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20 まずい、やばい、どうしよう
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「は~……一息つこうっと」
ドタバタの月曜日の就業も終わった。一時間の残業があったけど規定内だし問題ない。私がフォローしている営業の、市原くん、山本くん、佐藤くんは直帰となった。
月曜日は週の立ち上がりだから何かと忙しい。また週の半ばぐらいで資料やプレゼンについて相談する事にしよう。
家に帰る電車に揺られながら今日一日の出来事を振り返り、少しずつ気持ちを切り替えていく。一時間と少しの通勤時間。この時間を使って、頭を整理してプライベートに切り替える。
(思った通りのとんでもない週明けになったわね。何だか振り回されて疲れた)
田中 梨音さんの宣戦布告に、百瀬さんの勘違い。あれから私が退社時間になるまで、何度か女性社員から見られているのは知っていた。特に話しかけられる事はなかったが、きっと社員の中では話題満載となっているだろう。
その大半は私の陰口や悪口かもしれない。遠くに聞こえたコソコソと話す会話の断片は、陰口の様に聞こえてしまう。会話の欠片をつなぎ合わせて、自分で陰口を補足してしまう。
『やっぱさ結局、同期ってポイントが高いのよ。取り入っておけばさ。社長の息子だし』
『だよな。いいよな女は。社長の子供も三兄弟じゃなくて三姉妹なら俺にもチャンスあったかな』
『やっぱり顔は地味でも凄いところがあるのかもね』
『それって何の事を言ってるの? ヤダ~』
そう言っていたかどうかは分からない。だけど、ある事ない事を想像してしまう。
「ふーんだ。へっちゃらよそんなのは」
思わず電車の中でぽつりと呟いてしまう。隣の人はワイヤレスイヤホンをつけているから私の呟きを気にする様子はない。
(……ヤダヤダ。私自身卑屈なところがあるからね。陰口まで想像しちゃう)
実際はそんな事は言っていないかもしれないのに。勝手に落ち込んだ瞬間、和馬の顔がポンと浮かぶ。
『うまーい。タコ最高。三倍増しで美味く感じる』
一言一言喜びながら、そして楽しみながら嬉しそうにお弁当を食べる和馬。アダルト動画の事がバレて数日だけど、和馬の飾りのない微笑みを向けられて、毒気を抜かれてしまう。
普段褒められ慣れてないせいもあるのだろう。それだけで、今日一日の鬱積がチャラに出来そうだった。
(あーもー私って単純。だけどさ、作ったご飯をあんなに喜ばれたら。無駄に顔がいいってこういう時も得するんだね)
レパートリーがあるわけでもない。冷凍食品にも助けられつつのお弁当。でもあんなに美味しそうに食べてくれたら、お弁当を空っぽにしてくれたら嬉しい、に決まってる。
そして、一人で食べるより二人で食べるお弁当はとても美味しかった。
「明日は何をお弁当に入れようかな」
私は電車の窓、流れていく風景を見つめながらぽつりと呟いた。
◇◆◇
私は一人暮らしの部屋に帰ってきて自炊し簡単な夕食をとる。それから明日のお弁当の準備をして後片付けを終えると、お風呂に入った。時間は二十二時を超えたところだ。
「テレビもつまんないな」
テレビのチャンネルを変えながら、水滴の残る髪の毛をタオルで拭く。ベッドの上に胡座をかき、テーブルの上に置いてあった麦茶を飲み干す。
どの番組もつまらなくて結局ニュース番組に決定してリモコンを放り出した時、私のスマホが鳴った。
着信者は同期であり親友の舞子だった。
(ん? 金曜日に遊んだばっかりなのに。何だろう)
舞子とは金曜日にボウリングとお酒を楽しんだばかりだ。その時に仕事の嫌な事も話をしてストレス発散したはずだ。週末のお誘いだろうか。それにしても今週は始まったばかりだ。
私は左耳の中をタオルで拭き応答ボタンを押す。
「もしもし舞──」
夜も更けてきたので少しトーンを落として出たが名前を呼ぶ事は叶わなかった。舞子が叫んだからだ。
『どうして私に連絡してくれないのよーっ!』
キーンとハウリングを起こす舞子の声。私は耳からスマホを離して、ハウリングが落ち着くまで待った。
その間もスピーカーから割れた舞子の声が聞こえた。
『今か今かと電話がかかってくるのを待っていたのにっ。付き合い始めたんでしょっ早坂と。噂で聞いたわよ~私もみんなから聞かされて驚いたんだから。それならそうと報告してよね! 親友なのにひどいじゃないー。圭吾と私、どちらが先に電話がかかってくるか勝負していたのに。圭吾には、さっき早坂から報告の電話がかかってきたのにぃ。那波の馬鹿ぁ!』
圭吾とは同期で舞子の恋人、大村 圭吾の事だ。大村は和馬と比較的仲がいい。良く連絡を取り合っている。そして、舞子と二人して私と和馬がこんな関係になった原因を作った二人でもあった。
『勝負に負けたから圭吾におごる事になったじゃないのぉ』
舞子は電話口の向こうから歯ぎしりをしていた。
舞子の恨み節を聞きつつ、私は和馬と付き合い始めた事を報告しなくて『ごめん』と舞子に謝った。謝ったけれども舞子の不満は爆発したままだ。
『圭吾と早坂の友情の方が上とか悲しい』
舞子は明らかに電話口の向こうで口を尖らせて呟いていた。
「ごめんね。忘れていたわけじゃないよ。それにさ、友情に上も下もないから」
(そんな事言ったってさ、本当は契約で恋人になった様なもんだし。それなのに和馬は大村に律儀に報告したのね。この舞子の様子だと、和馬が大村に本当の事を話している事はないわね。は~よかった)
舞子が友達だけど、さすがに本当の事は言えない。少しだけ後ろめたいけれども、アダルト動画を見る趣味がバレて……とは言えなかった。どうやって付き合う事に至ったのかは和馬の言葉を借りて(猪突猛進という言葉は伝えなかったけれども)説明をした。
すると舞子は、後輩の百瀬さんと同じ様な反応を示した。
『えっ那波から告白したの? 私は早坂が付き合いたいって告白したんだと思っていたのに』
何故そう思うのか謎だ。私は首を傾げるしかない。
「そんなわけないよ。和馬は言い寄る女性はよりどりみどりだから。その中から私という選択肢はないわよ」
そうよ。本当に和馬という人間が分からなくなる。もしかすると美人に飽きた説というのはありかもしれないが。よっぽどアダルト動画を趣味にする私に爆笑して面白いと受けたのだろう。
『え~? おかしいなぁ。私と圭吾が『那波が週末の付き合いが悪いのは彼氏が出来たからかも?』って、ちょっと軽く言ったらすっごい慌てていたのは早坂だったのに』
「えー?」
おかしいな。舞子の話が本当なら、和馬が言っていた事と話が違う。
(和馬がわざわざ酔っ払った振りをして、私の自宅までついてきたのは『吉村(舞子)と大村(圭吾)に頼まれて様子を見て欲しいと言われたから』だと言っていた。あれは、私の聞き違いだったかな?)
その後の強烈な初体験で、その前に話していた内容については記憶が薄れている。どうだったっけ?
