412 / 586
第11蝶 牛の村の英雄編
貴族様との雑談と感じ取る気配
しおりを挟む『ふふ、相変わらずユーアの寝顔は天使のような寝顔だね。鼻も小っちゃくて可愛いし、まつ毛も長いし、それに何と言ってもこの頬っぺたは最高だよねっ!』
プニプニと寝ているユーアの頬を指先でツンツンする。
張りのある白い肌は、私の指を程よい弾力で押し返す。
休憩しながらも順調に進んだ空の旅ではあったが、お昼を食べた後でユーアがお眠になり、ハラミと一緒にコロンと横になり、そのまま寝てしまった。
『寝る子は育つって言うけど、ユーアにはまだまだ栄養と睡眠が足りないのかな? 2つ下のメルウちゃんと一緒ぐらいだし、ボウとホウよりも小さいしね。ましてや1こ上のラブナとは比べるまでもないし』
ハラミの毛皮に顔を埋め、幸せそうにお昼寝するユーア。
そんな可愛い妹の髪を指で梳きながら、自然と笑みが浮かぶ。
「おや、随分と気持ちよさそうに寝ているな、ユーアちゃんもハラミも」
椅子から立ち上がり、目元を擦りながら私の隣にやって来るロアジム。
「うん、そうだね」
そんなロアジムは、ユーアたちの様に眠くなって目を擦っているのではなく、ただ単に目が疲れているんだろう。
空の旅が落ち着いた頃から、何やら書類と睨めっこしていたから。
「あ、いくらユーアがまだ子供だからって、依頼中に寝させちゃってごめんね。その分何かあったら私が全力でフォローするから」
「ああ、そんな事は全然かまわないぞ。むしろそのまま寝かせてやって欲しいな。ユーアちゃんも疲れたんだろう。朝からいつもより元気だったからな」
そう答えたロアジムも、首や背中を伸ばしたりして、少しだけお疲れのご様子だ。
「うん、ならお言葉に甘えることにするよ。ユーアもハラミも成長期だしね。それに馬ほどではないけど、慣れない空の上にいるんだから気疲れしちゃったんだと思うし」
優しくユーアの頭を撫でながら答える。
「それもそうだが、ユーアちゃんは孤児院の子供たちの世話もしているんだろう? 冒険者なってからも今までずっとな」
「うん。本当にこんな小さな体で頑張ってるよ。これでも孤児院ではお姉ちゃんだし。でもそっちはそろそろ落ち着きそうかな? ナジメもロアジムにも手伝ってもらってるからね。だから助かってるよ。本当にありがとうね」
隣に腰を下ろしたロアジムの目を見て頭を下げる。
「わははっ! そんな事は当たり前だろう。冒険者の駆けだしの頃に、わしはユーアちゃんに世話になったし、わしたち家族を救ってくれたのはスミカちゃんなんだからなっ!」
「あんまり騒ぐと起きちゃうから、もっと静かにしてよ」
何やらテンションの上がり始めたロアジムに注意する。
感謝はしているけど、それとこれとは話が別だ。
可愛い妹の寝顔を守るのも、姉の責務だからだ。
「うっ、スマン。スミカちゃんに感謝されたのが嬉しくなって、ついな」
バツが悪そうに小声で話し、誤魔化すように頭を掻く。
「ま、そんな訳だから、起きるまではゆっくりお茶してようか。何か飲みたいものある? 街にあるのは一通り揃ってるけど」
テーブルセットに向かいながら声を掛ける。
「わははっ! 体験すればするほど、スミカちゃんには驚かされるなっ! 空を飛んでいるのもそうだが、移動しながらお茶も食事も出来るなんてなっ! こんな体験したら、もう普通の旅には戻りたくないなっ! どんな豪華な馬車よりも快適だし早いしなっ! わははは――――」
「うるさい。ユーアが起きちゃうって話したばかりでしょ? もっと静かにしてよ」
さっきよりもテンションを、爆上げしたロアジムを強く睨む。
「う、申し訳ない…… わしは何か冷たいものを所望する」
「はい、それじゃ、椅子にも静かに座ってね」
ロアジムが座ったのを見て、アイテムボックスから冷たいキュージュースを出す。
これはレストエリアの冷蔵庫で冷やしておいたもので、キンキンに冷えていた。
「うむ、冷たくて美味いな。これはキュートードから採れたものだろう? おや、気のせいか体が軽くなってきたような……」
一口飲んで、その味と効能に首を捻る。
「ああ、実はそれに私が持ってる回復薬を少しだけ混ぜてみたんだよ。回復薬は味しないし、経口摂取でも問題ないからね。なんだかロアジムも疲れた顔してたからさ」
「ははは、気を遣ってくれて面目ない。わしはただ乗っているだけというのにな。お陰でかすんでいた目も肩も軽くなったよ。さすがスミカちゃんの持っているアイテムだな」
「うんうん」と頷きながら笑顔で答える。
さすがに今回は大声を上げなかったけど。
「またこんな事言うのもあれだけど、ロアジムには本当に感謝してるんだよ。だからあまり無理しないでくれると嬉しいかも。ユーアも心配しちゃうからね、だから特別だよ」
「くふふ、そうか、わしは特別かぁ~」
それを聞き、私を見つめて顔を綻ばせる。
「まぁね。だからある程度は自重しないし、余計な事もしないと信じてるから。それでも一応警告しておくけど、もし、ユーアやシスターズを裏切ったり、危害を与える事があったなら――――」
「あ、あったな、ら………… ゴク」
笑顔から一転、真顔に変わったロアジム。
「そうなったら私は街を出ていくし、二度とコムケの街には近づかない。もし罪状が出て追手が来るなら立ち向かうけど。それでもロアジムには手を出さないでおくよ」
「え? なぜわしの事は見逃してくれるんだい? その状況だとわしが主犯なのに」
さも意味が分からないと言った風に目を丸くする。
「うん、だってロアジムの事は感謝もしてるし、信用してるって言ったでしょ? もしそうなった場合は、原因はロアジムじゃなくて、ロアジムの持っている立場に何かあると思うから」
「だから手を出すわけないよ」と付け加える。
それを聞いたロアジムは俯き、ブツブツと何かを言い始める。
(くく、そうか、わしは特別だけじゃなく、そこまで信用されておるのか。一瞬身構えてしまったが、そんな自分が愚かだったと思うくらいに…… わしの家族の恩人だと言うのにな……)
『………………』
何てことを言っていたが、私には丸聞こえだった。
「スミカちゃんっ!」
ガバッ!
意を決したように顔を上げ、叫びだすロアジム。
その目は真剣に私を見据え、今までにないほど真摯なものに見えた。
「実はっ! わしはこの国の貴族で、大陸の――――」
「だから大きな声出さないでって、さっきも言ったよね? 何回言わせるの」
「はっ! ふぐぅっ」
また大声を上げるロアジムを睨み叱咤する。
それを聞き、慌てて口を両手で塞ぐ。
『ん~、何か大事な秘密を暴露しようとしたんだろうけど、私の事はそこまで信用しないで欲しいかな? 私が信用する分には傷つくのは私だけど、何か問題を起こしたらロアジムにも迷惑だしね』
謎の腕輪の件もあり、いつまでこの世界でのルールに従えるのかわからない。
状況によっては、全ての倫理も人道も無視して、立ち向かうかもしれない。
そうなると、国と敵対する可能性もあるだろうし、国に雇われているロアジムにも矛先が向く事も考えられる。そうなったら孫娘のゴマチも悲しむし、アマジにもいらぬ心労を掛ける事になる。
『だからこのぐらいの距離感でいいんだよ。私に降りかかる火の粉は、私が何とか出来るから。それだけの覚悟も力もあるし』
未だに、何かを言いたそうなロアジムを見てそう思う。
一方的で身勝手な考えだけど、それで仲間を守れるのなら構わない。
――
その後は、途中でユーアもハラミも目を覚まし、暗くなったところで夕食を取りながら、他愛もない話をし、盛り上がったところでマング山の麓に到着した。
周りはとっくに日が沈み暗闇に包まれていた。
今夜はここに泊って、朝一番で山を越えて目的地のナルハ村に向かう予定だ。
適度に休憩を取りながらだったけど、凡そ予定通りに着いたと思う。
「…………スミカお姉ちゃん。山のずっと上の方に、嫌な気配がします」
野営の場所を探している矢先、ユーアが空を見上げてポツリと話す。
「嫌な気配? それって魔物なの?」
「うん、遠すぎてわからないけど、ちょっと怖いのがいるかも」
「…………ハラミは何か感じる」
一緒に夜空を見上げる小さなハラミにも聞いてみる。
そんなハラミは『フレキシブルSバンド』でユーアの肩の上にいる。
『きゃふ?』
「うん? マング山の魔物ではないのかい? ユーアちゃん」
首を振るハラミを見て、ロアジムも薄暗い空を見上げる。
「ううん、森にもたくさん怖いのがいるんだけど、あっちはもっと怖いかも。それにこれに似たようなものボク知ってるかも……」
たどたどしく自信なさげに答えるユーア。
それでもその目を空から離さない。
「わかった。今夜はここに泊らないで村に行こう。それでいい? ロアジム」
「うむ、どうやらその方が良さそうだな。ならわしはどうすればいい?」
「一緒に来て欲しい。何かあったら指示を仰ぐから。身の安全は保障するよ」
「わはは、これほど安心できる保証はないなっ! わかった、ならお願いするぞっ!」
ロアジムの許可も出たので、透明壁スキルに乗って山の上を目指して出発する。
私は途中でナイトビジョンゴーグルを装着し、ユーアはハンドボーガンをマジックポーチより出して、両手に装備する。千里の腕輪とチェーンリングは元々着けていた。
こっちはこれで準備万端だ。
『さあ、鬼が出るか蛇が出るか、それともドラゴンとか出たりしてね』
不謹慎だとは思いながら、夜空の先の相手を見据えて、気分が高まるのを感じた。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています
如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」
何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。
しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。
様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。
この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが……
男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる