剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第13蝶 影の少女の解放と創造主

タチアカ(仮称)

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 コッ、コッ、コッ――――


「……その姿。やはりお前だったか。クリア・フレーバーよ」


 散らばった肉片が集まり、徐々に再生を始めるヒトカタ。
 その背後の暗闇から、一人の何者かが姿を現した。

 背丈は凡そ180前半。
 全身を深紅の鎧に身を包み、背後には身の丈程ある、7本の太刀が浮いていた。
 
 鎧と同じく深紅な髪を、後頭部で1本に結わえ。
 唯一、防具で覆われていない顔面から、女だと判別できる。
 
 精悍な顔立ちではあるが、荒々しさよりも、どことなく気品を感じる。
 だが、発せられる気配は真逆で、はげしく燃え盛る炎の様に、轟轟と揺らめいていた。



「タ、タチアカ、な、んでここに?」

 突如現れた鎧の女に、掠れた声で反応するマヤメ。
 咄嗟に武器を手にするが、声だけではなく、全身も震えていた。


「なんだ? マヤメか…… 今はお前の事はもういい。ワレはコイツの回収で時間が惜しい。だがそれよりも――――」

 身構えるマヤメと、再生中のヒトカタを一瞥し、 
 

「――――随分と弱くなったものだな。クリア・フレーバーよ。まぁ、無理もないか、お前と最後に戦ったのは10年ほど前だからな」

 片膝を付き、苦悶の表情を浮かべるスミカを見下ろす。


「……いや、今の私はスミカだから。あんたこそ、タチアカなんて名前じゃなかったと思うけど?」

 見覚えのある顔を見上げながら、失った左足首にそっと触れる。
 すぐさまポーションを使用したが、再生にはもう少し時間がかかる。


『一体、何の攻撃を受けた? 脊髄反射も反応したのに、切っ先が触れた瞬間に、斬られてた……』

 記憶の中と違う武器と初見な能力。

 過去に対戦した時は、ただの7本の赤い太刀だった。
 自在に操れる能力だったが、たったそれだけだったはず。
 
 だが今現在は、その形状も、そして能力も違う。

 最も目を引いたのは、その持ち手だった。
 ハサミを連想させるかのような、楕円形の穴が開いている。

 それと能力については、現段階ではまだわからない。
 一度斬られただけでは、判断が難しいが、それでも……
 

『……でも違和感はあった。まるで"斬る”というが、残ったような感じだった』

 刃先が触れた瞬間に、既に私の足首は切断されていた。
 刀を振りぬくという、ごく当たり前の過程がないままに。

 それと、このタチアカと相対するのは、都合4度目だ。
 
 いずれも、VRMMO『リバースワールド・リキャプチャーズオンライン』(以下RRO)での、年に一度開催する、【表世界オーバーワールド】と【裏世界アンダーワールド】との合同のソロランキング戦だった。

