52 / 95
042 8月1日 午後 自分勝手な私
しおりを挟む
私と七緖くんは喫茶店「銀河」の二階にある休憩室にいた。
横長のテーブルをはさみ向かい合って座っていた。テーブルにはノートに参考書や問題集。そして博さんに指導された赤ペンで書かれた解答の用紙が積まれていた。
毛足の長い絨毯の上、私はぺたんと座り足を崩していた。七緖くんは胡座をかいてテーブルの上で片手で頬杖をつき、もう片方の手でくるくるとシャーペンを回していた。
十六時過ぎ。お昼のバイトを終え、遅い食事を取った私と七緖くんは午後から黙々と勉強をしていた。集中するとあっという間に時間は過ぎる。休憩時間になり私は七緖くんに今朝の出来事を話した。
「さすがに才川くんも気がついたんちゃう? 幼なじみと関係しとった事、巽さんが知っとるって」
「……そうだよね」
七緖くんは静かに話を聞いていた。その間ずっとシャーペンを一定のリズムで回していたが、私の話が終わるとシャーペンをテーブルの上に置いて両手を後頭部に添えて背中を反り伸びをした。七緖くんの前髪は私がプレゼントした猫のバンスクリップで留まっている。
「僕との事も言うたんなら、何かありそうやなぁ」
「そんな事ないと思うよ。七緖くんの事説明したら『ふーん』って言っただけだし」
興味は特になさそうだから七緖くんに何か害はないと思うと私は続けた。
「……だったらええけど。週明けの補習が楽しみやわ」
七緖くんが何か小さく呟いていたけれども聞き取れなかった。
それから、琥珀色の瞳がテーブルの上のノートを見つめる。後頭部に回した手をほどくと再びテーブルの上のシャーペンを手に取った。それからペンをくるくる回しながら再び頬杖をつくと私の顔をじっと見つめる。
「巽さんはどうしたいん?」
「どうしたいって?」
「才川くんが巽さんに例の幼なじみの事とか正直に話してくれたら」
「うん」
「ごめんって謝ってきたらどうするん?」
「謝っても……元には戻れないよ」
「何で?」
「私は壊したいの」
七緖くんがカシャンと音を立ててペンをテーブルの上に落とした。私はそのシャーペンが転がるのを見つめる。シャーペンは向かい側に座る私の隣に落ちた。
私はシャーペンを拾う。
「……全部を壊したいの」
バスに乗りなが思った事を私は口にする。問題は壊した後だと考えていた。
「壊してどないするん?」
七緖くんの琥珀色の瞳がじっと私の顔を見つめている。黄色と金色が混ざった瞳の色。いつもは優しく温かく見えるのに今は何故か獰猛な動物の様に見える。それでもその瞳からは視線がそらせず私はじっと見つめて呟いた。
「……壊したら、また違う形になるかなって」
私は小さく答える。自信がないから小さな声になる。
何となく胸の中で思っている事を言葉にしようとするけれども、上手くまとまらない。その私の思いをくみ取ったのか七緖くんは頬杖をついていた手を顎に当てて言葉を探している。
「才川くんと新しくやり直したいって事なん?」
やり直したい? 意外な事を聞かれて私は慌てて首を振る。それだけは違う様な気がする。
「ううん違うよ。やり直したいとは思ってないよ。でも……」
私は言葉を切って今までの怜央との事を考える。
「幼い頃から好きだったの怜央の事。長い時間大切にしてい想いはね凄く重たいの。自分でもどう消化して良いか分からないぐらい」
「うん……ほうやろうね」
私の言葉に七緖くんは瞳を細めて眉間に皺を寄せた。私はそんな七緖くんに拾ったシャーペンを差し出した。
「叶ったと思った恋だけど、数ヶ月であっという間に枯渇したって言うか。それなのに、胸の奥に怜央がいて、離れていってくれないのが辛い」
「……」
七緖くんは無言のまま、私が差し出したシャーペンをチラリと見て、手のひらを上に向ける。
「だから壊したいのかな……いっその事、怜央がこっぴどく振ってくれたら楽になるのにって思う」
ぽつりと呟いた言葉がやたら辺りに響いた。
自分勝手な言い分だった。
(別れたいと言ったのは私なのに。怜央から振ってくれたらなんて。どうして自分で決着がつけられないの。情けない。私の心の中は私だけのものなのに。怜央にどうこうしてもらえるなんて思うなんて馬鹿だ)
私の呟いた声だけが響いた。七緖くんは無言で、部屋には時計の音がカチカチと続いた。
