37 / 88
37 和馬とお味噌汁
しおりを挟む
暗い気持ちに蓋をする。そうして気持ちを切り替えて家に帰る。ただそれだけなのに、今日はなかなか上手く行かない。油断すると直ぐに蓋は飛んでいってしまう。
(どうしようこんな情けない顔して家に帰りたくない)
幸か不幸か家には和馬がいる。こんな顔を見たらきっと何かあったと思われるし。何かと気を遣う和馬の事だ、ズケズケと聞いてくるに決まっている。
そこで足を止める。すっかり日が暮れた最寄りの駅から自宅への帰り道。月が浮かんでいた。その月を見ながら和馬を思い笑ってしまう。
(気を遣うのにズケズケって……変なの)
そう思うと少しだけ、ほんの少しだけ。気持ちが軽くなった。
だけど、和馬はもっと私の気持ちを軽くする事をやってのけてくれた。
◇◆◇
「お帰り。遅かったな」
玄関を開けると、私のギャルソンエプロンをつけて和馬がお玉を持って登場した。
百八十センチある身長に私のギャルソンエプロンは丈が短いけれどもそれが可愛く見えた。
和馬は満面の笑みで私を迎え入れる。
「ただいま……って、この香り」
玄関のドアを閉めると、お味噌汁の良い匂いがする。
クンクンと鼻を鳴らすと和馬が手招きをした。
「手洗いうがいをして着替えてこいよ。この間、那波に教えて貰った味噌汁を作ってみたんだ。具が沢山入っているヤツ」
「え。和馬が一人で、お味噌汁を作ったの?」
私は驚いた。だって和馬は普段料理をほとんどしないと言っていた。私と一緒にお弁当の仕込みや夜ごはんを作る様になったぐらいだ。和馬は仕事もそうなのだが本当に飲み込みが早くて驚くばかりだ。
小さなテーブルの上には、白いごはんとお味噌汁のお椀が置いてあった。向かい側に座る事が当たり前になった和馬の前にも、ごはんとお味噌汁が並んでいる。白い湯気がほわほわとしていた。
部屋着に着替えた私は正座をし、目の前のお味噌汁のお椀を覗き込む。お味噌の中に沢山の野菜が入っていた。
「なす、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、シメジ。ん? あはは、ちくわが入ってる」
お弁当や夕食に使っていたけれども少しずつ残った野菜を冷凍していた。それをかき集めてお味噌汁を作ってくれた。
「味噌汁を作るので精一杯だった。那波みたいに、パパッともう一品作るのは無理だな。って事で、もう一品は近くの商店街で買ったコロッケな。でもここのコロッケは美味いよな~俺、癖になりそう」
向かい側に座る和馬は『頂きます』と両手を合わせて、お味噌汁のお椀を持ち上げた。
「そんな事ない。私はお味噌汁で十分だよ」
私はお味噌汁の入ったお椀を見つめてゆっくりと両手を合わせる。そして瞳を閉じて和馬にお礼をする様に頭を下げた。
(どうしよう……凄く嬉しい……)
どんなに豪華なディナーに連れて行って貰うより、高いデリバリーを用意してくれるより、ずっとずっと嬉しい。どんな味がしたっていい。胸の奥をぎゅっと掴まれたみたいな。声が出なくなりそう。感激するとはこういう事なのだろうか。
「頂きます」
震える声でそっと呟く。その声も和馬はきちんと聞いてくれていた。
「うん。どうぞ」
和馬はお椀を持ったままじっと私を見つめていた。私の反応が気になるみたい。
私は目を開けてお箸を持ち、お味噌汁のお椀に口をつける。凄く和馬の視線を感じる。穴が開きそうなほど見つめられる中、お味噌汁を一口飲んでホッと溜め息をついた。自然と口の端が上がって笑顔になる。
(温かい。優しい味。美味しい)
染み渡るとはこういう事を言うのかな。人が作った料理を食べるのは久し振りだ。しかも男性の手料理なんて初めてだった。
「ど、どうだ?」
和馬はソワソワしながら私の返事を待つ。私の溜め息をついた後の笑顔を見た和馬は、期待が高まっているのか大型犬が褒められるのを待っている様と似ていた。
(和馬の後ろに大きな尻尾が見える……様な気がする)
私はその様子におかしくなって、笑いながら和馬に返事をした。
「凄く美味しいよ。出汁もバッチリ。それに私はお味噌汁のじゃがいも大好きなんだ~」
私はじゃがいもをパクッと食べて見せる。
うん、ちゃんと火が通ってる。ほとんど自炊をしないと和馬は言っていたけど、それが嘘だと思えるぐらいの出来だ。
(イケメンのポテンシャル恐るべし)
私は改めてそう思った。
(どうしようこんな情けない顔して家に帰りたくない)
幸か不幸か家には和馬がいる。こんな顔を見たらきっと何かあったと思われるし。何かと気を遣う和馬の事だ、ズケズケと聞いてくるに決まっている。
そこで足を止める。すっかり日が暮れた最寄りの駅から自宅への帰り道。月が浮かんでいた。その月を見ながら和馬を思い笑ってしまう。
(気を遣うのにズケズケって……変なの)
そう思うと少しだけ、ほんの少しだけ。気持ちが軽くなった。
だけど、和馬はもっと私の気持ちを軽くする事をやってのけてくれた。
◇◆◇
「お帰り。遅かったな」
玄関を開けると、私のギャルソンエプロンをつけて和馬がお玉を持って登場した。
百八十センチある身長に私のギャルソンエプロンは丈が短いけれどもそれが可愛く見えた。
和馬は満面の笑みで私を迎え入れる。
「ただいま……って、この香り」
玄関のドアを閉めると、お味噌汁の良い匂いがする。
クンクンと鼻を鳴らすと和馬が手招きをした。
「手洗いうがいをして着替えてこいよ。この間、那波に教えて貰った味噌汁を作ってみたんだ。具が沢山入っているヤツ」
「え。和馬が一人で、お味噌汁を作ったの?」
私は驚いた。だって和馬は普段料理をほとんどしないと言っていた。私と一緒にお弁当の仕込みや夜ごはんを作る様になったぐらいだ。和馬は仕事もそうなのだが本当に飲み込みが早くて驚くばかりだ。
小さなテーブルの上には、白いごはんとお味噌汁のお椀が置いてあった。向かい側に座る事が当たり前になった和馬の前にも、ごはんとお味噌汁が並んでいる。白い湯気がほわほわとしていた。
部屋着に着替えた私は正座をし、目の前のお味噌汁のお椀を覗き込む。お味噌の中に沢山の野菜が入っていた。
「なす、にんじん、じゃがいも、たまねぎ、シメジ。ん? あはは、ちくわが入ってる」
お弁当や夕食に使っていたけれども少しずつ残った野菜を冷凍していた。それをかき集めてお味噌汁を作ってくれた。
「味噌汁を作るので精一杯だった。那波みたいに、パパッともう一品作るのは無理だな。って事で、もう一品は近くの商店街で買ったコロッケな。でもここのコロッケは美味いよな~俺、癖になりそう」
向かい側に座る和馬は『頂きます』と両手を合わせて、お味噌汁のお椀を持ち上げた。
「そんな事ない。私はお味噌汁で十分だよ」
私はお味噌汁の入ったお椀を見つめてゆっくりと両手を合わせる。そして瞳を閉じて和馬にお礼をする様に頭を下げた。
(どうしよう……凄く嬉しい……)
どんなに豪華なディナーに連れて行って貰うより、高いデリバリーを用意してくれるより、ずっとずっと嬉しい。どんな味がしたっていい。胸の奥をぎゅっと掴まれたみたいな。声が出なくなりそう。感激するとはこういう事なのだろうか。
「頂きます」
震える声でそっと呟く。その声も和馬はきちんと聞いてくれていた。
「うん。どうぞ」
和馬はお椀を持ったままじっと私を見つめていた。私の反応が気になるみたい。
私は目を開けてお箸を持ち、お味噌汁のお椀に口をつける。凄く和馬の視線を感じる。穴が開きそうなほど見つめられる中、お味噌汁を一口飲んでホッと溜め息をついた。自然と口の端が上がって笑顔になる。
(温かい。優しい味。美味しい)
染み渡るとはこういう事を言うのかな。人が作った料理を食べるのは久し振りだ。しかも男性の手料理なんて初めてだった。
「ど、どうだ?」
和馬はソワソワしながら私の返事を待つ。私の溜め息をついた後の笑顔を見た和馬は、期待が高まっているのか大型犬が褒められるのを待っている様と似ていた。
(和馬の後ろに大きな尻尾が見える……様な気がする)
私はその様子におかしくなって、笑いながら和馬に返事をした。
「凄く美味しいよ。出汁もバッチリ。それに私はお味噌汁のじゃがいも大好きなんだ~」
私はじゃがいもをパクッと食べて見せる。
うん、ちゃんと火が通ってる。ほとんど自炊をしないと和馬は言っていたけど、それが嘘だと思えるぐらいの出来だ。
(イケメンのポテンシャル恐るべし)
私は改めてそう思った。
0
お気に入りに追加
441
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。


包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる