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078 9月12日 午後 七緖くんの部屋にて 1/3
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「チョコレートケーキに、生クリームたっぷりのイチゴのケーキでしょ。それにカシスクリームのロールケーキ。うん美味しそう」
私はケーキの箱をあまり揺らさない様にして七緖くんの家に向かって歩く。
テストの結果がとても良かったので紗理奈が「お祝いしようよ。私と明日香。そして力也と七緖の四人でさ」と提案してきた。
紗理奈の彼氏である力也くんも「それはいいね」とノリノリになり、皆でお菓子や飲み物を持ち寄ってプチパーティーをする事になった。
土曜日はいつもなら、喫茶店「銀河」のアルバイトの日なのだがマスターの博さんが急遽自分の彼女と旅行に行く事になり、十二日と十三日は臨時休業する事になった。
博さんの彼女は塾の講師なんだって。八月は塾の勉強合宿だったから久し振りのお休みなのだとか。
「久し振りに会うから、ここ数日は博はずっとデレデレや。阿呆みたいな溶けた顔しとるよ?」
七緖くんは博さんの事をそんな風に言っていた。
それで、七緖くんも私も丁度アルバイトはお休みなので早速、紗理奈の言っていた「お祝い」をする事になった。
そう──七緖くんのお家で。
博さんもご両親も不在なのに良いのかなぁと思うけど、七緖くんも「うん。ええよ」と二つ返事で了承してくれた。
(久し振りにお家には入れるのは嬉しいけど。私と二人きりだったらきっと断ってたよね)
その点が引っかかるけれども、七緖くんの部屋に入るのはあの日以来なのでとても楽しみだった。
(ま、気にしたって仕方ないか。気になるなら七緖くんに直接聞けば良いし。うん。そうしよう)
私はケーキを持ってくる係。飲み物は七緖くんでその他のお菓子類やゲームは紗理奈と力也くんが持ち寄ってくれる事になっている。
私はとても楽しみに七緖くんのお家のベルを鳴らした。
◇◆◇
「好きなとこに座ってええよ」
「うん。ありがとう」
七緖くんの家を訪れた一番乗りは私だった。
七緖くんは自分の部屋に私を通してくれた。私は七緖くんの部屋に入ると嬉しくなって辺りをキョロキョロ見回す。
お盆前に訪れた時は暗くて何も分からなかった部屋。その時は気がつかなかったが、家具はナチュラルな明るい木調で整えられていた。
家具は最低限だ。勉強机、ベッド、そして大きな本棚。部屋の中央にはラグの上に四角いテーブルのみと、シンプルなものだった。
レースカーテンは遮光タイプで強い日差しを遮断している。窓の外は小さめの屋根のあるバルコニーだった。
(バルコニーにプチトマトの鉢植えがある。七緖くんが育てているのかな)
大きな体を折り曲げて小さなトマトを育てている姿を想像する。何だか可愛いと思ってしまう。でも一番驚くのは本棚だろう。
天井までびっしり詰める事の出来る本棚。しかも二重扉の様になっている。
「凄い数の本……」
呟きながら本棚に近づく。勉強に関係する本に英語の背表紙も沢山ある。
(英語の本も読めるのかな。凄い)
他には写真集が沢山。きっとお父さんとお母さんの関連の書籍だろうか。
「気になる本があったら手に取ってもええよ?」
突然七緖くんに後ろから声をかけられて私は驚いて肩をすくめる。
振り向くと背中を猫背にして長方形のトレイを持っている七緖くんが真後ろに立っていた。私はいたずらが見つかった子供みたいな顔をして小さく口を尖らせた。
「漫画とか雑誌が全然ないなって思って。七緖くんが賢いのは本をよく読むからなのね」
すると七緖くんはトレイを中央のテーブルの上に置いて軽く笑った。
「ほこにある本はよう読むけど、漫画も雑誌もぎょうさんあるよ? 一階のリビングのところの、もっと大きな本棚に置いとるし」
七緖くんは膝立ちになってトレイから、グラスとアイスコーヒーの入ったボトルを置いた。
「へぇ~リビングにもっと大きな本棚があるんだね。あっごめんね。手伝うよ」
私は七緖くんの隣に同じ様に膝立ちになってグラスを置くのを手伝う。
「ありがとう。ホンマは漫画も雑誌も僕の部屋に置いておきたいんやけど。部屋に置いたら博がやって来て読み出すねん。博も本好きでな。専門書だろうと漫画だろうと読み始めたら別の世界の住人や」
七緖くんが氷の入ったグラスにコーヒーを注ぎながら笑う。
前髪を猫のバンスクリップで留めて琥珀色の瞳を細めた顔に私は思わず見惚れてしまった。
「ん? 何? 今日の僕おかしい?」
ぼんやり見つめる私に七緖くんが首を傾げた。
「おかしくないよ! あの、その」
(好きすぎて見つめてました──なんて、言えない)
私は本当の事が言えないまま小さくなった。
「変な巽さんやなぁ」
七緖くんが軽く笑いながらアイスコーヒーを私に差し出した。
「ありがとう」
受け取った時、少しだけ手が触れあう。ドキリとすると何故か七緖くんははじけて、一歩飛び退いた様になった。
(えっ。手が触れただけなのに?)
あまりにも距離を取られたので、私は目を丸めて七緖くんを見つめる。すると、七緖くんは明らかに失敗したと言う様な顔をした。それからそんな事をごまかして苦笑いをする。
「えーっと。あの……ほういえば、力也と松本さん来るの遅いなぁ。何処で二人は油を売ってるんやろなぁ~」
明後日の方向を見ながら七緖くんが頭を掻いていた。白いTシャツの前身ごろで私に触れた手の部分をゴシゴシと擦った。
それは無意識の行動だったと思う。それを見ると私に触れる事を拒否している様で悲しくなった。
私はケーキの箱をあまり揺らさない様にして七緖くんの家に向かって歩く。
テストの結果がとても良かったので紗理奈が「お祝いしようよ。私と明日香。そして力也と七緖の四人でさ」と提案してきた。
紗理奈の彼氏である力也くんも「それはいいね」とノリノリになり、皆でお菓子や飲み物を持ち寄ってプチパーティーをする事になった。
土曜日はいつもなら、喫茶店「銀河」のアルバイトの日なのだがマスターの博さんが急遽自分の彼女と旅行に行く事になり、十二日と十三日は臨時休業する事になった。
博さんの彼女は塾の講師なんだって。八月は塾の勉強合宿だったから久し振りのお休みなのだとか。
「久し振りに会うから、ここ数日は博はずっとデレデレや。阿呆みたいな溶けた顔しとるよ?」
七緖くんは博さんの事をそんな風に言っていた。
それで、七緖くんも私も丁度アルバイトはお休みなので早速、紗理奈の言っていた「お祝い」をする事になった。
そう──七緖くんのお家で。
博さんもご両親も不在なのに良いのかなぁと思うけど、七緖くんも「うん。ええよ」と二つ返事で了承してくれた。
(久し振りにお家には入れるのは嬉しいけど。私と二人きりだったらきっと断ってたよね)
その点が引っかかるけれども、七緖くんの部屋に入るのはあの日以来なのでとても楽しみだった。
(ま、気にしたって仕方ないか。気になるなら七緖くんに直接聞けば良いし。うん。そうしよう)
私はケーキを持ってくる係。飲み物は七緖くんでその他のお菓子類やゲームは紗理奈と力也くんが持ち寄ってくれる事になっている。
私はとても楽しみに七緖くんのお家のベルを鳴らした。
◇◆◇
「好きなとこに座ってええよ」
「うん。ありがとう」
七緖くんの家を訪れた一番乗りは私だった。
七緖くんは自分の部屋に私を通してくれた。私は七緖くんの部屋に入ると嬉しくなって辺りをキョロキョロ見回す。
お盆前に訪れた時は暗くて何も分からなかった部屋。その時は気がつかなかったが、家具はナチュラルな明るい木調で整えられていた。
家具は最低限だ。勉強机、ベッド、そして大きな本棚。部屋の中央にはラグの上に四角いテーブルのみと、シンプルなものだった。
レースカーテンは遮光タイプで強い日差しを遮断している。窓の外は小さめの屋根のあるバルコニーだった。
(バルコニーにプチトマトの鉢植えがある。七緖くんが育てているのかな)
大きな体を折り曲げて小さなトマトを育てている姿を想像する。何だか可愛いと思ってしまう。でも一番驚くのは本棚だろう。
天井までびっしり詰める事の出来る本棚。しかも二重扉の様になっている。
「凄い数の本……」
呟きながら本棚に近づく。勉強に関係する本に英語の背表紙も沢山ある。
(英語の本も読めるのかな。凄い)
他には写真集が沢山。きっとお父さんとお母さんの関連の書籍だろうか。
「気になる本があったら手に取ってもええよ?」
突然七緖くんに後ろから声をかけられて私は驚いて肩をすくめる。
振り向くと背中を猫背にして長方形のトレイを持っている七緖くんが真後ろに立っていた。私はいたずらが見つかった子供みたいな顔をして小さく口を尖らせた。
「漫画とか雑誌が全然ないなって思って。七緖くんが賢いのは本をよく読むからなのね」
すると七緖くんはトレイを中央のテーブルの上に置いて軽く笑った。
「ほこにある本はよう読むけど、漫画も雑誌もぎょうさんあるよ? 一階のリビングのところの、もっと大きな本棚に置いとるし」
七緖くんは膝立ちになってトレイから、グラスとアイスコーヒーの入ったボトルを置いた。
「へぇ~リビングにもっと大きな本棚があるんだね。あっごめんね。手伝うよ」
私は七緖くんの隣に同じ様に膝立ちになってグラスを置くのを手伝う。
「ありがとう。ホンマは漫画も雑誌も僕の部屋に置いておきたいんやけど。部屋に置いたら博がやって来て読み出すねん。博も本好きでな。専門書だろうと漫画だろうと読み始めたら別の世界の住人や」
七緖くんが氷の入ったグラスにコーヒーを注ぎながら笑う。
前髪を猫のバンスクリップで留めて琥珀色の瞳を細めた顔に私は思わず見惚れてしまった。
「ん? 何? 今日の僕おかしい?」
ぼんやり見つめる私に七緖くんが首を傾げた。
「おかしくないよ! あの、その」
(好きすぎて見つめてました──なんて、言えない)
私は本当の事が言えないまま小さくなった。
「変な巽さんやなぁ」
七緖くんが軽く笑いながらアイスコーヒーを私に差し出した。
「ありがとう」
受け取った時、少しだけ手が触れあう。ドキリとすると何故か七緖くんははじけて、一歩飛び退いた様になった。
(えっ。手が触れただけなのに?)
あまりにも距離を取られたので、私は目を丸めて七緖くんを見つめる。すると、七緖くんは明らかに失敗したと言う様な顔をした。それからそんな事をごまかして苦笑いをする。
「えーっと。あの……ほういえば、力也と松本さん来るの遅いなぁ。何処で二人は油を売ってるんやろなぁ~」
明後日の方向を見ながら七緖くんが頭を掻いていた。白いTシャツの前身ごろで私に触れた手の部分をゴシゴシと擦った。
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