423 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編
それぞれの絶体絶命
しおりを挟むハラミの前足があったところから、たくさんの血が流れています。
肘から先が無くなって、真っ赤になっていました。
「ハラ、ミ?」
すると、また、
バザァァァ――――ッ!!
杭の魔物が翼を強く振りました。
タンッ!
ザシュッ!
『がふっ!?』
「ハラミっ!?」
それを見たハラミは、氷を蹴って逃げようとしました。
けれど、今度は後ろ脚が無くなりました。
魔物は何かを飛ばしているみたいですが、全く見えません。
「う、う、うわ―っ! よくもっ!」
ボクは夢中で、魔物に向かって攻撃します。
ハラミをいっぱい傷つけた、大嫌いな杭の魔物に。
ヒュヒュンッ! ×10
スタンボウガン10矢同時射撃。
ボクが今打てる最大の攻撃です。
それを、
バザァァァ――――ッ!!
「えっ!?」
と、翼を振るうだけで、矢があちこちに飛んでっちゃいました。
「ならっ!」
ガシィッ!
今度はチェーンリング、10本全部を使って、魔物を雁字搦めにしました。
これで簡単には動けません。
「ハラミ大丈夫っ!?」
氷の上でフラフラしているハラミに声を掛けます。
そんなハラミは、右の前足と左の後ろ足だけで、氷の上に立っています。
『はぁ、はぁ、はぁ、が、がうっ!』
「大丈夫じゃないよっ! 血が一杯出ちゃってるんだから」
こうして話している間にも、地面に向かって血が流れていきます。
ボクは急いで、お薬を探してポーチに手を入れます。
「あ、あったっ! スミカお姉ちゃんから貰ったお薬が――――」
バキ――――ンッ!
お薬を見付けた途端に、甲高い音がしました。
『がるるっ!』
「え?」
それはボクの鎖が全部切られた音でした。
ハラミはずっと見ていたみたいで、すぐに唸って魔物を鋭く睨みます。
ブンッ!
動けるようになった魔物は、今度は大きな足で攻撃してきました。
『がうっ!』
タンッ!
それでもハラミは、飛んで避けようとします。
残った2本の足で氷を蹴って逃げようとします。
でも、
「だ、だめ、間に合わないっ!」
いつものハラミだったら、簡単に避けられるんです。
疲れてなかったら、最初の攻撃も当たらなかったはずなんです。
けれでも、今のハラミにはそんな力はなかったです。
ボクが勝手に競争だなんて、こまんどでいっぱい無理をさせたせいで。
ドガンッ!
『ぎゃふっ!』
「んあっ!」
ボクとハラミは上から潰されるように、魔物の攻撃を受けちゃいました。
黒く大きな足で抑え付けられたまま、そのまま地面に叩きつけられました。
それでもボクはあまり痛くありませんでした。
「ハラミずっとボクを庇って……」
『が、がう…………』
足が当たった時も、地面に落ちた時も、ハラミが守ってくれたからです。
大きな体を入れ替えて、ボクを何度も庇ってくれてました。
「そ、そうだ、お薬使わないと――――」
こうしてはいられません。
地面に降りた魔物が、今度は足を上げているからです。
大きな足が、ボクと傷付いたハラミに迫ってきています。
「な、ない? お薬が」
手に持っていたはずの、大事なお薬がありません。
ギュッと持っていたはずなのに、今は何も持っていません。
「あった、けど……」
それはありました。
ここからちょっと離れた草の上に。
きっと地面に落ちた時に、手から離れたんだと思います。
「も、もう一個――――」
ボクは急いで、もう一つ探します。
拾いに行く時間もないし、このままだとハラミが潰されちゃうから。
ブォンッ!――――
けど、それでも間に合いませんでした。
なので、ボクは血だらけの弱ったハラミの上に覆いかぶさります。
「ス、スミカお姉ちゃん、悔しい…… ボク、ハラミを守れなかった。いっぱい助けて貰ったのに、何もできなかった。だからハラミだけでも助けて、お願い、スミカお姉ちゃんっ!――――」
グシャッ!
ボクはハラミを抱いたまま、大きな足で潰されちゃいました……。
『あ』
そんな中、微かに見えたのは、ジャムが5つの魔物の指でした。
――――
その数分前の洞窟の中では。
目の前で起こった現象に混乱するラボがいた。
『お、俺は何を見ているんだ?』
みんなに先に行ってくれと伝え、来た道を戻ってきた。
牛たちにも疲労の色が見えず、これなら早々に外に出られると判断したからだ。
そして俺はスミカさんの様子を見に戻ってきてしまった。
『英雄と名の付く者が簡単に負けるはずはない』
と頭ではわかっているが、娘よりも幼い少女が気がかりなのは、子を持つ親以前に、至って普通の感情だろうと。
「おっ? これはスミカさんの魔法壁だな」
コン
俺たちが抜けていった洞窟を戻る途中で、固い物が手に触れる。
「という事は、この先で別れたはずだから近いな。でもこれ以上先に進めない。なら呼んでみるか? ……ん、誰だ? 誰かが倒れて、い、る?」
緩やかな曲がり角の先に、黒い人物がうつ伏せに横たわっている。
長くきれいな黒髪に、子供のような華奢で小さな体。
「ま、まさか……」
顔こそは向こう側で見えないが、その特徴的な服装で瞬く間に判断できる。
背中に蝶の羽根をあつらえた、その特徴的なドレスを見て。
「ス、スミカさ、ん? ――――」
堪らずその背中に声を掛ける。
だが、それはスミカさんに届く前に飲み込んでしまう。
何故なら、
「な、なんだ? 俺は何を見ているんだ?」
その倒れるスミカさんの脇にもう一人。
同じ人物が現れたからだ。
(ふぅ、危ない危ない。危うく穴だらけにされるところだったよ)
その脇に現れたスミカさんが何か言っている。
(気配も分身体に割り振ってて正解だったね。それにまんまと引っ掛かって、何とか閉じ込めることが出来たよ。まさか極小の魔物がいるなんてさ……)
もう一人の自分を見下ろしながら、苦笑交じりに呟く。
――分身体っ!? 小さな魔物?
(よし、こうしちゃいられない。ここも私に任せる)
今度はどこかを見つめた後、何かを決断したように厳しい表情に変わる。
――私に任せる? って、元々双子だったのかっ!?
だが、もう一人のスミカさんは倒れたまま動かない。
腕を伸ばしたまま、全く動く素振りも見せない。
それどころか、見える素肌の部分には、斑点の様に無数の穴が開いているように見える。
――こ、これって……
もう死んでいるのでは。
その壮絶な姿を見て息を呑む。
針の山や蜂の巣の様な無数の穴が開いた、体を見て。
途端、
「はっ!? な、なんだっ!!」
横たわるスミカさんが消えた。
何の前触れもなく、一瞬で掻き消えるように。
それだけならば、なんら驚く事はない。
消える姿はこれまでも見ているからだ。
ならなぜ、俺は『恐怖』する?
何を見てここまで怯え、無意識に震えている?
「あいつは…… 誰だっ!?」
俺が慄き、そして怖れる理由。
それは――――
(後の事は任せた。どう始末するかも含めてな)
(きゃははっ! 勝手に決めないでよねぇ~)
(今は言い争っている暇はない。わかるな?)
(ぶぅ~、わかったわよぉっ! なら始末は任せて)
それは、黒と白の少女が現れ、
その容姿に不釣り合いな会話と、猛烈な殺気を感じたからだった。
シュンッ!
全身黒の少女が消える。
会話の内容からここを離れたのだと判断する。
(にやぁ~♪)
そして残った白い少女は、歪な笑みを浮かべながらチラと俺に視線を送る。
張り付けたような無表情の矛盾した笑顔で、こちらに悠然と歩いてくる。
『始末する』
「ぐ、うぅ~、はぁ、はぁ……」
その単語が俺の思考の大半を埋め、恐怖で動けない。
ここままだと、その言葉通り※※されるとわかっていても体が動かない。
「きゃはっ! おじさん。これから始末するからそっちに行くねぇ♪」
そうしてここから逃げ出せなかった俺は、その白い少女に襲われた。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる