剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第10蝶 初デートは護衛依頼

一番の宿屋と怒鳴られる姉

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 門をくぐり、ノトリの街の中心にある一番大きい宿屋を目指す。

 そこにロアジムが依頼した冒険者がいると聞いていたからだ。
 そして今回の護衛対象のお手伝いさんも同じ宿屋にいるとの事。

 こういった情報は、通信設備のないこの世界でどうやって伝達してたのか気になってたが、その理由をルーギルとロアジムが教えてくれた。

 比較的大きな街の各ギルドには緊急時に備えて、魔法で通信できる魔道具なるものがあるのだと。

 それが私たちが住むコムケの街にはあった。
 それも各ギルドと、何故かロアジムの屋敷にも。
 
 そしてノトリのような小さな街には、教会に通信が出来る魔道具があるそうだ。

 ただ通信には膨大な魔力を使う事から、高額な寄付しなければならないらしい。
 なので易々と使う者はいないそうだ。


『う~ん、やっぱそう言った通信設備は私も欲しいかも。戦闘でも連携に役立つし、仲間がバラバラな状態でもお互いの情報は欲しいし…… ん~、もう少しで使えそうなんだけどなぁ』

 装備のステータスを恨めしげに眺める。
 アイテムとしてあるにはあるが、もう少し時間がかかりそうだったから。


「まぁ、今はないものねだりしても仕方ないかぁ。それにしてもきれいな街なんだけど、何だか活気が全然ないね」

 周りを見渡しながら街の通りを歩く。
 メイン通りなのに人が少ないとも感じながら。

 通りの広さや店の数はコムケの街には劣るけど、きれいな街並みだ。
 ただゴーストタウンのように外を歩いている人が妙に少ない。

 露店もあるにはあるが、暇そうな店主が欠伸をしている。
 それか店を開いていないかのどちらかだった。

『ふ~ん…………』

 これもあの門兵が言ってた事だ。


「スミ姉。さっきの話だけど、どうするのよ?」
「え? あ、なに?」

 突然思考を止められラブナに空返事をしてしまう。

「門兵が言ってた街を救うって話よ」
「そうだね…… ラブナはどう思う? ってかどうしたい?」

 考えが纏まらず逆に聞き返す。

「アタシはユーアやアタシが住むコムケの街に、影響が出るなら何とかしたいと思ってるわよ。ただアタシが何とか出来るとも思ってないんだけど」

「あれ? ラブナにしては随分消極的な発言だね? 『そんなのパパっとアタシの魔法で救ってあげるわよっ!』て、前なら言いそうなのに」

 しかも相手を指差し、大股開きの仁王立ちで。

「もうっ! そんな昔の話を持ち出さないでよっ! アタシだって何が出来て何が出来ないかくらい判断できるわっ! 伊達にスミ姉たちの戦いや、この前の模擬戦を経験してるわけじゃないんだからねっ!」

「まぁ、言うほどそんな昔の話でもないけど………… ん、そうだね、話によるとコムケへの流通や訪れる旅人が減少するから何とかしたいって思うけど、無理してまではやりたくないなぁ」

 確かにこのままだと、コムケの街への流通が滞る事になる。
 特に北西からの流通は壊滅的になるだろう。

 何せこの街の、更に北西の名もない湿地帯に、得体のしれない魔物が出現して、立ち寄る人々を無作為に襲っているのだから。





「着いたわよ、スミ姉っ!」

 前を歩くラブナが一軒の建物の前で振り向く。
 その建物の看板には『あしばり帰る亭』と書いてあった。


「うん、名前も合ってるけど。こんな高そうな宿屋あるんだ」

 上を眺めると3階まであって、小洒落た窓枠がたくさん並んでいる。
 1階の入り口は大きく開かれていて、中には数脚の丸テーブルが見える。

 ここまで歩いてきた中で一番大きな建物に見えた。


「スミ姉、ここは宿屋と食堂が一緒なのよ。1階は食堂で、その上は宿屋になってるわよ。ここの料理が有名らしいけど、アタシは食べた事ないわ」
 
 繁々と眺めているとラブナがそう説明してくれた。

「ラブナはその有名な料理は食べた事ないの?」

 来たことがあるって言ってたので聞いてみる。

「うん、ないわよ。だってアタシが始めてきたのはコムケの街の孤児院に向かう時だったから。さすがにここには泊まれなかったわ。だから一番安い宿に泊まったわよ」

「あ、そっかぁ。なんか変な事聞いちゃったね」

 ラブナは父親が貴族だった。
 その父親がある理由で没落したので、家族と別れて孤児院に入ったんだった。


「べ、別に気にしてないわよっ! もう何年も前の話だしっ! 姉さまたちとは離れられたしっ! 今だって何だかんだ楽しいしっ! むしろお父さまに感謝してるぐらいだわっ!」

 腰に手を当て真正面を見て毅然と答えるラブナ。
 その態度から嘘は言ってないと思う。


「それじゃ、せっかくだから私がご馳走してあげるよ。依頼が落ち着いたらの話だけど」

 私はギュッとラブナの手を握り、先陣を切ってあしばり亭に入る。

「え? ちょっとスミ姉っ! ご馳走してくれる話は嬉しいけど手は放してよねっ! こんなところ見られたら子供だと思われるじゃないのっ!」

 握られた手を見て、騒ぎ出すラブナ。
 それでも一緒の歩幅で歩き出す。

『ラブナはこう言ってるけど、私から見たらまだ子供なんだけどね。それと家族と別れる悲しさも知ってるからね』

 文句を言いながらも、後に付いてくる笑顔の妹分を見てそう思った。




 受付の女の子に聞いて3階に上がる。
 この階の大部屋に用があるからだ。

 それはロアジムが雇ったお手伝いさんと会うために。
 そして同じく雇った、護衛の冒険者に事情を聴くために。


「それにしてもこの世界って、個人情報の保護ってどうなってるの? 見せた手紙一つで泊ってる部屋を教えるなんてさ」

 奥の部屋に向かいながらラブナに聞いてみる。
 中身は知らないけど、ロアジムからの手紙を用途別に預かっている。


「個人情報? それに世界って何よ」

「あ、世界は気にしないで。で、個人情報の保護はそのままの意味だよ。色々と知られたくない事や、知られたら困る事ってあるでしょう?」

「ふ~ん、アタシは特に気にしないわよ。それに教えてくれたのはロアジムさんの書状を受付に見せたからだから、スミ姉」

「まぁ、それはわかってるんだけど、犯罪者じゃないのに何でもかんでも教えるのもどうかと思うんだよ、私は」

 目的の部屋の前で腕を組み、そう答える。

「もう、スミ姉のくせしてイチイチ細っかいわねっ! ロアジムさんは貴族なんだから、ただの宿屋の娘が逆らえるわけないじゃないっ! それこそスミ姉じゃあるまいしっ!」

「うわ、何それ? なんか私がいつも逆らってるみたいに聞こえるんだけどっ!」

 ラブナの言いがかりに、すぐさま意を唱える。
 一応貴族って人種には気を遣っているというのに。

「逆らっているって言うか、スミ姉は好き勝手やり過ぎなのよっ! ロアジムさんにはタメ口だし、色々驚かすし、貴族のおじ様たちとは戦うしっ! しかも師匠のお手伝いさせるしっ!」

「はぁ? タメ口についてはロアジムが許可くれたし、おじ様たちに関しては喜んで受けてくれたし、それにナゴタたちだって――――」

 ラブナのテンションに引きずられ、思いっきり反論する。

「むぅ~」
「むむ~っ!」

 だって一方的に悪者にされそうなんだもん。
 こっちだって色々と考えているのに。


 なんて、自分が大人なのも忘れて口論していると……

 バタンッ

「うるさ~~~~いっ!!!!」

「へ?」
「は?」 

 いきなり目の前の扉から出てきた、知らない女性に怒鳴られた。


「こっちは重病の嫁たちがいるんだから、部屋の前で痴話喧嘩はやめてよねっ! じゃないと追い出すわよっ!」

「嫁? って」
「はぁ!? 痴話喧嘩?」

 そう激昂して部屋から出てきたのは、おかしな事を言う若い女性だった。
 ただその姿はラブナのようなローブを纏っていた。

「あ、ごめんごめんっ! つい私も大人げなく声を大きく――――」
「わかりゃいいのよっ!」

 バタンッ

「あっ! ちょっとっ! …………」

 謝罪を聞く前にすぐさま扉が閉められた。
 私は手を伸ばし、パクパクと口を動かしたままだ。


「え? なによあの娘失礼ねっ!」
「……………そうだね。ちょっとだけムカついたかも」

 なんで初対面の人にそこまでされるんだろうと思う。
 騒いでた私も悪いんだけどさ。


 それよりも気になる事を言ってたような……


『…………重病のってなに?』

 何か嫌な予感を感じながら扉をノックした。
 きっとあの女性がロアジムが雇った冒険者のはずだから。

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