剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第11蝶 牛の村の英雄編

SS スミカのいない日常その3(討伐編・後編)

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「ここなのじゃな?」
「ん、そう」

 わしとメヤは、マズナたちと別れた後、スラムの街の外れの防壁までやってきた。
 
 ここの付近には家などの建造物がなく、ちょっとした広場になっていた。
 そしてその中心には、直径5メートル程の色違いの地面があり、つい最近、何者かが手を加えただろう事がわかる。

 まぁ、その当人がわしなのだから、特に怪しくも不思議にも思わない。
 虫の魔物が開けた巨大な穴を埋めたのは、このわしだから。


「で、この下がシザーセクトの巣穴なのじゃな? 中はどうなっておる?」

 塞いだ穴を魔法で堀りながら、それを眺めているメヤに問い掛ける。

「そう。この下にいると思う。でも中の様子は良く分からない」

 開いた穴にゆっくり近付き、下を覗き込んでそう答える。

「そうか、なら中に入ってみるのじゃ。その方が手っ取り早いじゃろうし」
「ん」
「して、お主はどうするのじゃ? 見たところ武器を携帯していないようじゃが。もしかして、その背負い袋がマジックバッグになっておるのか?」

 メヤが背負っている、羽根の生えた袋を見る。

「ん、違う。これは普通のリュック。武器は――――」

 メヤはわしに答えると同時に、履いている黒の短パンの中に手を入れる。

「お、お主、こんなところで一体何を? まさか着替えるのか?」

 両手を短パンの中に突っ込んで、モゾモゾとしだすメヤ。
 動くたびに、白いお腹と形の良いヘソが見えて、ちょっとだけ焦る。


「ん、違う。この中にある。 ん、んん、んんん――――」
「んなっ!」

 艶めかしい声を出し、それでも股間の中の手の動きを止めないメヤ。
 わしはその光景を前にし、おかしな気分になる。


『な、なんじゃこれはっ! もしかして武器って言うのは、己を高ぶらせる行為の事なのかっ! それで戦闘意欲を高揚させる事なのかっ! そんな方法聞いた事ないのじゃっ! あわわわ』

 両手で目を覆い、その行為を見ないようにする。 
 だが、変な声と衣服の擦れる音が耳に入り、どうにも落ち着かない。


「んんっ!」

 そして、ひと際大きな声が響いた後、何とも言えない静寂が訪れる。


「お、終わったのか?」

 恐る恐る手の平を開けてメヤを覗き見る。

「ん、もう大丈夫。準備できた」
「そ、そうか、お主も大変…… って、それ、どこから出したのじゃっ!」

 見ると、両手には黒光りした大型のナイフが2本。形状的にはククリナイフのようだ。
 首には、やたら長い黒のマフラーが巻かれている。


「ん? だからこの中」

 そう言って、短パンの前を引っ張り中を見せるが、白パンツ以外何も見えない。
 
「そ、その中がマジックバッグだというのか?」

 良く分からないが、そう言うものだとして確認する。

「ん、そう。だから取りずらい」
「そ、そうか」
「ん」
「………………」

 何事もなく、澄まし顔で浅く頷くメヤ。
 今更聞き返すのも恥ずかしいので、それで納得することにした。


 そうして、微妙な空気のまま、わしとメヤは大穴の中に飛び込んでいった。


――――――


「かなり広いのぉ、ねぇねはこんな中からスラムの人たちを救出したんじゃな」

 長い縦穴を降りきった先で、周りを見渡して感嘆の声を上げる。

 落ちてきた縦穴の距離は凡そ300メートル。
 足場を作りながら降りてきたので、2分足らずで地面に辿り着いた。

 視界に広がる洞窟の直径は、わしの身長の5倍近く。
 なので進む分にはなんの問題もない。


「して、道が北と南に分かれておるんじゃな。メヤはどちらか知っておるか?」

 カンテラで暗がりを灯しながら、同伴者に確認する。

「ん、それはメヤにもわからない。ナジメはわかる?」

「いや、わしには何も感じないのじゃ。じゃが南は恐らく街の中に出るから、襲撃を考えていたならば南が正解じゃろうな。スラムの後はコムケを襲うつもりじゃったろうし」

「ん、ナジメに任せる。メヤは考えるの苦手」

「なら、最初は先に南に進もうかのぉ。足元も悪くないから、ちと急ぐとしよう」
「ん、わかった」
 
 わしとメヤはそう決めて、薄暗い洞窟を南方面に向け、小走りで駆けて行った。



 ((ギギギギギギ――――))


「ん? 何か言ったか? メヤ」
「ん、メヤじゃない。きっとこの先」

 メヤと二人、暫く走ると、洞窟内に奇妙な音が響いてくる。


「奥じゃと? だがもうここは、行き止まりなのじゃが……」

 明かりが照らし出した先は、ゴツゴツとした岩肌が見える。
 高さも広さも変わらず、ここで唐突に道が途切れていた。


 ((ギギギギギギ――――))
 ((ギギギギギギ――――))


「ん、また何か聞こえた。だからきっとその奥」
「む、確かに聞き取りずらいが、メヤの言う通りじゃな」

 耳を澄ますと聞いた事のない奇声が聞こえる。

「なら、魔法で壁を壊すのじゃ。なだれ込んでくるやもだから気を付けるのじゃ」

 メヤに視線を送り、後ろに下がるように伝える。
 わしは襲われても問題ないが、メヤがどうなるかがわからない。 


「ん、その必要はない。もう近くに来てるから」

 周囲とわしを見ながら、メヤが両手に武器を持ち姿勢を落とす。

「なんじゃと? もしや――――」


 ((ギギギギギギ――――))((ギギギギギギ――――))
 ((ギギギギギギ――――))((ギギギギギギ――――))

 壁向こうに聞こえていたはずの奇声が、洞窟の全方位から聞こえ始め、

 その途端に、

 ボコッボコッボコッボコッボコッ
 ボコッボコッボコッボコッボコッ

『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』
『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』

 足元、左右の壁、はたまた天井から、大量の虫の魔物が穴を開け現れた。

「ぬおっ!」
「ん、来たっ!」

 いずれも体長は1メートル弱の、鋭い口ばしを持つ黒光りした頭と、巨大なハサミを尾に持つ、強固な甲殻に包まれた、自然色とは思えない程の真っ赤な胴体。

 そんな魔物が壁の至る所から無数の穴を開け、一気に飛び出して来た。


『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』『ギギ――ッ!』

「うぬ、『土壁(球)』っ!」
「ん?」

 わしは、メヤも含めて土魔法で囲み、その中に閉じこもる。


「どうしたの?」

 球体の暗がりの中で、メヤの心配する声が聞こえる。

「いや、ちょっと驚いただけなのじゃ。わしはあまり虫が好きではないしのぉ」
 
 明かりを灯しながら苦笑し、メヤに答える。

「そうなの? あの虫、結構可愛い」
「え? どこかじゃ?」
「ん、あのたくさんある足が、チョコチョコ動いて可愛い」
「う、うん?」
「それと、触覚がビヨンビヨンしてて面白い」
「………………」
「あ、後は――――」
「も、もういいのじゃっ! もうそれ以上聞きたくないのじゃっ!」

 虫の魔物を絶賛しだしたメヤを止める。
 余計に想像を掻き立てられて、背筋がぞくぞくしてきた。


「そう?」
「もうその話はいいのじゃっ! して、お主はどこまで戦える?」

 両手に持つ黒のククリナイフと、冒険者風の軽装の装備を見て尋ねる。
 首に巻かれた無駄に長いマフラーは、何となく見ないふりをする。


「ん、虫よりは強い」
「それは、倒せるという意味で良いのじゃな?」
「ん、ただメヤは防御力が幼児並み。だから攻撃を受けなければ問題ない」

 無表情のまま腰に手を当て「ふんす」と胸を張る。
 どこまで頼りにしていいのか、返事と態度からは判断が難しい。


「そ、そうか、わしとは逆なんじゃな………… なら、わしが魔物を食い止めるから、隙あらばメヤも攻撃してくれなのじゃ」

 ポンと腰を叩いてそう告げる。

「ん、心配しないで大丈夫。メヤには攻撃が当たらないと思うから」
「そうなのか? 随分と自信があるんじゃな」
「この魔物ぐらいは大丈夫。これがシスターズじゃない限りは」
「うん? 今、なんと?」
「ん、そろそろ魔法が破られそう。だから急ぐ」

 メヤが武器を構え直した瞬間、魔法壁のあちこちに亀裂が入り始め、多数の虫の魔物が穴から顔を覗かしている。

「ぬおっ! そうじゃなっ! なら魔法を解除するのじゃっ!」
「んっ!」

 こうして、急遽出来上がったばかりの即席の相棒と、大量の虫の魔物を殲滅していった。


――――


「お主の情報のお陰で、街の危険を未然に防げて良かったのじゃっ!」

 パシパシと、隣に歩くメヤの尻を叩いて称賛する。
 現在はスラムを抜けて、街の中を二人で帰路についている。


「ん、でも色々と話せない事が多い」

 わしの謝辞の言葉に、僅かに俯きながらポツリと答える。

「そうじゃな、確かに聞きたい事が山ほどあるのじゃ。お主の強さもそうじゃが、今回の情報の出所についてもな…… じゃが、街のみなを見てみるのじゃ」

 立ち止まり、メヤを見た後で両手を広げる。

「ん? いつもと一緒。みんな元気」

 キョトンとした顔で答える。

「そうじゃろ? でもいつもと一緒なのは良い事なのじゃっ! 何も危険が無かったからこそ、みなも普通に生活を続けておるのじゃっ! それはお主がくれた情報があったおかげなのじゃっ!」

 無表情の中にも、薄っすらと翳りが見えていた、メヤの前に回り込みそう告げる。

「…………ん。メヤのおか、げ?」

 目を微かに見開いて、街の人々をゆっくりと眺める。

「そうなのじゃっ! じゃからお主が何者でも今はいいのじゃ。英雄のねぇねの住む街の、大勢を救ってくれた事実は変わらないのじゃっ!」

「………………」

「じゃからメヤも何かあれば頼るのじゃっ! 街を救ってくれた恩には、わしも、そしてねぇねも力を貸してくれるのじゃっ! お主が何に悩んでいるかは聞けないが、きっと頼れば救ってくれるのじゃ、この街の英雄さまがなっ!」

 メヤの腰に抱き付き、顔を見上げながらそう告げる。
 時折見せる、薄っすらと陰りのある表情が気になって仕方なかったから。


「………………ん、ありがとう」
「それはこっちの台詞じゃ」

 瞼を伏せて、小声で答えるメヤ。

「ん、それでもありがとう………… それじゃ、また」
「うむ、それではまた今度なのじゃっ!」

 クルと振り返り、メヤは去って行った。
 わしはその後姿が見えなくなるまで、じっと見つめていた。


『うむ、ねぇねの見立て通りに悪い子ではないのじゃが、色々と複雑な事情がありそうじゃのぉ…… ねぇねが帰ってきたら詳しく話してみるのじゃ、そうすれば、きっと――――』

 去り際の、悲哀と喜悦が混ざり合った、複雑なメヤの表情を見てそう決心した。
 
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