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第11蝶 牛の村の英雄編

襲撃と畏れられる蝶の英雄

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 マング山の洞窟内部は、入り組んでいて予想より広大だった。

 大小さまざまな部屋に、ところどころにある地底湖。
 分け隔てるように立つ鍾乳石の壁に、どこか似たような通路。
 
 見上げる天井は、高くて50メートル以上。
 現代で言えば、高さだけでも体育館の7倍近くある。

 その中を、索敵を頼りに疾走する。
 滑りやすく、尚且つ薄暗い凹凸の多い地面も、速度を落とすことなく突き進む。

 このぐらいの悪路では、私の走りを妨げることは出来ない。
 平地を疾走しているのと、そこまで大差ない。

 なんだけど……


「ちっ! また行き止まりなんだけどっ! もうムカつくっ!」

 思わず舌打ちしてしまう。
 私の進路を塞ぐ、冷たい壁に手を触れて愚痴が出る。

 だって都合これで5度目なんだから。
 文句の一つも出るってものだ。

 幸いなのは、マッピングが進んでいるお陰で同じところで迷ったりはしない。
 そうは言っても、引き返す時間はかかってるけど。


「はぁ~、もしかしてユーアとハラミの姉妹組の方が良かったかも」

 来た道を戻りながら、選択ミスだったかなと、ふと思う。
 特にハラミならば、魔物の臭いを追えたであろうから。


「ただ、戦いになった場合はこの洞窟だと、ハラミの機動力を充分に生かせないんだよね。バサとの模擬戦でも、訓練場の広さで満足に動けなかったみたいだし」

 外の敵をユーアとハラミに任せたのは、そんな理由がある。
 逆に、私も洞窟内の方が戦いやすいとも思っている。

「空を飛ぶ敵は、私でも時間がかかるし。特にアイツらは透明壁スキルを躱してくるから厄介なんだよ。なら狭い洞窟の方が、いくらでも立ち回りできるからね」


 前回、シクロ湿原で相対した、姿と気配を消せる白リザードマン。 
 あの時はラブナとリブの魔法のお陰で、位置を特定できて倒す事が出来た。

 そして今回の敵もシスターズの、ユーアの手を借りている。

「ん~、そう考えると――――」

 偶然なのか、必然なのか、私の能力と相性が悪い敵が増えてる気がする。
 今のところ倒せない事はないが、力技では通じない敵が現れ始めている。

 まるで、私の能力が敵に知れ渡っている様に。
 私の装備の盲点を突いてくるように。


「だとすると、色々と厄介だよ。こっちの情報が筒抜けかもしれないし、戦えば戦う程、相手はどんどん情報を補填していくんだからね…… ふふ」

 何て考えて、こんな場面でも少しだけ楽しくなる。
 気分が高揚していくのを感じる。

 だってそんなものは、ただのイタチごっこなのだから。
 情報が知れ渡ったからと言って、特に不利でも卑怯とも思わない。

 単純で簡単な解決法を私は知っているし、何度も経験しているから。

 なら、その解決方法とは?

 そんなものは単純に、それ以上に私が強くなるだけ。
 今までもそうして、数多の敵を消してきたからね。


「おっ! どうやらもう少しで奴らに追いつきそう。なら一応透明化して近付いてみよう」

 もう何度目になるか、広い通路を抜けた所で、ようやく魔物の影を見付けた。
 私は一旦立ち止まって、物陰で透明鱗粉を自分に散布する。


『マーカーの数通りに、相手は5体。それとイナのお父さんと、村人と牛たちは?―――― いた』

 高さが50メートル程ある、その天井を付近を飛んでいるワイバーンもどき。
 氷柱の様に突き出した鍾乳石をものともせず、時折奇声を上げ飛んでいる。

 そして村人たちは、この部屋の洞窟内にいた。
 地面から凡そ、20メートル程の高さの横穴の中に。

 その最中、数名の村人が、魔物に向かって攻撃をしている。
 弓や石での投擲、松明などで近づく魔物を追い払うように。


『なんだって、そんな逃げ場のないところに…… ん? 違う。魔物が入れない場所で籠城しているって事か。で、牛たちはその後ろに避難させているみたいだね』

 視認と索敵で確認すると、村人たちは入り口の狭い洞窟で立ち向かっている。
 その狭い入り口のせいで、魔物たちは右往左往しているように見える。


『けど、それも時間の問題か。ワイバーンもどきが業を煮やして、洞窟の入り口付近を狙って攻撃しているからね』

 村人たちの攻撃を掻い潜って、隠れている洞窟に杭の顔面を打ち付ける魔物たち。
 時折ドカと鈍い音がし、破壊された岩と共に入り口が広がってきている。

 このままだと、半刻もしないで突破されるだろう。


「みんなっ! このまま耐えきるんだっ! これ以上こいつらに好き勝手させるなっ! それにこのまま耐えれば、俺の娘のイナが助けを呼んできてくれるからなっ! だから踏ん張るんだっ!」

「「「おうっ!」」」

 そんな絶望的な状況の中でも、一人の村人を中心に士気が下がる事がない。
 臆することなく必死な形相で、果敢に異形の魔物に抵抗を続けている。

 ただしそれも時間の問題だった。
 体力や気力よりも先に、物量に押し切られてしまったからだ。

 たて続けに押し寄せる攻撃に、遂には入り口の下部を大きく破壊されてしまった。

「うわっ!」
「えっ!? ラボっ!」

 その衝撃で落下するラボと呼ばれた村人。
 崩された足元の岩と一緒に、空中に身を投げ出される。

「ラボっ!」

 それを見て他の村人が手を差し出すが、そこにも魔物が迫ってきている。
 これでは助けを待つどころか、このままだと全滅だ。

 なら、
 
「『Safety安全 device装置 release解除 Trois』」

 シュ ン――
 タンッ!

 ガシッ

「えっ!?」

 私は身体能力を底上げして、落下するイナの父親に飛びつき抱きあげる。
 そしてそのまま足場を作りながら、破壊された洞窟の中に着地する。

 トンッ

「な、な、ラボが空中を跳ねて…………」
「ど、どうなってるんだっ! どうやって戻ってきたんだっ!?」
「しかもなんだって、横になった体勢で浮いているんだっ!?」

 無事に戻れたラボの姿を見て、目を見開き驚愕する他の村人たち。
 中には腰を抜かしたようで、座り込んでしまった者もいる。


「ああ、そうか。透明化を解いてなかったよ。驚かせてごめんね。でもちょっと待ってて、先ずはラボさんを降ろすから」

「………………」
「「「っ!!!!」」」

 驚く村人を他所に、先ずは抱き上げたまま無言のラボを降ろそうとする。
 このまま姿を現したんじゃ、見た目的にも可哀想だからね。
 なんて、一応気遣ってみる。

 だってこのまま透明化を解いたら、お姫様抱っこされた姿を見られちゃうから。
 そんな姿を曝け出したら、きっと後からいい笑いものになりそうだからね。

 そう、気を利かせたはいいが、溺れる者は藁をも掴む。なのか?
 ラボは、私の首にグッと腕を巻いたままで放心していた。


「ん? もう安全だから離してくれない?」

 なので、目を覚まさせる意味でも小声で声を掛ける。

「はっ! なぜ俺は助かったんだっ! それに何で浮いてるっ!?」

 すると、すぐさま正気を取り戻し、慌てたようにキョロキョロと辺りを見渡し、更にジタバタと混乱したように腕の中で暴れだす。

「ちょ、危ないってっ! 今降ろすからジッとしててよっ!」
「うわっ! また声が聞こえてきたっ! 幼女の声がっ!」

 落ち着かせる意味で声を掛けたのに、更に暴れだすイナの父親。
 ってか、何で声で幼女とか勝手に判断してんの? 大人だよ?


『はぁ、もういいや。このまま降ろそう』

 いい加減相手にするのも疲れたので、足から無理やり降ろす。

 ストンッ

「おっ? おっ! なんだ? 一体どうなってる――――」

 降ろしたラボはまだ混乱しているようで、焦点が合ってないように見える。
 まるでゾンビか夢遊病者の様に、腕を前に出しながらフラフラしている。


『ふぅ~、良かった。後は透明化を解除して、色々と話を――――』

 一応無事なラボの姿を見て、胸を撫で下ろす。
 イナに助けてくれと頼まれてたからね。

 なんて、安心していると、

 プニ

「お、な、なんだっ! こんなところに見えない壁がっ!」
「っ!?」

 プニプニ

「か、壁なのになんだか暖かいぞっ! まるで小さい頃のイナの――――」
「ブチッ!」

 ブンッ!

「うわっ!」

 私はラボの腕を取り、空中に投げ飛ばす。
 失礼な事をのたまい、全く悪気のない女の敵を。

 ドガッ!

「グゲッ!」
「あああっ! しまった、ついっ!」
 
 そのまま洞窟の天井に激突して、呻き声を上げるラボ。
 私は慌ててキャッチして、すぐさま透明化を解く。


「ちょっと大丈夫っ!? ほんとゴメンっ! イナに頼まれてたのにっ!」

 またもやお姫様抱っこしてしまった、腕の中のラボに声を掛ける。

「う、あ、ああ、大丈夫だ。背中を軽く打っただけだから。そ、それよりもイナを知っているのか? 俺の娘の名前を聞いたような?」

 朧気ながらも意識はあるようでホッとした。イナの名前に反応したから。
 どうやら私もイナの父親という事で、無意識に手加減したみたいだ。


「うん、そのイナで間違いないよ。私はイナに頼まれて――――」

 と、ようやく説明できるかと思いきや、


「うわ~っ! ラボが蝶の魔物に襲われたぞっ!」
「しかも急に姿を現したぞっ! アイツらの仲間かっ!?」
「ラボを助けるんだっ! みんな武器を取れっ!」
「「おおっ!!」」

 今度は透明化を解いた、ラボを抱く私の姿を見て敵と判断される。


『はぁ~、もういい加減にして欲しいんだけど。この蝶の装備が悪いの? それとも登場の仕方が間違ってたの?』

 そんな村人たちを見ながら、入り口を視覚化した透明壁スキルで塞ぐ。
 これ以上何かに邪魔されたら、さすがの私もキレちゃうからね。


「あのさ、これ以上騒ぐんだったら、この男をボコボコにして、魔物のエサにするからね。そうされたくなかったら、私の話を黙って最後まで聞いて。わかった?」

「「「コクコク」」」

 ギロと睨んで威圧を込めて、そう宣言する。
 それを聞いて、無言で頷く村人たち。


 どうやらこれで先に進めそうだ。
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