しかし、舞子の話を聞いても私に彼氏が出来たと仮定して、和馬が慌てる理由が分からない。
「何で和馬が慌てるのよ」
『そりゃ那波の事が好きだからじゃないの?』
「はぁ~? そんなわけないし。ペアで仕事をしていた時だって和馬は私を好きだなんて素振りは、一つもなかったわよ」
そうなのだ。そんな雰囲気は一つもなかった。だから私も和馬の提案した偽の恋人同士という展開に面食らうしかないのだ。
むしろ当時の和馬にはこんな噂話ばかり聞いた事がある。
『早坂は社外で付き合っている女性がいる』
『昔の友達同士で合コンを開いて早坂がお持ち帰りをした』
『いいなぁやっぱり男は顔と金だな』
そんな噂を聞いていた。遊んでいるとまでは言わないが、独身を謳歌していると思っていた。私を好きならペアで仕事をしている時、和馬と私の本人同士で色々イベントが発生しそうなのに。
ぼんやりと当時の事を思い出して必死に答えを出そうとしていた私に、舞子がとんでもない爆弾を落とす。
『そもそもさ、那波と付き合いたいから、早坂は二課から一課に異動したのかと思っていたのよ。ほら、同じ課同士だと付き合うとやりにくいだろうし。結婚する場合相手が同じ課だと配置換えもあるしさ。うちの会社の場合』
「えぇ~? 付き合うどころか結婚って。そんなところまで話が飛ぶの!?」
私は舞子の考えていた内容に驚いて声を上げる。付き合う話から結婚する話まで一足飛びしすぎだ。
『飛ぶでしょそりゃ。そういう話がついて回るから、早坂はずっと社内で彼女を作る事を避けていたんでしょ?』
「そ、そんな」
(そんな馬鹿な!)
私は心の中で叫んで、開いた口が塞がらなくなる。二週間後飽きて終わる関係だと、ようやく今日理解したのに何と恐ろしい事を言うのだろう。
『きっとそうよ。早坂だって覚悟しているんじゃないのかな。那波に決めてやる~って。そうなるとさ早坂三兄弟の中で三男坊が最初に結婚かしらね? ふふふ』
そんな事を舞子が言うので私は頭の中で思わず想像してしまう。
タキシードを着た和馬とウエディングドレスを着た私。リンゴーンと鐘が鳴ってそして二人誓いのキスを……
「だぁ! 止めて恐ろしい。ないないない。ないからっ!」
私はベッドの上で小さく飛び、片膝を立てて着地する。
夜中になろうとする時間だ。私は極力小さな声で力一杯呟き否定する。舞子には見えないが首をちぎれるほど左右に振った。
『そんな照れるからって否定しなくてもいいのにー。みんなそう思っていると思うわよ? 少なくとも同期一同はそう思っているからね。うん』
「照れじゃないし、同期一同ってそんな怖い事言わないでぇ」
そんな事を言われたら益々困る。
(まずい、まずい、まずい。どうしたらいいの。和馬と一度相談しなくては)
和馬は暢気に『お前が俺を好きになればいいんだ』なんて言っていたけれども。私が好きになったって、和馬が私を好きじゃなきゃ関係は継続しない。と言う事は──私は二週間後、和馬に嫌われてポイって事に? それは仕方がないけれども──顔を青くして二週間後訪れるであろう将来を想像する。
(どうなるのその場合。私の会社での立場って!)
会社でどんなに陰口をたたかれても乗り切ってみせる精神力はあると自負しているが……ううっ、それでも考えるだけで胃が痛い。
そう思った時、舞子と話をしているスマホにメッセージが届く音がした。
「あれ? ごめん。メッセージが届いたみたい。誰かな?」
『ほほー早速、早坂なんじゃないの?』
「そんなわけ……ひーっ!」
ディスプレイには舞子の言う通り早坂からのメッセージが表示された。
『いつまで話をしてるんだ! この時間にチャイム鳴らすぞ。家の玄関の前にいるから。早く開けろ』
そのメッセージを見てまさかと私は顔を青くする。
私は舞子に謝り通話を終えると、転げながら玄関に向かう。ドアスコープを覗くと、スーツのジャケットを肩に引っかけ、不機嫌な顔をした和馬の姿があった。
(何でいるのよ? と言うか、今日は月曜で、今何時っ?)
