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第13蝶 影の少女の解放と創造主
マヤメの戦う理由
しおりを挟む※マヤメ視点
『んっ! 後ろを取った』
ジェムの魔物に向かって投擲した、ククリナイフ壱【影式】に潜影し、気付かれることなく、背後まで接近できた。
これも魔物の注意を引きつけている、澄香のおかげ。
私だけならこんなに容易に、近づくことはできなかった。
なにせこの魔物の能力は、『軌道力』と『機動力』だけではなく、
『ん、周りの揺れを感知する事に長けている。だから居場所や攻撃がバレる。きっとあの羽根が、そう』
澄香に向かって、高速に羽根を動かし続ける、その背中を注意深く見る。
8枚の羽根のうち、左右の後翅(一番下)だけが動いていない。
宙に留まっていた時も、澄香を攻撃している、今もそうだった。
『だからあの羽根を狙う。あの羽根はセンサー。あれが無くなれば、きっとマヤたちでも倒せるっ!』
シュッ
ククリナイフをテンタクルマフラーで握り、無防備な背中に向かって投擲する。
後は近づいたところで、ナイフから浮上し、あの羽根を切断するだけだ。
そうすればただ速いだけの蝶の魔物。
それでも手を焼くが、ジーアと二人でならなんとかなる。
「んっ!」
取った。
シュパンッ ×2
間合いに入った瞬間、右手とマフラーのナイフを一閃し、後翅どころか、他の羽根も切断することに成功した。
『んっ!? これで機動力の殆どは失った。もうマヤ一人でいけるっ!』
パラリと落ちていく、数枚の羽根を横目で見ながら、自身の勝利を確信した。
それでも懸念はあった。
攻撃を仕掛けた瞬間、すぐさま反撃される恐れがあった。
だと言うのに、3枚も落とせたのは僥倖だったと言える。
そんな思いもよらない結果に、一瞬戸惑ったが、これも嫌がりながらも、挑発を引き受けてくれた澄香のおかげだ。
「んっ! これで――――」
ギュッ
左腕の代わりのマフラーで、ククリナイフを力強く握る。
これを振り下ろせば、澄香の負担を減らせる。
「――――倒せるっ!」
シュッ!
無防備な背中に向かって、袈裟斬りに振り下ろす。
私は澄香の力になるために、ここまで付いてきた。
なのに自分は愚かにも捕まって、しかもまた助けてもらった。
だからもうこれ以上、澄香の重荷になりたくない。
出番がなくなるジーアには悪いけど、この一撃で全て終わらせる。
それとあまり澄香を戦わせたくない理由もあった。
私はこれまでに数度、澄香とジェムの魔物との戦闘を見てきた。
戦う度に、多彩な技や魔法を駆使し、敵を圧倒する澄香。
苦戦知らずのその強さは、ジェムの魔物を放っている、エニグマ(謎の組織)には脅威に映っただろう。
だけどその反面、
『澄香は実力を見せ過ぎている。だから戦闘を重ねる度に、魔物が強くなってきている。澄香もそれを感じてる。今回の魔物もそう』
澄香の速度やチカラを上回る魔物や、遥かに巨大な魔物。
極小の消える魔物や、再生能力が高い魔物。
それと今回のような、人質を取るほどの知能を持つ、狡猾な魔物。
単純な強さから一転して、現れる度に厄介な能力を身に着けている。
確証はないが何かしらの方法で、情報を収集されている可能性が高い。
『ん、だからマヤが頑張る。澄香の強さを見せないために。澄香の強さを知られないために。澄香の強さがこれからも絶対必要。だからマヤが――――』
止めの一撃を放つ。
袈裟斬りに振り下ろした、この刃が届けばそれで終わりだ。
『んっ!?』
ところが、切っ先が肩口に届く瞬間、ジェムの魔物がクルと振り向いた。
「どうしてマヤメが私を?」
「んっ、な、なんでっ!? うぐっ…………」
ズッ
寸前でナイフを避けられ、そのまま手刀で右肩を貫かれた。
今までジェムの魔物だと思い、止めの一撃を放った相手は、
「ん、なんで、澄香が?」
マスターに次いで、最も多く呼んだ名前を口にする。
そんな澄香は、私を貫いた自分の手を眺めながらこう答えた。
「なんでって、それはマヤメが仕掛けてきたからに決まってるでしょ?」
「ち、ちがうっ! マヤは魔物を――――」
攻撃した筈だった。
なのになぜ?
「私の性格知ってるでしょ? やられたらやり返すって」
「ん、だから違うっ! マヤは澄香の為にっ!」
止めを刺すはずだった。
これ以上エニグマに情報を渡さない為に。
「そう、私の為なんだ。ならそのまま私の糧になってもいいよね?」
「んっ!? な、なんで?――――」
届かない。
私の声は、今の澄香には届かない。
『ん、またエナジーが……』
意識が遠のいていく。
澄香の手から、ジェムの魔物の時のように、体中の力が抜けていく。
『んく、でもまだ』
戦える。
私にはまだこれが残っている。
『ククリナイフ参 影絵式』
私はマスターに貰った、第三のナイフを取り出した。
そしてそのまま――――
『んっ!』
ブシュッ!
自身の腹部に躊躇なく突き刺した。
※スミカ視点
「…………なにか変だ」
ジーアの元を離れた瞬間、ナイフを握ったまま地面に落りて行ったマヤメ。
これも作戦なのかと見守っていたが、地面から起き上がったマヤメは、右肩を押さえて膝を付き、苦悶の表情を浮かべていた。
見たところケガはないが、その表情から何かあったのだと感じる。
「…………ジーアは?」
一方、ジーアの様子は、マヤメが離れた時と殆ど変わらない。
変わった事と言えば、眉間に深い皺を寄せ、額の汗が増えただけだ。
その様子から、今の状況が見えないほど、集中しているのだとわかるが、
「なにかおかしい。ジーアはあれとして、マヤメの様子が……」
マヤメの行動と表情に違和感を感じる。
傷のない右肩を押さえ、何故フラフラしているのか。
仮にあれが作戦だとしても、演技だとしてもおかしい。
「…………だとしたら、マヤメの身にだけ何か起こってるって事? でもなんでマヤメだけ? あ、もしかして、これが関係してる?」
ジェムの魔物の攻撃から私を守っている、透明な壁に視線を向ける。
二人に違いがあるとすれば、スキルで覆われているか、否かだった。
「ジーアはそのままスキルの中で魔法を唱えている。けどマヤメは飛び出した途端にああなった。だとしたら――――」
原因はこの大気中にある。
恐らくマヤメはスキルを出たことで、何かしらの攻撃を受けたかもしれない。
「外傷はない。だとしたら、私の『幻夢』みたいに、精神を攻撃されてるっぽい。そんな素振りはなかったけど、相手も何だかんだ言って、蝶を改造した魔物だし。だったら――――」
もうここまでだと悟り、ジーアを見て胸が痛む。
苦しげなマヤメの姿を見て、胸が締め付けられる。
そしてそんな攻撃を予想できなかった自分に腹が立った。
「二人には悪いけど、もうここからは私が――――」
割って入るしかない。
ジーアは無事だとしても、マヤメがこれ以上戦えるかわからない。
「よし、なら先にマヤメを助けて、その後でジェムの魔物に――――」
自分も戦うと決意し、先ずはマヤメの元に駆け付けようと、振り返った瞬間、
「え?」
それは起こった。
膝を折る、マヤメの足元からドス黒い何かが現れ、私とジェムの魔物の間に割って入ってきた。
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