 私はそのランキング戦で、7度の優勝経験を持ち、タチアカは1度の準優勝と、3度の3位を経験している。

 
 そう、この太刀使いのデカ女は、私と同じ元プレイヤーだ。
 今現在は、リバースシスターズと名乗る、パーティーのリーダーらしい。

 この世界に来た当初、そしてマヤメの話から、その存在を感じていた。
 元プレイヤーや、自分に匹敵する実力者が、この世界に来ている事に。

 だが以前は、タチアカなんて名前ではなく、もっと風変わりな――――


「あ、思い出した。あなた『神々しい悪意セラフィックベノム』じゃなかった?」

 そう名乗っていたはず。
 タチアカなんて、の名前じゃなかった。


「い、いきなり何を言って、違うっ、い、今のワレはタチ――――」

「え? 違う? それじゃ『赤き革新レッドイノベーション』じゃないの?」

「だ、だから違うと――――」

「いや、こっちだったかな? 『除去する葬儀屋エリミネートテイカー』」

 記憶を頼りに、数々の名前を連呼していく。
 そうは言っても、これはHNハンドルネームじゃなく、私の前で名乗ってただけだけど。


「聞けっ! 今のワレは――――」

「あ、最後に聞いたのは『突破の向こうにビヨンドブレイカー』かも?」

「だ、だから違うと言っておろうがっ! 今のワレはタチアカだっ!」

「そう? その割には口調変わってないけど、まだ発症してんの?」

 片膝を付いたまま、タチアカと視線を合わせる。
 そんなタチアカは、私の視線から逃れるように、そっと目を逸らす。


「発症? なな、なんの事だっ!」

「なんのって、それは厨二病ってやつだよ。いきなり現れて、10年振りって設定も無理あるでしょ? 最後に会ったのは、せいぜい数か月前だし」

 記憶にあるのは半年ほど前だ。
 この装備を入手した際の、ランキング戦で戦った時以来だ。
 
 
「そうか、貴様はまだ知らぬのだな。我々異世界人はみな、バラバラな時代に来ている事を。こちらの意志などお構いなしに、理不尽に飛ばされている事を」    

「バラバラ? それってどういう事?……」

 腕を組み、神妙な面持ちのタチアカを見上げる。


「言葉の通りだ。だがお前も心当たりがあるだろう? どうやらあの災害の魔法使い幼女、フーナとも交戦したようだからな」

「フーナに? そう、だね」

 タチアカの目を見ながら思い出す。
 フーナの従者のメドから、マヤメを通して、受け取った封書の内容を。 


 それによると、フーナはこの世界で、20年以上暮らしているらしい。
 裏を返せば、それは私より、20年以上も前に、この世界に来ている事になる。

 だけどその事実を知った時、ある二つのが生まれた。
 フーナだけならまだしも、このタチアカとの邂逅によって。 


「そういう事だ。我々はみなバラバラの時代に飛ばされ、その都度、人類を救い、国に関わってきた。この世界を襲う、未曽有の災害『モンスターディザスター』からな」

『…………』
 
 これも知っている。

 10年おきに未知の魔物が湧き出し、この世界を襲った事を。
 大量の魔物が街や村を襲い、人々を恐怖に陥れた事件を。

 フーナはその20年前の、魔物災害の功労者だった。
 メドを含む従者と共に、この国の王や大勢の人々を救ったそうだ。


『だけどその結果、フーナたちは人里を離れ、まるで隠遁に近い生活を強いられた。この世界を救ったはずなのに、あの実力のせいで……』

 フーナの強さを目の当たりにし、危険視する輩が増えて行った。   
 規格外の強さ故に、どの国に属するかで、勢力図が大きく変わってしまうからだ。

 だが現在そのフーナたちは、この国にはいない。 
 メドたちと共に、この大陸から出て行ったからだ。

 何の前触れもなく現れた、未知の魔物を討伐するために。
 かつて、竜の住む地と言われていた『キェーウ島』へと。

 メドからの手紙には、そう書かれていた。



「さて、そろそろ時間稼ぎはもういいだろう。クリア・フレーバーよ」

「あれ? やっぱりバレてた?」

 ペロと舌を出しながら確かめる。 
 ようやく再生した足首の感触を。


「はん、相変わらず抜け目がないな。ワレにあの話を振ってきたのは、元々それが狙いだろう」

「まあね。でもあの話って?」

「ア、アタシの事を、ちゅ、ちゅうに――――」

「厨二病でしょ? やっぱり気にしてるじゃん。ワレからアタシに戻ってるし。10年も経てば人目を気にするようになるんだ」

「う、うるさいっ! アタシはこの10年で強くなったっ! もう貴様に負けたあの時のアタシではないっ!」

 背後にある7本の太刀が、一斉に動き出す。
 所持者の怒りに呼応するかのように、全ての切っ先が私に向けられる。


「あっそ。でも強くなったのはあなただけじゃないでしょ? あなたとはあの大会以来だし、その間の私を知らないんだから、その差は埋まるどころか、逆に広がってるかもよ?」

 黒に視覚化した、長剣と大盾を構え、スクと立ち上がる。
 足の痛みも違和感もない。これなら大丈夫だ。


「あの大会? ああ、その蝶の装備を入手した時の話か」 

「そうだよ。その後は戦ってないから」

「なるほど。それが絶対障壁と呼ばれる、透明壁とか言うスキルか? それで今は形状の変化や視認も可能なように、この世界でレベルが上がったと」

「は? なんで知って――――」

「そうか、これも言ってなかったな。バラバラな時代に飛ばされたのは、何も我々に限った事だけではない」 

「……それって、どういう意味?」

 嫌な予感がする。

 そもそもこのタチアカは、私を一目見た瞬間に私だと見抜いた。
 以前の姿ならともかく、今のこの装備では初顔合わせの筈が。

 仮に、私の監視役だった、マヤメからの情報が渡ったとしても、この姿=クリア・フレーバーとはならない。この世界では"澄香”と名乗っているからだ。

 
「なに、簡単な事だ。ワレたちがいたRROの歴史における、その過去や未来から、プレイヤーたちが飛ばされているからだ」

「なっ!?」

「だからお前の情報は聞いている。未来から来た元RROプレイヤーたちが、ワレの仲間にいるからな」

「………………」

 思考が固まる。
 タチアカの顔を見ながら、首筋を冷たい汗が伝う。
 
 今の話が本当であれば、私の能力は筒抜けだ。

 だけどそれ自体は問題ではない。
 元の世界よりも、こちらの世界で大幅にレベルが上がったからだ。

 だから今知られている情報なんて大したことない。
 せいぜい透明な壁を自在に扱えるだけだ。


 それよりも、私が一番懸念し、危惧している事は別にある。

 それは――――


「すでに貴様の装備はB級品だ。もはや過去の遺物だと言ってもいい。こちらには最新の装備を元に、独自の研究が進んでいるからな。貴様が安穏に暮らしていた、この十数年の間に」

『………………』  

 そう。
 これが未来と聞き、最も恐れていたこと。

 それは、私の装備が文字通り《時代遅れ》になる事だった。
 

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