私は慌ててガチャガチャと鍵を開けながらパニックを起こす。
開けると、和馬はニヤリと笑って私にジャケットを放り投げた。
「ただいま。那波」
和馬の隣には一週間の出張にでも行くかの様なキャリーケースがあった。
ドタバタの月曜日の就業も終わった。一時間の残業があったけど規定内だし問題ない。私がフォローしている営業の、市原くん、山本くん、佐藤くんは直帰となった。
月曜日は週の立ち上がりだから何かと忙しい。また週の半ばぐらいで資料やプレゼンについて相談する事にしよう。
家に帰る電車に揺られながら今日一日の出来事を振り返り、少しずつ気持ちを切り替えていく。一時間と少しの通勤時間。この時間を使って、頭を整理してプライベートに切り替える。
(思った通りのとんでもない週明けになったわね。何だか振り回されて疲れた)
田中 梨音さんの宣戦布告に、百瀬さんの勘違い。あれから私が退社時間になるまで、何度か女性社員から見られているのは知っていた。特に話しかけられる事はなかったが、きっと社員の中では話題満載となっているだろう。
その大半は私の陰口や悪口かもしれない。遠くに聞こえたコソコソと話す会話の断片は、陰口の様に聞こえてしまう。会話の欠片をつなぎ合わせて、自分で陰口を補足してしまう。
『やっぱさ結局、同期ってポイントが高いのよ。取り入っておけばさ。社長の息子だし』
『だよな。いいよな女は。社長の子供も三兄弟じゃなくて三姉妹なら俺にもチャンスあったかな』
『やっぱり顔は地味でも凄いところがあるのかもね』
『それって何の事を言ってるの? ヤダ~』
そう言っていたかどうかは分からない。だけど、ある事ない事を想像してしまう。
「ふーんだ。へっちゃらよそんなのは」
思わず電車の中でぽつりと呟いてしまう。隣の人はワイヤレスイヤホンをつけているから私の呟きを気にする様子はない。
(……ヤダヤダ。私自身卑屈なところがあるからね。陰口まで想像しちゃう)
実際はそんな事は言っていないかもしれないのに。勝手に落ち込んだ瞬間、和馬の顔がポンと浮かぶ。
『うまーい。タコ最高。三倍増しで美味く感じる』
一言一言喜びながら、そして楽しみながら嬉しそうにお弁当を食べる和馬。アダルト動画の事がバレて数日だけど、和馬の飾りのない微笑みを向けられて、毒気を抜かれてしまう。
普段褒められ慣れてないせいもあるのだろう。それだけで、今日一日の鬱積がチャラに出来そうだった。
(あーもー私って単純。だけどさ、作ったご飯をあんなに喜ばれたら。無駄に顔がいいってこういう時も得するんだね)
レパートリーがあるわけでもない。冷凍食品にも助けられつつのお弁当。でもあんなに美味しそうに食べてくれたら、お弁当を空っぽにしてくれたら嬉しい、に決まってる。
そして、一人で食べるより二人で食べるお弁当はとても美味しかった。
「明日は何をお弁当に入れようかな」
私は電車の窓、流れていく風景を見つめながらぽつりと呟いた。
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私は一人暮らしの部屋に帰ってきて自炊し簡単な夕食をとる。それから明日のお弁当の準備をして後片付けを終えると、お風呂に入った。時間は二十二時を超えたところだ。
「テレビもつまんないな」
テレビのチャンネルを変えながら、水滴の残る髪の毛をタオルで拭く。ベッドの上に胡座をかき、テーブルの上に置いてあった麦茶を飲み干す。
どの番組もつまらなくて結局ニュース番組に決定してリモコンを放り出した時、私のスマホが鳴った。
