剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第13蝶 影の少女の解放と創造主

黒マスクVS細マッチョのアマジ  その2

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 ガガガンッ!

 ザシュッ


「ち、まだが足りないか」

 裂けた胸当てを意に介さず、最大限に周囲を警戒するアマジ。

 無数に襲い来る攻撃を、手甲で受け、弾き、捌き。体術で避け、躱すが、その全てを防ぎきるのは不可能だった。

 何せ、周囲を覆う、桃色の霧に視界を奪われ、頼りとなる気配の感知さえも、黒マスクの能力で封じられていたからだ。

 目の前に現れた時には既に攻撃を喰らい。
 気付いた時にはとっくに被弾していた。

 その結果、攻撃を避けきれずに、防具と衣服を切り裂かれ、この場に足を踏み入れた姿とは、大きく様変わりしていた。


『『あら~ん、随分と扇情的な姿になってきたわねっ! もう少しで鍛え上げた逞しい太腿も、日に焼けた厚い胸板も、全部丸見えになっちゃうわねっ! だからまだまだいくわよっ!』』

 桃色の濃霧の中から、甲高い愉悦の混じった声が響き渡る。
 そんな黒マスクは、気配と手応えで、戦場を把握しているようだった。


「ふむ。やはり付け焼刃ではどうにもならんか。いや、アイツはあの時確か、目を閉じていたな。そして――――」

 余裕を見せる、相手の声など無視し、アマジは集中する。 
 あの時を再現するかの様に、あの時の蝶の言葉と、あの技を思い出す。


 シュッ 

 ザシュッ

「く、まだ足らぬか。もっと追い込まぬとダメかっ。それとこれも邪魔だな」

 壊れかけの胸当てを外し、更に集中する。
 目を閉じ、脱力し、無防備になりながらも、強くイメージする。
  
 想像するのは、身が竦むほどの圧倒的な恐怖。
 その先で待ち受けるは、逃れられない己の死。

 一撃がそのまま命の喪失に繋がる、絶対的な負のイメージ。
 
 それこそが――――
 

 シュッ

『『えっ!?』』

「………………」

 シュッ ×2

『『ま、まさか』』

「………………」

 シュッ ×3

『『アタイの攻撃が見えているのぉっ!』』

「………………」

 数度に渡って華麗に躱す、アマジの動きに驚愕する黒マスク。
 槍先が触れた瞬間、今までとは全く違う動きで躱し始めたからだ。


 ――――それこそが、死に抗う、生物の本能を利用し、超絶反応を可能にする技『spinal reflex 改』(脊髄反射)だった。



「はぁはぁ、これでようやくと言ったところか。それでもまだまだ甘いようだな。ふぅ」

 乱れた息を整えながら、被弾した箇所を目視し、ゆっくりと息を吐き出す。
 黒マスクは、全て躱されたと感じたようだが、衣服の数か所がほつれていた。
 
 だが、戦闘に影響するダメージは皆無だった。
 出鼻で最初の一撃を肩口に受けて以降、身体は無傷のままだった。

 
『…………にしてもこの技は、自分で使って分かったが、そう連発出来るものではないな。精神を著しく疲弊し、その影響で頭と体が重くなる。だというのに、アイツは難なく披露し、その後も平然としていたな。この辺りに俺とアイツとの差があると言う事か……』
 
 意識を保つように、軽く頭を振るアマジ。
 この技が優れている反面、諸刃になることを理解した。  

 使用するには、桁外れな集中力と、絶望に打ち勝つ強靭な意志、それと膨大な体力と経験が不可欠なのだと。


『『もう、なんなのよさっきからっ! もう少しで丸見えになるのにっ!』』

 シュッ

 そんなアマジの葛藤などつゆ知らず、黒マスクは攻撃を仕掛け続ける。
 霧の中から気配を殺し、己の欲望を前面に出し、正面を避けて移動を繰り返しながら。

 黒マスクの能力は、単体でもかなり強力なものだ。
 そこに、長柄の武器と死角からの攻撃で、更に脅威度が増していた。

 だがこれ以降、黒マスクの攻撃が当たる事はなかった。
 本人が気付かないうちに、能力が消えかけていたからだ。

 その訳とは、


 シュッ!

『『一体どうなってるのよっ! アタイの攻撃が全然当たらないじゃないっ! なんで、なんでなのよーっ!』』

 苛立ち、声を荒げながら、鋭い突きを放ち続ける黒マスク。
 異様な事態に混乱しながら、それでも執拗に攻撃を繰り返す。 


 シュッ!

