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56 やんちゃ坊主
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恐らく和馬は中学生ぐらいだろうか。既に身長も体格もよくて成人している男性に近い。通っていた有名私立高校の制服を、わざと崩して着こなしている。シャツはズボンから出しているし、ネクタイは緩く結んでいる。そして、そして、髪の毛が──ない!
「坊主?! っていうよりモヒカン?」
毎朝髪の毛を綺麗にセットしているので、さぞかし昔から髪型には余念がないと思っていたのに、そうではなかった。むしろ、こだわりがありすぎてこんな事になったのかもしれない。
頭頂部に短めの髪の毛を残している。ソフトモヒカンだろうか。サイドはスッキリ坊主と思えるぐらい刈り上げているが、そのうっすら残った髪の毛で何やら後頭部に模様をつけている。
眉毛は綺麗に整えられているけれども、何だろうこのゴツい感じ。カメラに向かって斜に構えかなり睨みつけている。かなりの不良、悪そうに見えるのだけど、顔が随分と完成されているので、不良を題材にした映画に登場する俳優の様だった。
つまり──とても悪そうなのに、強く惹かれる。
私が育った田舎には絶対いないタイプの、超・お洒落不良の和馬がいた。和馬をぐるりと取り囲んでいる同級生も同じ風体だった。男子も女子もいるけど、皆お洒落でとにかく派手だった。これは、今以上に目立つだろう。
(そういえば、タエさんが『やんちゃ』って言っていたけど。この事なの?)
私はその写真を持ったまま固まっていると、後ろからにゅっと腕が伸びた。
「何見てんだ。えっ……何でこの写真があるんだ! タエさんの仕業だな。って、わーっ、こんな写真まで! どっから出してきたんだ。俺の部屋の中をあさって、わざわざ額に入れて飾らなくても!」
いつの間にか部屋に入り、私の真後ろに立った和馬が写真を手にとって呟いていた。
体をねじって振り向くと、服を乾かしスッキリした和馬がいた。でも写真を見ている表情はとても苦々しいものだった。そして、チラリと私を見て下唇を噛んでいた。
(何よその顔は。まさかの感想待ちとか)
和馬は明らかに私の反応を伺っていた。だから、私はゆっくりと口を開いて感想を述べる。
「えっと。うーんと。意外だったかな」
「意外って、どう意外なんだよ」
「もっと、ザ・お坊ちゃんって感じだと思っていたから」
「ザ・お坊ちゃんって」
「それなのに真逆の悪そう──じゃなくて……えーとえーと凄く派手で弾けてるよね。私の学校にはいなかったかな?」
私が言葉を選び視線を彷徨わせて呟く。まさか悪そうだけど、悔しいほど格好いいのはどうしても言いたくなかった。
(だって嬉しそうな反応が返ってきそうなんだもん。昔から格好いいとは思ったけどこれはモテモテだろうなぁ。私が中学生から高校生の時にこんな同級生がいたら……格好いいなと感じるかもしれないけど、怖いと思って敬遠しちゃうかな)
この容姿だから声をかけてくる積極的な女の子は多かっただろう。それで運動神経抜群なら尚更で。
(……どれだけの女の子と付き合ったのだろう?)
