剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

べるの

文字の大きさ
上 下
420 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編

英雄の異常さに気が付く父親

しおりを挟む



「一体なんだったんだ、あの少女は…… 羽根の生えた黒ドレスに、おかしな魔法。村でも大柄な俺を軽く投げ飛ばすし、惜しげもなくこんなものまで置いてくなんて……」

 蝶の少女から渡された回復薬を握る。
 この一個は、ここに残る俺を心配して、村人が置いていったものだ。


「見た事もない回復薬だな。さすがに偽物だとは思えないが、あのおかしな格好と魔法を見た後では、どっちを信じていいかわからないな? どれ――――」

 効果が気になってしまい、瓶の蓋に指を伸ばす。

 普通の冒険者に渡されたものだったら、ここまで気にならなかった。
 きっと一般的な回復薬だろうと、何の疑問も湧かないに違いなかった。

 だが、渡されたのが、あの変わった少女のスミカだ。
 姿を消せるし、俺たちを気遣って暖かい飲み物もくれた。

 そんな不思議少女に貰ったものが気にならない訳が無い。
 疑うとか、騙されたとか、そんな下劣な考えさえ思い浮かばない。

 なにせ、疑念や猜疑心より、大幅に好奇心が勝ってしまったのだから。


「はっ! 消えたっ!?」

 フタに指を伸ばすと、その蓋そのものが消えてしまった。

「うわっ! これじゃ使い捨てだろうっ! って、戻った、のか?」

 慌てて蓋から指を離した途端、なぜか元通りになっていた。
 消えたり現れたりで、まるで持ち主のようだと余計な事を考えてしまう。


「こ、これ、かなりヤバいやつなんでは――――」

 何がヤバいか説明できないが、きっとこれは桁違いなものだと察する。
 効果だけならいざ知らず、入れ物にも魔法が掛かっているからだ。

「ゴク――――」

 知らず知らずに喉を鳴らしてしまう。
 そして蓋を開け、指に一滴垂らし、恐る恐る舐めてみる。

 すると、

「な、なんだっ!? 体が軽、く?――――」 

 それだけではない。

 魔物相手に、弓で応戦していた時の腕の熱も、ここまで数百頭の牛たちを誘導し、洞窟を歩いてきた体や足の疲労が消えていた。
 ついでに、スミカに投げ飛ばされた背中の痛みも、瞬く間に治っていた。


「こ、これはやはりヤバイものだっ! あまつぶ程度の量で、全ての疲労が回復しちまったっ! こんな効果の凄まじいものを、家畜に使えと渡すなんておかしいぞっ!」 

 手にした瓶を、マジマジと見つめて一人叫ぶ。
 特に薬に詳しい訳ではないが、これが異常なのは今ので分かった。


「これがCランク冒険者だと言うのか? こんなものを当たり前に所持してる、あのスミカが普通なのか? いや、俺の知ってる冒険者は、こんなもの持ってはいなかったっ!」

 タタッ――

 俺は立ち上がり、崖のギリギリまで行き、目を凝らす。
 手に持つこれ(回復薬)を渡された、あの持ち主を探すために。

「…………見つけた」

 スミカはいた。
 俺たちを助ける為に、単独で魔物に挑んでいった、あの蝶の少女が。

 黒のドレスと漆黒の長い髪、そして羽根をなびかせ、空中を自在に飛んでいた。
 広い洞窟内を、自由に自在に縦横無尽に、まるで蝶のように舞っていた。


「す、凄い…………」

 その姿を見て圧倒される。
 スミカが消えるたびに、あの異形の魔物が簡単に絶命する様を見て。

 壁に激突して潰れる魔物。
 固い地面に叩きつけられて息絶える魔物。
 胴体を貫かれて、一瞬で命を落とす魔物。
 圧縮されるように、そのまま空中で弾け飛ぶ魔物。
 20片に分割されて、細切れになり原型が残らない魔物。

 スミカがここから出て行って、ものの数分で決着が付いていた。


「こ、これが冒険者…… 違う。あいつはただの冒険者じゃない」

 俺はスミカに見せられた、冒険者カードの内容を思い出す。

 『蝶の街の英雄』

 スミカのカードには、そう記載してあった。
 なぜか職業の欄に明記してあり、最初は半信半疑だった。

 けれど、今なら全てを信じられる。
 実力だけではなく、その行動や言動の全てを。


 スミカが娘のイナは無事だと言った。
 ――――なら確実に無事だろう。

 スミカが魔物を全て駆除すると言った。
 ――――今が正にその通りだ。

 スミカにイナが俺を助けてくれと懇願した。
 ――――なら今頃は、何かを飲みながら帰りを待っている事だろう。

 スミカが妹に外の魔物を任せたと言った。
 ――――なら、村の全ての魔物はいなくなるだろう。


「ははは、さすがは英雄と呼ばれる冒険者だ。俺の知っている冒険者とは桁違いだ。やはり遠くの…… いや、イナが憧れる外の世界とは凄いのだな」

 今は地面に降り立って、討伐した魔物を調べているスミカ。
 上から見ると、更にその姿が小さく映り、非常に頼りなく見える。

 まさかあんな少女が、10メートルを超える魔物を全滅させたとは思えない。
 人に話せば誰だって疑うだろうし、夢だろうなんて、馬鹿にされるのがオチだろう。


「…………だが、それでも俺は構わない」

 いくら揶揄されようが、罵られようが関係ない。
 今俺が見た事が真実だし、そこを曲げるつもりは毛頭ない。

 だから俺は言い続ける。
 見てない奴らに、知らない奴らに全てを伝える為に。


「俺の娘と、この村を救ったのは、あの蝶の英雄スミカ、だと」

 崖下の小さい英雄をみて、そう心に決めた。

 それと共に、胸の奥からウズウズする、何とも言い難い感情が芽生えた。


「いや………… 芽生えたんじゃないな、これは――――」

 その感情は元々持っていたものだと気付き、
 外の世界に憧れる、娘のイナの顔を思い出していた。


――

 ※魔物退治に向かった澄香視点です。



「よっ!」

 私はラボと別れて洞窟から飛び降りる。

 相変わらずワイバーンもどきは、洞窟内を旋回し、助走をつけて、ラボたちがいる洞窟付近に攻撃を仕掛けていた。杭型の顔面で岩肌を穿つように。

 トンッ

「そんな事しても無駄なんだけどな。いくら強力な攻撃を仕掛けようと、私の透明壁スキルは概念そのものが違うんだから」

 透明壁スキルを足場にして、ワイバーンもどきを眺め嘆息する。
 破壊できない事を理解できないのか、執拗に攻撃を繰り返す魔物に。

「もしかして知能が低いの?」 

 幾度も杭型の顔面を叩きつける魔物を見て違和感を感じる。
 いい加減、無駄な事をしていることに気付かないのかと。


「まぁ、頭が武器なんだから、脳みそなんかないのかも…… ん? だったらなぜ村を襲ったの? 山に穴を開けてここまで追ってきたんだから、ある程度は知能があるはずなんだけど」

 よく考えると、色々と疑問が残る。
 今の行動と、今までの行動に対して。


「ん~、あれかな? 命令された単一の事しか出来ないのかも? それか他の何者かがその都度命令をだしているとか? あの器官で音波のような指令を送受信するとかも可能とか?」

 それぞれの魔物の胸に開いた、頭大の大きさの穴。
 そこから人間が感知できない音を出し、状況を把握していると予想していた。

 だけど、私が魔物の前に姿を現しても、全く相手にされない。
 魔物たちの脅威となる、強大な敵の可能性もあると言うのに。


「なんかちょっとだけ、プライドが傷ついたかも。この魔物にとって私は、敵だと認識できないんだ。洞窟内を飛んでいる、ただの小さな羽虫なんだと思ってるんだ」

 ヒラヒラと背中の羽根を動かす。

 うん。確かに虫の一種だね。
 そこだけは文句のつけようもないや。

 なら、

「思い知らせてやろう。この世界には絶対に敵対してはいけない虫がいるって事を。この世界では蝶の私が、ヒエラルキーの頂上にいるって事を」

 トンッ ――

 足場にしていた透明壁を蹴り、魔物に向かって跳躍する。

 ただこのまま突っ込むだけでは、恐らく寸前で躱されてしまうのがオチだろう。

 あの器官で感知し、接近する私に気付いてしまう。
 外での交戦の時はそうだったのだから。


「『Safety安全 device装置 release解除Quatre。よし」

 シュ   ―ン


 だから私は二度目の跳躍をしながら、能力を使用する。
 身体能力を、通常の16倍まで爆上げして。

 一般人が出せる速度では、せいぜい40キロが限界だろう。
 通常状態の私でも、その1.5倍が限界だ。

 ただし、瞬間的な速度では、更にその倍は出せる。
 なので今の私は、瞬間的に音速を超えている事になる。


「あの魔物を仕留めるのには、単純にその反応速度を超えるだけっと」 

 洞窟に向け助走をつけている魔物の1体に急接近する。

 あり得ない速度の負荷に、身体の至る所が悲鳴を上げるが、そのまま構わず魔物に透明壁スキルを叩きつける。


 ドゴォ――――ンッ!!

 グシャッ!

 横薙ぎに振るった透明壁は、魔物を壁に叩きつけ、破裂するように絶命する。

 途端、

『クオォ――ッ!!』×4

 残りの4体が、すぐさま壁への攻撃を止め、奇声を発する。
 顔の無い不気味な姿で威嚇するようにこちらを見る。

 仲間がやられた事により、ようやく私を敵と認識したみたいだ。


「やれやれ、やっと気付いたよ。一体どんだけ低知能なの? それとも性能? まぁ、どちらでもいいや。私もこれ以上時間を掛けたくないから、ここからは瞬殺するよ」

 私は能力を維持したままで、残りのワイバーンもどきも、ものの数秒で殲滅した。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中

四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~

夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。 「聖女なんてやってられないわよ!」 勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。 そのまま意識を失う。 意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。 そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。 そしてさらには、チート級の力を手に入れる。 目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。 その言葉に、マリアは大歓喜。 (国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!) そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。 外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。 一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

処理中です...