横長のテーブルをはさみ向かい合って座っていた。テーブルにはノートに参考書や問題集。そして博さんに指導された赤ペンで書かれた解答の用紙が積まれていた。
毛足の長い絨毯の上、私はぺたんと座り足を崩していた。七緖くんは胡座をかいてテーブルの上で片手で頬杖をつき、もう片方の手でくるくるとシャーペンを回していた。
十六時過ぎ。お昼のバイトを終え、遅い食事を取った私と七緖くんは午後から黙々と勉強をしていた。集中するとあっという間に時間は過ぎる。休憩時間になり私は七緖くんに今朝の出来事を話した。
「さすがに才川くんも気がついたんちゃう? 幼なじみと関係しとった事、巽さんが知っとるって」
「……そうだよね」
七緖くんは静かに話を聞いていた。その間ずっとシャーペンを一定のリズムで回していたが、私の話が終わるとシャーペンをテーブルの上に置いて両手を後頭部に添えて背中を反り伸びをした。七緖くんの前髪は私がプレゼントした猫のバンスクリップで留まっている。
「僕との事も言うたんなら、何かありそうやなぁ」
「そんな事ないと思うよ。七緖くんの事説明したら『ふーん』って言っただけだし」
興味は特になさそうだから七緖くんに何か害はないと思うと私は続けた。
「……だったらええけど。週明けの補習が楽しみやわ」
七緖くんが何か小さく呟いていたけれども聞き取れなかった。
それから、琥珀色の瞳がテーブルの上のノートを見つめる。後頭部に回した手をほどくと再びテーブルの上のシャーペンを手に取った。それからペンをくるくる回しながら再び頬杖をつくと私の顔をじっと見つめる。
「巽さんはどうしたいん?」
「どうしたいって?」
「才川くんが巽さんに例の幼なじみの事とか正直に話してくれたら」
「うん」
「ごめんって謝ってきたらどうするん?」
「謝っても……元には戻れないよ」
「何で?」
「私は壊したいの」
七緖くんがカシャンと音を立ててペンをテーブルの上に落とした。私はそのシャーペンが転がるのを見つめる。シャーペンは向かい側に座る私の隣に落ちた。
私はシャーペンを拾う。
「……全部を壊したいの」
バスに乗りなが思った事を私は口にする。問題は壊した後だと考えていた。
「壊してどないするん?」
七緖くんの琥珀色の瞳がじっと私の顔を見つめている。黄色と金色が混ざった瞳の色。いつもは優しく温かく見えるのに今は何故か獰猛な動物の様に見える。それでもその瞳からは視線がそらせず私はじっと見つめて呟いた。
「……壊したら、また違う形になるかなって」
私は小さく答える。自信がないから小さな声になる。
何となく胸の中で思っている事を言葉にしようとするけれども、上手くまとまらない。その私の思いをくみ取ったのか七緖くんは頬杖をついていた手を顎に当てて言葉を探している。
「才川くんと新しくやり直したいって事なん?」
やり直したい? 意外な事を聞かれて私は慌てて首を振る。それだけは違う様な気がする。
「ううん違うよ。やり直したいとは思ってないよ。でも……」
私は言葉を切って今までの怜央との事を考える。
「幼い頃から好きだったの怜央の事。長い時間大切にしてい想いはね凄く重たいの。自分でもどう消化して良いか分からないぐらい」
「うん……ほうやろうね」
私の言葉に七緖くんは瞳を細めて眉間に皺を寄せた。私はそんな七緖くんに拾ったシャーペンを差し出した。
「叶ったと思った恋だけど、数ヶ月であっという間に枯渇したって言うか。それなのに、胸の奥に怜央がいて、離れていってくれないのが辛い」
「……」
七緖くんは無言のまま、私が差し出したシャーペンをチラリと見て、手のひらを上に向ける。
「だから壊したいのかな……いっその事、怜央がこっぴどく振ってくれたら楽になるのにって思う」
ぽつりと呟いた言葉がやたら辺りに響いた。
自分勝手な言い分だった。
(別れたいと言ったのは私なのに。怜央から振ってくれたらなんて。どうして自分で決着がつけられないの。情けない。私の心の中は私だけのものなのに。怜央にどうこうしてもらえるなんて思うなんて馬鹿だ)
私の呟いた声だけが響いた。七緖くんは無言で、部屋には時計の音がカチカチと続いた。
0
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる