鮫島さんは否定形で全肯定。

河津田 眞紀

文字の大きさ
上 下
5 / 42
第二章 イエスマンの呪い

ごめんなさい

しおりを挟む


「まぁ……鮫島の言う通りなんだよな」

 翌日の昼休み。
 海斗は中庭のベンチで、一人昼食を摂っていた。

 ぽかぽかと暖かい春霞の空を見上げながら、昨日雷華に言われた言葉を思い出す。

『そうやってなんでも肯定して、相手に合わせてばっかりで、「自分」ってものがないの? そんなんじゃ一生、否定されっぱなしの人生になるわよ?』

 実際、その通りだった。
 自己主張せず、他人に同調する癖がついていることは自覚している。
 だからこそ、言われた瞬間に息が詰まったのだ。

 そんな自分の性格をわかっているから、入学から二週間が経つ今も、海斗は友人を積極的に作ろうとしていない。昼休みも、いつも一人で過ごしていた。

「……やっぱり、これじゃ腹いっぱいにはならないな」

 と、自分で用意した弁当を見下ろし、ため息をつくと、

「──あ、こんなところにいた」

 そんな声が、横から聞こえた。
 見れば、中庭の植え込みの向こうから未空が顔を覗かせていた。
 その後ろには雷華もいて、未空の背中に隠れるようにくっついている。

 柔らかな日の光を浴び、風に髪を揺らしながら近づいて来る美少女二人。
 中庭の花々も嫉妬するような華やかさに、海斗は思わず目を細める。

「弓弦と鮫島。どうした?」
「どうって、君を探していたんだよ。このコが昨日のこと気にしてうじうじしているから」
「う、うじうじなんかしてない!」
「しているじゃない。『ひどいこと言っちゃった……』とか、『傷付けたよね……』とか、休み時間の度に呟いて。もう一度ちゃんと謝るために温森くんを探しに来たんでしょ?」

 未空の言葉に、雷華は「うぅ……」と背後に隠れる。
 海斗が今まさに思い出していたあの言葉を雷華自身も気にしていたらしい。口調のキツさとは裏腹に、繊細な心の持ち主のようだ。

 未空の背中から目だけを覗かせ、海斗の様子を窺う雷華。まるで母親の後ろに隠れる幼児か、巣穴から顔を出す小動物だ。
 海斗は警戒を解いてもらおうと、首を横に振る。

「俺は全然気にしていない。むしろ、気を遣わせてしまって悪かった」
「悪くないっ! つーかあたしが謝ろうとしているのに、なんであんたが謝ってんのよ?!」
「あぁ、確かに。それは悪いことをした」
「だから悪くないってば!」

 ……などと、いつもの堂々巡りが始まりそうだったので、未空は「雷華」と呼びかける。
 雷華はビクッとしてから、緊張した面持ちで未空の背中を離れ、海斗の前に立つと、

「…………ご、ごめん。昨日は、その……言い過ぎたわ」

 スカートの裾をきゅっと握りながら、蚊の鳴くような声で謝った。

 もじもじと擦り合わせた白い膝。
 小さく縮こまった肩。申し訳なさそうに下がった眉。

 否定する時の勝ち気な雰囲気とは正反対の弱々しい態度に、海斗は驚く。
 もしかすると、これが彼女の本来の姿なのかもしれない。雷華を「高慢でキツイ女」だと囁くクラスの一部の男子も、この姿を見ればきっとまた恋に落ちるだろう。

 不安げな顔で返事を待つ雷華に、海斗は思わず小さく微笑む。

「本当に気にしていないから大丈夫だ。わざわざありがとうな」
「……はぁ? お礼言われるようなことしてないし」
「実際、鮫島に言われた通りなんだ。人の意見に同調してばかりで、自分の主張がない。俺の悪いところだ。だから反省して、ちゃんと自分の案を考えてきた」

 海斗の言葉を聞いた雷華と未空が顔を見合わせる。
 そして、雷華の代わりに未空が、「どんな案?」と尋ねる。
 海斗は一度咳払いをし、調査テーマの案について語り始めた。

「ここから三駅離れたところに、『つるや商店街』っていう大きなアーケード街があるのは知っているか? 俺、そこの人たちにものすごく世話になっているんだ。サービス精神旺盛な八百屋の大将。いつもできたてを用意してくれる惣菜屋のおばちゃん。大量のパンの耳を格安で売ってくれるパン屋のおかみさん……挙げ出したらキリがない。とにかくあったかくて、人情のある素晴らしい商店街なんだ。そこの取材をして、魅力を発信するのはどうかと考えたんだよ」

 それを聞いた瞬間……雷華がピクリと反応したのを、未空だけは見逃さなかった。

「……ちなみに、そんなにパンの耳をもらってどうするの?」

 未空が尋ねる。
 海斗は「あぁ」と答え、膝に乗せた弁当箱の中身を見せながら、

「主食にしているんだ。俺、一人暮らしをしていて、あまり金が使えないから。これは八百屋でもらったトマトをソースにし、チーズを乗せて焼いた『パンの耳のトマトグラタン』だ。他にもお揚げ代わりに味噌汁に入れたり、トーストして砂糖をまぶせばラスクにもなるし、パンの耳ってすごいんだぞ? 汎用性が高い」
「ぱ、パンの耳というより、温森くんのアレンジ力がすごいよ」
「料理は好きな方だからな。けど、あまり自慢できる弁当ではないから……飯は、なるべく一人で食うようにしている」

 軽い口調で言う海斗。未空が「温森くん……」と呟くその隣で、雷華も海斗を心配そうに見つめた。

「その商店街の外れには、市内で最も歴史の古い高級宿『つるや旅館』もあるんだ。そこの取材も兼ねれば、発表内容として不足はないはずだ。どうだろう、悪くない案だと思うが」

 聞きながら、今度は未空の方がピクリと反応するのを、雷華だけは見逃さなかった。
 そして、

「……ダメね、却下よ」

 雷華は、真っ向からその案を否定した。
 いつもなら「そうか、そうだよな」とすぐに同調する海斗だが、今回は違った。
 雷華を見つめ、身を乗り出し熱弁する。

「しかし鮫島、商店街を調査すれば、自ずと鮫島が望んでいた『土産菓子ランキング』を盛り込むこともできるんだぞ? 何せ『つるや商店街』には土産物屋がたくさんあるからな。試食や食べ歩きのための店頭販売も充実している」
「……っ」

 珍しく言葉を詰まらせる雷華。よほど土産菓子が好きなのだろう、動揺し瞳が泳いでいる。
 しかし、すぐに否定の言葉が返ってくるはずなので、海斗は間髪入れずに続ける。

「俺がこの藍山市で最も思い入れがあるのは『つるや商店街』なんだ。今回ばかりは本気の提案だ。何なら今日の放課後、二人を案内する。一度来てもらえればその魅力がわかるはずだ」
「い、イヤよ。却下却下!」
「そうか。じゃあ……『行かない』」
「ダメッ! 行くわよ! 行くに決まってるでしょ?!」

 叫んでから、雷華はハッとなる。
 今のは、海斗の誘導だ。雷華に「行く」と言わせるため……彼女の否定を引き出すために、あえて「行かない」と言ったのだ。

 言質を取った海斗は、ニヤリと笑う。

「よかった。それじゃあ放課後、俺に付き合ってくれ」
「ヤダってば! 絶対に行かないから!」
「ふむ。じゃあ、『行くのをやめよう』」
「やめないっ! 行けばいいんでしょ、もう!」

 雷華の『否定の呪い』を逆手に取ったやり口に、未空は感心半分、呆れ半分なため息をつく。

「はぁ……ま、イエスマンな温森くんがそこまで推すなら、行くしかないね。それに、私も『つるや商店街』は大好きなの」
「本当か? それはよかった」

 行く方向で話を進める未空に、雷華は「ちょっと未空!」と縋るように呼びかけるが、

「いいじゃない。温森くんを焚き付けたのは雷華なんだから。彼のお気に入りのパン屋さんをぜひ紹介してもらいましょ」

 そう、笑みを浮かべながら言った。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

adolescent days

wasabi
青春
これは普通の僕が普通では無くなる話 2320年  あらゆる生活にロボット、AIが導入され人間の仕事が急速に置き換わる時代。社会は多様性が重視され、独自性が評価される時代となった。そんな時代に将来に不安を抱える僕(鈴木晴人(すずきはると))は夏休みの課題に『自分にとって特別な何かをする』という課題のレポートが出される。特別ってなんだよ…そんなことを胸に思いながら歩いていると一人の中年男性がの垂れていた…

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

文化研究部

ポリ 外丸
青春
 高校入学を控えた5人の中学生の物語。中学時代少々難があった5人が偶々集まり、高校入学と共に新しく部を作ろうとする。しかし、創部を前にいくつかの問題が襲い掛かってくることになる。 ※カクヨム、ノベルアップ+、ノベルバ、小説家になろうにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...