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第9蝶 妹の想いと幼女の願い2
貴族に囲まれた末にお着替えに
しおりを挟む「ふぇ~、思ったより大きな屋敷に住んでるんだねナジメはっ! よくこんなお屋敷の管理なんて出来るよね? 屋敷というよりは洋風のホテルじゃないの? これ」
思わず目の前の屋敷を見上げて唖然とする。
門をくぐってまず目についたのは、色とりどりの花がきれいに咲いている花壇に、手入れが行き届いている、短く刈り揃えられてる芝生や植木。整然と並べられた玄関までの石畳。
そして見上げる程の大きい洋館風なお屋敷。
元の世界で言えば、ヨーロッパ風で世界遺産にでもありそう。
『……そんなお屋敷だよね? ナジメ働いてないのにこんな良い物を』
女性なら一度は住んで見たい。それだけでも一種のステータスになり得そうな、そんなお屋敷を見ながらナジメの顔を思い出す。
「え、スミ姉? 何言ってんのよ?」
「何って何が? ラブナ」
ちょっとだけ黒い感情を出してるとそんな事を言われる。
「ここはナジメちゃんのお屋敷じゃないよ? スミカお姉ちゃん」
「そうよスミ姉。ナジメのお屋敷はもっと大きいしっ」
「え? そうなの。それじゃ何でここに来たの?」
意味が分からない。
子供たちを迎えにナジメのお屋敷に来たんだよね?。
それじゃ何処に私は案内されたの?
なんて一人モヤモヤしてるとお屋敷の脇から声が聞こえる。
「なんかやけに騒がしいわねぇ~来客かしらん、あら?」
「どうしたのだバサよ。あ、お前たちはっ!」
「どうしたんだ親父っ! あ、どうしてここにっ?」
「えっ?」
すると見知った三人が息を切らせて姿を現す。
何やらあちこち埃っぽくて、額に汗が浮かんでいる。
そして更に
ガチャ
「おおおっ! スミカちゃんとユーアちゃんとラブナちゃんも、ハラミもみんな来てくれたんだねっ! おおいっ! 皆の衆、蝶の英雄さまと、バタフライシスターズのメンバーが来てくれたぞ~~っ!!」
すると豪華な玄関を開けて、今度はロアジムが出てくる。
そしてお屋敷の中の誰かを呼んでいる。
「え? な、なにどういう事ぉっ!?」
登場した人物を見ればすでに見当はついている。
それでも突然の事で上ずった声を出してしまう。
「どうって、スミ姉。そもそも先に子供たちを迎えに行ったら、ロアジムさんのところに顔を出せないでしょっ! だからこっちを先にしたのよっ」
「そうだよ、スミカお姉ちゃん。みんな礼儀正しい良い子だけど、大勢で押しかけちゃ、おじちゃんに迷惑掛かるんだよ?」
「う、うん。それはそうだね」
二人の子供にそんな当たり前の事を言われ、少し落ち込む。
『うーむ…………』
なら最初から言って欲しかったよ。
私にだって色々準備があるんだよ。
※
「む、なんだ今日も、あの蝶の姿ではないのか?」
「あれ? スミカちゃんっ! あの黒い蝶の衣装はどうしたんだい?」
私の余所行きの姿を見て、アマジとロアジムの親子が声を掛けてくる。
「うん。ナジメがロアジムや他の貴族の人に会った時に失礼だろうって言われて、今日は着てこなかったんだよ。あれはある意味戦闘用だしね」
なんて正直に話してみる。
アマジの後ろでは、模擬戦でナジメと戦った、女児声のバサがハラミを捕まえようと、忍び足で近づいている。それをハラハラと見ているゴマチがいる。
そしてロアジムは後ろを気にしながら、私と話をしている。
「何だそんな事なのかい? スミカちゃん。だったら余計な気遣いをさせちゃったな。ここいらの貴族の連中はみんな知っておるぞ? ワシが話しておるからな。それに今日尋ねてくれる事はナジメから聞いておったから、みんなも首を長くして待っておったんじゃよ」
「え、みんなって?」
そう言ってロアジムは振り向き、大袈裟に手を広げる。
すると
「おおおっ! これが噂の蝶の英雄かっ!」
「思ってたよりずっと小さいぞなっ!」
「蝶というよりは妖精ではないのかな? これは」
「何やら別嬪さんぞろいだなっ!」
「こんなんで、ナジメの奴に勝ったってのかぁ?」
「おあっ! これが噂の獣魔のシルバーウルフかっ!」
ぞろぞろと、何やら身なりが良いロアジムと同じか、それよりも上のおじさんたちが大勢出てくる。ざっと数えて10名くらいだ。
「な、何?」
「きゃっ!」
「ちょっと一体何なのよっ!」
すぐさまそのおじさんたちに囲まれる。
ハラミは何故か遠目に見るだけで大丈夫だった。
その後ろにはバサが近づいているけど。
「こらお前たちっ! 英雄殿とシスターズが怯えておるじゃろっ!」
男たちに囲まれて驚いている私たちに、ロアジムの叱咤が飛ぶ。
「おお、こりゃすまんっ! ロアジムさんから散々聞かされたのでな。その本人が来たもんで、他の奴らも気持ちが逸ってしまったんだっ!」
「うん、別にいい、ですから」
ロアジムを抜いたその中の一人が私たちに謝罪する。
そうして私たちの周りの囲いが大きくなる。
どうやらこの中でのまとめ役?みたいだ。
ひょろっとしたロアジムとは違い、服の上からでも分かるくらいに、太い腕と太腿。そして首までもガッシリとしている。要はムキムキな年配者って感じ。
色も浅黒く、見える肩や胸板が厚い。
腰には大剣を下げている。
白髪の短髪で口ひげを生やしている。
着ている服は何やら意匠が凝っていて高そうだ。
『それほど威圧は感じないけど、昔はやんちゃしてたって感じかな?』
私はこの中で一番屈強な男を見てそう思った。
「そうじゃ、ムツアカの言う通りじゃ。すまんなスミカちゃんもユーアちゃんも驚かせてしまって。みんなはわしが呼んだ客人だ。だから気負いしなくとも大丈夫だよ」
「あ~、そうなんだ。いきなり大人に囲まれてユーアもラブナもびっくりしただけだから、気にしないでいいよ。ちょっと色々と心の準備が足らなかっただけだから」
私たちを気遣ってくれたロアジムにそう返す。
周りの貴族の人たちは、それを見て微笑んでいる。
『ん~、なんか思ってた印象と違うな、貴族の人間って。それともロアジムの周りがそうなのかな? みんな笑顔だし、さっきも謝ってくれたしね』
私たちのやり取りを見ている人たち。
そしてムツアカって呼ばれてた人を見てそう思った。
「それじゃスミカちゃんたちも裏庭に行こうか?」
「裏庭に? なんで」
唐突にそんな事を言われてオウム返ししてしまう。
もしかして、私カツアゲされるとか?
ちょっと跳ねてみろよっ! とか言われんの?
「うん? ナジメから聞いておらぬのか? スミカちゃん」
「え? 何かナジメに言伝してたの?」
ロアジムを見てそう聞き返す。
昨日ナジメに会った時には何も聞いてないよね?
なんて思い出しながら。
「そうなんだが、その様子だと伝え忘れたな? ナジメの奴」
私の反応を見て「はぁ」溜息を漏らす。
「一昨日にナジメの屋敷で世話している、孤児院の子供たちの事と、新しい孤児院の建屋の件で相談されたんだがな」
「うん、うん? 建屋?」
「夕刻過ぎまで、話し合いが続いてしまったのでな、夕飯がてらナジメはそのまま泊まっていったんだよ。何やら大欠伸をしている時に話したから、もしやと思ったんだが」
「………………」
どうやらロアジムの話を聞くと、ナジメは何かを私宛に言伝されたんだろう。
だけど、ご飯を食べて眠い時に聞いたから忘れちゃったって事。
「あ、今聞いて思い出したんだけど、新しい孤児院っていつ頃できるの?」
「ん? 早く見積もっても、恐らくは1か月はかかるだろなぁ? なんだそんな事もナジメは話してなかったのかな?」
ちょっとだけ真面目な顔になって聞いてくる。
「い、いや、私がよく覚えてなかっただけ。だから確認って意味だよ?」
「ああ、そうじゃったかっ! ならいいんだよ」
私はそう言い、なんとか誤魔化した。
じゃないとナジメへの風当たりが強そうだったから。
今日会ったらきちんと注意しないとって、心に決めながら。
「それで結局何の話だったの?」
話を最初に戻すためにロアジムに聞く。
「う~、でもスミカちゃんは今日は蝶の英雄の格好じゃないからなぁ」
私の余所行きの衣装を見ながら首を傾げる。
「ああ、それなら持って来てるよ」
アイテムボックスより、装備を出してロアジムに見せる。
さすがにレストエリアに置いてったりはしない。
何かあったら困るからね。
「おおっ! じゃったら着替えて英雄の力を見せつけてくれんかな?」
「み、見せつけるって?」
何か嫌な予感もしながら聞き返す。
「こやつらはいずれも昔の腕自慢ばかりなのだよっ! だから相手してやってはくれんかな? 英雄の凄さと格の違いをっ!」
「へっ? えっ!」
「それにここの冒険者の強さのアピールにもなるのだっ! そうすればギルドへの依頼も増えるぞ? 何分ここの冒険者は頼りないとの噂じゃからなっ!」
「も、もしかして、それをナジメに伝えたって事?」
「どうだい、いい話だろう? わしの好きな冒険者たちの宣伝にもなるし、さらにわしも鼻が高くなる。そしてまた英雄の戦いが見れる。なっ! いいじゃろう」
「う…………」
いい大人が胸の前で手を合わせ「キラキラ」した目で訴えている。
その理由はどう考えても、ロアジムだけが一番得するような気がしないでもない。殆どの理由が自分の欲望で出来ているからだ。
「………………」
だけど、その後ろのおじ様たちも同じ目をしていた。
「はぁ、わかったよ。それに付き合うよ。だけど5人だけだかんね? まだ今日の予定を一個も消化してないし」
おじ様たちの期待の眼差しを受けながら、そう答えた。
「おおっ! さすがは英雄さまじゃっ! それでは部屋を貸すから着替えてくれんかなっ! おーい、コムケの英雄さまに部屋を案内してやってくれんかっ!」
私の返事を聞いて、大声で屋敷の中に声を掛ける。
そしてすぐさま女性の人が来て、私を中に案内してくれる。
「それじゃ行ってくるよ」
私はみんなと別れてお屋敷の中に入る。
ふかふかのカーペットを踏むのが少しだけ怖かった。
『ナジメを庇ったのはいいけど、これは会ったらお仕置き決定だね』
ナジメの無邪気な顔を思い出して、そう決意したのだった。
『それと、やっぱり貴族の人間面倒くさいっ!』
と、しみじみ思った。
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