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第11蝶 牛の村の英雄編
イナの後悔と従魔の公開と
しおりを挟む「イナの言ってた通り、中は確かに広いね。それと思ったほど暗くもないし。これぐらいならゴーグルは必要ないかな」
ワイバーンもどきが開けた穴から洞窟内に入り、薄暗い内部の中で目を凝らす。
顔を出した高さは凡そ20メートルぐらい。全高ではその倍近くある。
中は鍾乳石のような岩盤で出来ており、見た目は頑強そうに見えた。
見晴らすと、確かにイナの説明通りの広い空間となっていた。
ただ梁のような岩盤が多数突出しており、大部屋小部屋の他に、複数の通路が見える。まるで天然で出来た規模の大きな迷路みたいだ。
それとあちこちにカンテラを設置してあり、思ったよりかは明るかった。
「どれ、村の人たちはどこにいるんだろう」
トンと地面に降りながら索敵モードに切り替える。
足元は少しだけ湿っていて、滑りそうだが、これぐらいなら影響ない。
「ん、1か所に集まってる大量のマーカー付近に、大きな多数の反応があるね。まだ見つかってないみたいだけど、時間の問題かもしれない。だから少し急ごうか」
タタ――――
大量のマーカーを目的地と判断して、そこに向かうために地面を蹴る。
恐らくそこには村人と牛と、イナの父親のラボがいるはずだから。
――
『あっという間に行っちゃった……』
スミカが飛んでいった夜空を見上げる。
空中を跳ねるように昇って行き、あっという間に山の中に消えていった。
アタイはそれを呆けた目で眺めていた。
それはどこか現実味がなく、ただただ夢のようで、早く冷めて欲しいと思った。
何の起伏も刺激もない生活だけど、それでもずっと平和なんだと思ってた。
このまま年老いて死ぬまで、この村で親父と暮らしていくんだと半ば覚悟していた。
なのに、その平坦な生活が終わりを告げようとしている。
あの異形の魔物のせいで、大切な家族と共に、この生活さえも。
アタイは母さんの言う通りに望んでいたし、ずっと憧れていた。
今の環境の変化と、そして外の世界に。
たけどそれはアタイ独りではダメなんだ――――
「親父…………」
ポン
「ん?」
後ろから肩を叩かれた。
もしかして、今の呟きが漏れてしまったんだろうか。
「あの、イナさん?」
「あ、ああ。なんだい? え~と、ユーアちゃん?」
振り向くと、クリッとした目でアタイを見る少女がいた。
この中でも一番小さくて、最も幼い少女だ。
「お父さんは大丈夫だよ」
「え?」
「イナさんのお父さんと、村の人たちと牛さんたちもみんな元気で帰ってくるんだよ? だからもう安心してくださいね」
やはりさっきの呟きが聞こえてしまったのだろう。
ニコと微笑み、優しく励ましてくれる。
だからと言って、
「いくらあのスミカが凄い冒険者でも、中には村人以外にも、たくさんの牛がいるんだぞ。いくら何でもそれは不可能だっ!」
そんな非現実的な話を真に受ける訳にはいかなかった
だって、その希望が裏切られた時の反動が怖いから。
「ふかのう?」
「ユーアちゃん、イナはスミカちゃんが出来ないって思ってるらしいぞ?」
「そうなんですか?」
会話の一部がわからなかったのか、首を傾げるユーアちゃんに、そっと教える、もう一人の冒険者のロアジムさん。まるで孫とお爺ちゃんみたいだ。
「あ、ご、ごめんよ。少し言い過ぎた…… スミカは親父…… じゃなくて、アタイたちの村の為に、危険な洞窟に入って行ったのに……」
アタイは深く頭を下げて謝る。
小さな子供に八つ当たりをしたみたいで情けなかった。
それとスミカに無理なお願いをしてしまった事に、後悔した。
いくら冒険者だからと言って、ユーアちゃんの家族のスミカを、魔物がいる危険な洞窟に向かわせるなんて。
いくら親父を助けたいからって、他人の家族をアタイのせいで――――
「イナ。これからわしとここで籠城だ。ユーアちゃんが魔法壁の外の魔物を何とかしてくれるからな。その間にわしが蝶の英雄の話をしてやろう」
「え?」
後悔するアタイの頭を撫でるロアジムさん。
こんな時なのに、その顔はいたずらっ子の様にニヤケていた。
「おじちゃん、それじゃボクとハラミは行ってくるねっ! スミカお姉ちゃんがボクに任せてくれたから。だからイナさんの事よろしくお願いいたしますっ!」
ロアジムさんの話を最後まで聞いた後で、ユーアちゃんが一歩歩き出す。
「ほ、本当にユーアちゃんも戦うのかっ!?」
その小さな背中に、思わずそう声を掛けてしまう。
二手に分かれる事は話しで聞いていたけど……
「イナさん、ボクは一人じゃないよ? ハラミも一緒だから」
「ハラミ?」
アタイの心配を感じ取ったのか、肩の上にいた白い子犬を地面に降ろす。
アタシはその行動の意味が分からず「?」が頭に浮かぶ。
その犬がハラミって名前なのは、今まで聞いてたからわかるけど。
もしかして、それで一人じゃないって言いたいのか?
何て、そのハラミを眺めていた途端に、それは変化した。
『がうっ!』
「きゃっ!」
アタイはその姿を目の当たりにして、思わず情けない声を上げてしまう。
一鳴きした後で、その姿が巨大な犬になったからだ。
「な、な、な、…………」
『くぅ~ん?』
そんなアタイに擦り寄り、心配そうに可愛い声を上げる子犬。
「う、うわっ! で、でかいっ!」
『くぅ~ん』
いや、もうこれは子犬じゃないって、だって長さで言えば牛より大きいんだから。
「うんとね、ハラミはね、魔物なんだよ。それとボクの妹なんだ」
驚くアタイに近寄り、そう説明してくれる。
「は、はぁ? なんで魔物なんかっ!? それと大きさはどうなって――――」
「イナは、わしたちの冒険者カードを確認したよな?」
「え? う、うん、したけど」
驚愕するアタイに、今度はロアジムさんが聞いてくる。
「なら、ユーアちゃんが魔物使いだと、知っておるよな?」
「え、あ、ごめん…… アタイ、冒険者とランクしか見てなかった、かも」
そうだ、あの時は3人の正体を疑っていて、細かいところまでは確認していなかった。
そもそもアタイにとっては、冒険者か否かしか、重要ではなかったから。
「ふむぅ、まぁいいだろう。それも含めてわしの自慢話に付き合ってもらうからな。それじゃ、ユーアちゃん。気を付けて行くんだぞ。何かあったらわしたちを置いてすぐに逃げるんじゃぞ」
「うん、ありがとうね、おじちゃんっ! でも心配しないで大丈夫だよ? ハラミはあんな魔物よりずっと早くて強いから、それとスミカお姉ちゃんもそう言ってくれたからねっ!」
ユーアちゃんはそう言い残し、ハラミの背に乗って夜空に向かって駆けて行った。
あのスミカの様に空中を蹴って、暗闇に消えていった。
「な、なんなんだよ、冒険者って…… みんなあんな常識外れなのか?」
あっという間に消えていった、幼女と1匹を思い浮かべ、ポツリと零す。
スミカもユーアちゃんもハラミも、アタイの常識が追いつかない。
でも、
『きっと、これが外の世界なんだろうな、なんか驚きを通り越して、恐くなっちゃったよ。あんな人たちがこの村以外では普通にいるって事だもんな……』
ちょっとだけ身震いがした。
アタイの理解の外の、そんな人たちがいる事実に。
「では、わしらは二人の無事と成功を祈りながら、ゆるりと話をしようか。イナもそれを聞けば安心するだろうし、わしにとっても自慢話を披露できるいい機会だしなっ!」
「う、うん…………」
そう言ってロアジムさんはアタイの前に座りだし、笑顔で話を始めた。
―
「そ、そうなのかいっ!? そんなものが他の街にはっ!」
「えええっ! 冒険者はみんなそうじゃないのかい?」
「二人ともあんな小さいのに、そんな魔物をっ!?」
「え、英雄? それも本当なんだなっ!」
アタイはその話を聞いて、終始、驚きっぱなしだった。
最初から最後まで、興奮しっぱなしだった。
そんなロアジムさんの自慢話を聞いて、やはり世界は広くて不思議なものがたくさんあって、ここにいてはきっと体験できないものに溢れているんだと思った。
それと、スミカとユーアちゃんの事も聞いた。
みんながあんな冒険者ではないって事を。
アタイはそれを聞き、心のつかえがとれた気がする。
さっきまでの不安が、一気に希望に変わったとさえ錯覚する。
ロアジムさんに出された、果実水のお替りを欲しいと思う程に。
あの二人の話を聞けば聞く程、アタイの心には大きな余裕が生まれていった。
それは錯覚なんて、曖昧なものではなく、きっと本当になるんだから。
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