剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第11蝶 牛の村の英雄編

小休止と期待膨らむナルハ村

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 シュタタタタタ――――
 スタタタタタタ――――

 街道を走るユーアとロアジムの隣を並走する。
 
 そんな二人はハラミの背に乗り、無邪気な笑顔を浮かべ疾走している。
 私はその隣を自分の足で駆けている。


「さ、さすがはユーアちゃんのシルバーウルフだなっ! 想像していたよりも速くて驚いたっ! 揺れも僅かで酔う事もないし、しかも風圧を感じないとはなっ!」

「おじちゃん凄いでしょっ! ハラミはね、最初からこうだったんだっ!」

 相棒のハラミを褒められて、嬉しそうなユーア。
 珍しくドヤ顔を披露していた。


「わしは初めて乗ったが、他のシルバーウルフも同じなのかな?」

「う~ん、それは違うと思うな。ハラミは魔法みたいなの使えるみたいだから」

 並走しながらユーアの代わりに答える。

「うむ。確か、バサとの模擬戦でも氷の魔法を使っていたと報告を受けたな。わしは腰を抜かして、それどころではなかったがな。はは」

 そう言って苦笑するロアジム。
 その話は、私がお土産でトロールを渡した時の話だ。


「ああ、あの時はゴメンね。そんなつもりじゃなかったんだけどね」

 なのでもう一度謝る。
 私のせいで、ユーアとラブナの活躍も途中で見逃しただろうから。


「いいや、あんな状態のいいトロールは初めてもらったし、それにこれからもシスターズたちの活躍を見れる機会は多いだろう。何せわしはシスターズ公認の一番の支持者だからなっ! わはははは」

 ユーアの後ろで胸を反って、高笑いするロアジム。
 それでも落下しないのはハラミのおかげだろう。

「ん? それって専属の冒険者の事言ってるの? 公認の支持者って事は」

「まぁ、そんなところだなっ! 専属は専属なんだが、それはスミカちゃんも含めたシスターズが認めてくれたんだろ? なら一番の支持者と一緒ではないのかなっ!」

「ん? なんか立場が逆転してるんだけど、まぁ、いいか?」

 子供のようにはしゃぐロアジムの話に困惑するが、本人がそれで納得してるんなら、特に悩む必要もない。ただ雇用主と保護下にいる私たちとの序列が入れ変わってる気がするけど。


「それにしても聞いてはいたが、スミカちゃん走りづくめで大丈夫なのかい? 早馬並みの速度で2時間は経っているぞ? ハラミに乗りたいと、わしの我がままを聞いてくれたせいなんだが」

「うん、そろそろ私も休憩するよ。1/4くらい進んだと思うから」

 心配するロアジムにはそう答えながら、進んだ距離を曖昧に計算する。
 馬の並足で7日と聞いていたので、恐らくそんなものだろうと。
 

「ならスミカちゃん。一度、風通しのいい木陰で休もうか? ここまで走ったハラミも労いたいのでな。わしも喉が渇いてしまったし」

「うん、わかった。ハラミ、あっちの広いところに行って」
『がうっ!』

 ハラミを先頭に街道を外れた草原に着き、みんなで腰を下ろす。

 ユーアは寝転んだハラミに、お水をあげ始めた。
 ロアジムは腰のポーチから干し肉を出し、ハラミの前に置き背中を撫でている。

 私はスティックレーションを咥えて、視界を索敵モードに切りかえる。

『もごもぐ…… うん、特に危険そうな大型の生物はいないかな? 小さいのは草原にいる獣だろうから問題ないし。それに何かあれば、ユーアもハラミも反応するからね』

 私以上の索敵能力を持つユーア。
 それに鼻が利く魔物のハラミ。

 そんなコンビがいるのであれば、索敵モードよりも安心できる。
 何せ私の索敵は、視界にMAPとマーカーが映って、非常に見づらいし。


「ほら、スミカちゃんもこれ飲みな。まだ冷えているから美味しいぞっ!」
「うん? あ、ありがとう。これってコップ?」

 ロアジムが金属のポットのようなものから、私に渡したカップに何かを注いでくれる。
 それは少し粘度のある、大理石のような乳白色の液体だった。


「あ、これってもしかして?」

 注がれた液体を見て、ロアジムの顔を見る。

「うん、これから行くナルハ村で採れたミルクだよ。氷の魔石で冷やしておいたからまだ冷たいだろ? ユーアちゃんとハラミにもあげたからなっ! ほら?」

 得意げなロアジムの視線を追い駆けると、ユーアは両手でカップを持って、ハラミはお皿に顔を埋めて舐めている。

「おじちゃん、ありがとうっ! これ美味しいよっ!」
『わうっ!』

 そんな一人と一匹は満面の笑顔を浮かべている。
 ユーアは口の周りが白いヒゲみたくなってるけど。


「なら、私もいただこうかな~♪」

 ユーアとハラミの反応を見て、ワクワクしながらカップに口を付ける。

 ゴクンッ


「うん、確かにミルクだねっ! しかも濃くて後味もいいし、これならいくらでも飲めるよ。うん、このミルク美味しいよっ! ゴクゴク」

 自然とカップを持ち上げて、一気に喉に流し込む。
 現代でも高級な牛乳は何度も飲んだことあるけど、これはそれ以上だった。


「わははっ! こんなに喜んでくれると持って来た甲斐があったなっ! ゴクゴク」

 私たちの満足げな様子を見て、ロアジムも破顔して同じものを口に含む。

「ありがとうね、ロアジム。ユーアもハラミも喜んでいるよ。で、これなんでロアジムが持ってんの? 随分と遠い村だよね?」

 飲み終えたカップを眺めながら聞いてみる。
 もう少し味わうんだったと後悔しながら。


「ああ、わしらの住む貴族街と呼ばれる地区には、商業ギルドに依頼して仕入れてもらってたんだよ。それでも月に1度か、多くても2度ほどだけだな」

「へぇ~、何か羨ましいね。こんな美味しいのが飲めるだなんて。もしかして高かったりするの? 貴族様が飲んでいるって事は」

 恨めしそうに、薄目でロアジムの顔を見る。

「う、うむ。まず一般地区では売れない値段だろうな。保存が出来ない分、運搬にも手間と、それに魔石を大量に使うし。それで高額になってるからな」

 私の視線に、若干体を引いて答えるロアジム。
 ちょっと強く睨み過ぎたみたいだ。


「あ、でも、チーズとかあるんじゃないの? あれなら保存効くじゃん」

 同じ乳製品だったなと思い出して聞いてみる。

「うむ、あるにはあるぞ。向こうでは一般的に食されてるようだからな。じゃがわしは一度も食べた事がないんだよ。匂いと見た目がな…… だから仕入れた事はないんだ」

「はぁ~?」

 そう言って少しだけ顔をしかめる。
 私はそれを見て「またか」と思う。

 これって、大豆屋工房サリューが、最初に売れなかった理由と同じだよね。
 確かに発酵した食品は、見た目も匂いも悪いものが多いから。

 それが食わず嫌いになって食べないなんて、絶対人生損してるよ。


「なら行った時に勇気を出して食べてみたら? ワインとかにも合うし、パンに載せて焼いても美味しいから。それにお肉にだって合うし、栄養もあるんだからね」

 人差し指を立てながら、言い聞かせるように説明する。
 
「うむ、スミカちゃんそこまで言うなら、決死の覚悟で食べてみようっ! 不退転の決意をもって全力で戦おうっ! わしはチーズごときに屈しないとなっ!」

 グッと拳を握って空に向かい、仰々しく啖呵を切る。
 まぁ、それが演技なのはわかるけど、一々大げさ過ぎ。


「じゃ、美味しいミルクとロアジムの覚悟も見れたからそろそろ行こうか?」

 お尻を手でパンパンと払いながら立ち上がり、先を促す。
 疲れも取れたし、いい気分転換にもなったし。


「うむ、では残りもよろしく頼むぞっ!」
「はいっ! スミカお姉ちゃんっ!」
『がう』

 みんなの返事を聞いて、透明壁スキルでゆっくり上昇する。
 
「お、お? 次は空からかなっ!」

 浮いた足元に少し驚くロアジム。

「うん、まだ距離があるから交互に行く予定。それでも合間に休憩も入れないと疲れちゃうから、そこだけは許してね」

「ははっ! 休憩なんぞスミカちゃんが好きに取っていいぞっ! 何せこのペースでも、馬よりも数倍早いのだからなっ!」

「うん、ありがとう。それでもなるべく急ぐけどね。一応お仕事だし」

 気遣ってくれたロアジムに感謝をしながら、南西に向かい舵を取る。
 何気に楽しみが増えたなと思いながら。


『絶品のミルクから作るチーズも楽しみだねっ! 乳製品なら、生クリームとかヨーグルトとかもあったりしてね。この世界で、もっと食材の幅が広がるかも?』

 なんて一人ニヤケながら、これから向かうナルハ村に想いを寄せる。
 
 ただそれと同時に、村を襲った事件も気になるけど。


※※

 その同日。
 澄香たちが住む、コムケの街の、とある民家の中では。


「ん、澄香とその妹がまた出かけた。今から追いつくのは無理」

 そう呟きながら、特に焦ったりはしない。
 そもそも起きたのが、日差しが高くなった時間帯だから。

「なら、どうしよう。依頼探しに行く? まだ一回しかしてないし。それにギルドには知ってる顔も増えたから」

 支給された冒険者の装備に着替えながら、のんびりと玄関に向かう。


「ん、朝ごはんとお昼ご飯がまだだった。大豆屋と屋台を覗いてからにする」

 そう決めて一人、街の中の喧騒を楽しみながら歩いていく。
   

「おや? メヤちゃん。また随分と遅いお出かけだね? これからお仕事かい?」

 いつも挨拶してくれるおばちゃんが、今日も声を掛けてくれる。

「ん、先ずご飯食べてから。それから」
「そう。ならこれを被っていきな。日差しも強くなってきたからね」
「ん、帽子?」
「そうだよ。街の外に出れば、ここよりももっと暑いからね。それじゃ気を付けて行くんだよ」
「ん、わかった。ありがとう」

 おばちゃんと別れ、貰った麦わら帽子を被って、空を眺める。


「ん、確かにいい天気。きっとナルハ村も晴れてる。それとこの帽子もいい」

 ちょっとだけ胸に暖かいものを感じながら、遠くの村と蝶の英雄を思い浮かべて楽しくなった。
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