433 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編
朝の英雄と村娘とのお話
しおりを挟む※今話から、澄香視点のお話に戻ります。
洞窟から村人と牛たちを救出した次の日から再開です。
「距離を詰めての、追い突きからの――――」
タタッ
ズガッ
「――――上段蹴り、次に内回し蹴りに繋いで」
ヒュン
ズバンッ
「で、掌底を胸に当ててから、振り向きざまの裏拳っと」
ゴスッ
ボガッ
「そして、相手が怯んだすきに、両耳を掴み、引き寄せながら――――」
グイッ
「飛び膝蹴りを、そのまま顔面に入れるっと」
ゴガンッ
「どう? 意外と簡単でしょう?」
実態分身を消しながら、一人の見物人に向かってクルリと振り向く。
イナが私の戦いを見たいと言うので、実態分身を対戦相手と見立てて、対人相手の連続技を披露してみた。
「い、いや、そんな複雑な動き出来る訳ないってっ! それに早過ぎて殆ど見えないしっ! そもそもアタイと同い年なのに、なんでそんな物騒な技が使えるんだよっ!」
こっちまで唾が飛びそうな勢いで、私のコンボ技に声を荒げるイナ。
「そう? でも私的にはまだまだ足りないと思ってるんだけどね、近接格闘戦での戦い方は。 まぁ武器ならある程度使えるけど、それにばかり頼ってもいられないからね」
そんな私たちは、今はマング山の麓にいる。
崩落があった、洞窟から少し離れたところに。
昨夜はユーアの『お花摘み』の為にレストエリアを出したので、私たちはそのまま泊まる事になった。移設するのも面倒という理由も含めて。
そして今は早朝に尋ねてきたイナと、訓練する私が偶然に出会っただけだった。
「はぁ、本当にスミカ姉は凄いんだな。アタシなんて弱くて何も出来なかった…… 大切な人が危なかったって言うのにさ。ただスミカ姉たちを信じる事しかできなかった」
朝日が昇ったばかりの空に向かってポツリと呟くイナ。
昨夜の事を思い出し、そして落ち込んでいるのだとわかる。
「気持ちはわかるけど、そんなに気にしないでいいと思うよ? あんな魔物が現れたんじゃ、恐らく高ランクの冒険者パーティーが数グループいないと倒せなかっただろうし」
座っているイナに近寄り、慰めるようにポンと肩を叩く。
「うん、そうかもしれないけど、でも、アタイが守りたかったんだ………… ずっとアタイが守られてたから、その恩返しみたいに」
慰めたつもりが、逆に悪い方向に思考が偏り始める。
「……イナって、お父さんしかいないんでしょ?」
「うん、母親は少し前に病気で亡くなっちゃったんだ。だから今は親父と二人なんだ」
「それでイナはお父さんを手伝って、家の事も全部してるんだ」
「そうだな、家では洗濯と掃除と食事の準備や、最近では夜食も作ってたなぁ。あ、後は庭木の剪定や草刈りもやってたなぁ、それと母さんが大好きだった花が植えている花壇の水やりも」
指折り数えながら、その横顔には笑顔が浮かぶ。
そんな顔を見ると、心からしてあげていたんだろうとわかる。
それは恩返しなんて、他人行儀な物では決してないだろう。
「だったらイナも凄いじゃん。私だったらそこまで出来ないよ。料理はユーアが作ってくれるし、掃除や洗濯だってしてくれるし」
「はぁ? スミカ姉はあんなに強くて、凄い魔法も使えるのに、ユーアちゃんに全部やってもらってるのか? 食事も掃除も洗濯もっ!? あんな幼い子供にっ!」
陰鬱な表情から一転、信じられない物を見る目になる。
「うっ、だ、だって私は料理は苦手だし、洗濯物は殆どないし、掃除はハラミが家にいる事もあって、ユーアが進んでやるから、だから別にいいかなって」
若干、視線を逸らしながら、おずおずと答える。
「はあ~、それじゃまるでうちの親父と一緒だな。親父も仕事に関しては尊敬できるほど凄いんだけど、それ以外はズボラなんだよな。洗濯だってしたことないし」
長い溜息を吐きながら、それでも笑顔が崩れる事が無い。
「でもイナは好きでしてるんでしょう? ユーアだって楽しそうにしてるし」
