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05 天野君と岡本君の誤解と倉田さんの自覚
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「はぁ~やっと終わった」
天野 悠司は手についた埃を払う様にパンパンと叩いて資料室の扉を開けようとした。空調管理も完璧の資料室。一人黙々と続けていた資料整理作業が終了した。各営業店舗の資料だけではない、取引先のデータも大切に保管している。
古いデータを紐解くと、知らなかった事実を発見したり、過去の戦略を確認する事が出来る。流石に老舗下着メーカーだけある。データ化されていない資料も大切にしている。
いつもなら直ぐに終わる調べ物も時折別の事を考えて手が止まって進まない。
考える事は倉田の事だ。月曜日に島田さんが気になる事を言っていたな。
『んふふふ~あの倉田さんが婚活かぁ~へぇ~やっぱり結婚とかしたいんだぁ意外かもぉ』
驚いて思わず声をかけてしまった。
そんな馬鹿な。だって俺と岡本と倉田の三人で関係を持ったばかりだというのに。あの気持ちよさと言ったらなかったのに。倉田はそれを無視して婚活に励んでいるのか? 早くその真意を確かめたいのに倉田が全く捕まらない。
クソッ! 連絡先を知らなかったなんて俺とした事が。
同じ部署の岡本 聡司もペアで仕事をしているのだが、慰安旅行明けからそれぞれ違う業務をしているので顔を合わせる機会が少ない。岡本も忙しいのか、気がついたら深夜になっていて連絡を取るどころではなかった。今日は水曜日。婚活の話を聞いてから時間が過ぎてしまった。
「まずいな、今日こそはとにかく岡本だけでも捕まえて情報共有と作戦を考えなければ」
ランチタイムも空振りで倉田に会う事が出来ない。おかしいなぁ、慰安旅行前はもっとランチタイムに顔を合わせる事が多かったと思うのに。
ヤベェ。これって本格的に避けられていないか? 婚活もあながち噂ではないのかもしれない。
嫌な予感と空腹でお腹を押さえた。
「取りあえずメシだな」
そう呟いた途端、資料室のドアが勢いよく開いた。
重たいはずの重厚な資料室のドアに挟まれる勢いだったので、天野は思わず後ろに飛び退いた。
「うぉおっ?!」
小さく叫ぶと髪の毛を振り乱して走ってきた岡本が、後ろ手でドアを勢いよく閉めた。
「岡本かよ、驚かせるな。俺をドアに挟むつもりか?!」
天野は溜め息をついて目の前の岡本を見つめた。
岡本はいつも落ち着いているのに、この時だけは慌てていた。肩で息をしながら汗を一筋垂らしていた。後ろのドアの鍵を閉めて、大きく息をしながら周りを確かめる。どうやら資料室に他に人がいないか確認している様だ。
「俺だけしかいないぜ? どうしたんだ?」
天野がそう告げる。すると岡本がおもむろに天野の肩を掴んで激しく前後に揺さぶった。
「ぐえっ、な、何だ?」
「天野さん! た、大変ですよ。倉田さんがっ、バ、ババババ、バンッ!」
喉がカラカラになっているのか、どもりながら掠れた声で小さく叫ぶ。最後は息が続かず少し咽せている。
「な、何だよ、落ち着けって。倉田がどうした?」
天野は揺さぶる岡本の両腕を掴むと落ち着く様に促す。
資料室で二人きりと言ってもドアの外で誰が話を聞いているか分からない。岡本と同じ様な小さな声で囁く。
岡本は何度も首を前後に振りながらようやく唾を飲み込んで呟いた。
「彼女、バンドマンと付き合っているらしいんですよっ」
黒縁眼鏡の向こうで切れ長の瞳が動揺している。真っ黒の瞳に天野の顔が写っているのが見えた。それぐらい二人顔を近くでつきあわせていた。
「…………はぁ?」
たっぷりと無言が続いてから天野が顔をひきつらせて返事をする。
「だからっ! バンドマンですって。鈴木さんが聞いたそうなんですよ! 信じられない。僕達とあんなに……だったのに」
流石に岡本も社内で小声とは言え「僕達とあんなに心ゆくまで乱れたのに」などとは口に出来なかった。
何という事だろう。鈴木さんから伝えられた事実が暴力的すぎて頭を鈍器で殴られた様な気になる。
畜生! 連絡先を知らなかったなんて僕とした事が。
「大体、慰安旅行が終わってからおかしいんですよ。天野さんはおろか倉田さんにも会う事が出来ないし。前はもっとランチタイムに顔を合わせる事が多かったと思うんですけれども」
岡本はブツブツと焦って呟いていた。
仕事のトラブルでもここまで焦る事はない。
あんなに快楽を共有出来る相手はそうないのに。倉田さんも絶対気持ちよかったと思っているはずだ。そう、まさに運命の相手。天野さんは少し邪魔といえば邪魔だだけれどもスパイスという意味ではいい存在だ。天野さんがいる事で僕も刺激が尚更ある。それに考え方も似ているのでとても楽に過ごせる相手なのだ。
「俺は彼女が婚活しているって聞いたぜ島田さんに」
天野は一人ブツブツ呟きだした岡本の両腕を握り絞めたままゆっくり呟いた。
「えっ? コッ、コッ、コッ」
その言葉に岡本は再び言葉を詰まらせる。
「ニワトリかよ」
あまりにも言葉が見つからない岡本に冷静な突っ込みをしてしまう天野だった。
「「……」」
180センチを超える長身の男性二人が何故か向かい合い両腕を二人組み合ったまま見つめ合う。
「もしかして僕達」
倉田さんに──
「避けられている?」
お互いの瞳を見つめると同じ色をしている事が分かった。つまり二人共同じ感情がわき上がっている。
先に口を開いたのは岡本だった。前髪が乱れて黒縁眼鏡にかかっている。その奥の切れ長の黒い瞳が鈍い光を放つ。
「許せませんよね。だって僕達これから続いていくはずだったのに。婚活して何処のバンドマンに体を許すつもりなのでしょう。まさか、もう許したなんて事……許せない」
岡本は恐ろしく低い声で呟いた。その声を聞いて頷いた天野も垂れ気味の二重をスッと細める。
「あんなになるのは俺達だけだって。これは何としてでも捕まえて話を──いや、体で説明する必要があるよな」
一見冷静だが物騒な事を言う天野だった。
そう言って二人はお互いの腕を放した。
「では、情報収集をしましょう。情報を元々持っていた彼女達──島田さんと鈴木さんはランチタイムで同席するはずですよ」
岡本が鍵を開けてドアノブを掴んだ。
「そうだな。彼女たちは何だかんだで倉田が気になるみたいだし。何気なく同席して情報を聞き出そうぜ。まずはそれからだな」
天野も頷いて岡本と二人資料室を後にした。
営業成績トップの二人が仕事とは関係のない事で本気になった。
私は俯きながらカフェに向かった。カフェとは社員食堂の事だ。三年前に改装してかなりお洒落になった。カフェには窓側に面して座る席がある。私はそこから外を見ながら一人ゆっくり食事をする事が好きだ。
駄目だ。あまりにも頭が天野と岡本の夢の中のナニで……ではない、天野と岡本の事でいっぱいで仕事どころではなくなりそうだ。考えたら月曜日から一度もこのカフェでゆっくりしていない。
うん。ここはゆっくりと外を見ながら一人ランチタイムを楽しむべきだろう。
カフェの入り口は既に列が出来ている。うわぁ~一足遅かったかぁ。いつもの席は空いているかなぁ。私は人の混み具合を見る為に、入り口からカフェの中を覗いた。
「いつもの席は……開いてるわね」
大抵の社員は二人や四人で席に座るから、お一人様席は結構空いているものね。窓から外を覗くいつもの特等席は空いていた。
あいにく天気は曇りだけれども、そんな外をボンヤリ見ながら何も考えず食事をするのは今の私にとってとても重要な時間だと思う。
そう思って列に並ぼうとした時だった。
「……!」
見ると窓際に近い四人が座る席に、ペアになって座る見知った姿がいた。
島田さんの隣に天野が座り、向かい側には鈴木さんと岡本が座っていた。何やら四人仲睦まじく顔をつきあわせて話をしている。
私は入り口から覗き込んでいた顔を少し引っ込めて四人の様子を思わずうかがってしまった。
時折近づけた顔を離して笑う天野と岡本。その二人の腕を軽く叩いて島田さんと鈴木さんが嬉しそうに笑っていた。既に食事は済んでいる様で四人ともコーヒーや紅茶を飲みながら話に花を咲かせていた。
な、何? どういう事?
私は楽しそうに笑う四人を直視出来なくなり、息苦しくなった。思わず体を引っ込めて入り口付近のドアにもたれかかった。
慰安旅行の時はそれこそ島田さんと鈴木さんに迫られ『匿ってくれ』って言いながら人の部屋に転がり込んできた天野と岡本なのに。そしてその後私の事を──
私は自分の手が少し震えている事が分かった。改めて握ったり広げたりを繰り返して何とか震えを止める。
社内恋愛はしないから言いよられても困る──だとか。
私の声が好き──だとか。
色々言っていたけれども。
「何よ結局」
天野も岡本も、誰でもいいのね。それに、島田さんや鈴木さんに、デレデレしてしまってさ。まんざらでもないのでしょ。
慰安旅行で匿って損してしまった。だってあの時あんなに気持ちよくて乱れたのに。それに私が否定しても天野も岡本が関係を続けるって。
そこまで考えて私は自分の口元を押さえて目を見開いた。
え? 私は今、何を考えていたの。
三人で関係を持ってしまった事を忘れようといったのも私だし。
避けているのも私のはずなのに。
なのにどうして──私は
天野と岡本が別の女性といるだけでこんなに心が乱されてショックを受けているの?
「う、嘘」
そんなまさか。
私の方が二人を求めているって事? だからあんな夢を見る羽目になったの?
私は自分に驚いてしまい、再びカフェの中で談笑する天野と岡本を見つめた。
相変わらず四人がテーブルの真ん中で顔をつきあわせていた。若い男女、確かに天野も岡本も稀に見るイケメンだけれど島田さんや鈴木さんだって十分可愛い。
お似合いに見える四人は、顔を上げて楽しそうに笑っていた。
胸が痛い。嫌だ。あの側で心を穏やかにする為のランチなんて出来ない。
ああ、惨めで阿呆な私。しかし、全部自ら招いた事だ。
私は自分の気持ちを自覚し溜め息をついてカフェに入る事なくお昼を過ごした。
天野 悠司は手についた埃を払う様にパンパンと叩いて資料室の扉を開けようとした。空調管理も完璧の資料室。一人黙々と続けていた資料整理作業が終了した。各営業店舗の資料だけではない、取引先のデータも大切に保管している。
古いデータを紐解くと、知らなかった事実を発見したり、過去の戦略を確認する事が出来る。流石に老舗下着メーカーだけある。データ化されていない資料も大切にしている。
いつもなら直ぐに終わる調べ物も時折別の事を考えて手が止まって進まない。
考える事は倉田の事だ。月曜日に島田さんが気になる事を言っていたな。
『んふふふ~あの倉田さんが婚活かぁ~へぇ~やっぱり結婚とかしたいんだぁ意外かもぉ』
驚いて思わず声をかけてしまった。
そんな馬鹿な。だって俺と岡本と倉田の三人で関係を持ったばかりだというのに。あの気持ちよさと言ったらなかったのに。倉田はそれを無視して婚活に励んでいるのか? 早くその真意を確かめたいのに倉田が全く捕まらない。
クソッ! 連絡先を知らなかったなんて俺とした事が。
同じ部署の岡本 聡司もペアで仕事をしているのだが、慰安旅行明けからそれぞれ違う業務をしているので顔を合わせる機会が少ない。岡本も忙しいのか、気がついたら深夜になっていて連絡を取るどころではなかった。今日は水曜日。婚活の話を聞いてから時間が過ぎてしまった。
「まずいな、今日こそはとにかく岡本だけでも捕まえて情報共有と作戦を考えなければ」
ランチタイムも空振りで倉田に会う事が出来ない。おかしいなぁ、慰安旅行前はもっとランチタイムに顔を合わせる事が多かったと思うのに。
ヤベェ。これって本格的に避けられていないか? 婚活もあながち噂ではないのかもしれない。
嫌な予感と空腹でお腹を押さえた。
「取りあえずメシだな」
そう呟いた途端、資料室のドアが勢いよく開いた。
重たいはずの重厚な資料室のドアに挟まれる勢いだったので、天野は思わず後ろに飛び退いた。
「うぉおっ?!」
小さく叫ぶと髪の毛を振り乱して走ってきた岡本が、後ろ手でドアを勢いよく閉めた。
「岡本かよ、驚かせるな。俺をドアに挟むつもりか?!」
天野は溜め息をついて目の前の岡本を見つめた。
岡本はいつも落ち着いているのに、この時だけは慌てていた。肩で息をしながら汗を一筋垂らしていた。後ろのドアの鍵を閉めて、大きく息をしながら周りを確かめる。どうやら資料室に他に人がいないか確認している様だ。
「俺だけしかいないぜ? どうしたんだ?」
天野がそう告げる。すると岡本がおもむろに天野の肩を掴んで激しく前後に揺さぶった。
「ぐえっ、な、何だ?」
「天野さん! た、大変ですよ。倉田さんがっ、バ、ババババ、バンッ!」
喉がカラカラになっているのか、どもりながら掠れた声で小さく叫ぶ。最後は息が続かず少し咽せている。
「な、何だよ、落ち着けって。倉田がどうした?」
天野は揺さぶる岡本の両腕を掴むと落ち着く様に促す。
資料室で二人きりと言ってもドアの外で誰が話を聞いているか分からない。岡本と同じ様な小さな声で囁く。
岡本は何度も首を前後に振りながらようやく唾を飲み込んで呟いた。
「彼女、バンドマンと付き合っているらしいんですよっ」
黒縁眼鏡の向こうで切れ長の瞳が動揺している。真っ黒の瞳に天野の顔が写っているのが見えた。それぐらい二人顔を近くでつきあわせていた。
「…………はぁ?」
たっぷりと無言が続いてから天野が顔をひきつらせて返事をする。
「だからっ! バンドマンですって。鈴木さんが聞いたそうなんですよ! 信じられない。僕達とあんなに……だったのに」
流石に岡本も社内で小声とは言え「僕達とあんなに心ゆくまで乱れたのに」などとは口に出来なかった。
何という事だろう。鈴木さんから伝えられた事実が暴力的すぎて頭を鈍器で殴られた様な気になる。
畜生! 連絡先を知らなかったなんて僕とした事が。
「大体、慰安旅行が終わってからおかしいんですよ。天野さんはおろか倉田さんにも会う事が出来ないし。前はもっとランチタイムに顔を合わせる事が多かったと思うんですけれども」
岡本はブツブツと焦って呟いていた。
仕事のトラブルでもここまで焦る事はない。
あんなに快楽を共有出来る相手はそうないのに。倉田さんも絶対気持ちよかったと思っているはずだ。そう、まさに運命の相手。天野さんは少し邪魔といえば邪魔だだけれどもスパイスという意味ではいい存在だ。天野さんがいる事で僕も刺激が尚更ある。それに考え方も似ているのでとても楽に過ごせる相手なのだ。
「俺は彼女が婚活しているって聞いたぜ島田さんに」
天野は一人ブツブツ呟きだした岡本の両腕を握り絞めたままゆっくり呟いた。
「えっ? コッ、コッ、コッ」
その言葉に岡本は再び言葉を詰まらせる。
「ニワトリかよ」
あまりにも言葉が見つからない岡本に冷静な突っ込みをしてしまう天野だった。
「「……」」
180センチを超える長身の男性二人が何故か向かい合い両腕を二人組み合ったまま見つめ合う。
「もしかして僕達」
倉田さんに──
「避けられている?」
お互いの瞳を見つめると同じ色をしている事が分かった。つまり二人共同じ感情がわき上がっている。
先に口を開いたのは岡本だった。前髪が乱れて黒縁眼鏡にかかっている。その奥の切れ長の黒い瞳が鈍い光を放つ。
「許せませんよね。だって僕達これから続いていくはずだったのに。婚活して何処のバンドマンに体を許すつもりなのでしょう。まさか、もう許したなんて事……許せない」
岡本は恐ろしく低い声で呟いた。その声を聞いて頷いた天野も垂れ気味の二重をスッと細める。
「あんなになるのは俺達だけだって。これは何としてでも捕まえて話を──いや、体で説明する必要があるよな」
一見冷静だが物騒な事を言う天野だった。
そう言って二人はお互いの腕を放した。
「では、情報収集をしましょう。情報を元々持っていた彼女達──島田さんと鈴木さんはランチタイムで同席するはずですよ」
岡本が鍵を開けてドアノブを掴んだ。
