413 / 581
第11蝶 牛の村の英雄編
英雄を警戒する村娘
しおりを挟む「きゃっ!」
アタシは咄嗟に両手を前に出して自分を庇う。
もちろんそんな事で、あの魔物の攻撃を防げるとは思ってはいない。
恐らく、あの洞窟の大穴を開けたのは、この異形の魔物の杭の形の顔面だ。
それ程の威力なのだから、腕ごと体を貫かれてアタシは絶命するだろう。
そんな絶望の中、脳裏に浮かんだのは両親の暖かい笑顔だった。
小さいアタシを拾ってくれて、成人するまで育ててくれた大切な人たちだ。
なのに、アタシはそんな親父を助けることが出来なかった。
病気で衰弱し、亡くなった母親を前に、何もできなかったあの時と一緒だ。
だけど亡くなる前に、母さんはアタシの手を握りながらこう言ったんだ。
『イナ、今までありがとう。あなたは子供を授かれなかった私たちの宝物よ。だから成人したらここを出て、好きな事を見付けて生きてね、それが私の望みよ』
『か、母さん、何を言ってるんだっ! アタシはずっと好きな事をしてきたんだっ! それにここを離れてどこかに行きたくないんだ、アタシも親父もずっとここにいるよっ!』
『イナ、あなたならそう言うと思っていたわ。あなたは親想いのいい子だから。でも時折山の向こうを見て寂しそうな顔をしてたわね』
『そ、それは…………』
『ここは生活する分にはいいところ、けど閉鎖的過ぎるわ…… それに若いあなたが一生いるところではないし、外の世界を見て、もっと見識を広げて、自分がやりたい事を見付けなさい。それが私たちの幸せに繋がるから…………』
そう言い残し、5年前に母さんは眠るように息を引き取った。
アタシを山で拾って5年もの間、本物の家族のように愛情を注いでくれた。
そんな両親だからこそ、アタシは山を降りることはしなかった。
だってアタシの心も体も、ずっと守ってもらったんだから。
だからいなくなった母さんの代わりに、アタシが親父を守ると決めたんだ。
家事も仕事も、母さんと同じようにこなして、アタシが家庭を守るんだと。
そう決心して村に残ったのに、アタシは大切な者を守る事無く消えていく。
親父の危機に、また何もできないまま目を伏せるだけ。
そう絶望し、生きるのも守るのも、全てを諦めかけた時、
目の前でそれは起こった。
グシャッ!
「え?」
10メートルを超える異形の魔物が、一瞬で絶命する瞬間を。
絶望する暗闇の中で、一筋の光がアタシを照らす瞬間を。
――――いや、一筋なんて、そんなか細いものではない。
「まぶしっ!?」
太陽のような圧倒的な光量で、アタシを照らし出したのだから。
――
「ユーア、お願いっ!」
「うん、スミカお姉ちゃんっ!」
ユーアの、チェーンリングとスタンボーガンのコンボで、動きを止めた顔無しの生物を20トンの透明壁スキルで圧し潰す。
この村の少女を襲おうとした、見るからに異形のその魔物を。
「おい、この村の子か? 大丈夫か?」
ロアジムがその少女にすぐさま駆け寄り、体を支える。
腰が抜けたのか、へなへなと座り込んでしまったからだ。
私はそれを見て、この辺りを透明壁スキルで覆う。
「スミカお姉ちゃん、やっぱりこれって――――」
私が絶命させた魔物を見て、息を吞むユーア。
「うん、腕輪はないけど、ジェムの魔物と関係あると思う」
ユーアに答えながら、上空に目をやる。
そこにはここに来るまでに、私たちを強襲してきた魔物が旋回している。
索敵に映る数でも20を超える。
大きさは翼を広げた状態で、凡そ10メートル。
全身カラスのような漆黒の姿に、首から先は杭のような形をしていた。
前足が無く、代わりに蝙蝠のような4枚の翼膜を生やし、
胸の部分は、人の頭ほどの穴が開き、そこから奇声を発していた。
「そう言えば、誰か襲われそうだったんだ。ロアジム、その子大丈夫?」
空から目を離し、ロアジムが抱えている女の子を見る。
「うむ、どうやら驚いただけらしいな。意識はあるし、見たところケガはないように見えるが、暗くてよく分からんが――――」
そう答えながら、腰のポーチに手を伸ばす。
恐らく少女を照らす、明かりを探しているんだろう。
「明かりなら私が用意するよ」
ゴーグルを外し、装備の『発光』を使い、ここら一帯を照らす。
「まぶしっ!?」
照らし出した瞬間、今まで呆けていた少女が目を覆い、足をバタバタさせる。
「あっ! スミカお姉ちゃんっ!」
