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02 まさかの変態
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「はぁ、落ち着きました。申し訳ありませんでした」
布団の上で正座をしながら謝るのは黒縁眼鏡の岡本だった。
「お前さ。酒、弱いのな。ビールを小さなコップ一杯飲んだだけだぞ?」
天野が布団の側で胡坐をかいた。
「それが……僕、本当にお酒が苦手で。ノンアルコールだと思い込んで飲んでしまって」
岡本は黒縁眼鏡のブリッジ部分を左手の人指し指で持ち上げる。それから、サラサラの短い黒髪を揺らしながら後頭部をかいた。白い頬を赤く染めながら瞳を細めて笑う。
岡本は笑うと二十歳前半の様に若く見える。いや、下手をしたら高校生に見えるかも。
「どうせ島田さんと鈴木さんの組長──コホン、グループに捕まっていたんでしょ?」
私も溜め息をつきながら浴衣を整えて正座をする。
すると隣で胡坐をかいていた天野が左太股に自分の肘をついて頬杖をついた。
「そーなんだよ。食事を皆でとっただろ? その後さ、俺と岡本で露天風呂に行ったんだよ。なのに、男湯から出た途端、二人が待ち構えていてさ。強制連行でこの旅館のバーに連れていかれて個室に監禁だぜ。ゆっくりしたかったのに、仕事仲間なのもあるから邪険にも扱えないしさぁ」
茶髪で日焼けした肌の外見からチャラそうな天野だが、邪険にも出来ないと意外な事を口走る。
そんな天野にご執心なのは島田組だ。天野はその風貌から、恋愛も自由で色々な女性と取っかえ引っかえって感じかと思ったのに。
島田組に囲まれていつも楽しそうに見えたけれどそうでもないのか。
天野は瞳を閉じて深い溜め息をつく。瞳を閉じると長い睫毛が見えた。サーファーで日焼けと言っても日焼けサロンなどでがっつり灼いている程ではない。近くでマジマジと見た事がなかったけれども、精悍な顔つきをしている。
女の子が放っておかない筈がないか。
「俺は社内恋愛しないって決めているんだ。だからさ、言いよられても困るんだわ。社外だったら彼女らも別だったんだけどなぁ」
何だ……やはりチャラい見た目通りなのか。見直して損した。
私は思わず細目になってしまった。
「そうなんですか。じゃぁ、天野さんは社外でお付き合いしている方がいらっしゃるんですね」
岡本がペットボトルの水をもう一口飲んで溜め息をついた。
その言葉を聞いた天野が頬杖をパッと解いて、胡坐をかいている自分の両膝を握ると身を乗り出して岡本の前で口を尖らせる。
「今は誰とも付き合ってないさ。そうだそうだ。そもそも岡本が『誰ともお付き合いした事がない』とか言い出すから、おかしな事になったんだろ」
「付き合った事ないの? アメリカ育ちなのに? そんなに顔が整っているのに?」
天野の言葉に私も驚いて反応してしまった。
フクロウかミミズクが驚いた時の様に体が細くなる感じで背筋が伸びてしまった。
驚く私の顔と天野の顔を見比べながら、照れながら視線を逸らすのは岡本だった。
「女性と付き合うのにアメリカ育ちも顔も関係ないですよ。そうですよ付き合った事ないですよ」
「本当なの? 誰とも付き合った事がないなんてそれは意外……」
私は思わず自分の口を覆ってしまった。世間がこんな色男を放っておくなんてありえない。だってピチピチの二十九歳よ。
三十を過ぎた私には二十代と言うだけで眩しく見えるのだ。
「そんな事を言うからさ、鈴木さんが急に岡本に食いついて『岡本さんって自分を大切にしているんですね素敵です』なんて言い出して『もしかして女性が苦手なんですか? それなら慣れるまで私達と仮でも良いからお付き合いしませんか?』『付き合うって言ってもそんな恋人って感じじゃなくて。ちょっとしたレクチャーの様なもので』とか言い出したもんだから、つられて島田さんまでもが俺に言いよってくる羽目になったんだろうが」
途中でお嬢様系統の鈴木さんに声や顔(無理があるが)を真似ながら状況を説明してくれるのは天野だった。
「それでお酒を飲まされたの?」
私は呆れるやら可哀相になるやら、溜め息をつき岡本を見つめる。
女性の方から仕掛けられて、そのまま酔っ払った状態で鈴木組長の部屋にお持ち帰りされてしまうところだったのでは。あのお嬢様っぽい彼女も凄い事するわね。
「違いますよ。お酒は僕が間違えて飲んだだけですから。だけど、まさかあんなにグイグイ来るとは思っていなくて。気が動転してしまいました」
岡本が正座をしたまま長い指で両膝を握りしめ俯いていた。
「慰安旅行っていうのもあって、気持ちが浮かれているのかもね。好意を持っている相手に言いよるチャンスだと思ったのかも。でも、修学旅行じゃあるまいし」
折角の機会だ。天野と岡本に近づきたかったのだろう。何だか浮かれていない私が酷く年をとっている様に思う。
「修学旅行か。言われてみればそうかも。だからなのか? 部長からコンドーム配られたの。ほら」
そう言って天野が浴衣の袂から正方形の小さなパッケージを取り出す。
「本当に? もういい年した大人なのに。男性って、いくつになっても馬鹿なのね」
そのパッケージを見て私は目を丸めて呆れた。
「何言ってんだ、島田さん達にも配られていたぞ。倉田は貰ってないのか」
天野がパッケージを左右から眺めて首を傾げた。
「何ですって? 私は貰ってないわよ。もしかして、私は除外?!」
いくら何でもそれは酷い。
仕事一直線で男性の影ないが、私を何も除外しなくても。
これでもまだ三十代前半なのに!
何だか腹立たしくなり天野の顔に自分の顔を近づけて睨む。
「お、怒るなよ……」
私の勢いに天野が仰け反りながらも頬を少し赤くして視線を逸らす。
睨んでいるのに何なのよ、その態度。
「くそ、何だよ近くで見るとやっぱり美人って……しかもスタイル良いとか……それで浴衣で迫られたらさぁ……」
天野はブツブツ言いながらチラチラ私を見る。
「何言ってるのよ?」
声が聞こえなくて私は首を傾げる。
「くっ……何でもない。倉田がさっさと部屋に戻るから配り損ねたんだろ? 部長もさ」
「そうなのかしら……そういう風には思えないけど」
「多分そうですよ。倉田さん、皆で食事をとったのに凄く早く食べ終わるし。先にお風呂に入って早々に部屋に戻っちゃうし」
調子の戻った岡本が敷き布団をポフポフ叩き何故か怒り出す。
「だって、同僚が『恋人がまだ出来ないの?』って。次には『社内で良い人はいないの?』のそして次は、とうとう酔っ払って酷い事を言い出すんだもの『付き合った事あるのか? 抱かれた事はあるのか?』ですって。私だって男性と付き合った事あるし、関係もあったけど今はそういうのがないってだけなのに。とにかく、男性の話ばっかり聞いていくるから面倒くさくなって」
ないっていうか、ないのだけれど。ずっと御無沙汰ですよ。
私が腹を立てて嫌そうに言うと天野と岡本がピクリと動いた。
「な、何よ?」
最初に動いたのは岡本で両手をついて正座のまま、ぴょこぴょこ布団の上を弾み傍に座る私の前までやって来る。
「そうですよね。僕だって別に女性と付き合った事はないですけど経験がないなんてひと言も言っていないのに。皆さん『女性と付き合った事ないイコール経験ない』みたいに考えるのは困りものですよね。そうですか、倉田さん今は付き合っている男性はいないんですか──」
何故か嬉しそうに話し出す岡本の言葉に天野と私は驚いて声を上げる。
「今さ何だかよく分からない事言わなかったか?」
「付き合った事ないけど経験あるってどういう意味?」
今度は天野と私が岡本の顔に自らの顔を近づける。
岡本の白い頬と黒縁眼鏡越しの切れ長の瞳を前に私達は目を丸くする。
「どういう意味って、そのままですけど? アメリカにいた時から女性と付き合った事はないですけど、僕だって性欲はありますから。気の合う女性とセックスする事はよくありましたよ?」
オー・マイ・ガー!
「何よそれ! 岡本も天野並みに最低だったのね」
私は思わず声を上げた。それを聞いた天野が、私の肩をパシッと叩いて抗議の声を上げる。
「何だよ『天野並み』って。俺は付き合った事あるぞ」
「あ、そうなんだ」
「『あ、そうなんだ』じゃねぇよ。俺の事だけ軽く流すな。それに倉田は俺の事誤解しているぞ」
「そうですか? 天野さんは僕と同じと思っていたのに」
岡本が悲しそうに天野を見つめていた。
「いやいやいやいや。岡本もさぁ、俺を誤解しているぞ」
天野が慌てて自分の口の前で手を左右に振る。
そこで、岡本は黒縁眼鏡のブリッジを上げてレンズを光らせる。
「この間一緒に町を歩いていた女性は付き合っている人ですか?」
「え? ああ。あの時の女性か。付き合ってないよ。あれはたまたま逆ナンされて」
「そのままホテルに行きましたよね?」
「まぁ。そうだけど」
「それって僕と同じですよね?」
「……」
天野が二の句が継げず、岡本を見つめていた。
天野、墓穴を掘る。って感じだろうか。
とにかく岡本と天野が同系統という事は理解出来た。
恋愛経験が多そうな天野の方がマシ……マシなのかしら?
「とにかく。岡本も天野もプライベートと仕事を分けるのならあんまりペラペラ会社の人間にそういうの話さない方が良いわよ。うん」
どうしてこんな話になったのか分からなくなってしまったが、私はこれ以上二人のプライベートを知る事になるのは良くない気がした。
だって、知れば知るほど島田組と鈴木組が可哀相になってくる。あらゆるスペックの高い男性でもこれはいかがなものか。
社内の女性が対象外なら私も何の影響もないだろうが、これは近づかない方が良い男性だろう。きっと関係など持った日には痛い目に遭いそうだ。
「そんな事、言わないでください。僕は社内恋愛はしたくないですが、倉田さんなら良いと思っているんです」
岡本が突然私の左腕を掴んだ。黒縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳をキラキラさせて縋る。
「え」
私は驚いて身を引きたかったが、岡本に浴衣の袖事握りしめられて引く事が出来ない。
「岡本狡いぞ。俺だって社内恋愛しないって言ったけど、倉田なら良いと思ってんだ」
今度は天野に右腕を同じ様に引っ張られる。
「え」
引っ張られてゆっくりと浴衣の前がズルズルと左右に割れていく。
マズイ。このままでははだけてしまう。
私は露わになっていく胸元を見つめながら顔を青くした。
焦る私を尻目に岡本と天野の二人が私の頭上で言い合いになる。
「僕は日本女性が好みなんですけど。セックスした事があるのは日本人以外が圧倒的に多くて、だから倉田さんとならって」
岡本がポツポツと話し出す。
「ちょっとぉ。それで、どうして私なのよ?!」
岡本の言葉の意味が分からない。
「俺は倉田のスタイルの良さと、顔の良さに入社した時から惹かれてたんだ」
今度は天野が話す。
「だから、その外見だけってのも最低でしょ?!」
私は167センチと背が高い。そして、派手目の顔をしている。
化粧をすると化粧映えするし、羨ましいと言われる事もあるが三十過ぎた今となっては、『迫力があるね』で済まされてしまう。だからこそこの大きなバストも隠してきた。
「えー? 天野さん例のホテルに行った女性は白人女性でしたよね? って事は日本人以外ともセックスしてますよね。僕はね好みなのに日本人女性とはした事がないんです! AVでしか見た事ないんですっ」
岡本が天野に噛みつく様に言い放つ。
「えぇ、逆ナンって日本人じゃないの?!」
普通に日本人だと思っていたのに。
「そ、それは別に良いだろ。俺だって英語なら話せるし! それより岡本だろ。AVって何だよ。AVで我慢出来るなら別に倉田に手を出す……というか、相手にしなくても良いだろ」
天野が堂々と言い訳をする。
「もしかして、天野が英語を話せるのって、英語圏の女性と付き合った事があるからとか?」
岡本と天野が膝立ちで私の両腕を左右から引っ張り私の頭上で文句を言う。私もそれぞれの発言に驚き文句を言うが全く聞いてもらえない。
今度は岡本のターン。っていうかいつまで続くのよ、これ。そう思った頃の発言だった。
「いいですか天野さん、僕はね日本人女性のAVを見てあの喘ぎ声に感動したんですよっ」
「喘ぎ」
「声?!」
とうとう天野と私は返答と合いの手を入れる事が出来なくなってしまった。
岡本が私の腕を握りしめる手と反対の手で拳を作る。そして切れ長の瞳を伏せて力説する。
「そうなんです。あの息を吸う、スポーツをする様な感じの喘ぎ声も良いと言えば良いんですよ。何だかこう、飲み込まれる様な感じがしますし。こう膣がキュッと僕のを締めつけるのも良いんです。でも、でも! あの日本人女性の喘ぐ姿と声が僕は大好きなんですっ! 分かりますよね天野さんっ」
「えぇ……それは岡本の──」
性癖なのでは。
天野はそう言おうと思ったのだろう。あまりにも真面目な岡本の形相に言葉を飲み込むしかなかった様だ。とうとう私と一緒に尻餅をつき岡本を見上げる。
私も開いた口が塞がらなくなった。これは私の知っている岡本なのだろうか。
「あのAVを見て以来、僕は日本人女性とする事を夢みているんです。出来たらあのAVに出演されていた女性に似た人とやりたい」
「「似た女性とやりたいって」」
天野と私は顔を見合わせる。
「そのAVは社内恋愛ものでしてね。仕事の出来る美人でスタイル抜群の女性が同僚とひょんな事から関係を持ってしまうというストーリーなのです。ああ……素晴らしかった。社内での声を潜めてのセックス、酔っ払っての野獣の様なセックス。いずれも愛が溢れ素晴らしい喘ぎ声で。しかもストーリー内には男性がコンドームをつけるシーンなんかも盛り込まれていて細かいんですよ。そして、最後は同僚二人と三人で関係を持つんですよ。ああ、男性器を挟む胸! そして受け入れる姿! どれをとっても最高ですっ」
片手を上げ瞳を閉じ一人独演会をする岡本を見上げる。
「コンドームをつけるシーンって」
「それ女性向けのAVじゃねぇの」
私と天野が呟く。
力説する岡本の後ろに後光が見える……様な気がする。
呆然とする私と天野の上から岡本の切れ長の瞳が動いた。
まるで獲物を見つけた様な視線だ。
「そこに倉田さんですよ! 素晴らしいスタイル。美人ですがツンツンしていない自然体。そして、その柔軟な性格。嫌味なく誰にも媚びず仕事の出来る女性。まさに求めていたAVの内容と一致! 日本に帰化し日本企業に就職した甲斐がありましたよ」
そう言って私の緩く結っている髪の毛の後れ毛を掬うとキスをした。
整った岡本の顔が間近に迫り、黒縁眼鏡奥に光る瞳から目が離せなくなった。
と、同時に私は鳥肌が立った。
「どうしよう! 岡本の方が天野より危ないヤツだったなんて! アメリカ育ちで日本に帰化したとは聞いていたけど。どうしてこんなエリートがうちの様な小さな企業に就職したかと思ったら。そんな理由があっただなんて! 人は見かけによらない」
「それはどういう意味だよっ! でも、岡本は俺よりヤバイぜ。かなり斜め上──」
私に同意した天野が私の顔を見てから視線を下に落とす。落とされた先は私の胸元。
「「「あ……」」」
私と岡本そして天野の視線は私のはだけた胸元に注がれる。
ずっと隠していた大きな胸の谷間がくっきりと姿を現し、ナイトブラジャーのレースが見えていた。
それだけではなく、左右に引っ張られた浴衣のせいで、下半身も大きく開き、まるでスリットが入ったスカートの様になり、太股を晒していた。
「良い眺め」
「美しい」
天野と岡本が酔った様な声を響かせる。ゴクンと二人が息を飲み顔が紅潮していてそれぞれの瞳がギラリと光ったのが分かった。
これは、
少し、
いけない事に、
なりそうな?
転がり込んで来たとはいえ、男性二人を自分の泊まる部屋に匿っている状態で。
しかも襲ってくださいといわんばかりの格好になり。
しかも話している内容がセクシャルな事──
「駄目よっ! 私はそういうのあんまりないから」
慌てて浴衣の前をかき合わせ、膝を隠す様に自分の体を抱きしめる。
女性に大人気の二人とはいえ、今の話を聞く限りこの二人は最低だ。
「あんまりない──って事は、少しはあるって事か?」
ゆっくりと四つん這いになって近づいてくるのは天野だった。天野の浴衣も再びはだけていた。先程不意に触れてしまった筋肉が目に留まる。思わず私はゴクンと唾を飲み込んでしまった。
不意に触れる男性の──しかも、天野程の完成された体には流石にときめいてしまう。
だって、私も女性だが性欲がないわけではない。
「な、ないわよ少しも! だって、こんな事は考えた事もなくて──」
天野から距離をとろうとしたが、今度は反対から影が見えた。
岡本だ。
「そうですか。倉田さん僕は思うんですよ。女性だって男性と気軽に関係を持ったって良いと思うんですよね」
岡本も天野と同じ様に四つん這いになり私ににじり寄ってくる。
同じ様にはだけた浴衣。白い肌に細身の体。しかし、くっきりと分かれた腹筋が見える。それが視界に入った時、思わず想像してしまった。
あの肌に抱かれたらどうなるだろう……
私は慌てて首を振る。ないないない。違うってば! どうしたの私。
「あ~倉田今なんか想像しただろ?」
天野が私の足首を掴んだ。
「ヒッ。し、してない!」
したけれど!
「僕も想像した事あります。倉田さんって脱いだらどうなのかなぁとか」
岡本が私の左手をとる。
「あっ。脱いだらって!」
想像したっていつの間に!
「なぁ、さっき俺の肌に触れた時、少しドキッとしたろ?」
天野が掴んだ足首からゆっくりと掌を這わせてふくらはぎに触れてくる。
「そ、それはっ。あっ」
そうです、ドキッとしました。久しぶりに男性に触れてときめきました。
ちょっと、駄目よっ、くすぐったい。
「狡いなぁ。僕のも触れてくださいよ。僕、付き合った事はないけど、経験は結構多いんです。倉田さんを後悔させませんよ。それに僕はね、倉田さんの声が大好きなんです」
岡本もスルスルと私の左の腕を腋の下まで遡って撫でる。
「あっ。も、もうそんな事言ったって、私いい年だし」
駄目よ、腋の下とか弱いのだから。くすぐったいところは大体感じやすいから撫でられるとまずいのよ。
「いい年だから良いんだろ? チュッ」
突然天野が足の甲にキスを落とした。吸いつく様な感触に思わず震えてしまう。
「だ、だってほら──そんな用意していないし」
信じられない足の甲にキスする男がいるなんてっ。思わず動揺して声が裏返る。
そうだ! 用意がない。避妊に使うあれ……あれ? そういえば──
「用意? ああ、それならさっき。ねぇ、天野さん」
岡本の黒縁眼鏡の向こうで切れ長の瞳が嬉しそうに弧を描いた。
「ああ、そうだな。ほら、ここに──」
天野も思い出して笑っていた。焦げ茶色の瞳が大きく開いて、軽くウインクをくれた。
「あ……」
私は思わず呟くしかなかった。
だって、天野と岡本は浴衣の袂からコンドームの袋を取り出して、私の前に見せたからだ。
布団の上で正座をしながら謝るのは黒縁眼鏡の岡本だった。
「お前さ。酒、弱いのな。ビールを小さなコップ一杯飲んだだけだぞ?」
天野が布団の側で胡坐をかいた。
「それが……僕、本当にお酒が苦手で。ノンアルコールだと思い込んで飲んでしまって」
岡本は黒縁眼鏡のブリッジ部分を左手の人指し指で持ち上げる。それから、サラサラの短い黒髪を揺らしながら後頭部をかいた。白い頬を赤く染めながら瞳を細めて笑う。
岡本は笑うと二十歳前半の様に若く見える。いや、下手をしたら高校生に見えるかも。
「どうせ島田さんと鈴木さんの組長──コホン、グループに捕まっていたんでしょ?」
私も溜め息をつきながら浴衣を整えて正座をする。
すると隣で胡坐をかいていた天野が左太股に自分の肘をついて頬杖をついた。
「そーなんだよ。食事を皆でとっただろ? その後さ、俺と岡本で露天風呂に行ったんだよ。なのに、男湯から出た途端、二人が待ち構えていてさ。強制連行でこの旅館のバーに連れていかれて個室に監禁だぜ。ゆっくりしたかったのに、仕事仲間なのもあるから邪険にも扱えないしさぁ」
茶髪で日焼けした肌の外見からチャラそうな天野だが、邪険にも出来ないと意外な事を口走る。
そんな天野にご執心なのは島田組だ。天野はその風貌から、恋愛も自由で色々な女性と取っかえ引っかえって感じかと思ったのに。
島田組に囲まれていつも楽しそうに見えたけれどそうでもないのか。
天野は瞳を閉じて深い溜め息をつく。瞳を閉じると長い睫毛が見えた。サーファーで日焼けと言っても日焼けサロンなどでがっつり灼いている程ではない。近くでマジマジと見た事がなかったけれども、精悍な顔つきをしている。
女の子が放っておかない筈がないか。
「俺は社内恋愛しないって決めているんだ。だからさ、言いよられても困るんだわ。社外だったら彼女らも別だったんだけどなぁ」
何だ……やはりチャラい見た目通りなのか。見直して損した。
私は思わず細目になってしまった。
「そうなんですか。じゃぁ、天野さんは社外でお付き合いしている方がいらっしゃるんですね」
岡本がペットボトルの水をもう一口飲んで溜め息をついた。
その言葉を聞いた天野が頬杖をパッと解いて、胡坐をかいている自分の両膝を握ると身を乗り出して岡本の前で口を尖らせる。
「今は誰とも付き合ってないさ。そうだそうだ。そもそも岡本が『誰ともお付き合いした事がない』とか言い出すから、おかしな事になったんだろ」
「付き合った事ないの? アメリカ育ちなのに? そんなに顔が整っているのに?」
天野の言葉に私も驚いて反応してしまった。
フクロウかミミズクが驚いた時の様に体が細くなる感じで背筋が伸びてしまった。
驚く私の顔と天野の顔を見比べながら、照れながら視線を逸らすのは岡本だった。
「女性と付き合うのにアメリカ育ちも顔も関係ないですよ。そうですよ付き合った事ないですよ」
「本当なの? 誰とも付き合った事がないなんてそれは意外……」
私は思わず自分の口を覆ってしまった。世間がこんな色男を放っておくなんてありえない。だってピチピチの二十九歳よ。
三十を過ぎた私には二十代と言うだけで眩しく見えるのだ。
「そんな事を言うからさ、鈴木さんが急に岡本に食いついて『岡本さんって自分を大切にしているんですね素敵です』なんて言い出して『もしかして女性が苦手なんですか? それなら慣れるまで私達と仮でも良いからお付き合いしませんか?』『付き合うって言ってもそんな恋人って感じじゃなくて。ちょっとしたレクチャーの様なもので』とか言い出したもんだから、つられて島田さんまでもが俺に言いよってくる羽目になったんだろうが」
途中でお嬢様系統の鈴木さんに声や顔(無理があるが)を真似ながら状況を説明してくれるのは天野だった。
「それでお酒を飲まされたの?」
私は呆れるやら可哀相になるやら、溜め息をつき岡本を見つめる。
女性の方から仕掛けられて、そのまま酔っ払った状態で鈴木組長の部屋にお持ち帰りされてしまうところだったのでは。あのお嬢様っぽい彼女も凄い事するわね。
「違いますよ。お酒は僕が間違えて飲んだだけですから。だけど、まさかあんなにグイグイ来るとは思っていなくて。気が動転してしまいました」
岡本が正座をしたまま長い指で両膝を握りしめ俯いていた。
「慰安旅行っていうのもあって、気持ちが浮かれているのかもね。好意を持っている相手に言いよるチャンスだと思ったのかも。でも、修学旅行じゃあるまいし」
折角の機会だ。天野と岡本に近づきたかったのだろう。何だか浮かれていない私が酷く年をとっている様に思う。
「修学旅行か。言われてみればそうかも。だからなのか? 部長からコンドーム配られたの。ほら」
そう言って天野が浴衣の袂から正方形の小さなパッケージを取り出す。
「本当に? もういい年した大人なのに。男性って、いくつになっても馬鹿なのね」
そのパッケージを見て私は目を丸めて呆れた。
「何言ってんだ、島田さん達にも配られていたぞ。倉田は貰ってないのか」
天野がパッケージを左右から眺めて首を傾げた。
「何ですって? 私は貰ってないわよ。もしかして、私は除外?!」
いくら何でもそれは酷い。
仕事一直線で男性の影ないが、私を何も除外しなくても。
これでもまだ三十代前半なのに!
何だか腹立たしくなり天野の顔に自分の顔を近づけて睨む。
「お、怒るなよ……」
私の勢いに天野が仰け反りながらも頬を少し赤くして視線を逸らす。
睨んでいるのに何なのよ、その態度。
「くそ、何だよ近くで見るとやっぱり美人って……しかもスタイル良いとか……それで浴衣で迫られたらさぁ……」
天野はブツブツ言いながらチラチラ私を見る。
「何言ってるのよ?」
声が聞こえなくて私は首を傾げる。
「くっ……何でもない。倉田がさっさと部屋に戻るから配り損ねたんだろ? 部長もさ」
「そうなのかしら……そういう風には思えないけど」
「多分そうですよ。倉田さん、皆で食事をとったのに凄く早く食べ終わるし。先にお風呂に入って早々に部屋に戻っちゃうし」
調子の戻った岡本が敷き布団をポフポフ叩き何故か怒り出す。
「だって、同僚が『恋人がまだ出来ないの?』って。次には『社内で良い人はいないの?』のそして次は、とうとう酔っ払って酷い事を言い出すんだもの『付き合った事あるのか? 抱かれた事はあるのか?』ですって。私だって男性と付き合った事あるし、関係もあったけど今はそういうのがないってだけなのに。とにかく、男性の話ばっかり聞いていくるから面倒くさくなって」
ないっていうか、ないのだけれど。ずっと御無沙汰ですよ。
私が腹を立てて嫌そうに言うと天野と岡本がピクリと動いた。
「な、何よ?」
最初に動いたのは岡本で両手をついて正座のまま、ぴょこぴょこ布団の上を弾み傍に座る私の前までやって来る。
「そうですよね。僕だって別に女性と付き合った事はないですけど経験がないなんてひと言も言っていないのに。皆さん『女性と付き合った事ないイコール経験ない』みたいに考えるのは困りものですよね。そうですか、倉田さん今は付き合っている男性はいないんですか──」
何故か嬉しそうに話し出す岡本の言葉に天野と私は驚いて声を上げる。
「今さ何だかよく分からない事言わなかったか?」
「付き合った事ないけど経験あるってどういう意味?」
今度は天野と私が岡本の顔に自らの顔を近づける。
岡本の白い頬と黒縁眼鏡越しの切れ長の瞳を前に私達は目を丸くする。
「どういう意味って、そのままですけど? アメリカにいた時から女性と付き合った事はないですけど、僕だって性欲はありますから。気の合う女性とセックスする事はよくありましたよ?」
オー・マイ・ガー!
「何よそれ! 岡本も天野並みに最低だったのね」
私は思わず声を上げた。それを聞いた天野が、私の肩をパシッと叩いて抗議の声を上げる。
「何だよ『天野並み』って。俺は付き合った事あるぞ」
「あ、そうなんだ」
「『あ、そうなんだ』じゃねぇよ。俺の事だけ軽く流すな。それに倉田は俺の事誤解しているぞ」
「そうですか? 天野さんは僕と同じと思っていたのに」
岡本が悲しそうに天野を見つめていた。
「いやいやいやいや。岡本もさぁ、俺を誤解しているぞ」
天野が慌てて自分の口の前で手を左右に振る。
そこで、岡本は黒縁眼鏡のブリッジを上げてレンズを光らせる。
「この間一緒に町を歩いていた女性は付き合っている人ですか?」
「え? ああ。あの時の女性か。付き合ってないよ。あれはたまたま逆ナンされて」
「そのままホテルに行きましたよね?」
「まぁ。そうだけど」
「それって僕と同じですよね?」
「……」
天野が二の句が継げず、岡本を見つめていた。
天野、墓穴を掘る。って感じだろうか。
とにかく岡本と天野が同系統という事は理解出来た。
恋愛経験が多そうな天野の方がマシ……マシなのかしら?
「とにかく。岡本も天野もプライベートと仕事を分けるのならあんまりペラペラ会社の人間にそういうの話さない方が良いわよ。うん」
どうしてこんな話になったのか分からなくなってしまったが、私はこれ以上二人のプライベートを知る事になるのは良くない気がした。
だって、知れば知るほど島田組と鈴木組が可哀相になってくる。あらゆるスペックの高い男性でもこれはいかがなものか。
社内の女性が対象外なら私も何の影響もないだろうが、これは近づかない方が良い男性だろう。きっと関係など持った日には痛い目に遭いそうだ。
「そんな事、言わないでください。僕は社内恋愛はしたくないですが、倉田さんなら良いと思っているんです」
岡本が突然私の左腕を掴んだ。黒縁眼鏡の奥にある切れ長の瞳をキラキラさせて縋る。
「え」
私は驚いて身を引きたかったが、岡本に浴衣の袖事握りしめられて引く事が出来ない。
「岡本狡いぞ。俺だって社内恋愛しないって言ったけど、倉田なら良いと思ってんだ」
今度は天野に右腕を同じ様に引っ張られる。
「え」
引っ張られてゆっくりと浴衣の前がズルズルと左右に割れていく。
マズイ。このままでははだけてしまう。
私は露わになっていく胸元を見つめながら顔を青くした。
焦る私を尻目に岡本と天野の二人が私の頭上で言い合いになる。
「僕は日本女性が好みなんですけど。セックスした事があるのは日本人以外が圧倒的に多くて、だから倉田さんとならって」
岡本がポツポツと話し出す。
「ちょっとぉ。それで、どうして私なのよ?!」
岡本の言葉の意味が分からない。
「俺は倉田のスタイルの良さと、顔の良さに入社した時から惹かれてたんだ」
今度は天野が話す。
「だから、その外見だけってのも最低でしょ?!」
私は167センチと背が高い。そして、派手目の顔をしている。
化粧をすると化粧映えするし、羨ましいと言われる事もあるが三十過ぎた今となっては、『迫力があるね』で済まされてしまう。だからこそこの大きなバストも隠してきた。
「えー? 天野さん例のホテルに行った女性は白人女性でしたよね? って事は日本人以外ともセックスしてますよね。僕はね好みなのに日本人女性とはした事がないんです! AVでしか見た事ないんですっ」
岡本が天野に噛みつく様に言い放つ。
「えぇ、逆ナンって日本人じゃないの?!」
普通に日本人だと思っていたのに。
「そ、それは別に良いだろ。俺だって英語なら話せるし! それより岡本だろ。AVって何だよ。AVで我慢出来るなら別に倉田に手を出す……というか、相手にしなくても良いだろ」
天野が堂々と言い訳をする。
「もしかして、天野が英語を話せるのって、英語圏の女性と付き合った事があるからとか?」
岡本と天野が膝立ちで私の両腕を左右から引っ張り私の頭上で文句を言う。私もそれぞれの発言に驚き文句を言うが全く聞いてもらえない。
今度は岡本のターン。っていうかいつまで続くのよ、これ。そう思った頃の発言だった。
「いいですか天野さん、僕はね日本人女性のAVを見てあの喘ぎ声に感動したんですよっ」
「喘ぎ」
「声?!」
とうとう天野と私は返答と合いの手を入れる事が出来なくなってしまった。
岡本が私の腕を握りしめる手と反対の手で拳を作る。そして切れ長の瞳を伏せて力説する。
「そうなんです。あの息を吸う、スポーツをする様な感じの喘ぎ声も良いと言えば良いんですよ。何だかこう、飲み込まれる様な感じがしますし。こう膣がキュッと僕のを締めつけるのも良いんです。でも、でも! あの日本人女性の喘ぐ姿と声が僕は大好きなんですっ! 分かりますよね天野さんっ」
「えぇ……それは岡本の──」
性癖なのでは。
天野はそう言おうと思ったのだろう。あまりにも真面目な岡本の形相に言葉を飲み込むしかなかった様だ。とうとう私と一緒に尻餅をつき岡本を見上げる。
私も開いた口が塞がらなくなった。これは私の知っている岡本なのだろうか。
「あのAVを見て以来、僕は日本人女性とする事を夢みているんです。出来たらあのAVに出演されていた女性に似た人とやりたい」
「「似た女性とやりたいって」」
天野と私は顔を見合わせる。
「そのAVは社内恋愛ものでしてね。仕事の出来る美人でスタイル抜群の女性が同僚とひょんな事から関係を持ってしまうというストーリーなのです。ああ……素晴らしかった。社内での声を潜めてのセックス、酔っ払っての野獣の様なセックス。いずれも愛が溢れ素晴らしい喘ぎ声で。しかもストーリー内には男性がコンドームをつけるシーンなんかも盛り込まれていて細かいんですよ。そして、最後は同僚二人と三人で関係を持つんですよ。ああ、男性器を挟む胸! そして受け入れる姿! どれをとっても最高ですっ」
片手を上げ瞳を閉じ一人独演会をする岡本を見上げる。
「コンドームをつけるシーンって」
「それ女性向けのAVじゃねぇの」
私と天野が呟く。
力説する岡本の後ろに後光が見える……様な気がする。
呆然とする私と天野の上から岡本の切れ長の瞳が動いた。
まるで獲物を見つけた様な視線だ。
「そこに倉田さんですよ! 素晴らしいスタイル。美人ですがツンツンしていない自然体。そして、その柔軟な性格。嫌味なく誰にも媚びず仕事の出来る女性。まさに求めていたAVの内容と一致! 日本に帰化し日本企業に就職した甲斐がありましたよ」
そう言って私の緩く結っている髪の毛の後れ毛を掬うとキスをした。
整った岡本の顔が間近に迫り、黒縁眼鏡奥に光る瞳から目が離せなくなった。
と、同時に私は鳥肌が立った。
「どうしよう! 岡本の方が天野より危ないヤツだったなんて! アメリカ育ちで日本に帰化したとは聞いていたけど。どうしてこんなエリートがうちの様な小さな企業に就職したかと思ったら。そんな理由があっただなんて! 人は見かけによらない」
「それはどういう意味だよっ! でも、岡本は俺よりヤバイぜ。かなり斜め上──」
私に同意した天野が私の顔を見てから視線を下に落とす。落とされた先は私の胸元。
「「「あ……」」」
私と岡本そして天野の視線は私のはだけた胸元に注がれる。
ずっと隠していた大きな胸の谷間がくっきりと姿を現し、ナイトブラジャーのレースが見えていた。
それだけではなく、左右に引っ張られた浴衣のせいで、下半身も大きく開き、まるでスリットが入ったスカートの様になり、太股を晒していた。
「良い眺め」
「美しい」
天野と岡本が酔った様な声を響かせる。ゴクンと二人が息を飲み顔が紅潮していてそれぞれの瞳がギラリと光ったのが分かった。
これは、
少し、
いけない事に、
なりそうな?
転がり込んで来たとはいえ、男性二人を自分の泊まる部屋に匿っている状態で。
しかも襲ってくださいといわんばかりの格好になり。
しかも話している内容がセクシャルな事──
「駄目よっ! 私はそういうのあんまりないから」
慌てて浴衣の前をかき合わせ、膝を隠す様に自分の体を抱きしめる。
女性に大人気の二人とはいえ、今の話を聞く限りこの二人は最低だ。
「あんまりない──って事は、少しはあるって事か?」
ゆっくりと四つん這いになって近づいてくるのは天野だった。天野の浴衣も再びはだけていた。先程不意に触れてしまった筋肉が目に留まる。思わず私はゴクンと唾を飲み込んでしまった。
不意に触れる男性の──しかも、天野程の完成された体には流石にときめいてしまう。
だって、私も女性だが性欲がないわけではない。
「な、ないわよ少しも! だって、こんな事は考えた事もなくて──」
天野から距離をとろうとしたが、今度は反対から影が見えた。
岡本だ。
「そうですか。倉田さん僕は思うんですよ。女性だって男性と気軽に関係を持ったって良いと思うんですよね」
岡本も天野と同じ様に四つん這いになり私ににじり寄ってくる。
同じ様にはだけた浴衣。白い肌に細身の体。しかし、くっきりと分かれた腹筋が見える。それが視界に入った時、思わず想像してしまった。
あの肌に抱かれたらどうなるだろう……
私は慌てて首を振る。ないないない。違うってば! どうしたの私。
「あ~倉田今なんか想像しただろ?」
天野が私の足首を掴んだ。
「ヒッ。し、してない!」
したけれど!
「僕も想像した事あります。倉田さんって脱いだらどうなのかなぁとか」
岡本が私の左手をとる。
「あっ。脱いだらって!」
想像したっていつの間に!
「なぁ、さっき俺の肌に触れた時、少しドキッとしたろ?」
天野が掴んだ足首からゆっくりと掌を這わせてふくらはぎに触れてくる。
「そ、それはっ。あっ」
そうです、ドキッとしました。久しぶりに男性に触れてときめきました。
ちょっと、駄目よっ、くすぐったい。
「狡いなぁ。僕のも触れてくださいよ。僕、付き合った事はないけど、経験は結構多いんです。倉田さんを後悔させませんよ。それに僕はね、倉田さんの声が大好きなんです」
岡本もスルスルと私の左の腕を腋の下まで遡って撫でる。
「あっ。も、もうそんな事言ったって、私いい年だし」
駄目よ、腋の下とか弱いのだから。くすぐったいところは大体感じやすいから撫でられるとまずいのよ。
「いい年だから良いんだろ? チュッ」
突然天野が足の甲にキスを落とした。吸いつく様な感触に思わず震えてしまう。
「だ、だってほら──そんな用意していないし」
信じられない足の甲にキスする男がいるなんてっ。思わず動揺して声が裏返る。
そうだ! 用意がない。避妊に使うあれ……あれ? そういえば──
「用意? ああ、それならさっき。ねぇ、天野さん」
岡本の黒縁眼鏡の向こうで切れ長の瞳が嬉しそうに弧を描いた。
「ああ、そうだな。ほら、ここに──」
天野も思い出して笑っていた。焦げ茶色の瞳が大きく開いて、軽くウインクをくれた。
「あ……」
私は思わず呟くしかなかった。
だって、天野と岡本は浴衣の袂からコンドームの袋を取り出して、私の前に見せたからだ。
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