と、想像すると胸が痛む。これは、私が極端に恋愛経験が乏しいせいだろう。だから、ぼかした表現をしたのだが、和馬は何故かショックを受けていた。
「那波の学校には俺みたいなのはいなかったのか? 一人ぐらいいるだろ? え、いないのか? って事はマジでダサいのか? それはまずい……こっ、これは、ちょっとお年頃だから荒れていたんであって。それに、ほら周りのやつらも似たり寄ったりだろ? そう、流行だったんだ」
和馬はやたらと早口になり、手に持った写真を自分の胸に抱きしめて隠した。
「和馬の周りはそういう友達が多かったの? あっ、凄いこれなんか金髪バージョン。この時は、髪が伸びてるね? バスケ部のユニフォームを着ているから高校生? 派手だね」
「うわぁ! それもあるのか。それはちょっとやりすぎてバスケのコーチに怒られたやつだ! 数日で終わった髪型なんだよ……こんなに写真を並べて、タエさんは何気に俺を笑いものにしようとしているのか?」
和馬はがっくりと頭を垂れて、諦める様に写真を元に戻した。その様子がおかしくて私は思わず吹き出して笑ってしまった。
「どうせダッセーって思ってるんだろ? 俺だって格好つけたくて迷走していた時期があったんだよ」
和馬が口を尖らせる。
そんな和馬が面白くて、私はもっと他に写真がないか勉強机の上を覗き込む。
「他にないかな~」
「もう見るなよ。黒歴史を晒されているみたいで俺は地獄だ」
「あ」
和馬が慌てて私の前に立ちはだかろうとした。しかし、私は先にある写真を見つけた。
今日バーベキューをした中庭で、お父さん達の友達が家族で集まっている。和馬と一緒に挨拶をした面々だ。更にその人達の家族らしき面々が集まっているから、大人数の集合写真になっている。その中には例の田中ファミリーもいる。
「梨音さんだ」
「え」
私の呟きに和馬は振り向き、一緒に写真を見つめる。まだ梨音さんの髪の毛が今より短い。それに、化粧も薄かった。今よりも幼い顔で可愛い笑顔で写っていた。
「ああ。これは数年前の写真だな。俺が会社で働き始めて一年経ったぐらいの頃のやつさ。そういえば、この時は家族で集まる事になって、大勢になったから写真を撮ったっけ」
「……」
道理で梨音さんが若いはずだ。梨音さんは大学生なのだろう。梨音さんの後ろには和馬がいて、そこだけくりぬいて見たらお似合いのカップルだった。
(こんな、写真ぐらいで)
色々考えて想像していた和馬の過去。莉音さんとはお付き合いがなかったのは分かるけど、明らかに不釣り合いなのは自分である事を実感してしまう。
そうだ、私が隣に並んだら笑われてしまう。和馬の過去を紐解いたって私と交わる部分なんてこれっぽっちもないのだと──そんな風に思い知って、動揺している自分がいた。
和馬はその写真を手に持って笑い始めた。
「ハハハ。見ろよ久馬、今と全然変わってねぇ。凄ぇなあいつ、ここ数年は同じ顔、同じ髪型をしているぜ。桂馬は──」
懐かしむ和馬の笑い声が、私には息苦しいものになった。だから、思わず低い声で呟いた。
「私を連れてきたのは、梨音さんとの婚約話を断るためだったの?」
「!」
私の声に和馬は笑うのを止めて、体をこわばらせた。数秒間の無言が続く。だから私は理解した。
(やっぱりそうなんだ。そうよねこんな私でも、こういう時こそ利用しないとね)
私は込み上げる思いを、ぎゅっと瞳を閉じて押し込める。唇を噛んで呼吸を整える。ひどく情けない顔をしている、こんな……みっともない顔は見られたくない。だから口角を上げて笑う様に努める。
「梨音さんのお父さんとお母さん、凄く残念そうだったね……」
「……そうだな」
和馬の声が私の俯いた後頭部当たりで響く。相変わらず良い声だ。
「あんなに頭を下げられたらさ、さすがにね。騙しているのが辛くなったよ」
私がそう言うと、和馬の手がピクリと動いた。それから間が開いて、低い声が響く。
「騙す? 何をだよ」
和馬の声は私を責める声だった。
(何を? って、和馬は騙しているって思わないのかな)
「断るためだけに私を紹介したら、もう後戻り出来ないよ?」
そう私が言った途端、和馬が私の体を引っ張り胸の中に閉じ込めきつく抱きしめた。私の背中の後ろに回された和馬の腕はとても強くて、私は息をする事が苦しいぐらいだった。
和馬は私の耳元に口を寄せて囁く様に呟く。
「断るためじゃない」
その声は低くて怒気が含まれていた。私は苦しさから何とか隙間を作ろうと和馬の体を仕返すけれどもびくともしない。
「和馬、苦しっ」
「那波は直ぐにそう言うよな。『後戻り出来ない』とか『取り返しがつかない』とか」
「それは」
「後戻り出来ないなら、しなけりゃいんだ」
和馬の声が思った以上に低くて怖い。
「だって、和馬は私の事なんて──」
(好きじゃないくせに!)
私は複雑な胸の内を押し込めてしまう。聞きたいけどそんな事を聞いて、この関係に終わりが来たら、怖いのは私の方だ。だから言えなくて、必死に和馬の腕の中でもがくと、突然唇を塞がれた。
「っ?!」
乱暴なキスだった。気がつくと私が見ていたのは天井で。和馬は私をきつく抱きしめたまま貪られる。私は和馬の体を押し返す事も出来ず体を預けたままになる。和馬の息まで吸い上げていくキスに酸欠気味になっていく。
(苦しっ)
酸欠になると、まともな考えが浮かばない。私はドンドンと和馬の胸を叩くけど、熱があるみたいに意識がボウッとしてくる。和馬のキスは乱暴なのに、どこか柔らかくて温かい。息があがる激しさが切なくて堪らなくなる。やがて、和馬がゆっくりとキスを止めて、おでこをつけて私の顔を覗き込む。
「か、和馬」
掠れた声で呟くと、和馬が瞼の上にキスを一つ落とした。顎を引くと睨みつけてきた、口角を上げニヤリと笑う。
「どうせなら後戻り出来ない様にしようぜ」
「え?」
「ここは俺の実家だし俺の部屋だ。ここでヤっていこうぜ」
「!」
(どうしてそうなるの?!)
契約上の恋人、つまり恋人(仮)なのに初めて上がった彼氏の実家で早々にそんな事する?!
「そんなの最低じゃない」
私は小さな声で力一杯怒る。
いくら和馬の部屋だからとはいえ、ごそごそしていればタエさんも異変に気づいてしまうかもしれない。いや、広い家だから大声を上げても聞こえないだろうか? これだけ掃除が行き届いた手入れされている部屋だ。ベッドでの痕跡が残るなんて、恥ずかしすぎる。
しかし、和馬はそんな私を簡単に担ぎ上げてしまう。
「紹介までした恋人同士なんだぜ。それに風呂まで入っておいて何を言ってんだ」
「お風呂は仕方がない、グッ!」
和馬に俵の様に担ぎ上げられ、一歩、また一歩と歩く度に和馬の肩がお腹にめり込む。
「もう後戻り出来ないんだろ。那波だって今のキスでぼんやりしていたくせに。今更真面目な振りすんなよ」
そう言って和馬は担ぎ上げた私を、ベッドマットに放り投げた。
「ちょっと」
私は思った以上にバウンドする体に驚きながら体勢を整えるけど、直ぐに和馬に跨がられて体が動かなくなる。
見下ろす和馬の顔はうっすらと笑っていた。和風の照明器具が和馬の顔に影を落とすから余計に意地が悪そうに見えた。
その顔が冗談を言っている訳ではない事が分かって私は唇が震えた。跨がった和馬の内太ももから熱を感じる。
「う、嘘でしょ」
この体温にこの表情。本気なのだと理解出来た。
「そんな風に拒絶すればするほどさ、興奮するよな」
和馬はそう言って上半身を倒し、私の唇に噛みつく様なキスをした。
「坊主?! っていうよりモヒカン?」
毎朝髪の毛を綺麗にセットしているので、さぞかし昔から髪型には余念がないと思っていたのに、そうではなかった。むしろ、こだわりがありすぎてこんな事になったのかもしれない。
頭頂部に短めの髪の毛を残している。ソフトモヒカンだろうか。サイドはスッキリ坊主と思えるぐらい刈り上げているが、そのうっすら残った髪の毛で何やら後頭部に模様をつけている。
眉毛は綺麗に整えられているけれども、何だろうこのゴツい感じ。カメラに向かって斜に構えかなり睨みつけている。かなりの不良、悪そうに見えるのだけど、顔が随分と完成されているので、不良を題材にした映画に登場する俳優の様だった。
つまり──とても悪そうなのに、強く惹かれる。
私が育った田舎には絶対いないタイプの、超・お洒落不良の和馬がいた。和馬をぐるりと取り囲んでいる同級生も同じ風体だった。男子も女子もいるけど、皆お洒落でとにかく派手だった。これは、今以上に目立つだろう。
(そういえば、タエさんが『やんちゃ』って言っていたけど。この事なの?)
私はその写真を持ったまま固まっていると、後ろからにゅっと腕が伸びた。
「何見てんだ。えっ……何でこの写真があるんだ! タエさんの仕業だな。って、わーっ、こんな写真まで! どっから出してきたんだ。俺の部屋の中をあさって、わざわざ額に入れて飾らなくても!」
いつの間にか部屋に入り、私の真後ろに立った和馬が写真を手にとって呟いていた。
体をねじって振り向くと、服を乾かしスッキリした和馬がいた。でも写真を見ている表情はとても苦々しいものだった。そして、チラリと私を見て下唇を噛んでいた。
(何よその顔は。まさかの感想待ちとか)
和馬は明らかに私の反応を伺っていた。だから、私はゆっくりと口を開いて感想を述べる。
「えっと。うーんと。意外だったかな」
「意外って、どう意外なんだよ」
「もっと、ザ・お坊ちゃんって感じだと思っていたから」
「ザ・お坊ちゃんって」
「それなのに真逆の悪そう──じゃなくて……えーとえーと凄く派手で弾けてるよね。私の学校にはいなかったかな?」
私が言葉を選び視線を彷徨わせて呟く。まさか悪そうだけど、悔しいほど格好いいのはどうしても言いたくなかった。
(だって嬉しそうな反応が返ってきそうなんだもん。昔から格好いいとは思ったけどこれはモテモテだろうなぁ。私が中学生から高校生の時にこんな同級生がいたら……格好いいなと感じるかもしれないけど、怖いと思って敬遠しちゃうかな)
この容姿だから声をかけてくる積極的な女の子は多かっただろう。それで運動神経抜群なら尚更で。
(……どれだけの女の子と付き合ったのだろう?)
