437 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編
満腹な英雄さまとイナの不安
しおりを挟む「ぷはぁ~、満足満足。どれもこれも美味しかった~っ!」
あらかた出された料理を食べ終わり、思わずポンポンとお腹を叩く。
すると、それを見た周りのみんなからクスっと笑いが漏れる。
「それは良かったですっ! 牛の英雄さまに大変喜んでいただいてっ!」
その中の村人の一人が気さくに話しかけてくる。
私への変な誤解が解けたからか、他のみんなも近くに寄って来る。
「うん、まさか牛乳やチーズの他にも、バターやクリームを使った料理があるなんて驚いたよ。一体材料はどこで作ってるの? 村の大きな建物?」
「はい、他にはマング山の中に保管庫や、製造所もあるんですよ。製品によっては低温保存しなければいけないものもあるので」
他の村の人が、遠くのマング山と村の中を見渡して教えてくれる。
「あ~、やっぱりあの山にもあったんだ。どうりでみんなが洞窟の中を詳しいと思ってたんだよね。普段から使ってるのが理由だったんだ。ふむふむ」
なるほど。だなんて、心の中でポンと手を叩く。
「そうですね、後、ラボたちが籠城した区画の他にも、もっと地下に降りれば氷もあるんですよ。凍っている地底湖もあったりして、とても重宝している山です」
「ああ、それでこの山を中心に、酪農や乳製品の製造が栄えたんだ。って事は、あの山はこの村にとっては、なくてはならないものなんだね?」
「はい、この村にとってはとても大事な山です。それと山の周りに広がる広大な高原も、牛たちを育てるのには良い環境ですしね。私たちはその恩恵をたくさん受けて生活しています。なのでどれが欠けても成り立たないでしょうね」
「そうだね。その通りだね」
薄っすらと目を細めて、遠くにそびえたつ大きな山を見る。
それに釣られて他のみんなも、同じ方向に目を向ける。
この大陸では2番目に標高が高いマング山。
その在り方は、ここに住む人間と非常に密接しているものだった。
「よろしかったら、工場をご案内しますよ? 午後から仕事を再開しますので」
「え? そうだね、なんなら私の妹と依頼人も……」
誘ってくれた村人に答えながら、ユーアたちを探す。
『あ、いた。けど――――』
一番最初に見つけたのはユーアだったけど、元の大きさに戻ったハラミの上で、眠たそうに目を擦っている。朝早くに張り切って、マング山に狩りに行ったのと、お腹が満腹になって眠たくなったようだ。
『ん~、ならロアジムは?…… いないね?』
気が付くと、さっきまでラボたちと談笑していたロアジムがいなくなっていた。
「ああ、ロアジムさんなら、村長とラボさんを連れて村長の家に行ったみたいですよ」
キョロキョロと見渡す私に、そう教えてくれる。
「なら今はやめておくよ。妹たちもお眠だし、依頼人を放置しちゃうのもあれだから」
なので視線を戻して丁重にお断りする。
何もないと思うけど、見知らぬ土地でユーアを一人にも出来ないし。
「そうですか、それは残念です。それでスミカさんたちはいつまで滞在なさるのですか? なんなら明日以降にでもご案内しますよ?」
「ん~、そうだね。特にロアジムからは何も聞いてないんだ。勝手に今日かなって私は思ってるんだけど。何せ2日間も街を空けたからね。帰ってから色々とやる事もあるし」
コムケの街があるであろう方角を眺めて「ふぅ」と嘆息する。
「え? ちょっと待って下さい? スミカさんたちはここから馬車で10日程のコムケって街から来たんですよね? まるで2日間しか街を離れてないように聞こえたんですが…… もしかして途中の街から来たんですか?」
返答を聞いて「え?」て顔をして確認してくる。
「違うよ。そのコムケの街から、昨日の朝に出発したんだよ。で、着いたのがその日の夜。そしてそのままイナたちを助けて色々あって、その次の日が今日だよ」
「そ、そのコムケの街には、馬車より数段早い移動手段があるんですかっ!? 10日をたった1日で移動できる、もの凄い乗り物がっ!?」
「う~ん、乗り物って言うか、私とユーアは途中まで走ってきたんだよ」
「は、走ってっ!?」
「そう、それで疲れるからって、後半は空から来たんだ。私の魔法壁に乗って」
「今度は空からっ? それも魔法でっ!?」
「なんで? ラボから聞いてないの? 他の人たちも知ってるはずなんだけど」
私の話を聞くたびに、いちいち驚くので聞いてみる。
「い、いや、この村を救ってくれた事は聞いていたのですが、スミカさんの魔法の事までは聞いていませんでした。まさかそんな便利な魔法があるだなんて、本当に……」
今更ながら興味深く、私の姿を眺めてくる。
『ん~、………………』
もしかして、ちょっと疑ってるんだろうか?
理解の範疇を超えた、様々な出来事を聞いて。
「俺は直接乗ったから知ってるぞっ!」
「はい、自分も洞窟内で会って外まで運んでもらいました~っ!」
「あ、そう言えばいたね? ラボが洞窟から落ちそうな時に、咄嗟に手を伸ばして助けようとした人だ。で、あなたは…… いたっけ?」
私の事を知っている証人が現れ、ちょっと喜んだけど、もう一人は記憶になかった。見た目は20代半ばの華奢な好青年だ。
「えええっ! だって私はスミカさんに傷も治してもらったんですよっ!?」
「うん? 傷を? ああっ! もしかして戻る時に小さな魔物に襲われた人?」
「はい、そうですっ! あの時もありがとうございましたっ!」
ポンと手を叩き、ようやく思い出す。
そう言えば、極小のジェムの魔物に最初に襲われて、直ぐに治したんだっけ。
それを聞いて、もう一人の村の人は、
「や、やはり本当なのですかっ! 遠いコムケの街では英雄って呼ばれる程の凄腕冒険者だったってっ! そしてここでは牛の英雄って呼ばれる事になるんですねっ!」
「う、うん。牛、呼ばわりははちょっと嫌だけど…… それと英雄って言っても街中だけど、しかも大して冒険者の仕事してないし」
いきなり食い気味に反応した村の人に、若干引きながら答える。
信じてくれたのはいいけど、ちょっと興奮し過ぎじゃない?
『あ~、あれかな。イナみたいに、閉鎖的な生活に刺激が欲しい人種なのかな? まぁ、私は退屈でも平穏でも、ユーアがいればどこでもいいんだけど』
なんて、私の話で盛り上がり始めたみんなを見て、しみじみと思っていると……
「お? スミカさん、ここにいたんだ。ちょっと話があるんだが、いいか?」
「………………」
後ろから、ラボに声を掛けられる。
そしてその背中には、俯いて顔の見えないイナが着いてきていた。
もしかして、あの話が進んだのだろうか?
村を出て、私と一緒にコムケの街に行くって話。
『に、しても――――』
無言で下を向いているイナを見ると、どうやら望んだ結果にはならなかったらしい。
拳をギュッと握りしめ、肩を震わせている様子からそう伺えた。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました
akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」
帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。
謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。
しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。
勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!?
転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。
※9月16日
タイトル変更致しました。
前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。
仲間を強くして無双していく話です。
『小説家になろう』様でも公開しています。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる