519 / 586
第13蝶 影の少女の解放と創造主
スミカの悩み
しおりを挟む「ん~、これ以上近づくと、魔物たちに見つかるかもだから、一旦地上に降りて歩いて行こうか?」
「ん」
「「「………………」」」
遠目に見える大きな森を眺めながら、後ろにいるみんなに声を掛けるが、返答が帰ってきたのはマヤメだけだった。
「ん、澄香、あそこが降りやすい」
「お、中々良さそうだね。マヤメありがとう」
「ん」
「「「…………………」」」
マヤメが指さす方向に、拓けた場所を見付けて着陸する。
その先は林になっていて、アシの森まで続いていた。
クロの村を出て四半刻。(約30分)
ようやく目的地が見えてきた。
ジーアを含んだ村人たち、総勢30人ほどを乗せた透明壁スキルは、魔物が潜むであろうアシの森まで、約1キロのところで、空から地上に降りた。
相手は魔物。しかも創られたであろう、この世界では特異な存在。
なので、気取られることを警戒して、遠くから歩いていくことにした。
ザ、ザ、ザ、――――
『こんなんで大丈夫かな? はぁ』
ってのは建前で、魔物に奇襲されるよりも、村人たちが心配だった。
私とマヤメを先頭に、無言で後ろを歩くみんなを見て、自然と溜息が出た。
ザ、ザ、ザ、――――
「ん? 澄香どうした?」
そんな不安が歩みに出てたのであろうか、マヤメが隣に並び、顔を覗き込んでくる。
「うん、連れてきたのはいいんだけど、ちょっと早かったかなって」
「早い? なぜ?」
「だって、まさか村を出た事ないなんて、知らなかったんだもん」
能面のような顔で、黙々と付いてくるだけの村人たち。
それは端から見れば、まるでゾンビのような集団だった。
「ん、でもあれは澄香も悪い」
「いやいや、だからあれは知らなかったんだってっ!」
小声で答えながら、ブンブンと首を振る。
そう、今の話の通りに、ジーアたちは村を出た事がなかった。
いや正確には、クロの村に来てかららしいけど。
なら食糧はどうしてたって話になるけど、村の中にある広大な土地で作物を育てて、長年自給自足してたらしい。
しかもその種類が豊富で、一般的な野菜から果物。その他には、村の中にタマゴを産む鳥を飼っているらしく、肉やタマゴのタンパク源にも困ってないとの事。
それと半年ごとに視察に訪れるナジメが、大量の食糧や薬、衣服も持ってくるらしい。
そんな訳で村から出る必要はなかった。
危険を冒してまで、わざわざ狩りに出る理由がなかった。
全てに於いての生活が、村の中で完結していた。
まるで箱庭みたいな村だと思ってたけど、本当にその通りだった。
ならその中に住む人々は、箱入り娘ならぬ、箱入り村人だろう。
『それに、ナジメが造った外壁が頑丈で高いから、空を飛ぶ魔物ぐらいにしか襲われなかったんだよね。それも食糧源になるって言ってたけど。それにしても――――』
本当に過保護すぎる。
守るって意味を、大いにはき違えている。
『ま、それでも戦い方を教えてるんだから、ナジメは色々頑張ってるよ。ジーアにしても他の人も、魔法に関してはかなり使えるみたいだし。ロアジムはこの事知ってるのかな?』
貴族ながらに冒険者をしている、ロアジムの顔が思い浮かぶ。
確か魔法使いの冒険者ばかりを、雇ってるって話だったし。
ツンツン
「うん?」
「ん、違う違う」
「へ? 何が?」
村の話から余計な事まで考えていると、マヤメが頬を突っつく。
「ん、村を出た事のない話じゃない。いきなり空を飛んだこと」
「え?…… ああ、そっち?」
「ん、そっち。あれは澄香が悪い」
「なるほど……」
確かにそうだ。
みんなをここまで透明壁スキルで運んできた。
宙に浮いて、最短距離を移動してきた。
ただ、それがいけなかったんだろう。
なんの説明もしなかったせいで、みんなが驚いてたから。
因みにその時の、みんなの反応はと言うと、
『た、たしゅけて~っ! クロ様~っ! うわ~んっ!』
『う、うわ~、死ぬ、死ぬぅ~っ!』
『む、村があんな小さくっ! クロ様、俺たちはこれで……』
『う、あ、あ、こ、こんなとこから落ちたら……』
『ク、クロ様っ! 最後にもう一度お会いしたかった……』
『…………ガク』
なんて、私たちの後ろでは、みんなが騒ぎ出して地獄絵図だったからね。
恐怖で錯乱してる人もいたし、泡吹いて気絶した人もいた。
そんな訳で、片道5分ほどの距離だったのが、30分くらいかかってしまった。
それでも最後の方は少し落ち着いて、ちょっとだけ話を聞けたけど。
「はぁ~、やっぱりそうだよね。せめて透明じゃなく、色を付ければ、みんなもここまで怖がらなかったかも。本当に今更だけど……」
慣れとは恐ろしいものだ。
私も最初は少し抵抗があった。けど、今ではどちらでも大丈夫だったりする。
スキルに全幅の信頼を寄せてるし、そもそも私には視えるからね。
ツンツン
「んっ! 違う違う」
「って、今度はなに?」
つつかれた頬を押さえながら、マヤメを横目で睨む。
ツンツンがさっきよりも痛かった。
「んっ! 色がどうとかじゃない。飛んだのがいけなかった」
「あ、そっち?」
「んっ! そっちも何も、マヤはさっきも同じ事言ったっ!」
「わ、わかってるって、ちょっとした冗談だよ」
「ん」
「……………」
なんだかマヤメが怖い。
悪ふざけしたのは私だけど、何もそこまで怒らなくても。
私だって冗談を言いたかったわけじゃない。
軽口を言いながら、内心ではかなり焦っている。
ジーアを含めたみんなが、このまま戦う事なんて出来る訳がないって。
初見だった魔物の強襲に、村一番の使い手ジーアの敗北。
更に、崇拝しているナジメの大敗の知らせに、安全な村を出た事への恐怖感。
そして極めつけは、空を飛んでここまで来た事。
色々な心労が短時間で重なり過ぎて、とても戦える精神状態ではなかった。
連れて来たのはいいが、このまま戦場に向かうのは得策ではない。
戦意もやる気も失ったまま向かえば、何も出来ずに倒れるだけだろう。
『はあ~、本当に慣れって怖いよ。当たり前に空を飛んで、ここまで連れて来た私もだけど、村の環境に慣れ過ぎたジーアたちも大概だよね。だからこのまま行っても意味はないし それどころか逆にトラウマになって、余計に村に引きこもりそうだよ』
みんなが戦えなければ私が戦うだけ。って訳にはいかない。
それでは本末転倒だ。
私は今後を見据えて、みんなの意識を変えたいだけ。
用意された箱庭に籠っているだけでは、未来を守れないから。
ザ、ザ、ザ、
「ふぅ~」
「ん、澄香。なにそれ?」
「え?」
気分転換にと、ある物に顔をうずめていると、マヤメが不思議そうに覗き込んで来る。
「ああ、これは、ユーアが使ったタオルだよ」
「ん、ユーアのタオル? なんで使用後?」
「この匂いを嗅ぐと落ち着くんだよね。すは~」
「…………」
タオルに頬ずりする私を、薄目で見つめるマヤメ。
ちょっと視線が痛いけど、これは私にとって大事な事。
誰しも縋るものや、信頼できるもの、心の拠り所を持っているだろう。
私の場合はそれがユーアってだけ。
マヤメだったらマスターがきっとそうだった筈だ。
『……って、事は、もしかして、これが上手くいくかも?』
とある作戦を思いつき、後ろに振り向く。
これならば、どん底にあるみんなの士気を、一気に上げられるかもと。
パンパン
「はい、ちゅうもーくっ!」
後ろを振り返り、みんなに向かって手を叩く。
「ふえ? 一体なんでしゅか?」
「「「………………」」」
村人の一番先頭にいたジーアが、一番に反応する。
その後ろでは、ゆったりとした動きで、他のみんなも顔を上げる。
「あのさ、今まで言いそびれてたけど、あなたたちの領主のナジメ…… え~と、クロ様は、私のパーティーメンバーの一員なんだよね。しかも私はそのパーティーのリーダーなんだけど」
「へ? えええ――――――っ!」
「「「な、なんだってぇ――――っ!!!!」」」
「でさ、そんな訳だから、私はみんなと違って、クロ様と簡単に会う事が出来るんだよ。コムケの街では一緒に住んでるし、屋敷にも行った事あるし。本当だよね、マヤメ?」
予想通りの食いつきに、信憑性をもっと高める意味で話を振る。
「ん、その話は本当。ナジメは澄香の建てた孤児院に行ったり来たりしてる。たまに泊まって、澄香とも一緒に寝てる。お風呂も一緒に入る」
「お、お風呂…… クロしゃまと……」
「「「クロ様………………」」」
「で、話の続きなんだけど、今回の戦いでみんなが頑張ったら、クロ様に報告して、何かご褒美を用意してもらおうかと思ってるんだ。だって私は簡単に会えるからね」
簡単に会えるって事を更に強調する。
因みにクロ様呼びなのは、その方がみんなの親近感を得られるから。
「ん、マヤはもっと、おやつの回数を――――」
「マヤメは黙っててっ! で、何か欲しいものとか、して欲しい事とかあったらお願いしてみるよ。勿論、みんなが頑張ったらって、話だけど」
「お、お風呂…… クロ様と……」
「「「………………」」」
話を聞いて一瞬固まるが、脳内ではご褒美を考えてるのは一目瞭然だった。
約一名、煩悩が口に出てるセーラー服がいるけど。
ってか、なんでお風呂?
お風呂ならレストエリアにあるけど。
『よし、今だっ!』
パタパタ――――
みんなが考え込んだところを見計らって、装備の鱗粉を散布する。
上手くいけばこれで、一気にみんなの士気が上がるはず。
――――約300秒後。
そこには……
「うお――――っ! あの虫どもを掃討するぞ、みんなっ!」
「「おうっ!」」
「また、村を襲うなんて思わないぐらいに、徹底的にやるわよっ!」
「「はいっ!」」
「魔物や村の外が何だっ! 俺たちを敵に回したことを後悔させてやるぜっ!」
「「うお――っ! やってやるぞっ!」」
そこには、危ない宗教に洗脳されたような、テンション爆上がりの戦士が誕生した。
それと、
「はぁ、はぁ、ク、クロ様、しょんなとこ~、むふふ」
それとは逆に、おかしなテンションになった、セーラー魔法少女も生まれたけど、今は気にしないことにした。
『……よし、これならいけるかな? さっきとは目つきが違うし』
『幻夢』の影響とは言え、見違えるほどに、やる気に満ちたみんなを見て、胸を撫で下ろした。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる