440 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編
手紙からくるトラブルの予感
しおりを挟むスミカたちがナルハ村での滞在が伸びたその頃。
拠点とされる、コムケの街の冒険者ギルドでは、ある一通の手紙で、何やらギルドの重鎮二人が慌てていた。
「おいッ! クレハンこれ見てみろよッ!」
今しがた職員から受け取った手紙を読み終わり、事務処理に没頭しているクレハンに投げて渡す。
「何ですかギルド長。これは封書ですか? 一体誰からですか?」
「いいから中読んでみろよッ」
繁々と手に持ち、眺めるだけのクレハンを急かす。
「はい、それじゃ読ませていただきますね? ――――ええと、随分と可愛い字を書かれる方なんですね? それと出だしの文面が挨拶ではなく、いきなり主文に入るのは珍しいですね?」
「いや、そんなとこに注目すんなよッ! それよりも内容をよく読めッ!」
こんな時でも几帳面なクレハンに堪らず突っ込む。
恐らくはわざとやってるんだろうが。
「ははは、すいません。ちょっと悪ふざけしました。書類とのにらっめこにも、もう飽きたので。ええと、どれどれ――――」
眼鏡を指で直しながら、広げた手紙の続きを読み始める。
「………………こ、これって、まさか?」
数秒で手紙を読み終え、顔を上げたクレハンは半笑いだった。
懸念と愉悦が混ざり合ったかのような複雑な表情だった。
きっと俺も同じような顔だったんだろう。
だから、からかわれたに違いない。
「な? これってどうなるんだッ? 何かあれば街が吹き飛ぶんじゃねぇかッ!?」
「そ、そうですね、でもスミカさんはかなりの常識人だと思うので大丈夫ですよっ!」
コクコクと首を何度も振って、自分に言い聞かせるように返答する。
「お前、それ本気で言ってんのかッ? あれで嬢ちゃんが常識人だとッ!? あの妙な格好で、目の前で家を出したり、元Aランク無傷で倒すような子供がかっ!?」
「い、いえ、そこにはわたしの強い願望が入ってました、すいませんっ! ですが基本スミカさんは、自分からは手出ししないですよっ! 何だかんだで目立つのを嫌いますしっ!」
「そうなんだがよぉ、でも嬢ちゃんには禁忌とされる、ある理由があるだろうがよぉ? 冒険者証の特記事項にも付け足したやつがよッ」
「そ、それは――――」
※
スミカ嬢の冒険者証に載っている特記事項は、今のところ2つある。
1. 妹とされるユーアに手を出す事。(罵倒や悪意を持つでも×)
2. 身体的特徴(特に上半身)の話題について触れる事。
以上の2つが今のところ、スミカ嬢の逆鱗とされる内容だった。
※
「で、でも、それに抵触しない限りは問題ないですよねっ!」
「まぁそうなんだがよぉッ! でもこの『フーナ』は幼い子供の女が好きなんだぜッ? 会った時から連れ歩いてるかんなッ! とっかえひっかえよぉッ!」
説明しながら、この手紙の持ち主『Aランク冒険者』のフーナの事を思い出す。
初めて会った時も、白と青のちんまい幼女を連れていた。
その後にパーティーを組んだ時には、更に小さいのが増えていた事も。
「って、事はユーアさんや、見た目で言うとナジメさまにもちょっかいを出す事になるんですかっ!? それと孤児院の子供たちや、大豆屋のメルウさんにもっ!?」
事の重大さを理解したクレハンは、血相を変える。
「その趣味って言うか、性癖が今でも治ってなければ、恐らくは何かしらのちょっかいは出すかもしれねぇッ! ただ眺めてるだけならいいんだかよぉッ」
「た、確かフーナさんは魔法使いですよね? それでその実力はどうなんですか?」
「そうだな、正直に言うと………… わからねぇ」
「え? わからない? とは」
俺の答えを聞いて眉を顰める。
「アイツは嬢ちゃんと一緒で、全く底が見えねぇんだよッ…… 本気なのか遊びなのか他に理由があるのか、おちゃらけた態度とは裏腹にもの凄げぇ魔法を使いやがるんだッ。しかも素手でも相当強ぇッ」
「………………も、もし、仮にですよ? 昔にパーティーを組んだ事のあるギルド長からみて、本気で魔法を使ったらどこまでの被害になると思いますか? あくまでも予想としてですが」
「そうだなァ、俺の見立てではさっきも言ったが、この街ぐらいは簡単に無くなるなッ。跡形もなく消滅するんじゃねえかと睨んでいるッ」
「………………」
「それと、そのフーナの仲間の子供もヤベェ…… フーナ程ではないにしろかなりの実力者だッ。凡そ人間とはかけ離れた強さの奴ばかりだッ。あんなのどこで仲間にしたんだかッ」
「………………」
「って、オイッ! クレハン聞いてるかッ!?」
ずっと黙り込むクレハンに声を掛ける。
説明の途中から下を向き、小刻みに肩が揺れていたから。
「………………聞いてますよ、もちろん」
「なら顔上げてくれやッ。一体どうしちまったんだッ? って、まさかお前ッ、怖気づいたんじゃなく、もしかしてッ――――!?」
俺は勘違いしていた。
クレハンは下を向き、恐怖で震えているものだと思っていた。
だが、
「はい、ちゃんと聞いてますよ? ちょっと色々と考えてたんですって。この街を救う手立てとか、あの二人を会わせない方法とか、他にもギルドとしての――――」
「って、それはそんなニヤけた顔で言うセリフじゃねぇッ! 信憑性が全くないぞッ!」
顔を上げたクレハンは、表情が微妙に強張ってはいるが、それとは対照的に、口元はこれでもかというぐらいに吊り上がっていた。
まるで降って湧いた愉悦を我慢するかのように。
「いや、そう言うギルド長だって、言葉とは裏腹に目元が緩んでましたよ? この街が危険に晒されそうな話なのに、終始変わりませんでしたよ?」
「そ、それはだなッ………… まぁ、ぶっちゃけて言うと、スミカ嬢とあのフーナとの邂逅が楽しみになってんだよッ! 俺は二人を知ってっから余計に期待しちまうんだよッ!」
半ば吐き捨てるように、本音を吐露する。
「やっぱりそうじゃないですか。わたしだって一緒ですよ。スミカさんのデタラメ振りは目の前で見てますし、関わった貴族の人たちからも充分に規格外だって聞かされてますしね」
俺に対抗するように、スッと背筋を伸ばして話すクレハン。
貴族ってのは恐らく、ロアジムさんやムツアカさん辺りだろう。
「でもまぁ、俺たちの希望的観測はどうでもいいとしても、それよりも何とかしねぇとヤバいなッ。戦うなんて事になったら冗談では済まねぇからよぉッ」
「本当にそうですよ。だから策を練りましょう。二人を会わせない方法か、争わせない方法を。それでフーナさんは5日後に来るんですよね? その手紙の内容通りですと」
「だなッ。5日かもありゃ嬢ちゃんたちも戻ってくんだろ? だからそれまでに作戦を考えるぞッ! 今度もこの街を救うのは俺たちだッ!」
拳を顔の前でグッと握り宣言する。
オークたちの侵攻を止めた、つい先日の戦いを思い出すように。
「ですから、その緩んだ目元を引き締めてから言ってくださいよっ!」
「はッ!? 悪りぃ、悪りぃ、ついなッ! クククッ」
「もう、相変わらずですね、ギルド長はっ! ふふふっ」
そうして俺たちは、ギルドの業務をほったらかしにして、緊急会議を始める事にした。
この街を救うなどと、大層な使命感を勝手に背負いながら。
そして怖いもの見たさとはこの事なんだと、心底その意味を理解した。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています
如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」
何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。
しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。
様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。
この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが……
男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる