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第11蝶 牛の村の英雄編

それぞれの絶体絶命

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 ハラミの前足があったところから、たくさんの血が流れています。
 肘から先が無くなって、真っ赤になっていました。

「ハラ、ミ?」

 すると、また、

 バザァァァ――――ッ!!

 杭の魔物が翼を強く振りました。

 タンッ!

 ザシュッ!

『がふっ!?』
「ハラミっ!?」

 それを見たハラミは、氷を蹴って逃げようとしました。
 けれど、今度は後ろ脚が無くなりました。 

 魔物は何かを飛ばしているみたいですが、全く見えません。


「う、う、うわ―っ! よくもっ!」

 ボクは夢中で、魔物に向かって攻撃します。
 ハラミをいっぱい傷つけた、大嫌いな杭の魔物に。

 ヒュヒュンッ! ×10

 スタンボウガン10矢同時射撃。
 ボクが今打てる最大の攻撃です。

 それを、

 バザァァァ――――ッ!!

「えっ!?」

 と、翼を振るうだけで、矢があちこちに飛んでっちゃいました。

「ならっ!」

 ガシィッ!

 今度はチェーンリング、10本全部を使って、魔物を雁字搦めにしました。
 これで簡単には動けません。


「ハラミ大丈夫っ!?」

 氷の上でフラフラしているハラミに声を掛けます。
 そんなハラミは、右の前足と左の後ろ足だけで、氷の上に立っています。


『はぁ、はぁ、はぁ、が、がうっ!』

「大丈夫じゃないよっ! 血が一杯出ちゃってるんだから」

 こうして話している間にも、地面に向かって血が流れていきます。
 ボクは急いで、お薬を探してポーチに手を入れます。


「あ、あったっ! スミカお姉ちゃんから貰ったお薬が――――」

 バキ――――ンッ!

 お薬を見付けた途端に、甲高い音がしました。
 
『がるるっ!』
「え?」

 それはボクの鎖が全部切られた音でした。
 ハラミはずっと見ていたみたいで、すぐに唸って魔物を鋭く睨みます。

 ブンッ!

 動けるようになった魔物は、今度は大きな足で攻撃してきました。

『がうっ!』
 
 タンッ!

 それでもハラミは、飛んで避けようとします。
 残った2本の足で氷を蹴って逃げようとします。

 でも、

「だ、だめ、間に合わないっ!」

 いつものハラミだったら、簡単に避けられるんです。
 疲れてなかったら、最初の攻撃も当たらなかったはずなんです。

 けれでも、今のハラミにはそんな力はなかったです。
 ボクが勝手に競争だなんて、こまんどでいっぱい無理をさせたせいで。

 ドガンッ!

『ぎゃふっ!』
「んあっ!」

 ボクとハラミは上から潰されるように、魔物の攻撃を受けちゃいました。
 黒く大きな足で抑え付けられたまま、そのまま地面に叩きつけられました。

 それでもボクはあまり痛くありませんでした。

「ハラミずっとボクを庇って……」
『が、がう…………』

 足が当たった時も、地面に落ちた時も、ハラミが守ってくれたからです。
 大きな体を入れ替えて、ボクを何度も庇ってくれてました。
 
「そ、そうだ、お薬使わないと――――」

 こうしてはいられません。

 地面に降りた魔物が、今度は足を上げているからです。
 大きな足が、ボクと傷付いたハラミに迫ってきています。

「な、ない? お薬が」

 手に持っていたはずの、大事なお薬がありません。
 ギュッと持っていたはずなのに、今は何も持っていません。
 
「あった、けど……」

 それはありました。
 ここからちょっと離れた草の上に。

 きっと地面に落ちた時に、手から離れたんだと思います。


「も、もう一個――――」

 ボクは急いで、もう一つ探します。
 拾いに行く時間もないし、このままだとハラミが潰されちゃうから。

 ブォンッ!――――

 けど、それでも間に合いませんでした。
 なので、ボクは血だらけの弱ったハラミの上に覆いかぶさります。


「ス、スミカお姉ちゃん、悔しい…… ボク、ハラミを守れなかった。いっぱい助けて貰ったのに、何もできなかった。だからハラミだけでも助けて、お願い、スミカお姉ちゃんっ!――――」

 グシャッ!

 ボクはハラミを抱いたまま、大きな足で潰されちゃいました……。

『あ』

 そんな中、微かに見えたのは、ジャムが5つの魔物の指でした。


――――


 その数分前の洞窟の中では。
 目の前で起こった現象に混乱するラボがいた。


『お、俺は何を見ているんだ?』

 みんなに先に行ってくれと伝え、来た道を戻ってきた。
 牛たちにも疲労の色が見えず、これなら早々に外に出られると判断したからだ。

 そして俺はスミカさんの様子を見に戻ってきてしまった。

『英雄と名の付く者が簡単に負けるはずはない』

 と頭ではわかっているが、娘よりも幼い少女が気がかりなのは、子を持つ親以前に、至って普通の感情だろうと。


「おっ? これはスミカさんの魔法壁だな」

 コン

 俺たちが抜けていった洞窟を戻る途中で、固い物が手に触れる。

「という事は、この先で別れたはずだから近いな。でもこれ以上先に進めない。なら呼んでみるか? ……ん、誰だ? 誰かが倒れて、い、る?」

 緩やかな曲がり角の先に、黒い人物がうつ伏せに横たわっている。

 長くきれいな黒髪に、子供のような華奢で小さな体。

「ま、まさか……」

 顔こそは向こう側で見えないが、その特徴的な服装で瞬く間に判断できる。
 背中に蝶の羽根をあつらえた、その特徴的なドレスを見て。

「ス、スミカさ、ん? ――――」

 堪らずその背中に声を掛ける。
 だが、それはスミカさんに届く前に飲み込んでしまう。

 何故なら、

「な、なんだ? 俺は何を見ているんだ?」

 その倒れるスミカさんの脇にもう一人。
 同じ人物が現れたからだ。


(ふぅ、危ない危ない。危うく穴だらけにされるところだったよ)

 その脇に現れたスミカさんが何か言っている。

(気配も分身体に割り振ってて正解だったね。それにまんまと引っ掛かって、何とか閉じ込めることが出来たよ。まさか極小の魔物がいるなんてさ……)

 もう一人の自分を見下ろしながら、苦笑交じりに呟く。


 ――分身体っ!? 小さな魔物?


(よし、こうしちゃいられない。ここも私に任せる)

 今度はどこかを見つめた後、何かを決断したように厳しい表情に変わる。


 ――私に任せる? って、元々双子だったのかっ!?

 だが、もう一人のスミカさんは倒れたまま動かない。
 腕を伸ばしたまま、全く動く素振りも見せない。
 
 それどころか、見える素肌の部分には、斑点の様に無数の穴が開いているように見える。


 ――こ、これって……

 もう死んでいるのでは。

 その壮絶な姿を見て息を呑む。
 針の山や蜂の巣の様な無数の穴が開いた、体を見て。


 途端、

「はっ!? な、なんだっ!!」

 横たわるスミカさんが消えた。
 何の前触れもなく、一瞬で掻き消えるように。

 それだけならば、なんら驚く事はない。
 消える姿はこれまでも見ているからだ。

 ならなぜ、俺は『恐怖』する?
 何を見てここまで怯え、無意識に震えている?


「あいつは…… 誰だっ!?」 

 俺が慄き、そして怖れる理由。

 それは――――


(後の事は任せた。どう始末するかも含めてな) 
(きゃははっ! 勝手に決めないでよねぇ~)
(今は言い争っている暇はない。わかるな?)
(ぶぅ~、わかったわよぉっ! なら始末は任せて)

 それは、黒と白の少女が現れ、
 その容姿に不釣り合いな会話と、猛烈な殺気を感じたからだった。

 シュンッ!

 全身黒の少女が消える。
 会話の内容からここを離れたのだと判断する。

(にやぁ~♪)

 そして残った白い少女は、歪な笑みを浮かべながらチラと俺に視線を送る。
 張り付けたような無表情の矛盾した笑顔で、こちらに悠然と歩いてくる。


 『始末する』

「ぐ、うぅ~、はぁ、はぁ……」

 その単語が俺の思考の大半を埋め、恐怖で動けない。
 ここままだと、その言葉通り※※されるとわかっていても体が動かない。


「きゃはっ! おじさん。これから始末するからそっちに行くねぇ♪」

 そうしてここから逃げ出せなかった俺は、その白い少女に襲われた。




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