「そうだな。彼女たちは何だかんだで倉田が気になるみたいだし。何気なく同席して情報を聞き出そうぜ。まずはそれからだな」
天野も頷いて岡本と二人資料室を後にした。
営業成績トップの二人が仕事とは関係のない事で本気になった。
私は俯きながらカフェに向かった。カフェとは社員食堂の事だ。三年前に改装してかなりお洒落になった。カフェには窓側に面して座る席がある。私はそこから外を見ながら一人ゆっくり食事をする事が好きだ。
駄目だ。あまりにも頭が天野と岡本の夢の中のナニで……ではない、天野と岡本の事でいっぱいで仕事どころではなくなりそうだ。考えたら月曜日から一度もこのカフェでゆっくりしていない。
うん。ここはゆっくりと外を見ながら一人ランチタイムを楽しむべきだろう。
カフェの入り口は既に列が出来ている。うわぁ~一足遅かったかぁ。いつもの席は空いているかなぁ。私は人の混み具合を見る為に、入り口からカフェの中を覗いた。
「いつもの席は……開いてるわね」
大抵の社員は二人や四人で席に座るから、お一人様席は結構空いているものね。窓から外を覗くいつもの特等席は空いていた。
あいにく天気は曇りだけれども、そんな外をボンヤリ見ながら何も考えず食事をするのは今の私にとってとても重要な時間だと思う。
そう思って列に並ぼうとした時だった。
「……!」
見ると窓際に近い四人が座る席に、ペアになって座る見知った姿がいた。
島田さんの隣に天野が座り、向かい側には鈴木さんと岡本が座っていた。何やら四人仲睦まじく顔をつきあわせて話をしている。
私は入り口から覗き込んでいた顔を少し引っ込めて四人の様子を思わずうかがってしまった。
時折近づけた顔を離して笑う天野と岡本。その二人の腕を軽く叩いて島田さんと鈴木さんが嬉しそうに笑っていた。既に食事は済んでいる様で四人ともコーヒーや紅茶を飲みながら話に花を咲かせていた。
な、何? どういう事?
私は楽しそうに笑う四人を直視出来なくなり、息苦しくなった。思わず体を引っ込めて入り口付近のドアにもたれかかった。
慰安旅行の時はそれこそ島田さんと鈴木さんに迫られ『匿ってくれ』って言いながら人の部屋に転がり込んできた天野と岡本なのに。そしてその後私の事を──
私は自分の手が少し震えている事が分かった。改めて握ったり広げたりを繰り返して何とか震えを止める。
社内恋愛はしないから言いよられても困る──だとか。
私の声が好き──だとか。
色々言っていたけれども。
「何よ結局」
天野も岡本も、誰でもいいのね。それに、島田さんや鈴木さんに、デレデレしてしまってさ。まんざらでもないのでしょ。
慰安旅行で匿って損してしまった。だってあの時あんなに気持ちよくて乱れたのに。それに私が否定しても天野も岡本が関係を続けるって。
そこまで考えて私は自分の口元を押さえて目を見開いた。
え? 私は今、何を考えていたの。
三人で関係を持ってしまった事を忘れようといったのも私だし。
避けているのも私のはずなのに。
なのにどうして──私は
天野と岡本が別の女性といるだけでこんなに心が乱されてショックを受けているの?
「う、嘘」
そんなまさか。
私の方が二人を求めているって事? だからあんな夢を見る羽目になったの?
私は自分に驚いてしまい、再びカフェの中で談笑する天野と岡本を見つめた。
相変わらず四人がテーブルの真ん中で顔をつきあわせていた。若い男女、確かに天野も岡本も稀に見るイケメンだけれど島田さんや鈴木さんだって十分可愛い。
お似合いに見える四人は、顔を上げて楽しそうに笑っていた。
胸が痛い。嫌だ。あの側で心を穏やかにする為のランチなんて出来ない。
ああ、惨めで阿呆な私。しかし、全部自ら招いた事だ。
私は自分の気持ちを自覚し溜め息をついてカフェに入る事なくお昼を過ごした。
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