着信者は同期であり親友の舞子だった。
(ん? 金曜日に遊んだばっかりなのに。何だろう)
舞子とは金曜日にボウリングとお酒を楽しんだばかりだ。その時に仕事の嫌な事も話をしてストレス発散したはずだ。週末のお誘いだろうか。それにしても今週は始まったばかりだ。
私は左耳の中をタオルで拭き応答ボタンを押す。
「もしもし舞──」
夜も更けてきたので少しトーンを落として出たが名前を呼ぶ事は叶わなかった。舞子が叫んだからだ。
『どうして私に連絡してくれないのよーっ!』
キーンとハウリングを起こす舞子の声。私は耳からスマホを離して、ハウリングが落ち着くまで待った。
その間もスピーカーから割れた舞子の声が聞こえた。
『今か今かと電話がかかってくるのを待っていたのにっ。付き合い始めたんでしょっ早坂と。噂で聞いたわよ~私もみんなから聞かされて驚いたんだから。それならそうと報告してよね! 親友なのにひどいじゃないー。圭吾と私、どちらが先に電話がかかってくるか勝負していたのに。圭吾には、さっき早坂から報告の電話がかかってきたのにぃ。那波の馬鹿ぁ!』
圭吾とは同期で舞子の恋人、大村 圭吾の事だ。大村は和馬と比較的仲がいい。良く連絡を取り合っている。そして、舞子と二人して私と和馬がこんな関係になった原因を作った二人でもあった。
『勝負に負けたから圭吾におごる事になったじゃないのぉ』
舞子は電話口の向こうから歯ぎしりをしていた。
舞子の恨み節を聞きつつ、私は和馬と付き合い始めた事を報告しなくて『ごめん』と舞子に謝った。謝ったけれども舞子の不満は爆発したままだ。
『圭吾と早坂の友情の方が上とか悲しい』
舞子は明らかに電話口の向こうで口を尖らせて呟いていた。
「ごめんね。忘れていたわけじゃないよ。それにさ、友情に上も下もないから」
(そんな事言ったってさ、本当は契約で恋人になった様なもんだし。それなのに和馬は大村に律儀に報告したのね。この舞子の様子だと、和馬が大村に本当の事を話している事はないわね。は~よかった)
舞子が友達だけど、さすがに本当の事は言えない。少しだけ後ろめたいけれども、アダルト動画を見る趣味がバレて……とは言えなかった。どうやって付き合う事に至ったのかは和馬の言葉を借りて(猪突猛進という言葉は伝えなかったけれども)説明をした。
すると舞子は、後輩の百瀬さんと同じ様な反応を示した。
『えっ那波から告白したの? 私は早坂が付き合いたいって告白したんだと思っていたのに』
何故そう思うのか謎だ。私は首を傾げるしかない。
「そんなわけないよ。和馬は言い寄る女性はよりどりみどりだから。その中から私という選択肢はないわよ」
そうよ。本当に和馬という人間が分からなくなる。もしかすると美人に飽きた説というのはありかもしれないが。よっぽどアダルト動画を趣味にする私に爆笑して面白いと受けたのだろう。
『え~? おかしいなぁ。私と圭吾が『那波が週末の付き合いが悪いのは彼氏が出来たからかも?』って、ちょっと軽く言ったらすっごい慌てていたのは早坂だったのに』
「えー?」
おかしいな。舞子の話が本当なら、和馬が言っていた事と話が違う。
(和馬がわざわざ酔っ払った振りをして、私の自宅までついてきたのは『吉村(舞子)と大村(圭吾)に頼まれて様子を見て欲しいと言われたから』だと言っていた。あれは、私の聞き違いだったかな?)
その後の強烈な初体験で、その前に話していた内容については記憶が薄れている。どうだったっけ?
