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007 7月23日 安原さんの気持ち
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安原さんは明るくて誰にでも優しいクラスメイトだ。なんせ表情が乏しい私とは真逆の女の子だった。私は気を取り直し安原さんに振り向いた。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
表情が乏しい私はぎこちなく微笑む程度しか出来ない。
皆が考えるほどそんなに辞める事も、右膝の状況も悲観しているわけではない。どう向かい合って、どう乗り越えていけば良いのか分からないだけだ。
しかし私の言葉に納得がいかないのか安原さんは私の顔をチラチラ見ながら言葉を続ける。
「で、でも。ほら才川くんとも、あの、えっと。色々とあったみたいだし」
うん。なるほど。そちらの話が皆気になる事なのね。
「そうだね。色々って言うか、怜央とは幼なじみに戻った方がいいと思って。怜央もそうした方がバレーボール部に集中出来ると思うし」
優しい安原さんの前で半分ほど嘘が盛り込まれた言葉を呟く。
怜央と一緒に歩みたかったのが本音だけれども。どうしても私は怜央と一緒に歩けない。
「そ、そんな事ないから! さ、才川くんも凄く心配していたみたいだし。今こそついていてあげたいって言っていたよ」
「そう」
今こそついていてあげたい──か。その言葉はもっと早く聞きたかった、かもしれない。
出来るなら怜央に故障をした大会後の病院で付き添って欲しかった。
だがありえない。私は怜央に足の事を伝えていなかったのだから。怜央が私の故障を知るはずもない。
「どうして才川くんに膝の事を言わなかったの?」
安原さんは一歩一歩近づき私に尋ねてくる。
もしかしたら安原さんはこの事を私に尋ねたかったのかもしれない。二人っきりなのを良い事にぐいぐいと食い込んでくる。
「何だか言い出しにくくてね」
私は真すぐ顔を上げて安原さんを見つめる。
安原さんは私の視線を受け止めると一度ぐっと言葉を飲み込んだ。そして少し迷ったのか床を見つめてから顔を上げてはっきりとした声を上げる。
「言うべきだったと思うよ。才川くんがあんなに心配しているのに。だって才川くん、巽さんの事、本当に好きなんだよ。凄く心配そうな才川くんが見ていたらかわいそうで。だから、その……もう一度話し合って欲しいと言うか。そのごめん……変な事言って」
才川くん、才川くん、才川くん──か。
安原さんはこの事が一番言いたかったのだろう。
怜央との別れ話も部活の仲間から聞いていて、だからもう一度話し合って欲しいと言う。勢いよく言葉を口にしたけれども最後は結局尻すぼみになって謝っていた。
私のカンだが、安原さんは怜央の事が好きなのだ。
安原さんの視点は完全に怜央から見た私だ。私が右膝の故障、怪我を笠に着て怜央を縛り付けようとしている様に見えるのかも。
かわいそうなのは右膝の事を知らされなかった怜央。一方的に心配するしかない怜央。そういう状況に怜央を追い込んでいる私は悪女ではないか。
知らされないというのはとても苦しい。いっそのこと知らなければ幸せだったと思うぐらい。
意見には色々と棘がある様に感じるけれども、最後に謝ったのは優しい安原さんらしい。
でも──
「お節介ね」
私は一言呟いた。何だかおかしくて笑ってしまう。いつも悪いのは私なのね。
(怜央は本当に皆の人気者だね)
安原さんは返した私の言葉に棘がある様に感じても、軽く笑った事で許してもらえたと思った様で、ほっと一息ついていた。
「ごめんね」
「いいよ。そんなに怜央の事が好きなら、安原さんが彼女になって支えてあげた方が良いかもね」
私は背中を向けたまま安原さんに手を振った。
「えっ。ええっ?!」
安原さんは最初小さく呟いたが、最後大きな声を上げていた。
いつかの、私が怜央への恋心が本人に言い当てられて驚いた時と同じだ。面白い。
やはり私のカンは当たった。安原さんは怜央の事を想っている。
「じゃぁ部活頑張ってね」
私はそう言って振り向く事なく教室を出た。
「ち、違うから。あの、巽さん、ごっ、誤解だから」
安原さんは私の背中に慌てて言葉を投げるが、私は振り向かなかった。
私も怜央が好きだった。今でもまだ私の心の中に怜央がいるのが分かる。相変わらず思っている事を上手く人に伝えられないのは怜央の前だけではないみたい。いっそのこと安原さんの前で本当の事が言えたら良いのに。
本当の事とは、どうして怜央と別れたいと思ったのかという事。怜央にだって言えなかった。ぶつける事が出来なかった。
「駄目な私」
私は自分を嘲笑しながら学校の階段を下りた。
安原さん、あなたは怜央の事を何も知らないから怜央がかわいそうだと言えるのよ。