「あれ? 発光が強すぎたっ! あなた、目は大丈夫?」
ユーアと駆け寄り膝を付き、顔を覆う少女を見る。
「う、うん、アタシは大丈夫。 ちょっと、びっくり、した、だけだから」
目を擦りながら、たどたどしくか細い声で答える。
どうやら状況を把握できなく、まだ怯えているようだ。
『ま、そりゃそっか。あんな訳の分かんない魔物に襲われてたんじゃね』
ロアジムの話によると、ワイバーンという魔物に類似する特徴が多いとか。
ただしそれは似通っているだけで、全くの別の存在だろうとも言っていた。
ここに来るまでに襲ってきた奴らを見て、ロアジムがそう教えてくれた。
「うん、私は透水澄香。スミカでいいよ。で、この隣の小っちゃくて、可愛くて、抱きしめたくなるような少女は、妹のユーア。それと――――」
「え? へ? 急になにっ!?」
「わしはロアジムだ。このスミカちゃんたちと同じ冒険者だ」
「ぼ、冒険者?」
「あ、ボクはスミカお姉ちゃんの妹のユーアですっ! こっちはハラミですっ!」
『きゃふっ!』
「え? は、はいっ!」
突然の自己紹介にわたわたする少女。
ユーアの紹介が二回された事にも気付かない程動揺してる。
「ア、アタシは、イナ。この村で酪農をしているんだ……」
それでも、怯えた表情を浮かべながらたどたどしく答える。
キョロキョロと視線が行ったり来たりで落ち着きがない。
『う~ん、そうなるから先に自己紹介をしたんだけど、コミュニケーションの一環として。でも逆に警戒されたっぽいな、どうしようかなぁ?』
「あ、あの……」
「ん? なに?」
警戒を解く妙案がないか悩んでいると、イナと名乗った少女が私に声を掛けてくる。
「あ、あのさっ!」
「ああ、私たちは別に怪しいものじゃないからね、ただね――――」
やっと視線が合ったイナに、好機だとばかりに説明を開始する。
先ずは、危害を与える存在じゃないって、わかってもらわないと。
なんて、思っていると、次のイナの一言で、ようやく警戒された理由がわかった。
「あ、あんたたちが冒険者なんて嘘でしょっ! 蝶の格好に、ペットを連れてきている幼女に、おじいちゃんが冒険者だなんて信じないからっ! アタシに嘘ついて何を企んでいるんだっ!」
支えているロアジムの手から抜け出し、さっきよりも警戒するイナ。
今にも村に向かって逃げだしそうなほど怯えていた。
「はぁ~、ならこれを見てよ。みんなも出して」
「はいっ! スミカお姉ちゃん」
「うむ」
なので、ここぞとばかりに私たちは冒険者証を見せた。
0
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
「守ることしかできない魔法は不要だ」と追放された結界師は幼なじみと共に最強になる~今更俺の結界が必要だと土下座したところでもう遅い~
平山和人
ファンタジー
主人公のカイトは、王太子率いる勇者パーティーの一員として参加していた。しかし、王太子は彼の力を過小評価し、「結界魔法しか使えない欠陥品」と罵って、宮廷魔導師の資格を剥奪し、国外追放を命じる。
途方に暮れるリクを救ったのは、同じ孤児院出身の幼馴染のフィーナだった。フィーナは「あなたが国を出るなら、私もついていきます」と決意し、カイトとともに故郷を後にする。
ところが、カイトが以前に張り巡らせていた強力な結界が解けたことで、国は大混乱に陥る。国民たちは、失われた最強の結界師であるカイトの力を必死に求めてやってくるようになる。
そんな中、弱体化した王太子がついにカイトの元に土下座して謝罪してくるが、カイトは申し出を断り、フレアと共に新天地で新しい人生を切り開くことを決意する。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活
ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。
「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。
現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。
ゆっくり更新です。はじめての投稿です。
誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる