剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第11蝶 牛の村の英雄編

貴族様との雑談と感じ取る気配

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『ふふ、相変わらずユーアの寝顔は天使のような寝顔だね。鼻も小っちゃくて可愛いし、まつ毛も長いし、それに何と言ってもこの頬っぺたは最高だよねっ!』

 プニプニと寝ているユーアの頬を指先でツンツンする。
 張りのある白い肌は、私の指を程よい弾力で押し返す。

 休憩しながらも順調に進んだ空の旅ではあったが、お昼を食べた後でユーアがお眠になり、ハラミと一緒にコロンと横になり、そのまま寝てしまった。
 
『寝る子は育つって言うけど、ユーアにはまだまだ栄養と睡眠が足りないのかな? 2つ下のメルウちゃんと一緒ぐらいだし、ボウとホウよりも小さいしね。ましてや1こ上のラブナとは比べるまでもないし』 

 ハラミの毛皮に顔を埋め、幸せそうにお昼寝するユーア。
 そんな可愛い妹の髪を指で梳きながら、自然と笑みが浮かぶ。

 
「おや、随分と気持ちよさそうに寝ているな、ユーアちゃんもハラミも」

 椅子から立ち上がり、目元を擦りながら私の隣にやって来るロアジム。

「うん、そうだね」

 そんなロアジムは、ユーアたちの様に眠くなって目を擦っているのではなく、ただ単に目が疲れているんだろう。
 空の旅が落ち着いた頃から、何やら書類と睨めっこしていたから。


「あ、いくらユーアがまだ子供だからって、依頼中に寝させちゃってごめんね。その分何かあったら私が全力でフォローするから」

「ああ、そんな事は全然かまわないぞ。むしろそのまま寝かせてやって欲しいな。ユーアちゃんも疲れたんだろう。朝からいつもより元気だったからな」

 そう答えたロアジムも、首や背中を伸ばしたりして、少しだけお疲れのご様子だ。

「うん、ならお言葉に甘えることにするよ。ユーアもハラミも成長期だしね。それに馬ほどではないけど、慣れない空の上にいるんだから気疲れしちゃったんだと思うし」

 優しくユーアの頭を撫でながら答える。

「それもそうだが、ユーアちゃんは孤児院の子供たちの世話もしているんだろう? 冒険者なってからも今までずっとな」

「うん。本当にこんな小さな体で頑張ってるよ。これでも孤児院ではお姉ちゃんだし。でもそっちはそろそろ落ち着きそうかな? ナジメもロアジムにも手伝ってもらってるからね。だから助かってるよ。本当にありがとうね」

 隣に腰を下ろしたロアジムの目を見て頭を下げる。

「わははっ! そんな事は当たり前だろう。冒険者の駆けだしの頃に、わしはユーアちゃんに世話になったし、わしたち家族を救ってくれたのはスミカちゃんなんだからなっ!」

「あんまり騒ぐと起きちゃうから、もっと静かにしてよ」

 何やらテンションの上がり始めたロアジムに注意する。
 感謝はしているけど、それとこれとは話が別だ。

 可愛い妹の寝顔を守るのも、姉の責務だからだ。


「うっ、スマン。スミカちゃんに感謝されたのが嬉しくなって、ついな」

 バツが悪そうに小声で話し、誤魔化すように頭を掻く。

「ま、そんな訳だから、起きるまではゆっくりお茶してようか。何か飲みたいものある? 街にあるのは一通り揃ってるけど」

 テーブルセットに向かいながら声を掛ける。

「わははっ! 体験すればするほど、スミカちゃんには驚かされるなっ! 空を飛んでいるのもそうだが、移動しながらお茶も食事も出来るなんてなっ! こんな体験したら、もう普通の旅には戻りたくないなっ! どんな豪華な馬車よりも快適だし早いしなっ! わははは――――」

「うるさい。ユーアが起きちゃうって話したばかりでしょ? もっと静かにしてよ」

 さっきよりもテンションを、爆上げしたロアジムを強く睨む。

「う、申し訳ない…… わしは何か冷たいものを所望する」
「はい、それじゃ、椅子にも静かに座ってね」

 ロアジムが座ったのを見て、アイテムボックスから冷たいキュージュースを出す。
 これはレストエリアの冷蔵庫で冷やしておいたもので、キンキンに冷えていた。


「うむ、冷たくて美味いな。これはキュートードから採れたものだろう? おや、気のせいか体が軽くなってきたような……」

 一口飲んで、その味と効能に首を捻る。

「ああ、実はそれに私が持ってる回復薬を少しだけ混ぜてみたんだよ。回復薬は味しないし、経口摂取でも問題ないからね。なんだかロアジムも疲れた顔してたからさ」

「ははは、気を遣ってくれて面目ない。わしはただ乗っているだけというのにな。お陰でかすんでいた目も肩も軽くなったよ。さすがスミカちゃんの持っているアイテムだな」

 「うんうん」と頷きながら笑顔で答える。
 さすがに今回は大声を上げなかったけど。

「またこんな事言うのもあれだけど、ロアジムには本当に感謝してるんだよ。だからあまり無理しないでくれると嬉しいかも。ユーアも心配しちゃうからね、だから特別だよ」

「くふふ、そうか、わしは特別かぁ~」

 それを聞き、私を見つめて顔を綻ばせる。

「まぁね。だからある程度は自重しないし、余計な事もしないと信じてるから。それでも一応警告しておくけど、もし、ユーアやシスターズを裏切ったり、危害を与える事があったなら――――」

「あ、あったな、ら………… ゴク」

 笑顔から一転、真顔に変わったロアジム。

「そうなったら私は街を出ていくし、二度とコムケの街には近づかない。もし罪状が出て追手が来るなら立ち向かうけど。それでもロアジムには手を出さないでおくよ」

「え? なぜわしの事は見逃してくれるんだい? その状況だとわしが主犯なのに」

 さも意味が分からないと言った風に目を丸くする。

「うん、だってロアジムの事は感謝もしてるし、信用してるって言ったでしょ? もしそうなった場合は、原因はロアジムじゃなくて、ロアジムの持っている立場に何かあると思うから」

 「だから手を出すわけないよ」と付け加える。 

 それを聞いたロアジムは俯き、ブツブツと何かを言い始める。

(くく、そうか、わしは特別だけじゃなく、そこまで信用されておるのか。一瞬身構えてしまったが、そんな自分が愚かだったと思うくらいに…… わしの家族の恩人だと言うのにな……)

『………………』

 何てことを言っていたが、私には丸聞こえだった。


「スミカちゃんっ!」

 ガバッ!

 意を決したように顔を上げ、叫びだすロアジム。
 その目は真剣に私を見据え、今までにないほど真摯なものに見えた。


「実はっ! わしはこの国の貴族で、大陸の――――」
「だから大きな声出さないでって、さっきも言ったよね? 何回言わせるの」
「はっ! ふぐぅっ」
 
 また大声を上げるロアジムを睨み叱咤する。
 それを聞き、慌てて口を両手で塞ぐ。


『ん~、何か大事な秘密を暴露しようとしたんだろうけど、私の事はそこまで信用しないで欲しいかな? 私が信用する分には傷つくのは私だけど、何か問題を起こしたらロアジムにも迷惑だしね』

 謎の腕輪の件もあり、いつまでこの世界でのルールに従えるのかわからない。
 状況によっては、全ての倫理も人道も無視して、立ち向かうかもしれない。

 そうなると、国と敵対する可能性もあるだろうし、国に雇われているロアジムにも矛先が向く事も考えられる。そうなったら孫娘のゴマチも悲しむし、アマジにもいらぬ心労を掛ける事になる。


『だからこのぐらいの距離感でいいんだよ。私に降りかかる火の粉は、私が何とか出来るから。それだけの覚悟も力もあるし』

 未だに、何かを言いたそうなロアジムを見てそう思う。
 一方的で身勝手な考えだけど、それで仲間を守れるのなら構わない。
 
――

 その後は、途中でユーアもハラミも目を覚まし、暗くなったところで夕食を取りながら、他愛もない話をし、盛り上がったところでマング山の麓に到着した。
 周りはとっくに日が沈み暗闇に包まれていた。


 今夜はここに泊って、朝一番で山を越えて目的地のナルハ村に向かう予定だ。
 適度に休憩を取りながらだったけど、凡そ予定通りに着いたと思う。


「…………スミカお姉ちゃん。山のずっと上の方に、嫌な気配がします」
 
 野営の場所を探している矢先、ユーアが空を見上げてポツリと話す。

「嫌な気配? それって魔物なの?」
「うん、遠すぎてわからないけど、ちょっと怖いのがいるかも」
「…………ハラミは何か感じる」

 一緒に夜空を見上げる小さなハラミにも聞いてみる。
 そんなハラミは『フレキシブルSバンド』でユーアの肩の上にいる。 

『きゃふ?』
「うん? マング山の魔物ではないのかい? ユーアちゃん」

 首を振るハラミを見て、ロアジムも薄暗い空を見上げる。


「ううん、森にもたくさん怖いのがいるんだけど、あっちはもっと怖いかも。それにこれに似たようなものボク知ってるかも……」

 たどたどしく自信なさげに答えるユーア。
 それでもその目を空から離さない。


「わかった。今夜はここに泊らないで村に行こう。それでいい? ロアジム」
「うむ、どうやらその方が良さそうだな。ならわしはどうすればいい?」
「一緒に来て欲しい。何かあったら指示を仰ぐから。身の安全は保障するよ」
「わはは、これほど安心できる保証はないなっ! わかった、ならお願いするぞっ!」

 ロアジムの許可も出たので、透明壁スキルに乗って山の上を目指して出発する。

 私は途中でナイトビジョンゴーグルを装着し、ユーアはハンドボーガンをマジックポーチより出して、両手に装備する。千里の腕輪とチェーンリングは元々着けていた。

 こっちはこれで準備万端だ。

『さあ、鬼が出るか蛇が出るか、それともドラゴンとか出たりしてね』

 不謹慎だとは思いながら、夜空の先の相手を見据えて、気分が高まるのを感じた。

 
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