と、想像すると胸が痛む。これは、私が極端に恋愛経験が乏しいせいだろう。だから、ぼかした表現をしたのだが、和馬は何故かショックを受けていた。
「那波の学校には俺みたいなのはいなかったのか? 一人ぐらいいるだろ? え、いないのか? って事はマジでダサいのか? それはまずい……こっ、これは、ちょっとお年頃だから荒れていたんであって。それに、ほら周りのやつらも似たり寄ったりだろ? そう、流行だったんだ」
和馬はやたらと早口になり、手に持った写真を自分の胸に抱きしめて隠した。
「和馬の周りはそういう友達が多かったの? あっ、凄いこれなんか金髪バージョン。この時は、髪が伸びてるね? バスケ部のユニフォームを着ているから高校生? 派手だね」
「うわぁ! それもあるのか。それはちょっとやりすぎてバスケのコーチに怒られたやつだ! 数日で終わった髪型なんだよ……こんなに写真を並べて、タエさんは何気に俺を笑いものにしようとしているのか?」
和馬はがっくりと頭を垂れて、諦める様に写真を元に戻した。その様子がおかしくて私は思わず吹き出して笑ってしまった。
「どうせダッセーって思ってるんだろ? 俺だって格好つけたくて迷走していた時期があったんだよ」
和馬が口を尖らせる。
そんな和馬が面白くて、私はもっと他に写真がないか勉強机の上を覗き込む。
「他にないかな~」
「もう見るなよ。黒歴史を晒されているみたいで俺は地獄だ」
「あ」
和馬が慌てて私の前に立ちはだかろうとした。しかし、私は先にある写真を見つけた。
今日バーベキューをした中庭で、お父さん達の友達が家族で集まっている。和馬と一緒に挨拶をした面々だ。更にその人達の家族らしき面々が集まっているから、大人数の集合写真になっている。その中には例の田中ファミリーもいる。
「梨音さんだ」
「え」
私の呟きに和馬は振り向き、一緒に写真を見つめる。まだ梨音さんの髪の毛が今より短い。それに、化粧も薄かった。今よりも幼い顔で可愛い笑顔で写っていた。
「ああ。これは数年前の写真だな。俺が会社で働き始めて一年経ったぐらいの頃のやつさ。そういえば、この時は家族で集まる事になって、大勢になったから写真を撮ったっけ」
「……」
道理で梨音さんが若いはずだ。梨音さんは大学生なのだろう。梨音さんの後ろには和馬がいて、そこだけくりぬいて見たらお似合いのカップルだった。
(こんな、写真ぐらいで)
色々考えて想像していた和馬の過去。莉音さんとはお付き合いがなかったのは分かるけど、明らかに不釣り合いなのは自分である事を実感してしまう。
そうだ、私が隣に並んだら笑われてしまう。和馬の過去を紐解いたって私と交わる部分なんてこれっぽっちもないのだと──そんな風に思い知って、動揺している自分がいた。
和馬はその写真を手に持って笑い始めた。
「ハハハ。見ろよ久馬、今と全然変わってねぇ。凄ぇなあいつ、ここ数年は同じ顔、同じ髪型をしているぜ。桂馬は──」
懐かしむ和馬の笑い声が、私には息苦しいものになった。だから、思わず低い声で呟いた。
「私を連れてきたのは、梨音さんとの婚約話を断るためだったの?」
「!」
私の声に和馬は笑うのを止めて、体をこわばらせた。数秒間の無言が続く。だから私は理解した。
(やっぱりそうなんだ。そうよねこんな私でも、こういう時こそ利用しないとね)
私は込み上げる思いを、ぎゅっと瞳を閉じて押し込める。唇を噛んで呼吸を整える。ひどく情けない顔をしている、こんな……みっともない顔は見られたくない。だから口角を上げて笑う様に努める。
「梨音さんのお父さんとお母さん、凄く残念そうだったね……」
「……そうだな」
和馬の声が私の俯いた後頭部当たりで響く。相変わらず良い声だ。
「あんなに頭を下げられたらさ、さすがにね。騙しているのが辛くなったよ」
私がそう言うと、和馬の手がピクリと動いた。それから間が開いて、低い声が響く。
「騙す? 何をだよ」
和馬の声は私を責める声だった。
(何を? って、和馬は騙しているって思わないのかな)
「断るためだけに私を紹介したら、もう後戻り出来ないよ?」
そう私が言った途端、和馬が私の体を引っ張り胸の中に閉じ込めきつく抱きしめた。私の背中の後ろに回された和馬の腕はとても強くて、私は息をする事が苦しいぐらいだった。
和馬は私の耳元に口を寄せて囁く様に呟く。
「断るためじゃない」
その声は低くて怒気が含まれていた。私は苦しさから何とか隙間を作ろうと和馬の体を仕返すけれどもびくともしない。
「和馬、苦しっ」
「那波は直ぐにそう言うよな。『後戻り出来ない』とか『取り返しがつかない』とか」
「それは」
「後戻り出来ないなら、しなけりゃいんだ」
和馬の声が思った以上に低くて怖い。
「だって、和馬は私の事なんて──」
(好きじゃないくせに!)
私は複雑な胸の内を押し込めてしまう。聞きたいけどそんな事を聞いて、この関係に終わりが来たら、怖いのは私の方だ。だから言えなくて、必死に和馬の腕の中でもがくと、突然唇を塞がれた。
「っ?!」
乱暴なキスだった。気がつくと私が見ていたのは天井で。和馬は私をきつく抱きしめたまま貪られる。私は和馬の体を押し返す事も出来ず体を預けたままになる。和馬の息まで吸い上げていくキスに酸欠気味になっていく。
(苦しっ)
酸欠になると、まともな考えが浮かばない。私はドンドンと和馬の胸を叩くけど、熱があるみたいに意識がボウッとしてくる。和馬のキスは乱暴なのに、どこか柔らかくて温かい。息があがる激しさが切なくて堪らなくなる。やがて、和馬がゆっくりとキスを止めて、おでこをつけて私の顔を覗き込む。
「か、和馬」
掠れた声で呟くと、和馬が瞼の上にキスを一つ落とした。顎を引くと睨みつけてきた、口角を上げニヤリと笑う。
「どうせなら後戻り出来ない様にしようぜ」
「え?」
「ここは俺の実家だし俺の部屋だ。ここでヤっていこうぜ」
「!」
(どうしてそうなるの?!)
契約上の恋人、つまり恋人(仮)なのに初めて上がった彼氏の実家で早々にそんな事する?!
「そんなの最低じゃない」
私は小さな声で力一杯怒る。
いくら和馬の部屋だからとはいえ、ごそごそしていればタエさんも異変に気づいてしまうかもしれない。いや、広い家だから大声を上げても聞こえないだろうか? これだけ掃除が行き届いた手入れされている部屋だ。ベッドでの痕跡が残るなんて、恥ずかしすぎる。
しかし、和馬はそんな私を簡単に担ぎ上げてしまう。
「紹介までした恋人同士なんだぜ。それに風呂まで入っておいて何を言ってんだ」
「お風呂は仕方がない、グッ!」
和馬に俵の様に担ぎ上げられ、一歩、また一歩と歩く度に和馬の肩がお腹にめり込む。
「もう後戻り出来ないんだろ。那波だって今のキスでぼんやりしていたくせに。今更真面目な振りすんなよ」
そう言って和馬は担ぎ上げた私を、ベッドマットに放り投げた。
「ちょっと」
私は思った以上にバウンドする体に驚きながら体勢を整えるけど、直ぐに和馬に跨がられて体が動かなくなる。
見下ろす和馬の顔はうっすらと笑っていた。和風の照明器具が和馬の顔に影を落とすから余計に意地が悪そうに見えた。
その顔が冗談を言っている訳ではない事が分かって私は唇が震えた。跨がった和馬の内太ももから熱を感じる。
「う、嘘でしょ」
この体温にこの表情。本気なのだと理解出来た。
「そんな風に拒絶すればするほどさ、興奮するよな」
和馬はそう言って上半身を倒し、私の唇に噛みつく様なキスをした。
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