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第13蝶 影の少女の解放と創造主
リバースワールド?
しおりを挟む表裏一体モードを使い、ジェムの魔物に仕掛けた瞬間、見知らぬ場所へ飛ばされた。
「…………ここって、アシの森だよね? でも――――」
いや、実際は見知った場所なのだが、どこか違和感を感じる。
眼下にはジーアたちと来たアシの森が見える。
何の変哲もない、緑豊かな自然の森が、広大に広がっている。
それはおかしい。
白い人型と私が破壊した森の跡が消えている。
広範囲に渡って更地にした、荒れ地が無くなっている。
「…………もしかして、私だけ別の世界に飛ばされた?」
それしかない。
それ以外の理由が思いつかない。
セピア色に染まった景色に、寒々とした空気。
忽然と消えたみんなに、荒れた痕跡の消えたアシの森。
そして遠くの空には、見た事もない魔物が数体、こっちに近づいてくる。
「なに、あれ? 気持ち悪い」
不気味。
その魔物の第一印象は、おぞましいだった。
生物なのは間違いないが、その姿が異様過ぎる。
空を飛ぶ翼が4枚あるが、そのどれもが違った形をしていた。
コウモリのような翼膜のある翼に、鳥類のような羽毛に覆われた羽。
カブトムシのような光沢のある羽根に、私に似た蝶の羽根。
ちぐはぐどころではない。
あれで体の部分が『オーク』だなんて、自然界には存在しない生物だ。
そして、その魔物たちの首には、見覚えのある、あるものが――――
「あの腕輪がある…… って事は、アイツらはエニグマに創られたジェムの魔物? で、ここはそのエニグマがいる本拠地ってわけ? なら表裏一体モードの役割は――――」
確証はないが確信する。
ここは別の世界で、暗躍を続けるエニグマたちの世界だと。
そして『表裏一体モード』が切っ掛けで、私がここに来たんだと。
「はぁ、なんだか色々起きて混乱するよ。思わず思考を停止したいぐらいだよ…… 確かにこの装備にはそういった傾向はあった。私の望みに近い、能力を覚えてきたからね」
だとしても疑問はあった。
強さを求める私には、この表裏一体モードは、どこかベクトルが違うものだと。
一方的に蹂躙する為の能力で、それ以外なんの成長にも繋がらない事を。
このモードは、あの災害魔法使い幼女、フーナとの戦いで会得した。
だからか、変身の条件が変態的だったし、そのフーナの強さに合わせて、強力なものを覚えたのだと思っていた。あの強さに渡り合えるチカラを、私が無意識に望んだ結果なのだろうと。
「なんだけど、この世界に飛ばされたことを考えると、私の望みっていうか、ユーアたちのいる世界の望みって考えるのは、ちょっと傲慢かな?」
私はみんなのいる世界を守りたいと思っている。
私と同じプレイヤーが、ユーアたちの住む世界を脅かしているから。
その為には、敵を根絶やしするのが一番だ。
本拠地に乗り込んで、脅威を排除するのが、最も手っ取り早い。
「あれ? そうすると、結局、私の望みに近いことになるのかな? 世界を守るイコール、ユーアたちを守る事に繋がるから。まあ、実際はそんな単純な話じゃないんだけどね? 私一人でどうにかできるほど自惚れてないし」
半刻程前に、森の中で邂逅した、白い人型のナニか。
それと驚異的な速さで強くなっていく、ジェムの魔物たち。
そして、それらを束ねるであろう、プレイヤーの存在。
これらの敵を前にして、大層な事は言えない。
このモードが強力だとしても、組織の規模も数も、殆ど把握していないのだから。
だから私はBシスターズを結成した。
私一人が出来る事なんて高が知れてるし、守れる範囲も限られてるから。
「とまぁ、そうだとしても、先ずは目先の敵を減らそうか。ジェムの魔物って言っても、アイツらはジェム1だから、そうそう時間もかからないだろうし」
かなりの速さで飛んでくる10数体の魔物。
そのどれもが同じ個体で、みな同様にあの腕輪が見て取れた。
そして咆哮を上げながら、こっちに向かってくる。
タンッ
「って、なんだか見えてるっ!?」
魔物の群れに向かい、スキルを蹴りながら驚愕する。
一直線に、しかも私目掛けて飛んでいるのだから、恐らく見えているだろうと。
だとしたら、このモードの意味合いが変わってくる。
『表』では戦闘用だが、それはあくまでも副産物的なもの。
本来は『裏』に来るためのモードの可能性が高い。
「…………ちょっと誤算だったけど、今はいいや。悩んでも埒が明かないし、考えてもどうせ答えがわかるわけないしね」
だったら今出来る事をするだけ。
目の前に敵がいるのなら、即座に殲滅するだけ。
大切なものを守るために、数多の敵を滅ぼすだけ。
その為に強くなり、そのおかげで強くなれたのだから。
――――――
「タ、タチアカっちっ! これ、これっ!」
ここはスミカが今いる大陸より、南に遠く離れた孤島。
その地下施設の一室では、一人の少女が座標レーダーを見て慌てていた。
「どうした? ギギ」
その様子に胸騒ぎを感じながら、タチアカは直ぐに駆け寄る。
騒がしいのはいつものことだが、ここまで取り乱すのは珍しいと。
「これ、これ、これ見てっ! この信号がっ! あっ、最後のも全部やられちゃった……」
「全滅だと? 一体どこの魔戒兵だ?」
タチアカも座標レーダーを覗き見るが、確かに何も映っていない。
「モニターは近くにあるか?」
「モニター? あ、あるよっ! ちょっと待っててっ!」
カタカタと慣れた手付きで、ギギが操作盤をいじる。
すると、ぼやけてはいるが、どこかの景色が映り始める。
「ここは? 森か?」
「そうみたいだねっ! 空も見えるから木の上かもっ!」
モニターの端に、無数の枝と多くの緑が見える。
どうやら、木の枝から空に向けて、カメラが映しているようだ。
「場所はわかるか?」
「う~んとね、ちょっと待っててっ! 座標から位置が…… あ、ここはシラユーア大陸のアシの森ってとこだよっ!」
「アシの森だと? その森は確か――――」
「そうだよっ! もうあの辺りの魔物はいないはずだよっ! あちしも参加してみんな倒したしっ! しかもつい最近っ!」
タチアカが思い出す前に、すぐさまギギが答える。
「…………つい最近?」
「そうだよっ! だって昨日だもんっ!」
「………………なに?」
ギギの話を聞いて愕然とする。
通常、魔物は、一度殲滅すれば、一か月ほど湧くことはない。
なのに、敵もいないはずの区域で魔戒兵が倒された。
「あっ! ちょっとここ見てっ! なんかいるよっ!」
「どこだ?」
「ここだよっ! 葉っぱが邪魔で見えないけど、なんか灰色のが動いてるよっ!」
ギギがタチアカの肩を叩きながら、モニターの端を指さす。
「何者だ? 人間か?」
「う~ん、形は人っぽいけど、背中になんか生えてるかもっ?」
障害物も多く、画像が荒いため、ハッキリとはわからないが、ギギの言う通りに羽根のようなものが見て取れた。
「これは魔物?…… いや、蝶の姿をした人間か?」
「蝶? だったら魔戒兵じゃないの?」
モニターから目を離さずにギギが聞き返す。
「いや、そいつらは『表』に送ったんだ。しかもその大半が倒された。百体を超える魔戒兵が、この1時間弱でな。しかもここと同じアシの森付近でだ」
「ひゃ、百体っ!? しかもまたアシの森なのっ!」
「ああ」
驚愕の表情を浮かべるギギに短く頷く。
顔には出さないが、自分も似たような胸中だった。
『…………一体』
何が起こっている?
立て続けの起こる不可解な出来事に混乱する。
『これは…………』
偶然なのか?
裏と表で同じタイミング。そして更に同じ場所、それと――――
「…………確か、マヤメが追っていたのも『蝶』と呼ばれる英雄だったな」
「え? なに? タチアカ?」
「いや、何でもない。些末な事だ」
「ふ~ん」
「………………」
そう、些細な事だ。
我々が長い年月をかけて、成そうとしている、ある事に比べれば。
そもそもレベルの低い魔物ばかりが多い、辺境の地で生まれた英雄のチカラなど、たかが知れている。
あの災害幼女や東の断罪シスター、絶壁の女勇者に匹敵する、実力を持っているとは到底思えない。
『たかが羽虫に割いている時間はない。そっちはメーサを含め、今はシスターズたちに任せてある。まさか、あのクリア・フレーバーが、こっちの世界に来ているはずがないからな』
杞憂だと思いたい。
蝶と聞いて、あの姿が脳裏をかすめたが、そんな訳がないと。
もしそうだとしても、たった独りでは何の支障もないと。
カツカツ――――
「あれ? タチアカっち、どこ行くのっ?」
「ああ、ラカンスのところに報告に行く。それと一応マカスのところにもな」
「そうなんだっ! じゃこっちはあちしが見てるよっ!」
「ああ、何かあったら呼んでくれ」
背中越しに、ギギに応えてタチアカは部屋を後にした。
この組織を纏めるリーダと、魔戒兵を生み出した、技術主任に会う為に。
だが、タチアカは知らなかった。
かつて、厄災と呼ばれるほどに恐れられた人物が、自分たちの近くにいる事を。
兆候があったにも係わらず、取るに足らないと判断した自分を後悔する事を。
たかが辺境の地の、蝶の英雄だと侮った事が、この先『バタフライ効果』を生み出すことを。
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