「む? そこか?」

 視界を塞ぐ霧の中に、アマジは何かを察知する。
 今までは感じ取れなかった、黒マスクの微弱な気配を。

 ガッ

「ふぅ、ようやく捉えた」

『『なっ!?』』

 背後から襲ってきた槍の柄を難なく掴むアマジ。
 その光景を唖然とした顔で見つめる黒マスク。


「どうやらお前は自分に負けたようだな」  

『『な、なにが、何の話よっ!』』

「お前は最初、俺に恋慕の情を抱いていたようだが、今は違うと言う事だ」

『『それが何よっ! 何が違うってのよっ!』』

「俺は死の恐怖に打ち勝った。だがお前は違う。俺に対する恋慕の念より、俺への恐怖が上回ってしまった。その結果、能力が消えかけていると言う事だ」

『『っ!?』』

 黒マスクの能力。 
 現代風で言えば、特殊な“フェロモン”なる分泌物を纏い、存在を薄くする能力。

 だが今の黒マスクは、そのフェロモンが途切れている状態。
 アマジに対する感情が、得意の能力が破られかけ、恋から恐怖に上書きされてしまったのが原因だった。


「だから今の俺には、お前の位置が把握できる。暗闇や視界の効かない戦闘など、今まで散々こなしてきたからなっ!」 

 グイッ

 握っていた槍の柄を強く握り、黒マスク共々、一気に引き寄せるが、

『『わっ!』』

 小さな悲鳴と共に、手ごたえが軽くなり、槍だけが手元に残る。


「む、武器を手放し、霧の中に逃げたか。その判断は間違っていないが、もう見失う事はないぞ」

 ビュンッ

 アマジの手から、蛇のようなものが放たれ、消えていった黒マスクの姿を追う。
 それはマジックポーチから取り出した、狩猟用のムチだった。


『『きゃっ! な、なによこれっ!』』

 黒マスクを追ったムチが、正確にその腕を捕らえ、ピンと張る。

『『まさかその細腕で、アタイと力比べしようってのっ!』』

 グ、グググ―――― 

 巻き付いた左腕と、右腕でムチを掴み、力を込める黒マスク。
 単純な力勝負なら、筋肉の量と体格で勝る、自分に勝算があると判断したようだが、


「ふんっ」

 グイッ

「へっ!? わ――――っ!」

 一秒も踏ん張り切れずに、巨体が引っこ抜かれるように宙を舞い、桃色の霧の中を突っ切りながら、アマジに向かい飛んでいく。


「既に勝負はついているが、このまま一撃入れさせてもらうぞ」

 ムチを強く引き、迫る黒マスクの腹部に、無手での一撃を放つ。

 ドゴォッ!

「う、ぐぅっ!」

 強烈な一撃を鳩尾に受け、その威力で数メートル飛ばされ、地面に倒れ込む黒マスク。


「が、はぁ、はぁ、な、なんて重い攻撃なの、そ、それにその筋肉で、アタイを投げ飛ばすなんて……」

 膝を付き、顔を歪めながら、投げ飛ばしたアマジを、信じられないと言った様相で見上げる。


「今のは筋力のせいではない。俺は身体能力を、魔力で増幅する事が出来る」

「ま、魔力で? 魔力にそんな使い方があるなんて知らないわ」

「それは仕方のない事だ。元々この大陸で会得したものではないからな」

「それって、このシラユーア大陸以外で覚えたって事?」

「ああ、そうだ。俺は―― いや、俺たちは、絶対的なチカラを得る為に、各大陸を渡ってきた。この技は魔法大国で知られた、メアリカ大陸の、とある国で会得しものだ」

 黒マスクを見下ろしながら、アマジはその経緯を話す。 


「そ、それは驚いたわ。でもアタイだって、この能力を覚えてから、今まで負けた事なかったのよ?」

「それは今まで、己より強い者と戦ったことがないのだろう? お前の戦い方を見てそう感じたが」

「アタイより強い者?…… そ、そうかもね。アタイはこの能力のせいで、逆に臆病になってたのかも。破られることが怖くって……」


 強力な能力を持つ故に、起こりうる弊害。
  
 黒マスクはこの能力を使いこなし、ある程度の者にも勝ってきたのだろう。

 だが、絶対破られない能力や、未来永劫通用する技など存在しない。
 いつかは破られるものだと、心の底では理解していた。

 その結果、絶対的な信を置く、自身の能力を守るために、自分よりランクが低い者や、見るからに体格で劣る者などを無意識に選別し、ここまで勝ってきたのだろう

 自身の個性や切り札ともいえる、この能力を守るために。


「大層な事を言っているが、俺もお前と似たようなものだ。見た目に惑わされ、自身の力に過信し、つい最近、大敗したばかりだからな」

「大敗って、こんなに強いあなたが?…… それにまだ色々隠してるわよね? あ、見た目に惑わされたって事は、もの凄い美男子なのね? それか、素晴らしい筋肉の持ち主が相手だったとか?」

「美男子? いや、ん? そうだな。ある意味では男前だともいえるな。筋肉はわからないが」

 敵対した、自分と家族を救った挙句、何の見返りも要求しなかった、幼くも、凛々しく気高い、あの横顔を思い出す。


「もしかして、それって――――」

「ああ、この街で、蝶の英雄と呼ばれるものだ」

「やっぱりそうなのね。だからアタイたちと戦ったんだものね。でもその蝶の英雄ってのに、ちょっと嫉妬しちゃうわ」

「そうなのか?」

「ええ、それにそれほど男前なら会ってみたい気持ちもあるわ。あなたが相当惚れ込んでるみたいだから」

「いや、別に俺は、あのような子供には――――」

「さて、そろそろ終わりにするわね? もうこれ以上続ける意味はないもの。それに負けても得するのはアタイだけだからね」

「得?」

「それじゃ、『参りました。今後、蝶の英雄の名を騙る事はしません。ですから許して下さい』 はい、これでいいわね?」 

 アマジを見上げながら、さらっと敗北宣言を終わらせる。


「ああ、それで合っている」 

「それと、これで終わりだけど、覚えてるわよね? あの約束」

 頬を両手で包み、潤んだ瞳で視線を送る黒マスク。
 何かを期待しているのか、そわそわと体を揺らしていた。


「約束? ああ、確かお前を好きにしていいって事だったな? ならお前には、今回の騒動を起こした贖罪として、この街のギルドで無償で働いてもらう」

「はっ! えっ!? ちょっ、意味がちが――――」

「それと、その能力に興味が湧いた。暫くは監視がてらに、俺たちの練習相手になってもらうとしよう。寝床はこちらで用意する」 

「………………」

 思いもよらない話に、一瞬文句を言いかけた黒マスクだったが、二つ目の話を聞いて、口をつぐむ。 


『あらん、寝床を用意してくれるって事は、ある意味同棲ってやつよね? ならアタシにもまだチャンスがあるって事だわっ! ただ蝶の英雄ってのが、何気に邪魔くさいけど』

 男らしく、精悍でいて、どこか優しさを感じる、アマジの横顔を見て決心する。  
 どちらが本妻に相応しいか、いつか雌雄を決する必要があると。


 こうして、黒マスクとアマジとの最終戦は、黒マスクが敗北宣言をした事で、アマジの勝利となった。







 ちょうどその頃、とある建屋の2階の一室では、


「くしゅんっ! あ、ヤバい」

 思わず出たくしゃみに、慌てて口を塞ぐ、一人の侵入者がいた。

「なんだろ? こんな時にくしゃみなんて。アバターだから風邪とかじゃないと思うけど…… もしかしたら、誰か私のこと噂してる? うん、これでいいや」 

 ベッドの上に用意した、下ろしたての短パンとシャツに着替え、元の装備は、腰のマジックポーチに収納する。 


 ガララ

「よし、それじゃ、隠密行動と行きますか?」

 ポフと帽子を頭に乗せ、窓枠に足を掛けながら、MAP画面を開く。

「ん~、やっぱり冒険者ギルドに人が集まってるね? ってか、人が多過ぎて、マーカーだらけになってんだけど」

 予想以上の数を前に、一瞬呆気に取られる。  
 ギルドだけならわかるが、その周辺まで人が多いのは何故だろうと。


「なに? なんかイベントとかやってるの? ま、行ってみればわかるか。え~と、みんなもちょうど集まってるみたいだしね」

 タンッ

 帽子を片手で抑え、窓枠を蹴り、一気に屋根の上に跳躍する。
 目的地は冒険者ギルドで、任務は、誰にも気づかれずに、メンバーの安全を確認し、急いで撤退する事。


「うん? みんなの周りにも、数人集まってきたな。もしかして、こいつらが例の奴らかな?」
 
 シュタタタタタ――――

 MAP消して、足元に集中しながら、屋根から屋根を疾走する。
 装備の恩恵を受けられない今、今の私はただの美少女だ。   


「……なんか楽しくなってきたかも。本当はスキルを使えば楽なんだけど、それじゃ、いつもと変わらないから、なんかつまんないしね」

 グイと帽子を目深にかぶり、足早に先を急ぐ。
 自然と、頬が緩んでいたが、それは仕方のない事。

 いつもの装備を脱ぐと同時に、色んなものから解放された気分だし、装備を変えたと同時に、不安と緊張感も増したけど、それ以上に――――


「そう、今の私は蝶の英雄じゃないから、誰にも注目されないしね」

 別の自分になったみたいで、久し振りにワクワクした。
 まるで初めてログインした、あの時の感覚を思い出すかのように。
 



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