しかし、舞子の話を聞いても私に彼氏が出来たと仮定して、和馬が慌てる理由が分からない。
「何で和馬が慌てるのよ」
『そりゃ那波の事が好きだからじゃないの?』
「はぁ~? そんなわけないし。ペアで仕事をしていた時だって和馬は私を好きだなんて素振りは、一つもなかったわよ」
そうなのだ。そんな雰囲気は一つもなかった。だから私も和馬の提案した偽の恋人同士という展開に面食らうしかないのだ。
むしろ当時の和馬にはこんな噂話ばかり聞いた事がある。
『早坂は社外で付き合っている女性がいる』
『昔の友達同士で合コンを開いて早坂がお持ち帰りをした』
『いいなぁやっぱり男は顔と金だな』
そんな噂を聞いていた。遊んでいるとまでは言わないが、独身を謳歌していると思っていた。私を好きならペアで仕事をしている時、和馬と私の本人同士で色々イベントが発生しそうなのに。
ぼんやりと当時の事を思い出して必死に答えを出そうとしていた私に、舞子がとんでもない爆弾を落とす。
『そもそもさ、那波と付き合いたいから、早坂は二課から一課に異動したのかと思っていたのよ。ほら、同じ課同士だと付き合うとやりにくいだろうし。結婚する場合相手が同じ課だと配置換えもあるしさ。うちの会社の場合』
「えぇ~? 付き合うどころか結婚って。そんなところまで話が飛ぶの!?」
私は舞子の考えていた内容に驚いて声を上げる。付き合う話から結婚する話まで一足飛びしすぎだ。
『飛ぶでしょそりゃ。そういう話がついて回るから、早坂はずっと社内で彼女を作る事を避けていたんでしょ?』
「そ、そんな」
(そんな馬鹿な!)
私は心の中で叫んで、開いた口が塞がらなくなる。二週間後飽きて終わる関係だと、ようやく今日理解したのに何と恐ろしい事を言うのだろう。
『きっとそうよ。早坂だって覚悟しているんじゃないのかな。那波に決めてやる~って。そうなるとさ早坂三兄弟の中で三男坊が最初に結婚かしらね? ふふふ』
そんな事を舞子が言うので私は頭の中で思わず想像してしまう。
タキシードを着た和馬とウエディングドレスを着た私。リンゴーンと鐘が鳴ってそして二人誓いのキスを……
「だぁ! 止めて恐ろしい。ないないない。ないからっ!」
私はベッドの上で小さく飛び、片膝を立てて着地する。
夜中になろうとする時間だ。私は極力小さな声で力一杯呟き否定する。舞子には見えないが首をちぎれるほど左右に振った。
『そんな照れるからって否定しなくてもいいのにー。みんなそう思っていると思うわよ? 少なくとも同期一同はそう思っているからね。うん』
「照れじゃないし、同期一同ってそんな怖い事言わないでぇ」
そんな事を言われたら益々困る。
(まずい、まずい、まずい。どうしたらいいの。和馬と一度相談しなくては)
和馬は暢気に『お前が俺を好きになればいいんだ』なんて言っていたけれども。私が好きになったって、和馬が私を好きじゃなきゃ関係は継続しない。と言う事は──私は二週間後、和馬に嫌われてポイって事に? それは仕方がないけれども──顔を青くして二週間後訪れるであろう将来を想像する。
(どうなるのその場合。私の会社での立場って!)
会社でどんなに陰口をたたかれても乗り切ってみせる精神力はあると自負しているが……ううっ、それでも考えるだけで胃が痛い。
そう思った時、舞子と話をしているスマホにメッセージが届く音がした。
「あれ? ごめん。メッセージが届いたみたい。誰かな?」
『ほほー早速、早坂なんじゃないの?』
「そんなわけ……ひーっ!」
ディスプレイには舞子の言う通り早坂からのメッセージが表示された。
『いつまで話をしてるんだ! この時間にチャイム鳴らすぞ。家の玄関の前にいるから。早く開けろ』
そのメッセージを見てまさかと私は顔を青くする。
私は舞子に謝り通話を終えると、転げながら玄関に向かう。ドアスコープを覗くと、スーツのジャケットを肩に引っかけ、不機嫌な顔をした和馬の姿があった。
(何でいるのよ? と言うか、今日は月曜で、今何時っ?)
私は慌ててガチャガチャと鍵を開けながらパニックを起こす。
開けると、和馬はニヤリと笑って私にジャケットを放り投げた。
「ただいま。那波」
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