280 / 586
第9蝶 妹の想いと幼女の願い2
変態兄妹と因果応報
しおりを挟む「ニスマジじゃ」
「えっ?」
「マスメアはニスマジの妹じゃっ!」
「な、なるほど…………」
「だから諦めるのじゃ」
「ってそんな事で納得したくないよっ!」
私はソファーに押し倒せられながら、天井のシミを数えている。
「う、くぅっ!」
「むふぅ、むふぅ」
じゃなくて、覆い被さってくるマスメアを手四つで防いでいる。
意外と力が強く、手加減が難しい。なので思いっきり返せない。
後、鼻息がうるさい。
「つ、強いです。さすが英雄さまですね……」
スッと腕の力が抜けて立ち上がるマスメア。
「ほっ」
どうやら諦めてくれたみたいだ。
「昔は私も冒険者でならしたものですが、さすがこの街を救って下さった英雄さまです。お聞きによると、ナジメちゃんとも、悪名高いナゴタ姉妹にも勝っていますし、当然なのでしょうね」
ニコと微笑み、眼鏡と襟元を正しながら手を差し出してくる。
中々気遣いの出来る大人の女性って感じだ。
それに対し、私も笑顔で手を伸ばす。
「それにしても、ニスマジとは、見た目似てない…… って、わあっ!」
ぐい
ガシィ!
マスメアは差し出した手を引き寄せ、そのまま私に抱きついてきた。
「油断大敵ですよ? 蝶々の妖精スミカちゃ~んっ!」
「~~っ!」
力強く抱きつかれ、耳元で勝ち誇ったように呟くマスメア。
ガッシリとホールドされて引き剥がせない。
「クンカクンカ」
「って、なに首筋の匂い嗅いでいるのよぉっ!」
「美少女の臭いは格別ですね。これでまた仕事に身が入りますよ」
「こ、今度はどこ触ってっ!?」
「ふむ。見た目よりも、もっと細いのですね、服装のせいでしょうか? 腰回りなんか折れそうですよ。お尻は小ぶりの割には形がいいですね。ん、胸はわずかに膨らんでいる程度ですか、これはこれで、ナジメちゃんよりも……」
「っ!!!!」
両手でロックした状態で、私の身体の分析を始めるマスメア。
「じゃから諦めろと言ったじゃろ? ねぇね」
「くっ!」
その隣ではナジメが同乗するような目で見ていた。
『ま、まさか私がユーアにしてる事をされるとは……』
私は諦めて天井を仰ぐ。
もちろんそこにシミは見当たらない。
『ユーアもこんな気持ちだったのかな? 実は嫌がってたのかな?』
同じ情景を思い出ししんみりする。
もしかしたらユーアも諦めてたのかもしれないと……
それでもユーアの温もりは私に必要なもの。
精神が疲れた時は癒しになる、私だけの魔法のアイテム。
『それに、私とユーアは相思相愛なんだから別にいいよね?』
「クンクン」
「………………」
もうどうでもよくなって、脱力して身を任せる。
その抱き付き行為は、マスメアが満足するまで続けられた。
それとこの人物はユーアには会わせられないな、とも思った。
ユーアの美幼女ぶりを目にしたら発狂しそうだし。
私の妹に何するかわからないし。
※※
「初めまして、スミカさん。わたしはここのギルド長のマスメアですっ!」
コホンと一つ咳払いした後で、マスメアが自己紹介する。
その顔は晴れやかで、肌が艶々してるように見える。
「今更遅いしっ! それにギルド長なのっ!?」
「はいそうです。兄のニスマジとは仲は良くありません」
正直その情報は今はどうでもいい。
「でもなんで、仲悪いの?」
それでも一応聞いてみる。
私も中身は大人なのだ。
コミュニケーションの大事さは知っている。
「それは変態だからです。格好も話し方も」
「………………うん、わかるよ」
いきなりトーンが下がり端的に答えるマスメア。
でも微妙に納得できない。ニスマジと同類を見ているようで。
「も、もういいじゃろうか。マスメアよ。離れてくれなのじゃ」
ナジメが堪らずと言った様子で口を開く。
私の次はナジメが、その標的になってたからだ。
「ありがとうナジメちゃんっ! あ、ナジメさま」
パッと離れてナジメの名前を言い直す。
きっとマスメアの中の何かのスイッチが切り替わったのだろう。
通常モードに戻る為の。
よく知らないけど。
そうしてようやく話の続きが始まることとなった。
とんだ災難だった。
※
「それで結局孤児院の林は全部買うの?」
マスメアから解放されたナジメに聞いてみる。
「うむ。買う分には問題ないのじゃが、ちと気になる輩たちがおるのでな」
「気になる輩?」
「そうですね、小山の向こうの林の部分にはスラム街が含まれてますからね」
マスメアはそう言って、広げたままの地図の一部を指で示す。
「ここって、さっき言ってたスラムって場所?」
孤児院から貴族街と逆に、前の道りを追っていくと空白の区画がある。
ほぼ街の外壁に近いあたりだ。
それと孤児院裏の雑木林を目で追っていくと、小高い山の向こう側の林と、空白の部分が繋がっているように見える。
要は、そのスラムの場所と、雑木林の一部が繋がっているって事だろう。
「なら全部買わないで、ナゴタたちまでの土地を買えばいいんじゃない?」
「そうじゃな。関わる必要がないならそれに越したことはないからのぅ」
ナジメが私の提案に了承する。
それにしても……
「なに? そんなに面倒な奴らなの? 対処出来ないくらいに?」
