【R18】普通じゃないぜ!

成子

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45 人任せだった私

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(どうしよう……この、やり場のない怒りと言うか、不愉快な感じ。とにかく腹が立つ! 腹が立つ!! 腹が立つ!!!)

 私は笑いを顔に張り付かせたまま、池谷課長の部屋を後にした。笑ったまま顔が戻らなくなるほどだ。

 だから二課内で勤務している誰もが私の気持ちなど気がつくはずがない。こんなに煮えくり返るほど腹を立てているとは分からないだろう。池谷課長と話して、笑いながら席に戻った直原──ぐらいに思っているだろう。

 ここでお昼を知らせるアラームが私の席ので鳴った。

(お昼か……お昼ね。ううっ~)

 私は、自分の席に戻っても一人悶えていた。

 頭を抱えればいいのか、振り上げた拳をどこかに振り下ろせばいいのか、それとも泣いてしまえばいいのか。

(泣く? 違うわね。こんな事で泣いてたまるかっての)

 社会人になってから、泣くのは悲しい時や辛い時ではなくなっていた。大抵、悔しい事で泣くばかりだった。

 腹が立つ上に、悔しいと言えば悔しい。でも、どういうわけか涙も出てきやしない。それぐらい虚しさと怒りが勝っていた。

 私はゴンと音を立ててテーブルに自分のおでこをぶつけた。

(池谷課長も舞子の上司、企画部の部長みたいにはっきり言ってくれたらよかったのに。女を高く評価するのは嫌だって)

 舞子の話を聞いた時は怒り心頭だったけど、むしろ逆に分かりやすくていいじゃないか等と思い始めてしまう。

「だって、言ってくれなきゃ分からない……」

 思わずぽつりと呟く。時代に逆行している事は言いにくいのだろう。だから池谷課長は隠す事にしたのだ。

 つまり隠れキャラ。

(どんな隠れキャラよ。あんなの見抜けるはずがない。だって入社後は厳しくても教えてくれたのよ? 考え方や心構え、ビッグデータの利用方法を余す事なく。あんなに仕事が出来る人初めて見たって思って。ずっと尊敬して素敵だと思っていたし、何より追いつきたかったのに!!)

 恐らく池谷課長も女性に対して、教える事や仕事を一緒にする事に反発はないのだろう。現に立場のある女性の社員とも上手く付き合っているし、女性に対して扱いがひどいわけではない。部下である女性に対しての進出に心を開けないだけなのだろう。

 そこで不意に昨日和馬が言っていた言葉を思い出した。

『マジか……そこまで心酔って。俺、心が折れそう。だって気づいてねぇとか。どうしたらいいんだよ、破滅に向かうの間違いなしだろ』

(心酔ね……確かにそうかも。おかげで軽い失恋みたいな感じだわ。百瀬さんは後輩で私より年下だし。百瀬さんが付き合っている相手とは和馬も知らないだろうけど、池谷課長が隠れ男尊女卑だっていうのはとっくに気がついていたって事かな。それが分かっていたから早々に一課に移動したのかしら)

 尚更自分が馬鹿で鈍い事が分かり、どんどん目の前が暗くなっていくのが分かる。きっと和馬は私が池谷課長に憧れている事を知っていて、黙っていてくれたのだろう。

(和馬、私の方が心が折れそうよ。池谷課長から期待をされているって。私だから三人の営業担当を任されたと思っていた。そんな難しい課題にも立ち向かう、私の頑張りをもっと認めて欲しかった)

 その時、私は思考が止まった。

(頑張りを認めて欲しいって……何なの?)

 もっと私を見て欲しかった。普通な私が沢山の事を覚えて出来る様になった時、私を認めて欲しかった。次を、先を、池谷課長に示して欲しかった。

 ただそれだけだった──と、気がついた私は、縮こまる事しか出来なかった。

(示して欲しかったって馬鹿じゃないの。自分の足で立つべきだったのよ! 評価が低かった事が気になれば、尋ねればよかったのよ。『常々思うんですけど、後輩と私は何が違うんですか? 後輩より評価が低いのは何故なんですか?!』って)

 そこまで頭の中でまくし立てたら、不意に笑いがこみ上げてきた。

「フフ……そりゃそうよね。何が違うって、性別が違うんだからさ敵いっこないわよ」
 誰に答えるわけでもなくぽつりと呟いて、もう一度おでこをテーブルにゴンと音を立ててぶつけた。

 鈍い音を二度、隣で聞いた百瀬さんがとうとうパーティションから顔を出した。

「直原さん、何の音……って、ええぇ~? 頭を自分からぶつけて?」
 頭をテーブルに押しつけたまま、頭を抱える私を見た百瀬さん。

 妙な光景に思わず小声になっているが、相変わらず語尾が伸びる特徴のある話し方だった。
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