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第10蝶 初デートは護衛依頼
譲れないもの同士の激突
しおりを挟む「ふぅ~。あれ? ナゴ姉ちゃん。ムツアカさんって人、まだ来てないんだけど」
「「「はぁ、はぁ、はぁ」」」
午前中も半ばを回ったところで、模擬戦を止めて一息つくゴナタ。
その後ろでは、数人の冒険者たちが膝に手を突き、荒い息を吐いている。
「あ、伝えるの忘れてたわ。ムツアカさんはロアジムさんのところに呼ばれてるから、午後からの合流になるそうよ」
愛用の武器を収納し、トコトコと私の元に歩いてくるゴナタ。
「そうなんだ。なら、午後からも楽しそうだなっ!」
「ふふ。実は私も楽しみなのよ。歴戦の戦士の立ち回りとか、戦術とか、色々聞いてみたいと思ってたから」
頭の後ろで腕を組んでいる妹に答える。
「うん、ワタシも教えて欲しいなっ! ただハンマーを振り回すだけじゃなく、お姉ぇやナゴ姉ちゃんみたいに、考えて戦わないとダメだからなっ!」
「そうね、色々試してみましょうね。感覚や経験だけに頼った戦い方では、きっとこの先行き詰るから。知識も経験も同時に鍛えていきましょうね」
「うん、わかったぞっ! ナゴ姉ちゃん」
ニカっと笑顔で答えるゴナタ。
そう。
きっと今のままでは、もうダメだ。
お姉さまという、全てが別格の存在を見たら、今のままではいられない。
ナジメもラブナも、そしてあのユーアちゃんも。
みな同じように、強くあろうと心に秘めている。
それがお姉さまを、守る力、補う力、救う力、導く力、肩を並べて戦う力。
人それぞれに願う力は違うけど、きっと行きつく先の想いは一緒。
それは――――
『それは、お姉さまとずっと一緒にいたいから。だから必要な力を求めてる。だから離されないように努力する。あの人の傍にいるのが相応しい人になりたいから』
でも、きっとあの人はそれを望んではいない。
力がある無しに関わらず、関わった人たちを全力で受け入れるから。
「ナゴ姉ちゃんっ! あれって?」
「………………え? どうしたの、ゴナちゃん」
深い思考に沈んでいた為に、ゴナタへの返事が遅れる。
「あれ、お姉ぇじゃないかな?」
「うん。お姉さまだわ。でも一緒にいるのは冒険者かしら?」
訓練場の脇から見える通りには、見知らぬ女性3人と話をしている、いつもの美しいお姉さまがいた。その一緒にいる女性の格好から冒険者、更に魔法使いだとわかる。
「あ、お姉ぇが飲み物渡したぞっ!」
「うん、知り合いの冒険者かしらね?」
ゴナタの言う通り、お姉さまは収納魔法から取りだした、飲み物を手渡していた。
『さすがお姉さまですね。お姉さまは容姿も人格も素晴らしいから、色んな冒険者が寄ってくるのですね』
ここだけを見れば、私たち姉妹は何も感じなかった。
最近のお姉さまの交友関係が広がっている事を知っていたから。
それが、あろうことか――――
「痛っ!」
お姉さまが悲痛な声を上げる。
背の高い赤髪の魔法使いの女が背中を叩いたからだ。
「うふふ」
「くふふ」
そしてその後、急かされたのか、お姉さまはギルドの中に入っていった。
そんなお姉さまの後ろ姿を見て、小馬鹿にするように嘲笑する魔法使い。
お姉さまに施しを受けておいて、あり得ない態度だった。
それが、私たちが目にした光景だった。
「ナゴ姉ちゃんっ! あいつらお姉ぇをっ!」
「うん。わかってるわ。何故かおあつらえ向きにこっちに向かってくるから」
私たちの視線に気付いたのか、背の高い赤髪の女がこちらに歩いてくる。
その後ろには、2人の少女が強張った表情で付いてきていた。
それに対し、先頭の赤髪の女だけは殺気を纏わせていた。
『一体、何だってそんなにやる気なの? 恨みを買う覚えは山ほどあるけど、3人とも会った記憶にないわ。でもそんなもの、今の私たちには――――』
正直どうでもいい。
どんな事情や大義名分があろうとも、この際関係ない。
お姉さまに手を出し、愚弄した3人を私たちが許せないから。
そもそも争う理由なんて、どちらか一方の理由があれば成立する。
特に冒険者となれば尚更だ。
実力で屈服させるだけだ。
「………………」
「………………」
だから私たちは動かずここで迎え撃つ。
ここなら合法的に、愚かな冒険者を排除できるから。
模擬戦と銘打って、粛清できるから。
――――
「ちょっと、そこの姉妹っ!」
「何でしょうか?」
「何だっ!」
赤髪の女が予想通りに声を掛けてくる。
ラブナみたく威勢を撒き散らせて。
「私と決闘しなさいっ!」
何の前置きもなく、指を突きつけ声高に叫ぶ。
「何故、って理由を聞いてもいいですか?」
「うん、うんっ!」
「そんなの決まってるじゃないっ! 何で冒険者狩りの姉妹がこんな街にいるのさっ!」
「「「っ!?」」」
その赤髪の女の言葉を聞いて、にわかに騒めき立つ他の冒険者たち。
訓練をやめ、その3人に無言で注目する。
「………………それが理由?」
「………………」
他の冒険者たちを視線で抑えて尋ねる。
「違うわよっ! 私のメンバーが、昔のあなたたちに遭遇したのよっ! 今では何とか冒険者に戻れたけど、当時は心が壊れて、それで――――」
ここまで捲し立て、赤髪の女は後ろを振り返る。
「リブ姉さん。わたしたちも参戦します」
「リブ姉一人じゃ心配です」
そこには怯えた表情だったはずが、一転して唇を引き締める少女がいた。
どうやら、その言葉通りに私たちと戦うみたいだ。
「理由はわかりました。要するに意趣返しって訳ですね?」
3人の鋭い視線を受け止めながら尋ねる。
「そうよっ! ここであなたたちを倒して、傷を癒すのよっ!」
「傷ですか? 見たところそうは見えないけど。それに私たちはあなたたちと会った事はないかと」
「そんなの、そのあなたたちの凶悪な胸部に聞いてみなさいっ!」
「胸部? 胸に聞く、ではなく? まぁ、いいいでしょう。どうやらお互いに許せないものがあるのだから」
「そうよ、だから私たちと勝負しなさいっ!」
ズンと一歩前進し、再度指を突きつけ咆哮する赤髪の女。
「わかったわ。理由があるのはこちらも一緒だから。そうですね、なら私たち2人と、そちらは3人でいいわ。何ならハンデとして、武器は使わなくてもいいけど」
両手を広げて赤髪の女に向き合う。
「はんっ! 何それ? 負けた時の言い訳のつもり? Bランクともあろう冒険者がカッコ悪いと思わないのっ!」
「…………そう。私たちのランクを知ってても、その高慢な態度は変わらないのですね。あなたは余程の実力者なのかしら?」
腕を組み、私たちを鋭く睨む女を見る。
纏う雰囲気から、かなりの強者とは感じる。
『この赤髪の女冒険者だけは…… 他の2人とは違うようね。だって――――』
この女だけ、私たちを射殺す程の、強烈な殺気が滲み出ている。
そして組んでいる腕も足も僅かに緩み開いている。
咄嗟の状況に対応するために、余計な力を入れていないのだろう。
「私はDランクのリブよっ! マハチとサワラもよっ!」
「Dランク? そう、意外ね。もっと上かと思いましたが」
他の2人ならともかく、リブと言う女のランクを聞いて少し驚く。
「リブ姉さんを、ただのDランクだと思ったら大間違いです」
「リブ姉は、わたしたちの為にDランクです」
リブの説明に対して、意味深な補足を入れる二人。
DランクはDランク。他に意味などないというのに。
「それじゃ、始めるわよっ! えっと、そこのあなた。立会人になってちょうだいな。正式な模擬戦を行うからさっ!」
リブは近くにいた、若い冒険者に声を掛ける。
「え? え? 僕ですかっ!?」
「うん。お願いできる?」
「べ、別にいいのですが、あなたはナゴタさんとゴナタさんの強さを知っても挑むのですか? それにもう二人は冒険者を襲う事はないのですよ?」
若い冒険者の方が、私たちを擁護するように赤髪の女に告げる。
だが、
「それは遠くから見て何となくわかったわ。きっと今だけは違うんだなって。でも過去の事は消せないし、明日には戻ってるかもしれない。昔の『神速の冷笑』と『剛力の嘲笑』って呼ばれてた時代にさ」
擁護してくれた冒険者の言葉は、今のリブには届かなかった。
無意味、とまではいかないが、止める理由には足らなかった。
「ありがとうございます。でも、私たちは大丈夫なので、立会人をお願いします」
「ワタシからもお願いなっ!」
私はそのやり取りに感謝しながら、頭を下げる。
隣のゴナタも同じように頼んでくれる。
「わ、わかりました。ナゴタさんとゴナタさんがそうおっしゃるなら…… ただし、模擬戦ですから、相手を再起不能にするほどの攻撃は無しですよっ! その時は命を賭けて止めに入りますからねっ!」
そう言いながら恐々と、中央に歩き出す若い冒険者。
よく見ると、手と足が同時に出ていた。
どうやら、余計な覚悟をさせてしまったみたいだ。
「は、はいわかりました。それではよろしくお願いします」
「う、うん、よろしくなっ!」
そんな冒険者にぺこりと頭を下げると、隣のゴナタも下げる。
私と同じように、迷惑を掛けたと感じたんだろう。
「そ、それでは模擬戦開始っ!」
そうして、お互いに譲れないものの為の戦いが火蓋を切った。
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