ナジメの言い方が気になり聞いてみる。
『藪をつついて蛇を出す』
みたいに、かなり厄介に聞こえたから。
「面倒くさいというか、奴らは勝手に自分たちの住処にしているだけなのじゃが、それでも街と呼ばれるものを形成しておるのじゃよ、不当にだがのぅ」
「うん」
「それに、奴らの規模も人数も把握しておらぬし、聞くところによると、何らかの戦う手段を持ち合わせているらしい。なのでこちらの被害も甚大になるものと思うのじゃ」
「う~ん」
それと、過去に封鎖して住人を追い出した事もあったらしいが、それでもそこかしこから入り込んで、一向にいなくなる気配がないらしい。人数も規模も不明な状態らしい。
「なので、他の街でもそうですけど、実害がないところは基本そのまま放置です。下手につついて街を危険にさらす訳にはいかないので」
最後にマスメアが注釈を入れて、スラムの話は終わりになった。
※
「それでは土地の件は承りました。数日でナジメさまが所有者になります」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」
書類にサインをして、土地の件は一応片付いた。
私の意見通りに土地の購入はナゴタたちの住むエリアまで。
「スミカちゃんは登録なさらないのですか?」
一息ついたところで、笑顔でマスメアが聞いてくる。
「今は別に必要ないかな? 欲しかった土地もナジメが買ってくれたし」
「そうですか…… 今後機会がありましたらぜひっ」
「そうだね、考えておくよ」
考えるも何も入る気はないけど。
それに入ったらここに来る機会が増えるし。
マスメアと顔を合わせる回数も増えるし。
会うたびに匂い嗅がれるのも嫌だ。
それだけは遠慮したい。
『それと、私の中の大事な何かが減りそうだし、世界観が変わっても嫌だし』
先ほどのマスメアの行為を思い出して身震いした。
「それじゃ話は終わったなら帰ろうか? ナゴタたちの様子見たいから」
用意されていたカップの紅茶を飲みほして席を立つ。
今、ナゴタたちは冒険者ギルドにいる予定だから。
「あ、わしは工事の打ち合わせもあるから、もう少し時間かかるのじゃ」
立ち上がった私を見上げてナジメが口を開く。
「そうなの? う~ん」
「じゃから先に帰ってても大丈夫じゃよ」
「うん、わかったよ。それじゃお願いね」
「また来てくださいねっ! スミカちゃんっ!」
「う、うん、その内ね」
ナジメとマスメアに見送られ、商業ギルドを後にする。
「ナゴタたちはキチンと教えられてるかな? ナゴタは大丈夫だけど、ゴナタは苦手そうだよね、人に教えるのは」
今日の予定では、ナゴタとゴナタは冒険者への指導に行っている。
だから帰りがてらに様子を見て行こうと思った。
パーティーメンバーの仕事をぶりを見るのもリーダーの務めなのだ。
一人歩く事5分。
冒険者ギルドの前に来る。
「隣の練習場にはいなかったから、中で座学とかしてるのかな?」
一人呟き扉に手を掛ける。
練習場には人っ子一人いなかったから。
「うん? なんかやけに中が盛り上がってるね? 余程面白い講義してんの? …………じゃないね、これは子供の声だ」
中からクレハンと子供の声が聞こえてくる。
私は手を掛けたままの扉を開ける。
「考えるより、見たほうが早いしね」
するとそこには――――
「助けてくれよっ! ここは強い大人が集まるところだろっ!」
クレハンに食って掛かる子供がいた。
身に付けてるものは、初めて会った時のユーアよりみすぼらしいものだった。
0
お気に入りに追加
267
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

前世の記憶さん。こんにちは。
満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。
周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。
主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。
恋愛は当分先に入れる予定です。
主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです!
小説になろう様にも掲載しています。

5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。

追放された引きこもり聖女は女神様の加護で快適な旅を満喫中
四馬㋟
ファンタジー
幸福をもたらす聖女として民に崇められ、何不自由のない暮らしを送るアネーシャ。19歳になった年、本物の聖女が現れたという理由で神殿を追い出されてしまう。しかし月の女神の姿を見、声を聞くことができるアネーシャは、正真正銘本物の聖女で――孤児院育ちゆえに頼るあてもなく、途方に暮れるアネーシャに、女神は告げる。『大丈夫大丈夫、あたしがついてるから』「……軽っ」かくして、女二人のぶらり旅……もとい巡礼の旅が始まる。

婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる