剣も魔法も使えない【黒蝶少女】は、異世界に来ても無双する?

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第9蝶 妹の想いと幼女の願い2

変態兄妹と因果応報

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「ニスマジじゃ」
「えっ?」
「マスメアはニスマジの妹じゃっ!」
「な、なるほど…………」
「だから諦めるのじゃ」
「ってそんな事で納得したくないよっ!」

 私はソファーに押し倒せられながら、天井のシミを数えている。

「う、くぅっ!」
「むふぅ、むふぅ」

 じゃなくて、覆い被さってくるマスメアを手四つで防いでいる。
 意外と力が強く、手加減が難しい。なので思いっきり返せない。 
 後、鼻息がうるさい。


「つ、強いです。さすが英雄さまですね……」

 スッと腕の力が抜けて立ち上がるマスメア。

「ほっ」

 どうやら諦めてくれたみたいだ。

「昔は私も冒険者でならしたものですが、さすがこの街を救って下さった英雄さまです。お聞きによると、ナジメちゃんとも、悪名高いナゴタ姉妹にも勝っていますし、当然なのでしょうね」

 ニコと微笑み、眼鏡と襟元を正しながら手を差し出してくる。
 中々気遣いの出来る大人の女性って感じだ。

 それに対し、私も笑顔で手を伸ばす。

「それにしても、ニスマジとは、見た目似てない…… って、わあっ!」

 ぐい
 ガシィ!

 マスメアは差し出した手を引き寄せ、そのまま私に抱きついてきた。

「油断大敵ですよ? 蝶々の妖精スミカちゃ~んっ!」
「~~っ!」

 力強く抱きつかれ、耳元で勝ち誇ったように呟くマスメア。
 ガッシリとホールドされて引き剥がせない。

「クンカクンカ」
「って、なに首筋の匂い嗅いでいるのよぉっ!」
「美少女の臭いは格別ですね。これでまた仕事に身が入りますよ」
「こ、今度はどこ触ってっ!?」
「ふむ。見た目よりも、もっと細いのですね、服装のせいでしょうか? 腰回りなんか折れそうですよ。お尻は小ぶりの割には形がいいですね。ん、胸はわずかに膨らんでいる程度ですか、これはこれで、ナジメちゃんよりも……」

「っ!!!!」

 両手でロックした状態で、私の身体の分析を始めるマスメア。

「じゃから諦めろと言ったじゃろ? ねぇね」
「くっ!」

 その隣ではナジメが同乗するような目で見ていた。


『ま、まさか私がユーアにしてる事をされるとは……』

 私は諦めて天井を仰ぐ。
 もちろんそこにシミは見当たらない。

『ユーアもこんな気持ちだったのかな? 実は嫌がってたのかな?』

 同じ情景を思い出ししんみりする。 
 もしかしたらユーアも諦めてたのかもしれないと……

 それでもユーアの温もりは私に必要なもの。
 精神が疲れた時は癒しになる、私だけの魔法のアイテム。

『それに、私とユーアは相思相愛なんだから別にいいよね?』

 
「クンクン」
「………………」

 もうどうでもよくなって、脱力して身を任せる。
 
 その抱き付き行為は、マスメアが満足するまで続けられた。

 それとこの人物はユーアには会わせられないな、とも思った。
 ユーアの美幼女ぶりを目にしたら発狂しそうだし。
 私の妹に何するかわからないし。


※※


「初めまして、スミカさん。わたしはここのギルド長のマスメアですっ!」

 コホンと一つ咳払いした後で、マスメアが自己紹介する。
 その顔は晴れやかで、肌が艶々してるように見える。

「今更遅いしっ! それにギルド長なのっ!?」
「はいそうです。兄のニスマジとは仲は良くありません」

 正直その情報は今はどうでもいい。

「でもなんで、仲悪いの?」

 それでも一応聞いてみる。
 私も中身は大人なのだ。
 コミュニケーションの大事さは知っている。

「それは変態だからです。格好も話し方も」
「………………うん、わかるよ」

 いきなりトーンが下がり端的に答えるマスメア。
 でも微妙に納得できない。ニスマジと同類を見ているようで。


「も、もういいじゃろうか。マスメアよ。離れてくれなのじゃ」

 ナジメが堪らずと言った様子で口を開く。
 私の次はナジメが、その標的になってたからだ。

「ありがとうナジメちゃんっ! あ、ナジメさま」

 パッと離れてナジメの名前を言い直す。

 きっとマスメアの中の何かのスイッチが切り替わったのだろう。
 通常モードに戻る為の。
 よく知らないけど。

 そうしてようやく話の続きが始まることとなった。
 とんだ災難だった。





「それで結局孤児院の林は全部買うの?」

 マスメアから解放されたナジメに聞いてみる。

「うむ。買う分には問題ないのじゃが、ちと気になる輩たちがおるのでな」
「気になる輩?」
「そうですね、小山の向こうの林の部分にはスラム街が含まれてますからね」
 
 マスメアはそう言って、広げたままの地図の一部を指で示す。

「ここって、さっき言ってたスラムって場所?」

 孤児院から貴族街と逆に、前の道りを追っていくと空白の区画がある。
 ほぼ街の外壁に近いあたりだ。

 それと孤児院裏の雑木林を目で追っていくと、小高い山の向こう側の林と、空白の部分が繋がっているように見える。
 
 要は、そのスラムの場所と、雑木林の一部が繋がっているって事だろう。

 
「なら全部買わないで、ナゴタたちまでの土地を買えばいいんじゃない?」
「そうじゃな。関わる必要がないならそれに越したことはないからのぅ」

 ナジメが私の提案に了承する。

 それにしても……

「なに? そんなに面倒な奴らなの? 対処出来ないくらいに?」

 ナジメの言い方が気になり聞いてみる。

 『藪をつついて蛇を出す』

 みたいに、かなり厄介に聞こえたから。


「面倒くさいというか、奴らは勝手に自分たちの住処にしているだけなのじゃが、それでも街と呼ばれるものを形成しておるのじゃよ、不当にだがのぅ」

「うん」

「それに、奴らの規模も人数も把握しておらぬし、聞くところによると、何らかの戦う手段を持ち合わせているらしい。なのでこちらの被害も甚大になるものと思うのじゃ」

「う~ん」

 それと、過去に封鎖して住人を追い出した事もあったらしいが、それでもそこかしこから入り込んで、一向にいなくなる気配がないらしい。人数も規模も不明な状態らしい。

「なので、他の街でもそうですけど、実害がないところは基本そのまま放置です。下手につついて街を危険にさらす訳にはいかないので」

 最後にマスメアが注釈を入れて、スラムの話は終わりになった。





「それでは土地の件は承りました。数日でナジメさまが所有者になります」
「うむ、よろしく頼むのじゃ」

 書類にサインをして、土地の件は一応片付いた。
 私の意見通りに土地の購入はナゴタたちの住むエリアまで。


「スミカちゃんは登録なさらないのですか?」

 一息ついたところで、笑顔でマスメアが聞いてくる。

「今は別に必要ないかな? 欲しかった土地もナジメが買ってくれたし」
「そうですか…… 今後機会がありましたらぜひっ」
「そうだね、考えておくよ」

 考えるも何も入る気はないけど。

 それに入ったらここに来る機会が増えるし。
 マスメアと顔を合わせる回数も増えるし。
 会うたびに匂い嗅がれるのも嫌だ。
 それだけは遠慮したい。

『それと、私の中の大事な何かが減りそうだし、世界観が変わっても嫌だし』

 先ほどのマスメアの行為を思い出して身震いした。


「それじゃ話は終わったなら帰ろうか? ナゴタたちの様子見たいから」

 用意されていたカップの紅茶を飲みほして席を立つ。
 今、ナゴタたちは冒険者ギルドにいる予定だから。

「あ、わしは工事の打ち合わせもあるから、もう少し時間かかるのじゃ」

 立ち上がった私を見上げてナジメが口を開く。

「そうなの? う~ん」
「じゃから先に帰ってても大丈夫じゃよ」
「うん、わかったよ。それじゃお願いね」

「また来てくださいねっ! スミカちゃんっ!」
「う、うん、その内ね」

 ナジメとマスメアに見送られ、商業ギルドを後にする。


「ナゴタたちはキチンと教えられてるかな? ナゴタは大丈夫だけど、ゴナタは苦手そうだよね、人に教えるのは」

 今日の予定では、ナゴタとゴナタは冒険者への指導に行っている。
 だから帰りがてらに様子を見て行こうと思った。

 パーティーメンバーの仕事をぶりを見るのもリーダーの務めなのだ。


 一人歩く事5分。

 冒険者ギルドの前に来る。

「隣の練習場にはいなかったから、中で座学とかしてるのかな?」

 一人呟き扉に手を掛ける。
 練習場には人っ子一人いなかったから。

「うん? なんかやけに中が盛り上がってるね? 余程面白い講義してんの? …………じゃないね、これは子供の声だ」

 中からクレハンと子供の声が聞こえてくる。
 私は手を掛けたままの扉を開ける。

「考えるより、見たほうが早いしね」

 するとそこには――――


「助けてくれよっ! ここは強い大人が集まるところだろっ!」

 クレハンに食って掛かる子供がいた。
 身に付けてるものは、初めて会った時のユーアよりみすぼらしいものだった。


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