民にも愛される、賑やかで親切な商店街』

 それが『つるや商店街』のスローガンだ。


 ……という解説を交えつつ、海斗は素顔を隠した二人を引き連れ、商店街を進む。

 昔ながらの蕎麦屋に、若者に人気のクレープ屋。
 所謂「映え」を売りにしたお洒落なかき氷屋の向かいからは、八百屋や惣菜屋の威勢の良い呼び込みが聞こえてくる。

 今昔も清濁も併せ呑んだ、賑やかな雰囲気の商店街だった。

「若者から年寄りまで、あらゆる世代を楽しませる懐の深さ。それが、この商店街の魅力だ」

 時折り顔見知りと思しき店の人々と挨拶を交わしながら力説する海斗。
 否定しないようにするためか雷華は黙り込み、未空も「そうなんだ」と短く返事するのみだった。
 そんな薄い反応も意に介さず、海斗はずんずん歩いて行く。

「とりわけ、俺がおすすめしたい店が……このベーカリーショップ『ハンマーヘッド』だ」

 そう言って、一つの店の前で足を止めた。

 ストライプのひさしと、水色に塗られた木製の外壁が可愛らしいパン屋だ。
 人気店のようで、次から次へと客が入っていく。軽やかなドアベルの音が鳴る度に、扉の隙間から焼き立てのパンの香りがふわりと漂っていた。

「ここが例の、パンの耳を格安で販売してくれる神のような店だ。もちろんすごいのは安さだけではない。味もすこぶる良い。特に人気なのはカレーパンで、中の自家製カレーが絶品らしい。他にも惣菜パンにサンドイッチ、スイーツ系のパンも充実している。まぁ、俺は食パンとその耳しか食べたことがないんだが……ふわふわの生地にバターが香ばしく、耳だけでも最高に美味いんだ。それに、この客の入りを見れば、その味は想像に難くないだろう」

 そう言っている間にも、また新しい客が入店する。
 海斗は雷華と未空の方を振り返り、「入ってみるか?」と尋ねるが、二人は無言のままふるふると首を横に振った。

「そうか。この店の店主は風子ふうこさんといって、俺にとってもはや『親戚のお姉さん』みたいなものだから、ぜひとも紹介したかったんだが……」
「なっ……! そん……むぐっ」

 雷華が何かを否定しかけるが、未空はその口をマスクの上から押さえ、止めた。

「ご、ごめんね。万が一店員さんやお客さんの中に男の人がいて、雷華とトラブったりしたらお店に迷惑かかるし……今日はやめておくよ」
「そうか? 今なら店内には女性しかいないようだが……」
「わからないじゃない。今どき女性の格好をした男性がいたって珍しくないんだし、見た目だけじゃ判断できないと思わない?」
「確かに、弓弦の言う通りだな。そこまで徹底して異性を避けているとは、今までよっぽど大変な目に遭ってきたんだろう。俺の考えが足りなかった。すまない、鮫島」

 海斗は頭を下げるが、それに対する雷華の返答はやはり未空の手に塞がれたまま、「むむむんむぅ!」という意味不明な鳴き声に変わった。

「うんうん、俺に対する否定ならいくらでも言ってくれ。ちなみに、この先に鮫島の気に入りそうな土産物屋があるんだが、寄って行くか?」
「行かないっ!」

 未空の手を振り解き、はっきりと否定する雷華。
 その声音に、本気の拒絶らしい雰囲気を感じ取り、海斗は頷く。

「わかった。では、このアーケードを抜けて少し歩いたところにある『つるや旅館』を案内しよう。もちろん中には入れてもらえないだろうが、外観を眺めるだけでも驚くと思うぞ? 映画に出てくるような、純和風の立派な建物なんだ」

 そう言って、海斗は再び自転車を押し歩き始めた。
 その後ろで、未空と雷華は……
 サングラス越しに、ジトッと互いの目を見つめ合っていた。
 
 
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