「え? うん、まぁそうだな。母親がいないって事もあると思うけど」
ちょっと考える素振りの後で、空を見上げながら答える。
「なら、イナがラボを守ってるんだ。父親がだらしない事も含めて」
「え? 守る? アタイが?」
キョトンとした顔で、私と視線を合わせる。
「だってそうでしょう? 嫌々ながらに家事や仕事をしていないんだったら、それはイナがラボさんの生活を守ってる事にならない?」
「そ、そうなのかな?」
「そうに決まってるでしょ。昨夜は結果的に私が守る事になっちゃったけど、それは今回だけの突発的な事。イナみたいにずっと守るなんてことは出来ないからね」
「い、いや、それはそうだけど、だって親父の命を……」
「それも一緒だって。これはこじ付けかもだけど、イナは私に頼んだよね?『何でもするから親父を助けて』って。 その必死にお願いする姿を見て、私は直ぐに動く事を決めたんだよ。そこに覚悟と緊急性と、そして、イナが一番に誰を守りたいって、私たちに凄く伝わったから」
ポンと肩を叩いて、イナに諭すようにそう話す。
「ス、スミカ姉にそこまで言ってもらえると、アタイ、照れちゃうかも……」
「ん?」
「ううんっ! な、何でもないんだっ! でもそうだな、アタイも、そして親父も、お互いに守ってたって事なんだなっ! 知らず知らずだけど、それが当たり前のように」
「そうだよ。だって、それが家族でしょ? だから恩返しとか、何かをしてあげたいとか、余計な事は考えなくていいんだよ。普段に自然としてあげてる事が、それが恩返しに繋がってるんだから」
スクと立ち上がり、見上げるイナの頭を軽く撫でる。
真っすぐで、それでいて思いやりのある、大きな瞳を見ながらそう告げる。
「ちょ、スミカ姉まで、アタイを子供扱いするなよなっ! アタイはもう15だぞっ!」
イナの頭に載せた、私の手を見上げて反論する。
「あ~、それ言ったら私も同い年なんだけど。で、ずっと聞きそびれてたんだけど、なんで私の事『スミカ姉』って呼んでるの? 私、お姉ちゃんじゃないでしょ? 年上でもないし」
「あ、そ、それは…… アタイにも、こんなカッコイイお姉ちゃんがって、アタイは兄妹もいないし――――」
「まぁ、別にいいんだけどね。私のパーティーメンバーにもそう呼んでくれる姉妹もいるから。100歳くらい年上でも、ねぇねとか呼んでくれる幼女もいるし」
子供扱いされて、顔が赤いイナにそう説明する。
「えっ! ユーアちゃんとハラミとロアジムさんだけじゃないのか、仲間はっ!」
「ん? ユーアたちはそうだけど、ロアジムは違うよ。細かい事は話せないけど」
何故かトーンが上がり出したイナに簡単に説明する。
「そ、それってどんな人たちなんだいっ! その姉妹って美人なのか? それと100歳の幼女って何なのさっ! 他には誰がいるんだっ!」
「ちょ、少し落ち着きなよっ! 他はちょっと口の悪いユーアの友達と、姉妹の二人は容姿端麗で、私と似てナイスバディーで、100歳の幼女ってのは、長寿命種のエルフとドワーフのハーフらしいんだよっ!」
何の琴線に触れてしまったかわからないが、グイグイと身体を密着させて、シスターズの事を根掘り葉掘り聞いてくるイナ。
私はその勢いに身体を引きながら口早に説明する。
それを聞いたイナは、何故かクルリと後ろを向き…………
(よ、よし、ユーアちゃんの友達ならまだ子供だっ! 姉妹の二人はスミカ姉ぐらいの幼いスタイルだし、最後の幼女ってのは、きっとよぼよぼの小さいお婆ちゃんだっ! ならアタイにもチャンスが…………)
なんて背中を見せ、地面に向かってブツブツと呟いていた。
『………………』
もちろん、そんな独り言は私の耳にも入って来たけど、仲間のみんなに会える訳ではないので、この時は特に気にする事もなく聞き流していた。
けれど、まさかそれが実現する事になるとは、この時は想像もしていなかったけど。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる