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第9蝶 妹の想いと幼女の願い2
スラムと呼ばれる場所とは
しおりを挟むボウを抱えたまま、コムケの街とスラム街を分ける境界線に着いた。
「ボウ、この壁ってスラムの人たちが作ったの?」
それは孤児院から北東に15分程進んだ、荒れた土地にあった。
道中の途中から草木や雑草が生い茂るだけの景色となり、道などはなかった。
それでも人や獣が通った跡らしい道と案内を頼りに辿り着いた。
「蝶のお姉ちゃん。これはわたしが生まれる前からあったみたいなんだ」
「それっぽいね、随分と古そうだし」
街と街を分ける境界線っていうか、スラムと隔離するように伸びている壁。
古いながらも、石造りの強固な壁がコムケの街とスラムを隔てていた。
高さは5メートルを超えるものだ。
「う~ん、どちら側から作ったかは分からないけど、かなり大袈裟な壁だね。そこまでして街と街をわけたかったの? それか元々街の外壁だった可能性もあるわけか」
かなり昔に、街を拡張した際の残された外壁の可能性もある。
その向こう側にスラムの人たちが住み着いたのかもしれない。
何らかの理由や、事件があって。
「あれ? それじゃボウはどっから街に入ってきたの?」
「あ、こっちからだよ、蝶のお姉ちゃんっ」
そう言って、壁沿いに東側に走っていく。
私はその後を小走りで付いていく。
どんどんと木々が多くなり、足場も悪くなる。
『あれ? ここってナゴタたちの住んでる近くだよね』
MAPを見て位置を確かめる。
後方の小山を超えたあたりが、ナゴタたちが住むレストエリアに位置する。
どうやらこの防壁は、林とスラムを跨いで立っているようだった。
「ここからだよ、蝶のお姉ちゃんっ!」
「ここって……」
穴空いてるじゃん。
案内された先には、子供が一人通れるほどの穴があった。
地面から大体50センチくらいのところにポッカリと。
「こっちだよ」
スルリと壁の中に消えていき、顔を出して手招きするボウ。
「いや、いや、大人の私は通れないよっ! 色々とつっかえちゃうし」
「え、大人? つっかえるの? 蝶のお姉ちゃん」
一応私もボウの後に続いて挑戦する。
入れなかったら上から行けばいいしね。
スル
「………………あれ? 通れた――」
「………………」
ストン
「じょ、冗談だよっ! 最初から通れるってわかってたから、あはは」
「そ、そうだよね、蝶のお姉ちゃんはスタイルいいからな!っ あはは」
乾いた笑いと、わざとらしい笑顔を浮かべる少女がここにいた。
そんな中身が大人の、女性に気遣う幼女もここにいた。
※
「へぇ~、妹とは双子なんだ。名前も似てるね、そう言えば」
「うん、わたしが『ボウ』で妹が『ホウ』だからなっ!」
何やら嬉しそうに話す。
「なになに? いい子の妹だったりするの?」
「うん、頭もいいし、優しいし、わたしとは正反対なんだっ!」
林の中を歩きながら、自慢げに話すボウ。
その笑顔を見ていると、妹が好きなんだってわかる。
「それで、ここを抜けると妹たちがいる街に出るんだよね?」
「う、うん。ホウもみんな無事だったらいいんだけど……」
「…………………」
一転して、妹と仲間を憂いて俯くボウ。
確かに大切な妹がそんな状況なら、姉の立場としては非常に心配だろう。
そんな状況になった、道中でボウから聞いた詳細はこうだった。
――――
街の人間は凡そ80人。
ボウが朝起きると、街の中を何かから逃げる人々がいた。
悲鳴や絶叫をあげ、逃げ惑う人々には虫の魔物が襲い掛かかっていた。
そんな状況下でも子供を逃がそうと、武器を手に戦った者もいたが、数の多さで劣勢になり次第に倒れて行った。その倒れた人々にさえも、虫は襲い掛かっていたそうだ。
そしてボウたち姉妹は、残った大人たちの誘導の元、今はみんな固まって、地下に避難している。だが残ったのは殆どが子供だけだった。
「虫?」
「そ、それが見た事もない大きさだったんだよっ!」
そう言って、ボウが両手を大きく広げる。
「そんなに大きいのっ!?」
「違う、この倍はある大きさなんだっ!」
私はその大きさを目にして驚く。
小さいボウの手でも1メートルくらいはある。その倍って……。
「そうなんだよっ! そいつらがみんなを捕まえてどこかに……」
その光景を思い出したのか、ボウは言葉尻が小さくなる。
「その大きな虫の特徴とかわかる?」
「う、うん、長くて足がいっぱいあった。もの凄く速かった……」
「そう、ありがとう…… のど乾いたでしょう? これあげる」
怯えるボウにドリンクレーション(練乳味)を差し出す。
随分と怖い事、思い出させちゃったみたいだし。
「あ、ありがとう、蝶のお姉ちゃん―― んぐんぐ…… あ、甘くて凄くおいしいよっ! 一体これ何なのっ!? あ、体も軽く?」
驚きと笑顔の混ざったような顔で喜ぶボウ。
「あははっ! 良かったね。おかわりあるから、のど乾いたら言ってね?」
「うんっ!」
さっきの事を忘れてコロコロと表情の変わるボウを撫でる。
『さぁ、ここからは気を引締めて行こう。未知なる何かがいるからね』
※※
ボウとふたり林を抜け、拓けた土地にでる。
幸い、その大きな虫に襲われることはなかった。
私の索敵にも、それらしい姿が見えなかった。
「うん? ここって街? 集落?」
実際には集落に近い物だろう。
街って言うほど人口も面積もないんだから。
スラム街っていうのは通称みたいなものだろう。
「なんで、石の建物と木の建物が混ざってるの?」
石でできた頑丈な建屋と、木材で作った簡素な家が混在している。
「わたしも知らないんだ。頑丈なのは昔からあったから。それよりもみんなはこっちにいるんだっ! 早く蝶のお姉ちゃんっ!」
「あ、ちょっと待って、危ないからっ」
ボウは私の制止を振り切って、全力で建物の間を駆けていく。
「心配なのはわかるけど、不用心過ぎるってっ」
ボウを追いながら、私もチグハグな種類の建物を抜けていく。
タタタ――
「…………人っ子一人いないね。避難したところに大人しく集まってるのかな? って、見失ったしっ!」
ボウが曲がったらしい、建屋を曲がるとその姿が見えない。
「もう、私を連れてきて、その私とはぐれてどうするの。 ふぅ、仕方ない。走りながらは邪魔だけど索敵モードで探そうか」
小走りしながら索敵モードに切り替える。
すると直線で50メートル先にマーカーを見付ける。
「あ、なんだ、この先にいるのか。でもMAPが出来てないから、建物の中か地下かわからないな。すぐ見付けられればいいけど」
位置を確認して通常視界に戻す。
障害物が無ければ、ものの数十秒で合流できるだろう。
「よし、ボウを見付けたら少し注意しないとダメだね」
そう独り言ちて、通常視界に戻して走り出す。
――――――
ただ、その時は気付けなかった。
見つけた事に安堵して、マーカーの数を見落としていた。
そこに浮かんでいたマーカーの数は2つ。
恐らく一つはボウ。残りは不明。
そして索敵を解除した直後に――――
その二つ以外の周囲に、無数のマーカーが増えていた。
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