そういう私も幼なじみでも怜央の事を知らなかったのだけれども。
本当の怜央を知った時──私は、自分がシルバーメダルコレクター、二番目である事を思い知ったのよ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だから」
表情が乏しい私はぎこちなく微笑む程度しか出来ない。
皆が考えるほどそんなに辞める事も、右膝の状況も悲観しているわけではない。どう向かい合って、どう乗り越えていけば良いのか分からないだけだ。
しかし私の言葉に納得がいかないのか安原さんは私の顔をチラチラ見ながら言葉を続ける。
「で、でも。ほら才川くんとも、あの、えっと。色々とあったみたいだし」
うん。なるほど。そちらの話が皆気になる事なのね。
「そうだね。色々って言うか、怜央とは幼なじみに戻った方がいいと思って。怜央もそうした方がバレーボール部に集中出来ると思うし」
優しい安原さんの前で半分ほど嘘が盛り込まれた言葉を呟く。
怜央と一緒に歩みたかったのが本音だけれども。どうしても私は怜央と一緒に歩けない。
「そ、そんな事ないから! さ、才川くんも凄く心配していたみたいだし。今こそついていてあげたいって言っていたよ」
「そう」
今こそついていてあげたい──か。その言葉はもっと早く聞きたかった、かもしれない。
出来るなら怜央に故障をした大会後の病院で付き添って欲しかった。
だがありえない。私は怜央に足の事を伝えていなかったのだから。怜央が私の故障を知るはずもない。
「どうして才川くんに膝の事を言わなかったの?」
安原さんは一歩一歩近づき私に尋ねてくる。
もしかしたら安原さんはこの事を私に尋ねたかったのかもしれない。二人っきりなのを良い事にぐいぐいと食い込んでくる。
「何だか言い出しにくくてね」
私は真すぐ顔を上げて安原さんを見つめる。
安原さんは私の視線を受け止めると一度ぐっと言葉を飲み込んだ。そして少し迷ったのか床を見つめてから顔を上げてはっきりとした声を上げる。
「言うべきだったと思うよ。才川くんがあんなに心配しているのに。だって才川くん、巽さんの事、本当に好きなんだよ。凄く心配そうな才川くんが見ていたらかわいそうで。だから、その……もう一度話し合って欲しいと言うか。そのごめん……変な事言って」
才川くん、才川くん、才川くん──か。
安原さんはこの事が一番言いたかったのだろう。
怜央との別れ話も部活の仲間から聞いていて、だからもう一度話し合って欲しいと言う。勢いよく言葉を口にしたけれども最後は結局尻すぼみになって謝っていた。
私のカンだが、安原さんは怜央の事が好きなのだ。
安原さんの視点は完全に怜央から見た私だ。私が右膝の故障、怪我を笠に着て怜央を縛り付けようとしている様に見えるのかも。
かわいそうなのは右膝の事を知らされなかった怜央。一方的に心配するしかない怜央。そういう状況に怜央を追い込んでいる私は悪女ではないか。
知らされないというのはとても苦しい。いっそのこと知らなければ幸せだったと思うぐらい。
意見には色々と棘がある様に感じるけれども、最後に謝ったのは優しい安原さんらしい。
でも──
「お節介ね」
私は一言呟いた。何だかおかしくて笑ってしまう。いつも悪いのは私なのね。
(怜央は本当に皆の人気者だね)
安原さんは返した私の言葉に棘がある様に感じても、軽く笑った事で許してもらえたと思った様で、ほっと一息ついていた。
「ごめんね」
「いいよ。そんなに怜央の事が好きなら、安原さんが彼女になって支えてあげた方が良いかもね」
私は背中を向けたまま安原さんに手を振った。
「えっ。ええっ?!」
安原さんは最初小さく呟いたが、最後大きな声を上げていた。
いつかの、私が怜央への恋心が本人に言い当てられて驚いた時と同じだ。面白い。
やはり私のカンは当たった。安原さんは怜央の事を想っている。
「じゃぁ部活頑張ってね」
私はそう言って振り向く事なく教室を出た。
「ち、違うから。あの、巽さん、ごっ、誤解だから」
安原さんは私の背中に慌てて言葉を投げるが、私は振り向かなかった。
私も怜央が好きだった。今でもまだ私の心の中に怜央がいるのが分かる。相変わらず思っている事を上手く人に伝えられないのは怜央の前だけではないみたい。いっそのこと安原さんの前で本当の事が言えたら良いのに。
本当の事とは、どうして怜央と別れたいと思ったのかという事。怜央にだって言えなかった。ぶつける事が出来なかった。
「駄目な私」
私は自分を嘲笑しながら学校の階段を下りた。
安原さん、あなたは怜央の事を何も知らないから怜央がかわいそうだと言えるのよ。
そういう私も幼なじみでも怜央の事を知らなかったのだけれども。
本当の怜央を知った時──私は、自分がシルバーメダルコレクター、二番目である事を思い知ったのよ。
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